黎明期
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(強くなる彼女)
「……、…よい」
マルコは固まっていた。何故なら挙手した人数が多すぎるからである。
いまこの部屋では隊長たちが集まり話合いが行われていた。議題は先日新たに仲間入りをしたスペード海賊団クルーの所属先についてだった。ほとんどのクルーは仮配属先と同じで問題ないが、エースとシュイは配属先が未定だ。
暴れん坊のエースはマルコが申し出て、1番隊が引き受けることに決まった。そしてシュイの配属を希望する者に挙手を求めれば、マルコの予想以上の手が上がった。その数は10。
「あれ? 思ったより多いなあ」
ハルタがこの部屋全員の気持ちを代弁する。
マルコのなかで挙手候補に目星はつけていた。器用で面倒見が良い上がいる4番隊サッチ、5番隊ビスタのところか、比較的女性クルーを多く抱えて配慮の出来る3番隊ジョズ、8番隊ナミュール、14番隊ジルのところだろうと踏めば。先日見せたシュイの意外な一面や呼鳥の登場で好奇心を出したハルタまで名乗り出てやがる。
「おい、ハルタ。お前どういうつもりだよ。あんだけ反対してたのに」
「だってー、素直な子は嫌いじゃないし。お詫びも兼ねて?」
「何だソレ」
「そー言うサッチはどおなのさ」
「食事の面倒見てきたんだ。戦闘の面倒みても同じだろ」
「もぉー欲張りー」
「何だソレ!」
やいやい盛り上がってる同僚たちをよそに、マルコは1番奥で挙手する者と目が合った。
実は誰も挙手しなかったら、任せようと思っていたのは彼だった。シュイはサムライの家系なのもあるし、彼が思った以上に監視時代から気にかけていたことも理由であった。
奥に立つイゾウはいつもの自信有りげな笑みを浮かべていた。まるでマルコの意図を理解しているかのように。
そしてーー
シュイはある天気の良い日、甲板で隊の訓練に参加していた。
白ひげの仲間入りをしたスペードクルーはそれぞれ各隊に配属された。シュイはクーカイと一緒に16番隊へ配属となった。
あのとき出せたBASARAは偶然だった。感情の爆発により放出され、シュイ自身も何が起きたか理解出来ていない。にも関わらず知らずに纏い操り、いち隊長と瞬間拮抗したことは事実。
いつまでも未知のままではいけないので、BASARAのコントロールはシュイの急務となった。
「ジョズの言うように覇気に近いというなら、気力がベースだろう。なら先ずは体力をつけておくことが大事だな」
以前のような突発的な力の解放を警戒し、イゾウ隊長の監視のもと訓練を行った。スペードでは非戦闘員だったシュイは、白ひげの戦闘員でも補助方の立ち位置予定とされた。とはいえ皆と同様の基礎演習及び組み手に、最初の1ヶ月は序盤でへとへとになりついていくのがやっとだった。
2ヶ月目では体力のベースが追いつき、組み手に集中出来るようになった。中距離支援型のメンバーから助言を貰いながら戦い慣れを進めていたが、いまだあのときのBASARAは出せていない。この頃からイゾウに空いた時間は坐禅を行うよう指示される。
3ヶ月目に入ると、覇気のコントロールの初歩である『気』を合わせて教わった。そして組み手の相手が一般隊員からカイル副隊長になり、気を纏うことで体力消耗が激しくなるとソレの片鱗は現れた。
未熟ゆえ微量なシュイの気力はすぐ枯渇した。その後ぼんやりと感じる、覇気とは似てるけど違うソレはひんやりとしていた。ジョズの言ってた通りのものである。
シュイ本人は気の質が変化していることに気づかず、膝をついてダウンしている。カイルが傍で見守るイゾウを見やれば、頷いたのがわかった。イゾウ隊長の読み通りでシュイの未知の力が開花する前兆だろう。
