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(彼女と伝説の邂逅〈下〉)
一方、連れ去られたシュイが目を覚ました場所は不思議な空間だった。岩壁に囲まれた洞窟は発光する石が埋まっていて明るい。シュイは柔らかな干草の上に横たわっていた。
シュイの横には抱きかかえられる程の大きさの卵があった。そっと触れれば温かくて鼓動が響く。何処か懐かしい気持ちになった。
「オ目覚メデスカ?」
声をかけられた先には船の上で出会った褐色の両翼を持つ人型のソレが膝をついて控えていた。洞窟の入口側にいるソレの奥には、似た人型や巨体の鳥たちが多く見守っている。
おそらく自分は彼に連れられてここまで来たのだろう。警戒しなきゃいけないのに、彼からは敵意を感じないのでシュイは戸惑ってしまう。
「あなたが私をここに連れてきた理由はなに?」
「乱暴ナ真似ヲオ許シ下サイ。貴女様ニ主ノ御子ノ誕生ヲ手助ケシテイタダキタイノデス」
「この子のことね…」
シュイが隣にある卵に触れれば、殻の内側がくるりと手にすり寄るように回ったのが振動で伝わった。
褐色の両翼を持つ彼、ダイチは黄金色の瞳を伏せながら続ける。
「母君ガ病気デ亡クナリ、ショックデ塞ギ込ンデ仕舞ワレテイマス。コノ島ニ呼鳥ノ雌ハオラズ、主モコノトコロ体調ガ優レナイノデス。我々ハドウニモ出来マセンデシタ」
「どうして私なの?」
「恐レナガラ、貴女様ハ呼鳥ノ血ヲ引イテオラレマス故。貴女様ノ血ガ必要デシタ」
一瞬聞き間違いだと思いたかった。シュイはゆっくり瞬きをして諦めたように呟いた。
「……私は、人ではなかったのね」
「生涯人型ノ呼鳥ガ存在シテマシテ、人里ニ紛レ生活シテイル者達モオリマス。貴女様ハ混血ニアタリマス。異能ハ定カデハアリマセンガ、人ト体質ガ違イマセンカ?」
思い当たる節が無くはない。身体が病弱なのだと思われた症状が、それなのだろう。
今更自分が人外だと判明しても、故郷であれだけ化け物扱いされてきたのだから悲しくもない。むしろ何処か納得出来た気がする。
「それで、この子が出てくるには具体的にはどうしたら良いのかしら?」
「ドウゾ語リカケテ下サイ。御子ガ出テ来タクナル様安心サセテ頂キタイ」
シュイはもう一度傍にある温かい卵と向き直った。呼鳥の主の御子ということは、周りから誕生を待ち望んでいる存在だろう。
そっと額を卵に当てて、目をつぶって語りかけた。
「大丈夫、怖くないわ。皆あなたに会えるのを楽しみにしてるよ」
母親が居なくて不安だろう。
だけどこれだけ周りに見守られているのだから、恐れることは何もないはず。
こんなにも皆が待っているのだから。
「大丈夫よ。私もいるから、ね? あなたはひとりじゃないわ」
その時触れた卵からドクンと大きく鼓動がした。額に離して見守れば、殻にヒビが多数入り破れていく。
上部が砕け散ったところで現れたのは、橙色をした艶やかな羽根を持つ呼鳥だった。殻の破片と水気を振るうように身震いし、ゆっくり開いた黄金色の瞳は丸くてこぼれ落ちそう。褐色の嘴で「キュル…」と可愛らしく鳴いた。
あまりに神々しい姿にシュイは息をのんだ。美しい羽根は、まるで夕陽のように鮮やかだった。
シュイはそっと腕を伸ばして、尊い存在を抱き上げて微笑んだ。彼女の頭には誰かの声でこの子の名前が告げられる。
「はじめまして、『ユウヒ』。産まれてきてくれてありがとう」
「キュルル」
ユウヒが目を細めてシュイにすり寄って甘えて鳴いた。傍に控えていた呼鳥達も一斉に鳴いた。幾重にも重なる祝福の鳴き声が、神秘的な旋律のように響き渡る。
待ち焦がれた主の御子の誕生である。
それから誕生の儀式である親鳥からの血の分け与えをする。ダイチから受け取った主の血が入った小瓶を盃に傾けて入れ、指先を切って混血であるシュイの血を加える。その盃を抱きかかえたユウヒに差し出した。
これは親からの最初のプレゼントで、成鳥の血に含まれる免疫機能を子に与え、病気にかからないようにするためである。血を口に含んだユウヒの身体が仄かに輝いた。
