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(同じ景色を観る彼女)
ある日の朝、シュイはいつもより早く目が覚めた。早くに起きたのでルームメイトのアンナに驚かれた。何処か体調が悪いと勘違いした彼女に医務室に連れて行かれそうになったくらいだ。緊張しているのだと告白してやっと納得してくれた。
そう、今日は幹部就任式。
シュイは班長から副隊長へ就任するのだ。
壁かけにある衣装一式を見て、シュイはさらに緊張が増した。それはイゾウからの就任祝いの贈り物で、是非就任式に着るようにと念押しされた。
「じゃあ準備するわよ」
「?」
シュイが寝巻の浴衣に手をかけたところ、アンナに手を引かれて部屋を出た。連れて行かれた共用洗面所には他のナースたちや女性クルーもいて、促されるまま椅子に座れば周りを取り囲まれる。鏡越しにナース長のエミリーは目を白黒させるシュイににっこり微笑んだ。
「任せてちょうだい。最高の就任式にしてあげるわ」
そのあとはされるがまま、化粧とヘアセットがされていく。普段は日焼け止め程度の化粧しかしないシュイは、鏡の中の見慣れない自分にどきどきしてくる。
複雑な編み込みをされた右サイドアップが完成したところで、支度を手伝ってくれた皆にお礼を言って自室に戻った。ここからは着付けである。
寝巻きの浴衣を脱いで、肌触りの良い白シルクの長襦袢を着る。次に藤鼠の上質な紬に袖を通す。腰紐を締めれば無地で裾濃いの裾がふわりと揺れる。そして鉄紺の帯を手に取り、足元がさばきやすいように高めの位置で巻いていく。細い銀糸の格子柄が滲む帯は矢の字結びにし、背後に回して襟元を整える。
自室の鏡を見ながら、長襦袢の立ち寄りの変わり襟を調整して左首筋のタトゥーを確認する。左手首に金色のブレスレットをし、サイドアップした頭には1輪の桜と紫翡翠を飾る銀の簪を挿した。
これで出来る支度は終わり。あとは心の準備だけだ。
久しぶりの和装に心躍るなか、シュイは不安だった。今回の就任で自分は女性初の副隊長となり相変わらず紅一点の幹部である。班長のときよりももっと責任ある立場となるのだ。
光栄なことで身が引き締まる。けどまだ白ひげに所属して日が浅い自分が就任してしまい、他の女性クルーは心穏やかではないだろう。皆良くしてくれているし、とても優しい人達なのだ。彼女達の反感をかってまで、果たして就任していいのだろうか。
不安が拭えないまま、集合時間が近づく。シュイが重い足取りで部屋を出ると、廊下には主だった女性クルーが並んでいた。
手前に居たライラックがゆっくり歩み寄るなか、シュイは視線を外すように慌てて下を向いた。どんな顔をすればいいか分からないし、彼女たちの表情を確かめるのが怖かった。
小さく震えるシュイの手を両手で包み込むライラックは、恐る恐る顔を上げるシュイの頭をそっと撫でる。
「ちょっと大丈夫? 何を怯えているの?」
「……わたし、ライラックたちを差し置いて幹部になっちゃったもの。いい気、しないでしょ…?」
「そんなこと気にしてたんだ…。大丈夫よ、シュイ」
ライラックはジャケットの胸ポケットに挿した2輪の花をひとつ抜き、シュイの左耳上に通して髪に飾った。白色のデイジーだった。
ライラックが後ろに並ぶ面々を肩越しに視線で示せば、同じ花を身に着けているのが見えた。アカネは帽子の飾りに、ミモザは手首に巻いており、バンジーはバンダナと共に髪飾りとして、他の女性クルーにも白色のデイジーがある。何より皆の表情は笑顔だった。
シュイは目頭が熱くなった。
