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(連れられる彼女)
故郷で幼い頃周りの大人から言われていた言葉がある。「化け物」だ、と。
他の兄弟と違う肌の色、違う瞳の色に違う髪色。早くに亡くなった母親が異形だったと口々に言われる。共に過ごした記憶が少な過ぎてその言葉を鵜呑みにした。幼かったから信じていた。
自分は普通の人ではないのだろうと。実際シュイは直系で唯一婆娑羅が開花しなかったのだから。
こちらの世界に来て、ユウヒの誕生に立ち会った時に知らされた己のこと。その後思い出したのは赤髪海賊団に会ったときであった。エースから弟の恩人だと紹介されたひとに、シュイは悪寒がして近づけなかった。赤髪の圧倒的強さから来る怖さだと思ったけど、それはどうも違うみたいだった。
みんなと離れてコタツに寄り添って過ごしていたシュイのもとにシャンクスがわざわざ現れた。彼もシュイに感じた異質が気になったのだろう。
身構えたシュイに一定の距離を開けて話してくれる。先ほどの無礼は笑って、他愛のないごく普通の会話でシュイの表情も和らぐ。
君は不思議だなと微笑み、異質な自分にシャンクスはどこまでも優しかった。
それから白ひげに加入して婆娑羅を無事開花させたシュイの覇気は、また異質だった。けれど周りは人間離れした強さを持つクルーばかりで、あまり気にはならなかった。
異質でも何でも、父さまとイゾウ隊長を支えて力になれれば良かったから。でも、それは戦闘員としての話である。
まさか個人として、ひとりの女として悩むことになるとは思わなくて。信頼し慕う彼から告げられた言葉に、シュイは嬉しかった。とても光栄だった。
けれど、彼は知らないの。「化け物」の自分が彼の隣に立つことなんてもっての外だ。それに、彼に「化け物」と知られて拒絶されることが怖くてたまらない。
好意を拒絶されたエースのときは、イゾウはじめ16番隊の存在が救ってくれた。しかしイゾウに「化け物」と拒絶されたら、もうシュイは白ひげにいられないと思う。そうしたらどこに行けばいいのかな。
悪い未来を想像したら閉じた目頭が熱くなってきた。そのときふわりと柔らかい手が優しくシュイの頭を撫でてくれる。
「あなたは化け物なんかじゃないわ」
慰めてくれてあたたかい。
これは夢かな。優しくて心地良い感覚から覚めたくなくて、シュイの意識は再び深く眠った。
「あんたの悪いところはプライドが高過ぎることね」
船縁に隣に並んで立つライラックからそう言われた。
盛大な送別の宴は終盤になりお世話になった人たちと挨拶も終えて、残り少ないモビーで過ごす夜を親友のライラックと語らう時間にしたイレーナ。
「止めてよ、これでもヘコんでるのに」
「伝えてないなら恋の土俵にもあがってないわよ。よく長年続いたね」
ライラックが正論すぎて上手く返せなくて、イレーナは苦笑するしかない。
イゾウのことを憧れとして長く想っていたが、果たして恋かと言われれば今更疑問が残る。家族として過ごせて満足していた自分に、本気ではなかったと言われているようだった。
イゾウが彼女へ焦がれるような瞳を向けるほどの感情は、イレーナには生まれなかったのだから。
「次はもっと良い男見つけなさいよ」
「ライラもね」
「うっさいわ」
口を尖らせたライラックは隣のイレーナにぎゅっと抱きついた。イレーナも大好きなライラックを抱き締めかえす。
戦闘員で古参のライラックはパドルから昇格したイレーナにとても親切にしてくれた。数少ない女性クルーとして、また親友として共にモビーで過ごした日々が思い出される。どれも楽しくてあたたかい日々だった。
「寂しいよ、ばかイレーナ」
「うん、私も。ライラ、元気で」
翌朝白ひげのメンバーに見送られながら、イレーナは砕氷船に乗り込みモビーディック号に別れを告げる。副船長から粗方説明を受けて、深酒してまだ寝てるらしいホワイティベイに挨拶するため船長室を訪ねた。