「よくやったな」
「? ダウン取られてますけど」
カイルが手を引いて立たせるも謎の称賛にシュイは首を傾げる。
実は彼女は思ったより戦闘センスがあって、こちらの指導も熱が入り補佐方以上に底上げをしてしまった。このままいくと自隊の筆頭クラスに仲間入りだ。ただし本人だけ気づいていないけれど。
カイルの謎の微笑みにシュイはまた首を傾げることになった。
今夜も就寝前にシュイは座禅を組んでいた。イゾウ隊長に言われて、こうして雲が少ない夜は甲板の隅で行っている。
風が吹いて立つ波音や前方で酒盛りをしている家族の声に耳を澄ませて、身体の芯に空気を落とす。しばらく無の時間を味わい、閉じていた目をそっと開く。
頭上には無数に輝く星と斜めに位置する満月が輝いていた。明日に備えてそろそろ就寝しせねばと思いながら、満月を見て昔の記憶が浮かび上がる。
あれは故郷の城の中庭で、兄が槍を振るっているのを縁側で見守っていたときのこと。あの夜も満月だった。
『兄さま、BASARAを使うときってどんな感じなのですか?』
『どんな感じ、とな』
幼いシュイは難しいことを考えるのが苦手な兄によく質問したものだ。腕を組み兄なりにすごく考えて、彼はこう言っていた。
『水面に雫が落ちて広がっていく感じ、なのか? いや、水晶のように氷が突き出ていく感じ、か? ともかく、どっかーんだ!』
『……そ、そうですか』
頑張って答えてくれたけど、それ以来シュイはBASARAについて聞くのをやめた。
シュイはくすっと思いだして笑ってしまった。けれど今なら兄の言葉が何かヒントになるような気がした。
水面に雫が落ちて広がる感じ、を。
もう一度呼吸を整えて、身体を無にしていく。そのとき水面を頭に浮かばせてみた。そして空気を吸って身体の芯に落とす代わりに、ひとつの雫を水面へ。
ぽつん、と落ちて水紋が静かに広がっていく。微かに揺れる水面に合わせて、淡く光るものが現れて、そしてーー
ーー水晶のような氷が、無数に突き上がってきた。
「ーーーっ!!?」
それはモビー全体を揺らす程の振動だった。
甲板での酒盛りと同じくらい、食堂でも賑わっていた。イゾウはサッチが用意した酒のつまみで晩酌をしていた。
その突然の振動に敵襲と思い、食堂にいた戦闘員は一斉に腰を上げた。が、敵襲とは違う違和感に戸惑い足が動かない。そんな中隊長クラスは見聞色の覇気でその違和感の正体を見つけていた。痺れる程の強烈な覇気と彼女の存在を。
「シュイじゃん。どうなってんの」
「様子が可笑しいな…」
「いまから甲板行くが、覇気使えるやつ等だけついて来い」
サッチが食堂にいるクルーに声をかけるより早く、イゾウは甲板へ向かっていた。
甲板に出て感じたのは冷気だった。足早に右舷後方に着けば、水晶のような巨大な氷の柱がいくつも出現していた。
甲板で酒盛りをしていただろうクルーが迂闊にも手を伸ばしたので、イゾウはすぐさま銃を構えて放った。イゾウの放った銃弾とそのクルーに向かって新たな氷の柱が伸びるのは同時だった。砕けた破片が月明かりに照らされてキラキラ光って散っていく。
「引っ込んでろ。下手に近づくと串刺しにされるぜ」
イゾウは氷結の柱の正面に立った。覇気を放てば氷の柱が伸びてくることはない。その柱の美しさに感嘆しつつ、奥にいるだろうシュイの位置を探る。
彼女は船縁に寄りかかるようにぐったりしているようだった。突然の力の解放でかなり体力を持っていかれているのだろう。このまま力の垂れ流しは彼女にとって危険だ。どうにかして彼女自身が覇気として纏ってくれないと。
「シュイ、聞こえるか。気をしっかり持て! このままだとお前が危ねェ!」