無事誕生の儀式を終えて、ユウヒを抱きしめて干草の上で横になるシュイ。明日の朝ダイチが島にある村まで送り届けてくれるという。エースや皆の下に帰れるのだ。
子の誕生に立ち会うという大役を果たしたシュイは疲れていて、とても深い眠りについていた。その夢の中でシュイは大きな手で頭を優しく撫でられた。温かくて切なくなるくらい懐かしい、大きな手だった。
『我が姪よ、ありがとう。どうか健やかにあれ――』
翌朝エースたちが再び村を訪ねて行けば、コムラが出迎えてくれた。昨晩無事主の御子の卵が孵り、もうすぐシュイを送り届けてくるそうだ。エースが空を見上げながら待っていると、遠くからあの人型の呼鳥が向かって来るのが見えた。
褐色の呼鳥の腕にはシュイの姿がある。それはゆっくりエースの前に降り立つと、そっとシュイを下ろした。
シュイが自分の足で立つのを見届ける前に、エースは近寄り彼女を掻き抱いた。少し干草の香りが混ざっているが、いつもの柔らかいシュイの香りを自分の腕の中に取り戻し、ようやくエースは息が出来た気がした。
目の前で攫われて、彼女1人が得体の知れない呼鳥の住処に連れ去られて、心配で堪らなかった。
「無事で、良かった…」
「…ただいま、エース」
シュイはきつく抱き締められながら、安心で泣きそうになる。もう知らない所に1人じゃなくて、護ってくれるエースの腕の中に帰ってきたのだから。
その時「キュウ…」と小さな鳴き声が聞こえた。シュイははっとして、慌てて身を捩った。渋々エースが腕を緩めて見下ろせば、彼女の腕の中に橙色のふわふわな物体がいた。もぞりと動いたソレは黄金色の円らな瞳と褐色の嘴を持つ幼い呼鳥だった。
「ユウヒって言うの、可愛いでしょ。一緒に連れて行こうと思うんだけど、良いかな?」
「おう…?」
キラキラした瞳で訴えるシュイの視線を避けて、エースが説明を求めるように近くにいた褐色の呼鳥へ視線で問えば、褐色の呼鳥ダイチは何処か申し訳無さそうに口を開いた。
「ユウヒ様ガ、シュイ様ト離レタクナイソウデス」
「産まれたばっかで島を離れても良いのか? それに安全な航海とは言えねぇぞ」
「問題アリマセン。我々呼鳥ノ寿命ハ人間ヨリ永イノデ、貴方タチノ航海ニ付キ合ッタアトモ充分時間ハアリマス。マタ異能ガアリマスカラ、命ノ危険ハソウ心配イラナイカト」
ダイチの言葉から伝説の呼鳥ゆえ命を落とす心配はなさそうである。何よりシュイにべったり甘えてすり寄る姿をみれば、引き離す気にもなれない。
「…分かった。乗船を許可する」
「ありがとう、エース!」
嬉しそうなシュイの満面の笑みに、エースは直視出来ず鼻の頭をかいた。相変わらず彼女の笑顔には弱いのである。
ダイチから恭しく一礼されて、エースは手を上げて応えた。そしてシュイの腕に抱かれたユウヒに視線を合わせるように屈み、橙色の羽根に触れようと手を伸ばした、が。
「よろしくな、ユウヒ。っでーーー!」
「ユウヒ!?」
ユウヒは伸ばされたエースの指をがぶりと嘴で噛みついた。容赦無く噛まれたエースの指からは流血があり、それがユウヒの口内へ流れて入っていく。こくりとユウヒが飲み込み、鼻を鳴らす彼にシュイは仰天した。エースは何が起きたか理解が追いつかず、流血する自分の手とユウヒを何度も交互に見ていた。
彼らの傍で見守っていたデュースは、ダイチとコムラとお互いに顔を見合わせる。確か先日コムラから、呼鳥の契約は契約者の血を飲むことで成立すると説明されたことが頭に浮かんだ。
「いまエースの血を飲みましたよね?」
「お飲みになられました」
「ってことは、あの呼鳥はエースと契約したことになりますよね?」
「……ユウヒ様トノゴ契約、オメデトウゴザイマス」
エースはメラメラの実の能力者で物理攻撃は通用しないはずだが、ユウヒの嘴であっさり流血した。これが伝説の理由なのか。
デュースは盛大なため息を吐きながら天を仰いだ。伝説の呼鳥の島との遭遇だけではなく、思わぬ展開で伝説の存在と船長が契約することになるとは誰が予想しただろう。
未だぎゃーぎゃー言い(鳴き)合っている1人と1羽にこれからの航海がより一層賑やかにしかならない未来に、デュースは頭を抱えることしか出来なかった。