ノックをしても返事がないので一言言って入室すると、ベイの姿はなく代わりにシャワーの音が聞こえてくる。ベイがシャワー室から出るのを待とうと視線を流せば、イレーナは絶句した。奥に見えるベイのベッドにシュイが横たわっていたからだ。状況が全く理解出来ない。
「あら、いらっしゃい。イレーナ」
濡れた髪を拭きながらベイが美しい裸体を隠すことなくシャワー室から出てきた。いつものことなのでイレーナは驚くことはない。
「ベイ船長、どうしてシュイちゃんが居るんです?」
「可愛かったから、つい連れてきちゃった」
暢気にそう答えるベイにイレーナは頭を抱えた。砕氷船はもう出航しているのに、無断で連れてきたシュイをどうするつもりだ。今頃本船ではシュイの姿が見えず大騒ぎになっているだろうに。
あともうひとつイレーナは気になることがあった。
「……手、出してないでしょうね?」
「んー、ちょっとつまんだかも」
ベイの悪い癖を心配して聞けば、ぷくりとした唇で蠱惑的な笑みを浮かべるベイ。ベッドで眠る彼女はかろじて肌着は着ているようだが、果たして…。
イレーナは天を仰いだ。何かあったなら彼女の隊長がブチギレる未来しか見えなかった。
そのときシュイが目を覚まし、いつもと違う様子に気づいて起き上がる。不安そうな視線で辺りを見渡し始めたので、イレーナは説明するためベッドに駆け寄った。
「おはよう、シュイちゃん。ここは砕氷船のベイ船長室なの」
「…イレーナさん、私はどうして船に?」
「ベイ船長が連れて来たみたいよ。覚えてない?」
イレーナとシュイのふたりでベイの方を見れば、ベイは服を着ながら笑顔でこちらに手を振った。シュイはそういえばと呟き、昨夜のことを思い出したように頷いている。取りあえずベイによる強制連行ではないようで安心する。
今度は自分の格好に戸惑い始めたシュイ。服を脱いだ覚えはないようである。イレーナは苦笑しながらシュイの肩にブランケットをかけた。
「ベイ船長、昨夜はお世話になりました。あの…私、ユウヒとモビーに帰ります」
「どういたしまして。でもシュイ、その必要はないみたいだ」
ベイの言葉に不思議そうに首を傾げるシュイとイレーナ。そんな可愛い妹たちに目を細めて、ベイは甲板のある部屋の天井を見上げて不敵に笑った。
「思ったより早いじゃないか」
軽装のまま武器の騎士剣を手に、ベイは部屋の扉を開ける。その足取りはどこか楽しそうだった。
「イレーナはおいで。来客を出迎えるよ」
「来客ですか? 分かりました。シュイちゃんはゆっくり服着ててね」
船長室を出ていく2人を見送り、シュイは支度をするためおろした髪を髪紐でまとめる。
そして、服を着ながら気づいた。シュイは胸に手を当てて固まってしまう。
「……ユウヒ?」
シュイの声かけに返事がない。昨夜まで一緒に居たユウヒが、シュイの中から消えていた。何処に行ったのだろう。ユウヒが居なければモビーディック号に帰れないのに。
シュイが悩んでいると、上の甲板で激しい覇気のぶつかり合いを感じた。その片方の覇気の持ち主に、シュイは泣きそうになる。導かれるように彼女もまた、船長室をあとにしたのだった。
ベイとイレーナが甲板に出れば、すでに異変に気づいたクルー達が武器を手に身構えていた。彼らはある方向に向き構えており、その方向からはこちらへどんどん近づく巨大な鳥の姿があった。
ベイ船長の登場に甲板の中央は開けられて、その鳥を真正面から出迎える態勢になる。近づいた鳥の背には見覚えのある人物の姿があり、イレーナは目を開いた。
ユウヒの背にいたのはイゾウ。砕氷船の頭上に来たユウヒの背からイゾウが飛び降りるのと、ベイが剣を抜くのは同時だった。
「来な、クソガキ。久しぶりに可愛がってやるよ!」
「うるせェ、この誘拐犯がっ!」