イゾウの呼びかけは、氷結の奥にいるシュイには届かない。正面のイゾウをかわすように、両サイドから新たな氷の柱が伸びていくのを見つけイゾウは構えたが、引き金を引くことはなかった。
あとから着いたサッチとハルタがその新たな氷結を切り落としていく。砕け散る欠片はどこまでも美しい。
「こいつはキレイなこって」
長剣の峰で肩を叩いて言うサッチ。3人を筆頭に半円状で覇気を纏って構える幹部たち。これで現状維持は可能であろう。
サッチと対称側に立つハルタがイゾウに問う。
「んで、こっからどうすんの?」
「このままじゃ奥にいるシュイに声が届かねェ」
「一旦全部砕くか。キレイでもったいねェけど」
「そうだね」
「俺の隊員に傷ひとつでもつけたら容赦しねェぞ」
「おー、コワイコワイ」
イゾウとハルタ、サッチはシュイがいる場所を避けて、タイミングを合わせて氷の柱をすべて砕いた。砕かれた奥には、シュイの姿が見える。イゾウが言葉を発する前に、無数の破片が舞うなかシュイがぼんやりと手を伸ばすのが分かり、イゾウは迷わず中に飛び込んだ。
「おい、待てって!」
新たな氷の柱はすぐさま出現して元通りになり、あっという間にシュイもイゾウの姿も見えなくなってしまった。
全身の力がごっそり抜けていくようだった。冷たいのに、どこか落ち着く空間でシュイは、ぼんやりと座っていた。
そのとき誰かが自分の名前を呼んだ。
その声に無意識に手を伸ばせば、がっしりと力強く掴まれた。
「シュイ!」
「イゾウ…隊長……」
イゾウの登場にぼんやりしていたシュイの瞳が開いた。
何をそんなに必死なのか。
彼の綺麗な頬に傷がある。どうして?
「しっかりしろ、自分の覇気に負けんな! コントロールして纏え!」
身体に力がうまく入らないの。
どうしたらいいのかな。
「諦めんなシュイ! 俺がついてる」
イゾウは片手をシュイの頬に添え、コツンと額を合わせた。
彼の端正な顔が至近距離にある。いつもなら緊張するのに、いまはとても穏やかで落ち着く。
慕う隊長が言うなら、と。言われた通りゆっくり周りの冷気を、覇気を全身にまとわせていく。
巨大な力が流れて、渦のように内蔵をかき回していくような気持ち悪さが襲ってくる。シュイは歯を食いしばって身にとどめていく。
自然とイゾウと繋ぐ手に力が入る。
イゾウも握る返す力が増していく。
まるでなにがあっても離すものかと。
シュイにとって心強い存在だった。
額に冷や汗がにじみ意識が飛びかけたとき、頭に直接響く鳴き声があった。ハッとして目を開くと、そこは真っ白な霧に包まれた空間。あの懐かしい濃霧に、匂いと湿度。
そこに一匹の幼い白虎がいた。みゃーと鳴いて足を動かせば、徐々に成獣する白虎。シュイの下まで来ると手に頭を自ら擦り寄せてくる。
シュイは堪らず膝をついて白虎を掻き抱いた。もう2度と触れられないと思っていた柔らかな毛並みと温もりを全身で包んだ。
白虎が躰をよじるので、少し身体を離せば彼女を見上げて目を細め、口を開いた。
パキンと高い音がして一気に氷の柱が砕け散った。キラキラと破片が光りながら消えていくなか、シュイはイゾウに寄りかかって立っていた。荒い息をする彼女の背中をイゾウはゆっくり撫でて労った。
「良くやったな、シュイ」
体力の消耗が激しいシュイは頷くのがやっとだった。その上あの夢のような一瞬の邂逅に、涙が流れるのが止まらない。
シュイの涙を隠すように抱きしめながら、イゾウは協力してくれたクルーにお礼を言った。みんな迷惑かけたのに、居合わせた幹部たちは口々にシュイにおめでとうと言ってくれた。その言葉にシュイは泣きながら笑った。
あとで改めてお礼を言わなきゃと、シュイは涙が止まるまでイゾウの胸を借りていた。