「貴女はひとりじゃないでしょ。就任おめでとう、シュイ。私たちの可愛い妹を誇りに思うわ」
皆の優しさにシュイはたまらずライラックに抱きついた。ライラックは優しく彼女を受け止めて妹の背中をそっと撫でる。
小柄な妹の背中は細かった。でもその細い背中で、自分の隊を白ひげを全力で背負い立つ姿はどこまでも凛々しいのだ。幹部入りしたとき彼女の態度は変わらなかった。むしろどんどん頼りになる存在へと成長していった。
眩しいほど真っ直ぐで綺麗な誇りを持つ彼女だからこそ、自分たちは心から応援出来るのだ。
涙で崩れたメイクを急いでエミリーに直してもらい、見送りしてくれたメンバーと共に甲板へ向かったシュイ。甲板にはほぼ全員揃っているようだった。
各隊列に並ぶ彼女達と分かれ、恐る恐る前へ移動する。就任するメンバーは隊列のさらに前へ並ぶことになっている。追越しざまに様々な反応を貰いながら所定位置に着く。
今回就任するのは班長5名と副隊長2名。2番隊のデュークと8番隊のウォレスが班長にめでたくなり、15番隊コーネリアはシュイと同じく副隊長となる。
前を見れば中央には船長である父さまが鎮座し、その両サイドには隊長並び幹部が並び立っていた。駆けつけた傘下の海賊団船長たちの姿もある。
ベイの姿もあった。彼女のジャケットの胸ポケットには白いデイジーが一輪飾ってあり、また目頭が熱くなる。
班長就任のときも見た景色だけど、班長では2列目に並んでいた。この度副隊長になるシュイは最前列である。同じはずなのに重みが違う。隣に立つコーネリアからも緊張を感じた。
自分が彼等の仲間入りになるんだと思えば、シュイの両肩がずしりと重くなる。その時ふとイゾウ隊長と目が合った。彼はいつもの服に羽織りを着ていた。鉄紺寄りの紫色の羽織りに、シュイは心が温かくなった。
『これ着て胸を張れ。俺の部下だと堂々と示しな』そう言って着物一式を贈ってくれた彼。今日似た色を身に着けて見守ってくれる彼。ああ、本当に敵わない。
シュイがぐっと顔を上げたと同時に、マルコ隊長の号令で就任式が始まった。班長の名前が順番に呼ばれ、次に副隊長のコーネリアも呼ばれる。そして、自分の番。
「16番隊副隊長、ウツノミヤ=シュイ!」
最後に呼ばれたシュイはゆっくり前に出て、父さま−−ニューゲートと向き合う。ニューゲートが差し出す『中身のない盃』を両手で受け取り、一瞬だけ目を伏せる。空の盃には不思議な重さが宿っているのを感じた。
それから胸の高さで盃を掲げ、シュイは捧げるように差し出した。とても大切に大事そうに差し出した。それをニューゲートは静かに頷き、受け入れた。
「良いツラじゃねえか。おめでとうシュイ」
「ありがとうございます、父さま」
シュイが盃を懐に収めて所定位置まで戻るのを見届け、マルコがクルーへ向けて言った。
「本日からこの7名が幹部入りだよい。オメェらよく覚えておくように。−−これにて、閉式だい」
マルコ隊長の締めの言葉にクルーから拍手が送られる。拍手を浴びながら、コーネリアは就任メンバーを振り返り満足気に目を細めた。
自分を含めデュークとウォレス、元スペード海賊団が並んでいるからだ。2番隊隊長エースはもちろん、スペードで主力の面々は白ひげでも幹部入りを果たしている。やはりエースのスペード海賊団は弱いわけではないのだと、改めて思えて嬉しかった。
何より一番のダークホースであるシュイには驚かされる。16番隊の指導が合っているのか才能なのか成長スピードが半端ない。どんどん先に行くエース同様見てて飽きないから見守る方も面白い。
式中に凛と前を向く彼女の横顔に魅入っていた自分を思い出していれば、がしりと太い腕を肩に回される。自隊の隊長フォッサだった。すでに男泣きしている。
