黎明期
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(異質な彼女)
あのときの貴方は、恐かった。
白ひげという大海賊に挑発したからじゃない。何処かにある目的を見つけたくて、前しか進めないようにわざと退路を断つ。そんな危うい姿勢に、貴方がひとりで遠くへ行く気がして恐かった。
皆が呆然と燃え落ちる白ひげの海賊旗を見上げる中、シュイは彼の背中をじっと見据えていた。我らがスペード海賊団船長のエースの背中は大きい。けれど何処か危うい鋭さも感じる、その背中を。
その後の展開は目まぐるしいものだった。
新世界の全てが常識の通じない次元で、クルー全員が刺激に溢れて滾っていた。前しか見ないエースをただ追いかける、そんな異質な雰囲気に呑まれて酔いそうだった。
なんとか荒波を乗り越えようとしたスペード海賊団だったが、新参者への洗礼は思ったより早くやってきた。
七武海・海侠ジンベエが立ちはだかった。
何が起こったのか理解する前に非戦闘員のシュイは岩陰に避難されられ、ただ皆の無事を祈るしかなかった。戦闘の振動や爆風のなか恐怖に耐えながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
そして、音が止んだ。
恐る恐る岩陰から身を乗り出して覗った先に見たものは力なく横たわるクルーたちと、船長のエースを抱き上げて去ろうとする存在だった。
また私から大切なものを奪うのか。
シュイの中で何かが割れる音がした。
−−−返して。
これ以上私から大事なものを奪わないで。
お願いだから、返して。
何度叫んだか分からない。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃにほてるし、力の限り声を荒げて喉は渇れて血の味を感じた。
止めようとする幾つもの腕を振り払って手を伸ばしても、どうしても大切な彼には届かなくて。あがない続けて体力も尽き、最期は押さえつけられて動けなくなった。
背に腕を締め上げられる痛みより、あの人が遠くへ連れて行かれる胸の痛みの方が痛くて堪らなかった。
「お願い、行かないで…っ」
何も役に立てない私が隣にいることを許してくれた人。
何も知らない世界に来た心細い私に笑顔を向けてくれた人。
どんなときも迷う私に手を差し伸べてくれた人。
私の大事な人。
私にとって太陽みたいな温かい人。
もう元の世界に戻りたいなんて望まないから。
ほかに何もいらないから。
だからどうか、彼だけは私から奪わないで−−−
あれからシュイは両腕に重い手錠をつけられて、暗い地下牢へひとり入れられた。泣いて腫れた目元がヒリヒリする。シュイは膝を抱えて座って顔を埋めた。ただただ時間を過ぎるのをひとり堪えた。
壁に窓は無く薄暗いまま、灯りは天井にひとつあるランプだけで時間帯も分からない。定期的に出される食事は口に合わなくてほぼもどしてしまった。水とパンだけは少量なんとか飲み込んで空腹を紛らわせた。
彼と他のクルーのことが気ががりで寝れるわけもなく意識を保つのに必死だった。交代する見張り達から声をかけられても、返答する体力も残ってなかった。そんな日々が続いてそろそろ意識が朦朧としていたとき、地下牢の扉が開けられた。
回らない頭で言われるがまま身を清めて渡された服を着る。見張りと世話を手伝ってくれた女性クルーがそっと両腕に包帯を巻いてくれた。そこには意識を保つのに爪を立ててかきむしっていた傷が無数にあるからだ。
連れてこられた部屋には両側に幹部だろうメンバーがズラリと並びシュイを待っていた。白ひげはおらず、代わりに一番奥にいる特徴的な髪型をした青年が口を開いた。
「あんなとこにいてもらって悪かったよい。お前さんの処遇をなかなか決めかねてた」
どうやらシュイは隔離されていたらしい。なぜ非戦闘の自分だけが対象なのか。彼らのシュイに対する懸念材料が知りたかった。
「いくつか質問させてもらう。お前さんはスペードクルーだな?」
「はい」
「戦闘員だったかい?」
「違います。戦闘のときはいつも身を隠していました」
「…悪魔の実の能力者かい?」
悪魔の実はエースが食べたものだと聞いていた。シュイは食べてないので首を振った。