白ひげ海賊団の、新たな覇気使いの誕生の瞬間であった。
会いたかったよ、シュイーーー
「……、…よい」
マルコは固まっていた。何故なら挙手した人数が多すぎるからである。
いまこの部屋では隊長たちが集まり話合いが行われていた。議題は先日新たに仲間入りをしたスペード海賊団クルーの所属先についてだった。ほとんどのクルーは仮配属先と同じで問題ないが、エースとシュイは配属先が未定だ。
暴れん坊のエースはマルコが申し出て、1番隊が引き受けることに決まった。そしてシュイの配属を希望する者に挙手を求めれば、マルコの予想以上の手が上がった。その数は10。
「あれ? 思ったより多いなあ」
ハルタがこの部屋全員の気持ちを代弁する。
マルコのなかで挙手候補に目星はつけていた。器用で面倒見が良い上がいる4番隊サッチ、5番隊ビスタのところか、比較的女性クルーを多く抱えて配慮の出来る3番隊ジョズ、8番隊ナミュール、14番隊ジルのところだろうと踏めば。先日見せたシュイの意外な一面や呼鳥の登場で好奇心を出したハルタまで名乗り出てやがる。
「おい、ハルタ。お前どういうつもりだよ。あんだけ反対してたのに」
「だってー、素直な子は嫌いじゃないし。お詫びも兼ねて?」
「何だソレ」
「そー言うサッチはどおなのさ」
「食事の面倒見てきたんだ。戦闘の面倒みても同じだろ」
「もぉー欲張りー」
「何だソレ!」
やいやい盛り上がってる同僚たちをよそに、マルコは1番奥で挙手する者と目が合った。
実は誰も挙手しなかったら、任せようと思っていたのは彼だった。シュイはサムライの家系なのもあるし、彼が思った以上に監視時代から気にかけていたことも理由であった。
奥に立つイゾウはいつもの自信有りげな笑みを浮かべていた。まるでマルコの意図を理解しているかのように。
そしてーー
シュイはある天気の良い日、甲板で隊の訓練に参加していた。
白ひげの仲間入りをしたスペードクルーはそれぞれ各隊に配属された。シュイはクーカイと一緒に16番隊へ配属となった。
あのとき出せたBASARAは偶然だった。感情の爆発により放出され、シュイ自身も何が起きたか理解出来ていない。にも関わらず知らずに纏い操り、いち隊長と瞬間拮抗したことは事実。
いつまでも未知のままではいけないので、BASARAのコントロールはシュイの急務となった。
「ジョズの言うように覇気に近いというなら、気力がベースだろう。なら先ずは体力をつけておくことが大事だな」
以前のような突発的な力の解放を警戒し、イゾウ隊長の監視のもと訓練を行った。スペードでは非戦闘員だったシュイは、白ひげの戦闘員でも補助方の立ち位置予定とされた。とはいえ皆と同様の基礎演習及び組み手に、最初の1ヶ月は序盤でへとへとになりついていくのがやっとだった。
2ヶ月目では体力のベースが追いつき、組み手に集中出来るようになった。中距離支援型のメンバーから助言を貰いながら戦い慣れを進めていたが、いまだあのときのBASARAは出せていない。この頃からイゾウに空いた時間は坐禅を行うよう指示される。
3ヶ月目に入ると、覇気のコントロールの初歩である『気』を合わせて教わった。そして組み手の相手が一般隊員からカイル副隊長になり、気を纏うことで体力消耗が激しくなるとソレの片鱗は現れた。
未熟ゆえ微量なシュイの気力はすぐ枯渇した。その後ぼんやりと感じる、覇気とは似てるけど違うソレはひんやりとしていた。ジョズの言ってた通りのものである。
シュイ本人は気の質が変化していることに気づかず、膝をついてダウンしている。カイルが傍で見守るイゾウを見やれば、頷いたのがわかった。イゾウ隊長の読み通りでシュイの未知の力が開花する前兆だろう。
「よくやったな」