「おめでとうコーネリア!! 今日はなんてめでてぇ日なんだ!」
「ありがとうございます。これも隊長のおかげっす」
「はっ、言うじゃねぇか。おいお前ら、本日の主役を胴上げすんぞ!」
「いや、胴上げは勘弁してくださ、…あああー」
コーネリアの抵抗は虚しく熱いフォッサ隊長に引きづられていき、15番隊のクルー達により胴上げが始まった。
引きずられていく横でシュイは、父さまにイゾウ隊長から贈られた衣装を見せびらかしていた。
「いい着物だなァ。イゾウからか?」
「そうです。ねえ父さま、ちゃんと似合ってるかしら?」
「グラララ、もちろんだとも。なァ、イゾウ」
「当たり前だろ親父、俺が選んだんだぜ」
父さまがシュイの後方へ向けて声をかければ、イゾウ隊長がゆっくり近づいてきた。イゾウが耳元で似合ってるぜ、と甘い声で囁くからシュイの頬が少し赤く染まった。
そんな仲睦まじい二人が和装で並ぶ姿に白ひげは優しく目を細めた。白ひげの横に控えていたマルコがこちらに熱視線を送る一帯に気づき、イゾウとシュイに声をかけた。
「シュイ、そろそろ16へ行ってやれよい。あいつ等待ちくたびれてやがる」
「はい。では父さま、マルコ隊長、失礼します」
白ひげとマルコに丁寧に一礼し、イゾウと共に16番隊クルーがいる方へ向かうシュイ。彼等を見送りながら交わされた白ひげとマルコの会話に気づくことなく、ふたりは凛と歩いていた。
「…変わったなァ」
「親父もそう思うかい。シュイのおかげだよい」
そうか、とこぼす白ひげの見守る視線はやはりどこまでも優しく温かった。
イゾウにエスコートされて歩くシュイは少しどきどきして聞いてみた。盛大に胴上げされたコーネリアの姿が忘れられなくて。
「…私も胴上げされる?」
「よせよ。俺の贈り物着た大事な女を、空に放る趣味はねェぞ」
可愛らしい心配をする部下の質問に珍しくイゾウは破顔した。あまり見ない表情にシュイが見入っていると、急に視線が高くなった。
イゾウに抱きかかえ上げられていた。イゾウはシュイを優しく腕に抱き上げたまま、クルーが隊列する方で歩いていく。シュイがイゾウの分厚い肩を掴んでバランスを取っている間に、イゾウと共に隊列前に着いていた。
隊列の最前列にいた副隊長カイルが眩しそうにこちらを見上げていて最初に目が合う。カイルが嬉しそうに目を細めたのをシュイは見た。ずっとお世話になってきた人からの優しい視線に心が温かい。
イゾウはその腕の中の重みをあえて見せつけるようにしながら、目の前に並ぶ16番隊のクルーを見渡した。口元には隠す気のないいつもの余裕の笑みを浮かべて。
「16番隊、うちに副隊長が一人増える。…頼んだぞ」
イゾウは静かに告げる。声を張らなくても、その言葉は甲板の並ぶ16番隊の全員にまで行き渡っていく。
一瞬の静寂のあと、16番隊の隊員たちが一斉に雄叫びを上げた。その声はモビーディック号全体を揺らすほどで、各々の就任者を祝って盛り上がる別の隊からも注目を浴びる。
シュイは目の前に見える景色に圧倒されていた。いつも隊長と副隊長を見あげる側だったが、いま見えるのは違う。
16番隊の隊員からの視線を、声を受ける側になったことに胸が震える。こんなにも皆の表情が見えていたのか。こんなにも各個人で放つ声が混ざり合っても鮮明に聞き取れるものなのか。
これがイゾウ隊長が、いつも見ている景色なのだ。
そして自分はいま光栄なことに彼と同じ景色を見ている。この感動を、決して忘れない。
シュイは祝福の雄叫びを上げる大好きな16番隊へ、ふわりと笑みを浮かべたのだった。