あれからコムラとダイチに見送られ、シュイを取り戻したスペード海賊団は呼鳥の島を教わった海流に乗り出港した。
不思議な体験が嘘のように日常が戻り、ユウヒはエースとシュイに見守れながら、すくすくのんびりと成鳥していった。天気の良い昼間の甲板では、お昼寝したユウヒをシュイが抱えて、傍でエースが寄り添うように立って見つめている姿をよく見かける。
そんな彼らを遠目に、デュースは島で聞いた呼鳥の真実とシュイの関係に何処か腑に落ちないところがあった。コムラからの説明で矛盾を感じた点を思い出して探っていると、デュースの横で船縁に寄りかかる人物がいた。
「デューの旦那は、まーだ難しい顔をしてるね」
デュースの思考を遮るように現れたのはコーネリア。彼が咥えた煙草の香りも、デュースを思考を鈍らせる一役になっている。
「スケールがデカすぎて、未だに伝説の呼鳥の存在を受け止めきれないだけさ」
「ふうん? 俺にはシュイにベッタリな弟みたいにしか見えないけどね」
「…お前は楽観的過ぎるんだ」
成り行きとはいえ、呼鳥という未知過ぎる存在を抱えることになったのだ。不安は消えない。さらに異世界から来た彼女の秘密の欠片を見た気がして、頭が混乱していた。
「まあ、いまの護られてる彼女のままなら、エースも俺たちも変わらないけどね。それにユウヒが追加された感じかな」
「ーーーっ?!」
デュースは目を見開いて隣を見上げた。コーネリアの穏やかな表情はそのままだ。
『エースも俺たちも』と言った彼。デュースがシュイに抱く違和感を、エースはじめ武闘派は既に受け入れているのだ。
自分が出す仮説から生じる不安が霞むほど、我が船長の懐が深過ぎる。デュースは無駄な心配事をするところだったのだ。
「…だったら、俺から何も言う事はないな」
「さっすが旦那。俺だけじゃなくて皆シュイを可愛い妹だと思ってるよ。エースは知らないけど」
「鈍いんだから、あまり突付くなよ…」
デュースのため息とコーネリアの爽やかな笑いが、鮮やかな青空に向けて広がった。
今日もスペース海賊団は賑やかにのんびりと航海を進んでいく。
一方、連れ去られたシュイが目を覚ました場所は不思議な空間だった。岩壁に囲まれた洞窟は発光する石が埋まっていて明るい。シュイは柔らかな干草の上に横たわっていた。
シュイの横には抱きかかえられる程の大きさの卵があった。そっと触れれば温かくて鼓動が響く。何処か懐かしい気持ちになった。
「オ目覚メデスカ?」
声をかけられた先には船の上で出会った褐色の両翼を持つ人型のソレが膝をついて控えていた。洞窟の入口側にいるソレの奥には、似た人型や巨体の鳥たちが多く見守っている。
おそらく自分は彼に連れられてここまで来たのだろう。警戒しなきゃいけないのに、彼からは敵意を感じないのでシュイは戸惑ってしまう。
「あなたが私をここに連れてきた理由はなに?」
「乱暴ナ真似ヲオ許シ下サイ。貴女様ニ主ノ御子ノ誕生ヲ手助ケシテイタダキタイノデス」
「この子のことね…」
シュイが隣にある卵に触れれば、殻の内側がくるりと手にすり寄るように回ったのが振動で伝わった。
褐色の両翼を持つ彼、ダイチは黄金色の瞳を伏せながら続ける。
「母君ガ病気デ亡クナリ、ショックデ塞ギ込ンデ仕舞ワレテイマス。コノ島ニ呼鳥ノ雌ハオラズ、主モコノトコロ体調ガ優レナイノデス。我々ハドウニモ出来マセンデシタ」
「どうして私なの?」
「恐レナガラ、貴女様ハ呼鳥ノ血ヲ引イテオラレマス故。貴女様ノ血ガ必要デシタ」
一瞬聞き間違いだと思いたかった。シュイはゆっくり瞬きをして諦めたように呟いた。
「……私は、人ではなかったのね」
「生涯人型ノ呼鳥ガ存在シテマシテ、人里ニ紛レ生活シテイル者達モオリマス。貴女様ハ混血ニアタリマス。異能ハ定カデハアリマセンガ、人ト体質ガ違イマセンカ?」
思い当たる節が無くはない。身体が病弱なのだと思われた症状が、それなのだろう。
今更自分が人外だと判明しても、故郷であれだけ化け物扱いされてきたのだから悲しくもない。むしろ何処か納得出来た気がする。
「それで、この子が出てくるには具体的にはどうしたら良いのかしら?」