「? ダウン取られてますけど」
カイルが手を引いて立たせるも謎の称賛にシュイは首を傾げる。
実は彼女は思ったより戦闘センスがあって、こちらの指導も熱が入り補佐方以上に底上げをしてしまった。このままいくと自隊の筆頭クラスに仲間入りだ。ただし本人だけ気づいていないけれど。
カイルの謎の微笑みにシュイはまた首を傾げることになった。
今夜も就寝前にシュイは座禅を組んでいた。イゾウ隊長に言われて、こうして雲が少ない夜は甲板の隅で行っている。
風が吹いて立つ波音や前方で酒盛りをしている家族の声に耳を澄ませて、身体の芯に空気を落とす。しばらく無の時間を味わい、閉じていた目をそっと開く。
頭上には無数に輝く星と斜めに位置する満月が輝いていた。明日に備えてそろそろ就寝しせねばと思いながら、満月を見て昔の記憶が浮かび上がる。
あれは故郷の城の中庭で、兄が槍を振るっているのを縁側で見守っていたときのこと。あの夜も満月だった。
『兄さま、BASARAを使うときってどんな感じなのですか?』
『どんな感じ、とな』
幼いシュイは難しいことを考えるのが苦手な兄によく質問したものだ。腕を組み兄なりにすごく考えて、彼はこう言っていた。
『水面に雫が落ちて広がっていく感じ、なのか? いや、水晶のように氷が突き出ていく感じ、か? ともかく、どっかーんだ!』
『……そ、そうですか』
頑張って答えてくれたけど、それ以来シュイはBASARAについて聞くのをやめた。
シュイはくすっと思いだして笑ってしまった。けれど今なら兄の言葉が何かヒントになるような気がした。
水面に雫が落ちて広がる感じ、を。
もう一度呼吸を整えて、身体を無にしていく。そのとき水面を頭に浮かばせてみた。そして空気を吸って身体の芯に落とす代わりに、ひとつの雫を水面へ。
ぽつん、と落ちて水紋が静かに広がっていく。微かに揺れる水面に合わせて、淡く光るものが現れて、そしてーー
ーー水晶のような氷が、無数に突き上がってきた。
「ーーーっ!!?」
それはモビー全体を揺らす程の振動だった。
甲板での酒盛りと同じくらい、食堂でも賑わっていた。イゾウはサッチが用意した酒のつまみで晩酌をしていた。
その突然の振動に敵襲と思い、食堂にいた戦闘員は一斉に腰を上げた。が、敵襲とは違う違和感に戸惑い足が動かない。そんな中隊長クラスは見聞色の覇気でその違和感の正体を見つけていた。痺れる程の強烈な覇気と彼女の存在を。
「シュイじゃん。どうなってんの」
「様子が可笑しいな…」
「いまから甲板行くが、覇気使えるやつ等だけついて来い」
サッチが食堂にいるクルーに声をかけるより早く、イゾウは甲板へ向かっていた。
甲板に出て感じたのは冷気だった。足早に右舷後方に着けば、水晶のような巨大な氷の柱がいくつも出現していた。
甲板で酒盛りをしていただろうクルーが迂闊にも手を伸ばしたので、イゾウはすぐさま銃を構えて放った。イゾウの放った銃弾とそのクルーに向かって新たな氷の柱が伸びるのは同時だった。砕けた破片が月明かりに照らされてキラキラ光って散っていく。
「引っ込んでろ。下手に近づくと串刺しにされるぜ」
イゾウは氷結の柱の正面に立った。覇気を放てば氷の柱が伸びてくることはない。その柱の美しさに感嘆しつつ、奥にいるだろうシュイの位置を探る。
彼女は船縁に寄りかかるようにぐったりしているようだった。突然の力の解放でかなり体力を持っていかれているのだろう。このまま力の垂れ流しは彼女にとって危険だ。どうにかして彼女自身が覇気として纏ってくれないと。
「シュイ、聞こえるか。気をしっかり持て! このままだとお前が危ねェ!」