ベイとイゾウの覇気が真正面からぶつかり、突風が吹き荒れた。甲板にいたクルーはその衝撃波を容赦なく全身で受ける。
比較的ベイの傍にいたイレーナは身体が後ろへ持っていかれそうになるが、力強い腕が彼女の肩を支えてくれた。綺麗で青い炎のような光はあたたかい。
「平気かい、イレーナ」
「マルコ隊長! 来てたんですね」
「お目付け役でね。流石にキレたイゾウだけは些か心配だったからよい」
マルコは苦笑しながら甲板中央でやり合う2人を見やった。2人は合うのか合わないのか、彼等が衝突するのは同船時代はよくあったなと思い出す。何やらぎゃーぎゃー言っているが、激しい剣と拳銃のぶつかり合う音で会話はこちらまで聞こえない。
イゾウも傘下の船への配慮として発砲はしないで応戦しているので、最後の理性は残っているようだ。あまり大事にならずに済んでくれと思いながら、マルコはただ見守っていた。
鋭く突くベイの剣の中腹に拳銃の側面を当てて、火花を散らしながら滑られて軌道をズラしてもう一つの拳銃を振り下ろせば、剣が折れないよう取手を捻って衝撃を交わす。弾いてそのまま振りかざされる斬撃を、2丁の拳銃をクロスさせて受け止めた。
「シュイはどこだ?」
「私のベッドで良い子にねんねしてるよ。ほんと可愛いよね、このままもらってい?」
「良いわけねェだろ、ふざけんな。俺の隊員だ、今すぐ返してもらう!」
「所有物扱いはまだ早いんじゃないの? 昨夜あんな顔させといて。なっさけない男ね」
「あれは…っ、ちょっと早まっちまった。次はしねぇ」
「その言葉忘れんじゃないよ。男なら惚れた女を泣かせんな!」
「分かってる!」
ガチンと一際高い音が鳴り、ベイの騎士剣とイゾウの2丁銃が弾き合って間合いが出来た。周りが固唾をのんで見守るなか、ベイは片手にある剣を軽く振ってから頬に手を当てて話し始めた。
「でもお陰で昨日は2人で素敵なあまーい夜を過ごせたし、役得かしら。あんたも知らないあの娘のあんなところも見られたし」
「てめぇ、まだ俺が見てないの知っててよくも。……もうちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
「そうねぇ、あの子の腰にある…」
「ちょっと! お二人とも、なんて会話してるんですか!」
シュイのプライバシー面が聞こえ始めて、イレーナは自分のことのように恥ずかしくなり思わず会話を制止させた。先程の激白したガチバトルはどこへやら。お互い気が済んだのか、ベイとイゾウは武器を収め始めていた。
イレーナの横に立つマルコは盛大な溜め息をついた。何とか大事に成らず同僚の怒りは収まったようで安心する。
「もうこっちへ来て良いよい、シュイ」
マルコが呼びかけた方にイゾウが視線を向ければ、小型になったユウヒを抱えるシュイがぽつんと立っていた。彼女の表情はどこか硬い。
駆け寄ろうにもベイに視線で制されて、仕方なくシュイに歩み寄るベイの背中を見送ったイゾウは、顔馴染みからの絡みを受けることになった。
「惜しいけど、お迎えとモビーへお帰り。またおいで、シュイ」
「はい。ベイ船長、色々ありがとうございました」
昨夜も話したけどとベイが背後に振り返った視線を追えば、顔馴染みに囲まれて絡まれているイゾウがいた。昨夜も見かけたが、彼の砕けた表情は珍しい。
「馬鹿でせっかちだし、どうしようもない弟だけどさ。シュイの事情を抱えられないほど小さい男ではないよ」
ベイが視線を戻して、シュイの頬をそっと撫でてくれる。見上げた先にあるベイの眼差しは何処までも優しい。
「姉として保証する、何も心配しなくて良いからね。もちろん、シュイの気持ち優先だけど」
昨夜想いを告げられて混乱し甲板の隅で蹲るシュイに、ベイは優しく手を差し伸べてくれた。止まらない不安の涙を一晩中受け止めてくれた彼女。シュイは感謝しかなかった。