すると部屋の空気が騒いだ。…なんでだろう。
「悪魔の実じゃない? じゃああの能力はなんだい?」
彼らの話が見えない。あのときは無我夢中だったから自分がどのように抵抗したかも曖昧だ。
シュイは首を傾げるしかなかった。
「よく覚えていません。あの能力とはなんのことですか?」
「…まさか無意識かい」
「とぼけてない?」
「ここは直接対峙した者に聞いてみよう」
手前の和装の青年が軽く目を見張れば、斜め向いの青年がシュイに疑いの視線を投げた。中央のシルクハットを被る男性が奥にいる人物を名指しする。
頭部に巻かれた包帯がある大柄な男性は静かに言葉を選んだ。
「覇気に似ていたな。先ず感じたのは冷気だった。ロギアより実体はあったように思うが、まるで氷結を操っているように感じたな」
「…氷?」
氷は馴染みがある。シュイの兄の能力だったから、いつも間近で見てきた。そして自分が長年焦がれていた力でもある。
考え込むシュイの様子に、奥の男性が目を細める。
「どうやら思い当たる節があるみたいだな」
「そんな…その能力は兄しか使えなかったんです。私が使えるはずありません」
「だが現にお前さんは使っていたぞ」
あれほど欲していた能力がシュイの中にも存在していたのだろうか。でもなぜ異世界に来てから開花したのか。
分からない。ずっと自分には手に入らないモノだと思っていたのに。
『…よいか? 争いに巻き込まれぬよう、お主を守るために封じておこうぞ…』
突如ひどい頭痛に襲われた。気持ち悪い。身体が熱くて痛い。吐きそうだ。
何か大事なことを思い出せそうな予感と共に、シュイは意識を手放した。
「…おっと」
彼女が頭を抱えたと思えば力なく崩れ落ちた。その細い体躯を近くにいたイゾウは何とか受け止めた。
顔を覗き込めば顔色が悪いうえ、抱えた軽すぎる身体はどうも熱い。額に手の平を当ててみたら、思った通り。
「嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「気を失ったみたいだ。熱もある」
同じく部屋の入り口側に立つフォッサが心配そうに腰を折る。ほかにも何人かは彼女の顔色を遠目でうかがっているが、一部では別の反応をしていた。
「ちょうど良いじゃん。弱ってるいま始末すれば」
「病人に手ェ出すんかえ」
「そうは言うけどナミュール、そいつ危険分子なんだろ。不穏なものを何時迄も船に置けねェぜ」
シュイをひとり隔離していた理由は、瞬間的とは言えいち隊長と未知の力でやり合ったからである。船長のエースよりも格段に実力有りと危険視されていた。
隊長の間で彼女を排除するか、エースの仲間なので様子見をするかで一時意見が割れていたが、船長である親父からはシュイの保護を言い渡されている。未知の力ゆえ彼女の扱いは慎重になる上、未だ排除派は納得していないので話し合いはなかなか進まない。
「ハルタとクリエル、それは親父の意に反することだ」
「ビスタの言う通りだ。それに本人が気ィ失ってンなら話は進まねェじゃん。回復を待って改めて場を設けた方が良いんじゃね? なぁマルコ」
敵意を隠さない排除派を横目に飄々と言うサッチに、丸投げされたマルコは深いため息をついた。話合いはまた並行線である。
「今日はここまでだよい、解散だ。…イゾウ、そのまま彼女を医務室へ運んでもらえるかい」
マルコとイゾウ、それにサッチが医務室へシュイを運べば、診察したドクターから監視対象の扱いがなっていないと大目玉を食らうことになった。栄養失調に疲労から来る発熱。シュイの体調は危険な状態であった。
聞けばまともに食事を取れていなかったらしい。食事は食べてももどしてばかりで、水ばかり飲んでいたのだと。
見張りからの報告の漏れにマルコは頭を抱えた。そんな弱った状態で幹部揃えて、あの尋問をしてしまったのか。
それからシュイは集中治療の対象となり、地下牢ではなく医務室で過ごすことになった。
あれから2週間が経つも、シュイは意識不明のままである。点滴により栄養失調は改善され、青白かった顔色は少し赤みが戻っていた。熱も下がり一先ず危険な状態からは脱した。
それでも病的に細くなった身体は油断を許さない状況である。このまま寝たきりでは意識が戻っても普通に生活出来るか怪しい。