イゾウの呼びかけは、氷結の奥にいるシュイには届かない。正面のイゾウをかわすように、両サイドから新たな氷の柱が伸びていくのを見つけイゾウは構えたが、引き金を引くことはなかった。
あとから着いたサッチとハルタがその新たな氷結を切り落としていく。砕け散る欠片はどこまでも美しい。
「こいつはキレイなこって」
長剣の峰で肩を叩いて言うサッチ。3人を筆頭に半円状で覇気を纏って構える幹部たち。これで現状維持は可能であろう。
サッチと対称側に立つハルタがイゾウに問う。
「んで、こっからどうすんの?」
「このままじゃ奥にいるシュイに声が届かねェ」
「一旦全部砕くか。キレイでもったいねェけど」
「そうだね」
「俺の隊員に傷ひとつでもつけたら容赦しねェぞ」
「おー、コワイコワイ」
イゾウとハルタ、サッチはシュイがいる場所を避けて、タイミングを合わせて氷の柱をすべて砕いた。砕かれた奥には、シュイの姿が見える。イゾウが言葉を発する前に、無数の破片が舞うなかシュイがぼんやりと手を伸ばすのが分かり、イゾウは迷わず中に飛び込んだ。
「おい、待てって!」
新たな氷の柱はすぐさま出現して元通りになり、あっという間にシュイもイゾウの姿も見えなくなってしまった。
全身の力がごっそり抜けていくようだった。冷たいのに、どこか落ち着く空間でシュイは、ぼんやりと座っていた。
そのとき誰かが自分の名前を呼んだ。
その声に無意識に手を伸ばせば、がっしりと力強く掴まれた。
「シュイ!」
「イゾウ…隊長……」
イゾウの登場にぼんやりしていたシュイの瞳が開いた。
何をそんなに必死なのか。
彼の綺麗な頬に傷がある。どうして?
「しっかりしろ、自分の覇気に負けんな! コントロールして纏え!」
身体に力がうまく入らないの。
どうしたらいいのかな。
「諦めんなシュイ! 俺がついてる」
イゾウは片手をシュイの頬に添え、コツンと額を合わせた。
彼の端正な顔が至近距離にある。いつもなら緊張するのに、いまはとても穏やかで落ち着く。
慕う隊長が言うなら、と。言われた通りゆっくり周りの冷気を、覇気を全身にまとわせていく。
巨大な力が流れて、渦のように内蔵をかき回していくような気持ち悪さが襲ってくる。シュイは歯を食いしばって身にとどめていく。
自然とイゾウと繋ぐ手に力が入る。
イゾウも握る返す力が増していく。
まるでなにがあっても離すものかと。
シュイにとって心強い存在だった。
額に冷や汗がにじみ意識が飛びかけたとき、頭に直接響く鳴き声があった。ハッとして目を開くと、そこは真っ白な霧に包まれた空間。あの懐かしい濃霧に、匂いと湿度。
そこに一匹の幼い白虎がいた。みゃーと鳴いて足を動かせば、徐々に成獣する白虎。シュイの下まで来ると手に頭を自ら擦り寄せてくる。
シュイは堪らず膝をついて白虎を掻き抱いた。もう2度と触れられないと思っていた柔らかな毛並みと温もりを全身で包んだ。
白虎が躰をよじるので、少し身体を離せば彼女を見上げて目を細め、口を開いた。
パキンと高い音がして一気に氷の柱が砕け散った。キラキラと破片が光りながら消えていくなか、シュイはイゾウに寄りかかって立っていた。荒い息をする彼女の背中をイゾウはゆっくり撫でて労った。
「良くやったな、シュイ」
体力の消耗が激しいシュイは頷くのがやっとだった。その上あの夢のような一瞬の邂逅に、涙が流れるのが止まらない。
シュイの涙を隠すように抱きしめながら、イゾウは協力してくれたクルーにお礼を言った。みんな迷惑かけたのに、居合わせた幹部たちは口々にシュイにおめでとうと言ってくれた。その言葉にシュイは泣きながら笑った。
あとで改めてお礼を言わなきゃと、シュイは涙が止まるまでイゾウの胸を借りていた。
白ひげ海賊団の、新たな覇気使いの誕生の瞬間であった。
会いたかったよ、シュイーーー