困ったらいつでも言ってほしいと言ってくれるベイにシュイはお礼としてハグをし、モビーディック号に帰るべくユウヒに乗り砕氷船を飛び立った。
羽ばたきの振動が少ないユウヒの背に、マルコ、シュイ、イゾウの順で乗っていた。シュイが落ちないよう腹部に回されたイゾウの腕と、密着する身体にシュイは落ち着かない。砕氷船では言葉を交わすことがなかったイゾウが、ゆっくり口を開いた。
「急に居なくなって心配したぞ」
「…ごめんなさい」
「いや…、俺も昨晩驚かせて悪かった。けど、伝えた気持ちに嘘はねェ。返事はゆっくりで良いから、考えておいてくれ」
恐る恐る肩越しに振り返れば、困ったように眉を下げるイゾウがいた。心配をかけたのに、優しい彼は考える時間までくれるという。
シュイはゆっくり頷いた。イゾウはほっとしたように肩を下ろす。
「あと泣くなら、どうか俺の目の前で頼む。言いたいことも我慢しないでくれ。シュイの不安は俺が1番に拭いてぇからな」
さらに彼は熱くて甘い言葉までくれるのだから、好意を直球で向けられることに慣れていないシュイの頬が微かに赤く染まる。善処します、と返すので精一杯だった。
「…よい。俺たちが居ること忘れてねぇかい、お二人さん」
「キュー…」
前に座るマルコが呆れたように振り返って言えば、彼らを乗せるユウヒからも可愛く非難する声がした。
シュイは恥ずかしくなり思わず両手で頬を隠した。一方イゾウは気にした様子はない。むしろ好意がバレた途端周りに隠そうとしない同僚にマルコは半眼する。オープン過ぎて質が悪すぎる。
「ああ、そういえば居たんだったな。悪かったよ」
「ったく、甘ったるくて付き合いきれねぇよい。先にモビーに戻るぜ」
ユウヒの背中からモビーディック号の影が小さく見えていた。この距離ならマルコの能力で飛べる距離である。大人2人を乗せたうえ、シュイに気遣ったスピードで飛ぶユウヒより自分の方がモビーに速く着くだろう。
マルコが飛び立とうと腰を浮かせたとき、シュイがそっとマルコのシャツの裾を掴んだ。振り返ればシュイが叱られた子供のような表情で言った。
「ご迷惑おかけしました。迎えに来てくれてありがとうです」
マルコはふっと笑って、白ひげの末娘の頭を優しく撫でた。どうしてこの娘はこれだけ真っ直ぐに育ったのだろう。やんちゃなエースや他の弟達とは違いすぎる。
「良いってことよ。シュイ、イゾウだけが男じゃないんだ。どんな答えでも皆お前さんの味方だからねい」
シュイの後ろにいるイゾウが何とも言えない微妙な表情をしているが気にせず、マルコはそう言って不死鳥の姿になりユウヒの背から飛び立った。
綺麗な後ろ姿を見送りながら、シュイの口元は緩く上がっていた。白ひげの家族は本当にどこまでも優しいひと達である。
そういえば、とイゾウがこぼすので再び振り返れば、彼はいつもの綺麗な笑みを浮かべていた。
「おかえり、シュイ」
「…ただいまです、イゾウさん」
こつんと額を合わせて微笑みあう2人。半日離れていただけなのに、帰ってきたと安心出来る言葉をもらえてシュイは胸が熱くなる。
ゆっくり飛ぶユウヒは次第にモビーに近づいた。先に着いたマルコが知らせたのか、甲板には16番隊や他隊の親しいクルーの姿が大勢並ぶ。
シュイはユウヒの背から見えた光景を忘れないでおこうと誓った。
いまシュイがいるあたたかい場所のことを。
ベイはユウヒでモビーに帰る3人を優しい表情で見送っていた。
白ひげ乗船当初あんなに尖っていた青年が成長して少しは丸くなったかと思えば、守りたい存在に出逢い、ひとりの存在に振り回されている姿は見ていて愉快だった。かつての主を亡くした弟が、大事な存在をようやく見つけられたことにベイは安心した。
次は彼が悲しまない未来になるようベイは祈りながら、伝説の呼鳥に見惚れている船員達に激を飛ばした。
「さあ、あんたら支度しな。次の航路へ行くよ!」
故郷で幼い頃周りの大人から言われていた言葉がある。「化け物」だ、と。