「ドウゾ語リカケテ下サイ。御子ガ出テ来タクナル様安心サセテ頂キタイ」
シュイはもう一度傍にある温かい卵と向き直った。呼鳥の主の御子ということは、周りから誕生を待ち望んでいる存在だろう。
そっと額を卵に当てて、目をつぶって語りかけた。
「大丈夫、怖くないわ。皆あなたに会えるのを楽しみにしてるよ」
母親が居なくて不安だろう。
だけどこれだけ周りに見守られているのだから、恐れることは何もないはず。
こんなにも皆が待っているのだから。
「大丈夫よ。私もいるから、ね? あなたはひとりじゃないわ」
その時触れた卵からドクンと大きく鼓動がした。額に離して見守れば、殻にヒビが多数入り破れていく。
上部が砕け散ったところで現れたのは、橙色をした艶やかな羽根を持つ呼鳥だった。殻の破片と水気を振るうように身震いし、ゆっくり開いた黄金色の瞳は丸くてこぼれ落ちそう。褐色の嘴で「キュル…」と可愛らしく鳴いた。
あまりに神々しい姿にシュイは息をのんだ。美しい羽根は、まるで夕陽のように鮮やかだった。
シュイはそっと腕を伸ばして、尊い存在を抱き上げて微笑んだ。彼女の頭には誰かの声でこの子の名前が告げられる。
「はじめまして、『ユウヒ』。産まれてきてくれてありがとう」
「キュルル」
ユウヒが目を細めてシュイにすり寄って甘えて鳴いた。傍に控えていた呼鳥達も一斉に鳴いた。幾重にも重なる祝福の鳴き声が、神秘的な旋律のように響き渡る。
待ち焦がれた主の御子の誕生である。
それから誕生の儀式である親鳥からの血の分け与えをする。ダイチから受け取った主の血が入った小瓶を盃に傾けて入れ、指先を切って混血であるシュイの血を加える。その盃を抱きかかえたユウヒに差し出した。
これは親からの最初のプレゼントで、成鳥の血に含まれる免疫機能を子に与え、病気にかからないようにするためである。血を口に含んだユウヒの身体が仄かに輝いた。
無事誕生の儀式を終えて、ユウヒを抱きしめて干草の上で横になるシュイ。明日の朝ダイチが島にある村まで送り届けてくれるという。エースや皆の下に帰れるのだ。
子の誕生に立ち会うという大役を果たしたシュイは疲れていて、とても深い眠りについていた。その夢の中でシュイは大きな手で頭を優しく撫でられた。温かくて切なくなるくらい懐かしい、大きな手だった。
『我が姪よ、ありがとう。どうか健やかにあれ――』
翌朝エースたちが再び村を訪ねて行けば、コムラが出迎えてくれた。昨晩無事主の御子の卵が孵り、もうすぐシュイを送り届けてくるそうだ。エースが空を見上げながら待っていると、遠くからあの人型の呼鳥が向かって来るのが見えた。
褐色の呼鳥の腕にはシュイの姿がある。それはゆっくりエースの前に降り立つと、そっとシュイを下ろした。
シュイが自分の足で立つのを見届ける前に、エースは近寄り彼女を掻き抱いた。少し干草の香りが混ざっているが、いつもの柔らかいシュイの香りを自分の腕の中に取り戻し、ようやくエースは息が出来た気がした。
目の前で攫われて、彼女1人が得体の知れない呼鳥の住処に連れ去られて、心配で堪らなかった。
「無事で、良かった…」
「…ただいま、エース」
シュイはきつく抱き締められながら、安心で泣きそうになる。もう知らない所に1人じゃなくて、護ってくれるエースの腕の中に帰ってきたのだから。
その時「キュウ…」と小さな鳴き声が聞こえた。シュイははっとして、慌てて身を捩った。渋々エースが腕を緩めて見下ろせば、彼女の腕の中に橙色のふわふわな物体がいた。もぞりと動いたソレは黄金色の円らな瞳と褐色の嘴を持つ幼い呼鳥だった。
「ユウヒって言うの、可愛いでしょ。一緒に連れて行こうと思うんだけど、良いかな?」
「おう…?」
キラキラした瞳で訴えるシュイの視線を避けて、エースが説明を求めるように近くにいた褐色の呼鳥へ視線で問えば、褐色の呼鳥ダイチは何処か申し訳無さそうに口を開いた。
「ユウヒ様ガ、シュイ様ト離レタクナイソウデス」
「産まれたばっかで島を離れても良いのか? それに安全な航海とは言えねぇぞ」