これは身柄預かる側の不手際が否めない。警戒していたとはいえ、少女ひとりまともに保護出来ていないのだから。不手際の弁解をする訳では無いが、あれから幹部クラスが毎日彼女の様子を見に医務室へ足を運ぶようになった。
エースの往生際が悪い足掻きは置いておいて、他のスペードクルーたちは手当ても済み各自仕事を始めている。干渉しないよう散り散りに隊へ配置したなか、シュイの姿が見当たらないことに気づき始め、彼女の安否を尋ねる回数が増えてきた。特に同性のバンシーは顔を見るまで安心出来ないから会わせて欲しいと懇願する程だ。
そんな医務室に眠る彼女のことを考えるのは見回りの途中で、いま医務室の横を通っているからだろうか。
ついでに顔でも見ていくかと、イゾウが扉を開けてみたのは、奥のベッドで眠るシュイの枕元で彼女を見守る鳥の姿があった。暗闇の部屋でぼんやりとランプのように身体が橙色に発光していた。
イゾウがゆっくり近づけばソレは彼女からイゾウへ視線を移し、黄金の瞳をついと細めた。コタツの他にもペットがいたのかと思えば、ソレは喋った。
「ダレ」
直接頭に響くような、不思議な感覚だった。ソレの声はずいぶん幼なかった。
「白ひげのイゾウだ。お前さんはこの子のペットか?」
「チガウ。ボク、シュイノナカイタ。シュイヨワッテタ、タスケタ」
「…その子の健康状態に配慮出来ねェで、申し訳なかった」
『タスケタ』と言うソレ。よく分からないが、彼女の状態改善に尽力してくれたらしい。こちらの言葉は理解している。
イゾウの謝罪に不思議な存在のソレは首を振った。
「イイヨ、モウヨクナル。シュイ、メヲサマス」
ソレは眠るシュイに視線を戻し、そっと嘴で彼女の頬を撫でる。愛おしいそうに撫でる姿に、申し訳ない気持ちが消えない。
イゾウが彼らを見守っていると、ソレは次第に姿が消えていった。そして横たわるシュイの瞳がゆっくり開かれた。
意識が戻ったことに驚きながらイゾウが顔をのぞき込めば、ぼんやりとシュイの視線が合った。
「気分はどうだ?」
「……にい、さ…」
目が合ったシュイはふわりと安心したように微笑んで、また瞳を閉じて眠りについた。イゾウは隣室に控える夜勤者にシュイが意識を取り戻したことを伝えに行く。バタバタと処置をされるのを見届けて、イゾウは見回りに戻った。
ソレとの出会いは、誰にも告げることはしなかった。
あのときの貴方は、恐かった。
白ひげという大海賊に挑発したからじゃない。何処かにある目的を見つけたくて、前しか進めないようにわざと退路を断つ。そんな危うい姿勢に、貴方がひとりで遠くへ行く気がして恐かった。
皆が呆然と燃え落ちる白ひげの海賊旗を見上げる中、シュイは彼の背中をじっと見据えていた。我らがスペード海賊団船長のエースの背中は大きい。けれど何処か危うい鋭さも感じる、その背中を。
その後の展開は目まぐるしいものだった。
新世界の全てが常識の通じない次元で、クルー全員が刺激に溢れて滾っていた。前しか見ないエースをただ追いかける、そんな異質な雰囲気に呑まれて酔いそうだった。
なんとか荒波を乗り越えようとしたスペード海賊団だったが、新参者への洗礼は思ったより早くやってきた。
七武海・海侠ジンベエが立ちはだかった。
何が起こったのか理解する前に非戦闘員のシュイは岩陰に避難されられ、ただ皆の無事を祈るしかなかった。戦闘の振動や爆風のなか恐怖に耐えながら、ただ時間が過ぎるのを待っていた。
そして、音が止んだ。
恐る恐る岩陰から身を乗り出して覗った先に見たものは力なく横たわるクルーたちと、船長のエースを抱き上げて去ろうとする存在だった。
また私から大切なものを奪うのか。
シュイの中で何かが割れる音がした。
−−−返して。
これ以上私から大事なものを奪わないで。
お願いだから、返して。
何度叫んだか分からない。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃにほてるし、力の限り声を荒げて喉は渇れて血の味を感じた。
止めようとする幾つもの腕を振り払って手を伸ばしても、どうしても大切な彼には届かなくて。あがない続けて体力も尽き、最期は押さえつけられて動けなくなった。
背に腕を締め上げられる痛みより、あの人が遠くへ連れて行かれる胸の痛みの方が痛くて堪らなかった。
「お願い、行かないで…っ」