他の兄弟と違う肌の色、違う瞳の色に違う髪色。早くに亡くなった母親が異形だったと口々に言われる。共に過ごした記憶が少な過ぎてその言葉を鵜呑みにした。幼かったから信じていた。
自分は普通の人ではないのだろうと。実際シュイは直系で唯一婆娑羅が開花しなかったのだから。
こちらの世界に来て、ユウヒの誕生に立ち会った時に知らされた己のこと。その後思い出したのは赤髪海賊団に会ったときであった。エースから弟の恩人だと紹介されたひとに、シュイは悪寒がして近づけなかった。赤髪の圧倒的強さから来る怖さだと思ったけど、それはどうも違うみたいだった。
みんなと離れてコタツに寄り添って過ごしていたシュイのもとにシャンクスがわざわざ現れた。彼もシュイに感じた異質が気になったのだろう。
身構えたシュイに一定の距離を開けて話してくれる。先ほどの無礼は笑って、他愛のないごく普通の会話でシュイの表情も和らぐ。
君は不思議だなと微笑み、異質な自分にシャンクスはどこまでも優しかった。
それから白ひげに加入して婆娑羅を無事開花させたシュイの覇気は、また異質だった。けれど周りは人間離れした強さを持つクルーばかりで、あまり気にはならなかった。
異質でも何でも、父さまとイゾウ隊長を支えて力になれれば良かったから。でも、それは戦闘員としての話である。
まさか個人として、ひとりの女として悩むことになるとは思わなくて。信頼し慕う彼から告げられた言葉に、シュイは嬉しかった。とても光栄だった。
けれど、彼は知らないの。「化け物」の自分が彼の隣に立つことなんてもっての外だ。それに、彼に「化け物」と知られて拒絶されることが怖くてたまらない。
好意を拒絶されたエースのときは、イゾウはじめ16番隊の存在が救ってくれた。しかしイゾウに「化け物」と拒絶されたら、もうシュイは白ひげにいられないと思う。そうしたらどこに行けばいいのかな。
悪い未来を想像したら閉じた目頭が熱くなってきた。そのときふわりと柔らかい手が優しくシュイの頭を撫でてくれる。
「あなたは化け物なんかじゃないわ」
慰めてくれてあたたかい。
これは夢かな。優しくて心地良い感覚から覚めたくなくて、シュイの意識は再び深く眠った。
「あんたの悪いところはプライドが高過ぎることね」
船縁に隣に並んで立つライラックからそう言われた。
盛大な送別の宴は終盤になりお世話になった人たちと挨拶も終えて、残り少ないモビーで過ごす夜を親友のライラックと語らう時間にしたイレーナ。
「止めてよ、これでもヘコんでるのに」
「伝えてないなら恋の土俵にもあがってないわよ。よく長年続いたね」
ライラックが正論すぎて上手く返せなくて、イレーナは苦笑するしかない。
イゾウのことを憧れとして長く想っていたが、果たして恋かと言われれば今更疑問が残る。家族として過ごせて満足していた自分に、本気ではなかったと言われているようだった。
イゾウが彼女へ焦がれるような瞳を向けるほどの感情は、イレーナには生まれなかったのだから。
「次はもっと良い男見つけなさいよ」
「ライラもね」
「うっさいわ」
口を尖らせたライラックは隣のイレーナにぎゅっと抱きついた。イレーナも大好きなライラックを抱き締めかえす。
戦闘員で古参のライラックはパドルから昇格したイレーナにとても親切にしてくれた。数少ない女性クルーとして、また親友として共にモビーで過ごした日々が思い出される。どれも楽しくてあたたかい日々だった。
「寂しいよ、ばかイレーナ」
「うん、私も。ライラ、元気で」
翌朝白ひげのメンバーに見送られながら、イレーナは砕氷船に乗り込みモビーディック号に別れを告げる。副船長から粗方説明を受けて、深酒してまだ寝てるらしいホワイティベイに挨拶するため船長室を訪ねた。