ある日の朝、シュイはいつもより早く目が覚めた。早くに起きたのでルームメイトのアンナに驚かれた。何処か体調が悪いと勘違いした彼女に医務室に連れて行かれそうになったくらいだ。緊張しているのだと告白してやっと納得してくれた。
そう、今日は幹部就任式。
シュイは班長から副隊長へ就任するのだ。
壁かけにある衣装一式を見て、シュイはさらに緊張が増した。それはイゾウからの就任祝いの贈り物で、是非就任式に着るようにと念押しされた。
「じゃあ準備するわよ」
「?」
シュイが寝巻の浴衣に手をかけたところ、アンナに手を引かれて部屋を出た。連れて行かれた共用洗面所には他のナースたちや女性クルーもいて、促されるまま椅子に座れば周りを取り囲まれる。鏡越しにナース長のエミリーは目を白黒させるシュイににっこり微笑んだ。
「任せてちょうだい。最高の就任式にしてあげるわ」
そのあとはされるがまま、化粧とヘアセットがされていく。普段は日焼け止め程度の化粧しかしないシュイは、鏡の中の見慣れない自分にどきどきしてくる。
複雑な編み込みをされた右サイドアップが完成したところで、支度を手伝ってくれた皆にお礼を言って自室に戻った。ここからは着付けである。
寝巻きの浴衣を脱いで、肌触りの良い白シルクの長襦袢を着る。次に藤鼠の上質な紬に袖を通す。腰紐を締めれば無地で裾濃いの裾がふわりと揺れる。そして鉄紺の帯を手に取り、足元がさばきやすいように高めの位置で巻いていく。細い銀糸の格子柄が滲む帯は矢の字結びにし、背後に回して襟元を整える。
自室の鏡を見ながら、長襦袢の立ち寄りの変わり襟を調整して左首筋のタトゥーを確認する。左手首に金色のブレスレットをし、サイドアップした頭には1輪の桜と紫翡翠を飾る銀の簪を挿した。
これで出来る支度は終わり。あとは心の準備だけだ。
久しぶりの和装に心躍るなか、シュイは不安だった。今回の就任で自分は女性初の副隊長となり相変わらず紅一点の幹部である。班長のときよりももっと責任ある立場となるのだ。
光栄なことで身が引き締まる。けどまだ白ひげに所属して日が浅い自分が就任してしまい、他の女性クルーは心穏やかではないだろう。皆良くしてくれているし、とても優しい人達なのだ。彼女達の反感をかってまで、果たして就任していいのだろうか。
不安が拭えないまま、集合時間が近づく。シュイが重い足取りで部屋を出ると、廊下には主だった女性クルーが並んでいた。
手前に居たライラックがゆっくり歩み寄るなか、シュイは視線を外すように慌てて下を向いた。どんな顔をすればいいか分からないし、彼女たちの表情を確かめるのが怖かった。
小さく震えるシュイの手を両手で包み込むライラックは、恐る恐る顔を上げるシュイの頭をそっと撫でる。
「ちょっと大丈夫? 何を怯えているの?」
「……わたし、ライラックたちを差し置いて幹部になっちゃったもの。いい気、しないでしょ…?」
「そんなこと気にしてたんだ…。大丈夫よ、シュイ」
ライラックはジャケットの胸ポケットに挿した2輪の花をひとつ抜き、シュイの左耳上に通して髪に飾った。白色のデイジーだった。
ライラックが後ろに並ぶ面々を肩越しに視線で示せば、同じ花を身に着けているのが見えた。アカネは帽子の飾りに、ミモザは手首に巻いており、バンジーはバンダナと共に髪飾りとして、他の女性クルーにも白色のデイジーがある。何より皆の表情は笑顔だった。
シュイは目頭が熱くなった。
「貴女はひとりじゃないでしょ。就任おめでとう、シュイ。私たちの可愛い妹を誇りに思うわ」
皆の優しさにシュイはたまらずライラックに抱きついた。ライラックは優しく彼女を受け止めて妹の背中をそっと撫でる。