何も役に立てない私が隣にいることを許してくれた人。
何も知らない世界に来た心細い私に笑顔を向けてくれた人。
どんなときも迷う私に手を差し伸べてくれた人。
私の大事な人。
私にとって太陽みたいな温かい人。
もう元の世界に戻りたいなんて望まないから。
ほかに何もいらないから。
だからどうか、彼だけは私から奪わないで−−−
あれからシュイは両腕に重い手錠をつけられて、暗い地下牢へひとり入れられた。泣いて腫れた目元がヒリヒリする。シュイは膝を抱えて座って顔を埋めた。ただただ時間を過ぎるのをひとり堪えた。
壁に窓は無く薄暗いまま、灯りは天井にひとつあるランプだけで時間帯も分からない。定期的に出される食事は口に合わなくてほぼもどしてしまった。水とパンだけは少量なんとか飲み込んで空腹を紛らわせた。
彼と他のクルーのことが気ががりで寝れるわけもなく意識を保つのに必死だった。交代する見張り達から声をかけられても、返答する体力も残ってなかった。そんな日々が続いてそろそろ意識が朦朧としていたとき、地下牢の扉が開けられた。
回らない頭で言われるがまま身を清めて渡された服を着る。見張りと世話を手伝ってくれた女性クルーがそっと両腕に包帯を巻いてくれた。そこには意識を保つのに爪を立ててかきむしっていた傷が無数にあるからだ。
連れてこられた部屋には両側に幹部だろうメンバーがズラリと並びシュイを待っていた。白ひげはおらず、代わりに一番奥にいる特徴的な髪型をした青年が口を開いた。
「あんなとこにいてもらって悪かったよい。お前さんの処遇をなかなか決めかねてた」
どうやらシュイは隔離されていたらしい。なぜ非戦闘の自分だけが対象なのか。彼らのシュイに対する懸念材料が知りたかった。
「いくつか質問させてもらう。お前さんはスペードクルーだな?」
「はい」
「戦闘員だったかい?」
「違います。戦闘のときはいつも身を隠していました」
「…悪魔の実の能力者かい?」
悪魔の実はエースが食べたものだと聞いていた。シュイは食べてないので首を振った。
すると部屋の空気が騒いだ。…なんでだろう。
「悪魔の実じゃない? じゃああの能力はなんだい?」
彼らの話が見えない。あのときは無我夢中だったから自分がどのように抵抗したかも曖昧だ。
シュイは首を傾げるしかなかった。
「よく覚えていません。あの能力とはなんのことですか?」
「…まさか無意識かい」
「とぼけてない?」
「ここは直接対峙した者に聞いてみよう」
手前の和装の青年が軽く目を見張れば、斜め向いの青年がシュイに疑いの視線を投げた。中央のシルクハットを被る男性が奥にいる人物を名指しする。
頭部に巻かれた包帯がある大柄な男性は静かに言葉を選んだ。
「覇気に似ていたな。先ず感じたのは冷気だった。ロギアより実体はあったように思うが、まるで氷結を操っているように感じたな」
「…氷?」
氷は馴染みがある。シュイの兄の能力だったから、いつも間近で見てきた。そして自分が長年焦がれていた力でもある。
考え込むシュイの様子に、奥の男性が目を細める。
「どうやら思い当たる節があるみたいだな」
「そんな…その能力は兄しか使えなかったんです。私が使えるはずありません」
「だが現にお前さんは使っていたぞ」
あれほど欲していた能力がシュイの中にも存在していたのだろうか。でもなぜ異世界に来てから開花したのか。
分からない。ずっと自分には手に入らないモノだと思っていたのに。
『…よいか? 争いに巻き込まれぬよう、お主を守るために封じておこうぞ…』
突如ひどい頭痛に襲われた。気持ち悪い。身体が熱くて痛い。吐きそうだ。
何か大事なことを思い出せそうな予感と共に、シュイは意識を手放した。
「…おっと」
彼女が頭を抱えたと思えば力なく崩れ落ちた。その細い体躯を近くにいたイゾウは何とか受け止めた。
顔を覗き込めば顔色が悪いうえ、抱えた軽すぎる身体はどうも熱い。額に手の平を当ててみたら、思った通り。
「嬢ちゃんは大丈夫かい?」
「気を失ったみたいだ。熱もある」
同じく部屋の入り口側に立つフォッサが心配そうに腰を折る。ほかにも何人かは彼女の顔色を遠目でうかがっているが、一部では別の反応をしていた。
「ちょうど良いじゃん。弱ってるいま始末すれば」
「病人に手ェ出すんかえ」