「問題アリマセン。我々呼鳥ノ寿命ハ人間ヨリ永イノデ、貴方タチノ航海ニ付キ合ッタアトモ充分時間ハアリマス。マタ異能ガアリマスカラ、命ノ危険ハソウ心配イラナイカト」
ダイチの言葉から伝説の呼鳥ゆえ命を落とす心配はなさそうである。何よりシュイにべったり甘えてすり寄る姿をみれば、引き離す気にもなれない。
「…分かった。乗船を許可する」
「ありがとう、エース!」
嬉しそうなシュイの満面の笑みに、エースは直視出来ず鼻の頭をかいた。相変わらず彼女の笑顔には弱いのである。
ダイチから恭しく一礼されて、エースは手を上げて応えた。そしてシュイの腕に抱かれたユウヒに視線を合わせるように屈み、橙色の羽根に触れようと手を伸ばした、が。
「よろしくな、ユウヒ。っでーーー!」
「ユウヒ!?」
ユウヒは伸ばされたエースの指をがぶりと嘴で噛みついた。容赦無く噛まれたエースの指からは流血があり、それがユウヒの口内へ流れて入っていく。こくりとユウヒが飲み込み、鼻を鳴らす彼にシュイは仰天した。エースは何が起きたか理解が追いつかず、流血する自分の手とユウヒを何度も交互に見ていた。
彼らの傍で見守っていたデュースは、ダイチとコムラとお互いに顔を見合わせる。確か先日コムラから、呼鳥の契約は契約者の血を飲むことで成立すると説明されたことが頭に浮かんだ。
「いまエースの血を飲みましたよね?」
「お飲みになられました」
「ってことは、あの呼鳥はエースと契約したことになりますよね?」
「……ユウヒ様トノゴ契約、オメデトウゴザイマス」
エースはメラメラの実の能力者で物理攻撃は通用しないはずだが、ユウヒの嘴であっさり流血した。これが伝説の理由なのか。
デュースは盛大なため息を吐きながら天を仰いだ。伝説の呼鳥の島との遭遇だけではなく、思わぬ展開で伝説の存在と船長が契約することになるとは誰が予想しただろう。
未だぎゃーぎゃー言い(鳴き)合っている1人と1羽にこれからの航海がより一層賑やかにしかならない未来に、デュースは頭を抱えることしか出来なかった。
あれからコムラとダイチに見送られ、シュイを取り戻したスペード海賊団は呼鳥の島を教わった海流に乗り出港した。
不思議な体験が嘘のように日常が戻り、ユウヒはエースとシュイに見守れながら、すくすくのんびりと成鳥していった。天気の良い昼間の甲板では、お昼寝したユウヒをシュイが抱えて、傍でエースが寄り添うように立って見つめている姿をよく見かける。
そんな彼らを遠目に、デュースは島で聞いた呼鳥の真実とシュイの関係に何処か腑に落ちないところがあった。コムラからの説明で矛盾を感じた点を思い出して探っていると、デュースの横で船縁に寄りかかる人物がいた。
「デューの旦那は、まーだ難しい顔をしてるね」
デュースの思考を遮るように現れたのはコーネリア。彼が咥えた煙草の香りも、デュースを思考を鈍らせる一役になっている。
「スケールがデカすぎて、未だに伝説の呼鳥の存在を受け止めきれないだけさ」
「ふうん? 俺にはシュイにベッタリな弟みたいにしか見えないけどね」
「…お前は楽観的過ぎるんだ」
成り行きとはいえ、呼鳥という未知過ぎる存在を抱えることになったのだ。不安は消えない。さらに異世界から来た彼女の秘密の欠片を見た気がして、頭が混乱していた。
「まあ、いまの護られてる彼女のままなら、エースも俺たちも変わらないけどね。それにユウヒが追加された感じかな」
「ーーーっ?!」
デュースは目を見開いて隣を見上げた。コーネリアの穏やかな表情はそのままだ。
『エースも俺たちも』と言った彼。デュースがシュイに抱く違和感を、エースはじめ武闘派は既に受け入れているのだ。
自分が出す仮説から生じる不安が霞むほど、我が船長の懐が深過ぎる。デュースは無駄な心配事をするところだったのだ。
「…だったら、俺から何も言う事はないな」
「さっすが旦那。俺だけじゃなくて皆シュイを可愛い妹だと思ってるよ。エースは知らないけど」
「鈍いんだから、あまり突付くなよ…」
デュースのため息とコーネリアの爽やかな笑いが、鮮やかな青空に向けて広がった。
今日もスペース海賊団は賑やかにのんびりと航海を進んでいく。