小柄な妹の背中は細かった。でもその細い背中で、自分の隊を白ひげを全力で背負い立つ姿はどこまでも凛々しいのだ。幹部入りしたとき彼女の態度は変わらなかった。むしろどんどん頼りになる存在へと成長していった。
眩しいほど真っ直ぐで綺麗な誇りを持つ彼女だからこそ、自分たちは心から応援出来るのだ。
涙で崩れたメイクを急いでエミリーに直してもらい、見送りしてくれたメンバーと共に甲板へ向かったシュイ。甲板にはほぼ全員揃っているようだった。
各隊列に並ぶ彼女達と分かれ、恐る恐る前へ移動する。就任するメンバーは隊列のさらに前へ並ぶことになっている。追越しざまに様々な反応を貰いながら所定位置に着く。
今回就任するのは班長5名と副隊長2名。2番隊のデュークと8番隊のウォレスが班長にめでたくなり、15番隊コーネリアはシュイと同じく副隊長となる。
前を見れば中央には船長である父さまが鎮座し、その両サイドには隊長並び幹部が並び立っていた。駆けつけた傘下の海賊団船長たちの姿もある。
ベイの姿もあった。彼女のジャケットの胸ポケットには白いデイジーが一輪飾ってあり、また目頭が熱くなる。
班長就任のときも見た景色だけど、班長では2列目に並んでいた。この度副隊長になるシュイは最前列である。同じはずなのに重みが違う。隣に立つコーネリアからも緊張を感じた。
自分が彼等の仲間入りになるんだと思えば、シュイの両肩がずしりと重くなる。その時ふとイゾウ隊長と目が合った。彼はいつもの服に羽織りを着ていた。鉄紺寄りの紫色の羽織りに、シュイは心が温かくなった。
『これ着て胸を張れ。俺の部下だと堂々と示しな』そう言って着物一式を贈ってくれた彼。今日似た色を身に着けて見守ってくれる彼。ああ、本当に敵わない。
シュイがぐっと顔を上げたと同時に、マルコ隊長の号令で就任式が始まった。班長の名前が順番に呼ばれ、次に副隊長のコーネリアも呼ばれる。そして、自分の番。
「16番隊副隊長、ウツノミヤ=シュイ!」
最後に呼ばれたシュイはゆっくり前に出て、父さま−−ニューゲートと向き合う。ニューゲートが差し出す『中身のない盃』を両手で受け取り、一瞬だけ目を伏せる。空の盃には不思議な重さが宿っているのを感じた。
それから胸の高さで盃を掲げ、シュイは捧げるように差し出した。とても大切に大事そうに差し出した。それをニューゲートは静かに頷き、受け入れた。
「良いツラじゃねえか。おめでとうシュイ」
「ありがとうございます、父さま」
シュイが盃を懐に収めて所定位置まで戻るのを見届け、マルコがクルーへ向けて言った。
「本日からこの7名が幹部入りだよい。オメェらよく覚えておくように。−−これにて、閉式だい」
マルコ隊長の締めの言葉にクルーから拍手が送られる。拍手を浴びながら、コーネリアは就任メンバーを振り返り満足気に目を細めた。
自分を含めデュークとウォレス、元スペード海賊団が並んでいるからだ。2番隊隊長エースはもちろん、スペードで主力の面々は白ひげでも幹部入りを果たしている。やはりエースのスペード海賊団は弱いわけではないのだと、改めて思えて嬉しかった。
何より一番のダークホースであるシュイには驚かされる。16番隊の指導が合っているのか才能なのか成長スピードが半端ない。どんどん先に行くエース同様見てて飽きないから見守る方も面白い。
式中に凛と前を向く彼女の横顔に魅入っていた自分を思い出していれば、がしりと太い腕を肩に回される。自隊の隊長フォッサだった。すでに男泣きしている。
「おめでとうコーネリア!! 今日はなんてめでてぇ日なんだ!」