「そうは言うけどナミュール、そいつ危険分子なんだろ。不穏なものを何時迄も船に置けねェぜ」
シュイをひとり隔離していた理由は、瞬間的とは言えいち隊長と未知の力でやり合ったからである。船長のエースよりも格段に実力有りと危険視されていた。
隊長の間で彼女を排除するか、エースの仲間なので様子見をするかで一時意見が割れていたが、船長である親父からはシュイの保護を言い渡されている。未知の力ゆえ彼女の扱いは慎重になる上、未だ排除派は納得していないので話し合いはなかなか進まない。
「ハルタとクリエル、それは親父の意に反することだ」
「ビスタの言う通りだ。それに本人が気ィ失ってンなら話は進まねェじゃん。回復を待って改めて場を設けた方が良いんじゃね? なぁマルコ」
敵意を隠さない排除派を横目に飄々と言うサッチに、丸投げされたマルコは深いため息をついた。話合いはまた並行線である。
「今日はここまでだよい、解散だ。…イゾウ、そのまま彼女を医務室へ運んでもらえるかい」
マルコとイゾウ、それにサッチが医務室へシュイを運べば、診察したドクターから監視対象の扱いがなっていないと大目玉を食らうことになった。栄養失調に疲労から来る発熱。シュイの体調は危険な状態であった。
聞けばまともに食事を取れていなかったらしい。食事は食べてももどしてばかりで、水ばかり飲んでいたのだと。
見張りからの報告の漏れにマルコは頭を抱えた。そんな弱った状態で幹部揃えて、あの尋問をしてしまったのか。
それからシュイは集中治療の対象となり、地下牢ではなく医務室で過ごすことになった。
あれから2週間が経つも、シュイは意識不明のままである。点滴により栄養失調は改善され、青白かった顔色は少し赤みが戻っていた。熱も下がり一先ず危険な状態からは脱した。
それでも病的に細くなった身体は油断を許さない状況である。このまま寝たきりでは意識が戻っても普通に生活出来るか怪しい。
これは身柄預かる側の不手際が否めない。警戒していたとはいえ、少女ひとりまともに保護出来ていないのだから。不手際の弁解をする訳では無いが、あれから幹部クラスが毎日彼女の様子を見に医務室へ足を運ぶようになった。
エースの往生際が悪い足掻きは置いておいて、他のスペードクルーたちは手当ても済み各自仕事を始めている。干渉しないよう散り散りに隊へ配置したなか、シュイの姿が見当たらないことに気づき始め、彼女の安否を尋ねる回数が増えてきた。特に同性のバンシーは顔を見るまで安心出来ないから会わせて欲しいと懇願する程だ。
そんな医務室に眠る彼女のことを考えるのは見回りの途中で、いま医務室の横を通っているからだろうか。
ついでに顔でも見ていくかと、イゾウが扉を開けてみたのは、奥のベッドで眠るシュイの枕元で彼女を見守る鳥の姿があった。暗闇の部屋でぼんやりとランプのように身体が橙色に発光していた。
イゾウがゆっくり近づけばソレは彼女からイゾウへ視線を移し、黄金の瞳をついと細めた。コタツの他にもペットがいたのかと思えば、ソレは喋った。
「ダレ」
直接頭に響くような、不思議な感覚だった。ソレの声はずいぶん幼なかった。
「白ひげのイゾウだ。お前さんはこの子のペットか?」
「チガウ。ボク、シュイノナカイタ。シュイヨワッテタ、タスケタ」
「…その子の健康状態に配慮出来ねェで、申し訳なかった」
『タスケタ』と言うソレ。よく分からないが、彼女の状態改善に尽力してくれたらしい。こちらの言葉は理解している。
イゾウの謝罪に不思議な存在のソレは首を振った。
「イイヨ、モウヨクナル。シュイ、メヲサマス」
ソレは眠るシュイに視線を戻し、そっと嘴で彼女の頬を撫でる。愛おしいそうに撫でる姿に、申し訳ない気持ちが消えない。
イゾウが彼らを見守っていると、ソレは次第に姿が消えていった。そして横たわるシュイの瞳がゆっくり開かれた。
意識が戻ったことに驚きながらイゾウが顔をのぞき込めば、ぼんやりとシュイの視線が合った。
「気分はどうだ?」
「……にい、さ…」
目が合ったシュイはふわりと安心したように微笑んで、また瞳を閉じて眠りについた。イゾウは隣室に控える夜勤者にシュイが意識を取り戻したことを伝えに行く。バタバタと処置をされるのを見届けて、イゾウは見回りに戻った。
ソレとの出会いは、誰にも告げることはしなかった。