「ありがとうございます。これも隊長のおかげっす」
「はっ、言うじゃねぇか。おいお前ら、本日の主役を胴上げすんぞ!」
「いや、胴上げは勘弁してくださ、…あああー」
コーネリアの抵抗は虚しく熱いフォッサ隊長に引きづられていき、15番隊のクルー達により胴上げが始まった。
引きずられていく横でシュイは、父さまにイゾウ隊長から贈られた衣装を見せびらかしていた。
「いい着物だなァ。イゾウからか?」
「そうです。ねえ父さま、ちゃんと似合ってるかしら?」
「グラララ、もちろんだとも。なァ、イゾウ」
「当たり前だろ親父、俺が選んだんだぜ」
父さまがシュイの後方へ向けて声をかければ、イゾウ隊長がゆっくり近づいてきた。イゾウが耳元で似合ってるぜ、と甘い声で囁くからシュイの頬が少し赤く染まった。
そんな仲睦まじい二人が和装で並ぶ姿に白ひげは優しく目を細めた。白ひげの横に控えていたマルコがこちらに熱視線を送る一帯に気づき、イゾウとシュイに声をかけた。
「シュイ、そろそろ16へ行ってやれよい。あいつ等待ちくたびれてやがる」
「はい。では父さま、マルコ隊長、失礼します」
白ひげとマルコに丁寧に一礼し、イゾウと共に16番隊クルーがいる方へ向かうシュイ。彼等を見送りながら交わされた白ひげとマルコの会話に気づくことなく、ふたりは凛と歩いていた。
「…変わったなァ」
「親父もそう思うかい。シュイのおかげだよい」
そうか、とこぼす白ひげの見守る視線はやはりどこまでも優しく温かった。
イゾウにエスコートされて歩くシュイは少しどきどきして聞いてみた。盛大に胴上げされたコーネリアの姿が忘れられなくて。
「…私も胴上げされる?」
「よせよ。俺の贈り物着た大事な女を、空に放る趣味はねェぞ」
可愛らしい心配をする部下の質問に珍しくイゾウは破顔した。あまり見ない表情にシュイが見入っていると、急に視線が高くなった。
イゾウに抱きかかえ上げられていた。イゾウはシュイを優しく腕に抱き上げたまま、クルーが隊列する方で歩いていく。シュイがイゾウの分厚い肩を掴んでバランスを取っている間に、イゾウと共に隊列前に着いていた。
隊列の最前列にいた副隊長カイルが眩しそうにこちらを見上げていて最初に目が合う。カイルが嬉しそうに目を細めたのをシュイは見た。ずっとお世話になってきた人からの優しい視線に心が温かい。
イゾウはその腕の中の重みをあえて見せつけるようにしながら、目の前に並ぶ16番隊のクルーを見渡した。口元には隠す気のないいつもの余裕の笑みを浮かべて。
「16番隊、うちに副隊長が一人増える。…頼んだぞ」
イゾウは静かに告げる。声を張らなくても、その言葉は甲板の並ぶ16番隊の全員にまで行き渡っていく。
一瞬の静寂のあと、16番隊の隊員たちが一斉に雄叫びを上げた。その声はモビーディック号全体を揺らすほどで、各々の就任者を祝って盛り上がる別の隊からも注目を浴びる。
シュイは目の前に見える景色に圧倒されていた。いつも隊長と副隊長を見あげる側だったが、いま見えるのは違う。
16番隊の隊員からの視線を、声を受ける側になったことに胸が震える。こんなにも皆の表情が見えていたのか。こんなにも各個人で放つ声が混ざり合っても鮮明に聞き取れるものなのか。
これがイゾウ隊長が、いつも見ている景色なのだ。
そして自分はいま光栄なことに彼と同じ景色を見ている。この感動を、決して忘れない。
シュイは祝福の雄叫びを上げる大好きな16番隊へ、ふわりと笑みを浮かべたのだった。
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