ノックをしても返事がないので一言言って入室すると、ベイの姿はなく代わりにシャワーの音が聞こえてくる。ベイがシャワー室から出るのを待とうと視線を流せば、イレーナは絶句した。奥に見えるベイのベッドにシュイが横たわっていたからだ。状況が全く理解出来ない。
「あら、いらっしゃい。イレーナ」
濡れた髪を拭きながらベイが美しい裸体を隠すことなくシャワー室から出てきた。いつものことなのでイレーナは驚くことはない。
「ベイ船長、どうしてシュイちゃんが居るんです?」
「可愛かったから、つい連れてきちゃった」
暢気にそう答えるベイにイレーナは頭を抱えた。砕氷船はもう出航しているのに、無断で連れてきたシュイをどうするつもりだ。今頃本船ではシュイの姿が見えず大騒ぎになっているだろうに。
あともうひとつイレーナは気になることがあった。
「……手、出してないでしょうね?」
「んー、ちょっとつまんだかも」
ベイの悪い癖を心配して聞けば、ぷくりとした唇で蠱惑的な笑みを浮かべるベイ。ベッドで眠る彼女はかろじて肌着は着ているようだが、果たして…。
イレーナは天を仰いだ。何かあったなら彼女の隊長がブチギレる未来しか見えなかった。
そのときシュイが目を覚まし、いつもと違う様子に気づいて起き上がる。不安そうな視線で辺りを見渡し始めたので、イレーナは説明するためベッドに駆け寄った。
「おはよう、シュイちゃん。ここは砕氷船のベイ船長室なの」
「…イレーナさん、私はどうして船に?」
「ベイ船長が連れて来たみたいよ。覚えてない?」
イレーナとシュイのふたりでベイの方を見れば、ベイは服を着ながら笑顔でこちらに手を振った。シュイはそういえばと呟き、昨夜のことを思い出したように頷いている。取りあえずベイによる強制連行ではないようで安心する。
今度は自分の格好に戸惑い始めたシュイ。服を脱いだ覚えはないようである。イレーナは苦笑しながらシュイの肩にブランケットをかけた。
「ベイ船長、昨夜はお世話になりました。あの…私、ユウヒとモビーに帰ります」
「どういたしまして。でもシュイ、その必要はないみたいだ」
ベイの言葉に不思議そうに首を傾げるシュイとイレーナ。そんな可愛い妹たちに目を細めて、ベイは甲板のある部屋の天井を見上げて不敵に笑った。
「思ったより早いじゃないか」
軽装のまま武器の騎士剣を手に、ベイは部屋の扉を開ける。その足取りはどこか楽しそうだった。
「イレーナはおいで。来客を出迎えるよ」
「来客ですか? 分かりました。シュイちゃんはゆっくり服着ててね」
船長室を出ていく2人を見送り、シュイは支度をするためおろした髪を髪紐でまとめる。
そして、服を着ながら気づいた。シュイは胸に手を当てて固まってしまう。
「……ユウヒ?」
シュイの声かけに返事がない。昨夜まで一緒に居たユウヒが、シュイの中から消えていた。何処に行ったのだろう。ユウヒが居なければモビーディック号に帰れないのに。
シュイが悩んでいると、上の甲板で激しい覇気のぶつかり合いを感じた。その片方の覇気の持ち主に、シュイは泣きそうになる。導かれるように彼女もまた、船長室をあとにしたのだった。
ベイとイレーナが甲板に出れば、すでに異変に気づいたクルー達が武器を手に身構えていた。彼らはある方向に向き構えており、その方向からはこちらへどんどん近づく巨大な鳥の姿があった。
ベイ船長の登場に甲板の中央は開けられて、その鳥を真正面から出迎える態勢になる。近づいた鳥の背には見覚えのある人物の姿があり、イレーナは目を開いた。
ユウヒの背にいたのはイゾウ。砕氷船の頭上に来たユウヒの背からイゾウが飛び降りるのと、ベイが剣を抜くのは同時だった。
「来な、クソガキ。久しぶりに可愛がってやるよ!」
「うるせェ、この誘拐犯がっ!」
ベイとイゾウの覇気が真正面からぶつかり、突風が吹き荒れた。甲板にいたクルーはその衝撃波を容赦なく全身で受ける。
比較的ベイの傍にいたイレーナは身体が後ろへ持っていかれそうになるが、力強い腕が彼女の肩を支えてくれた。綺麗で青い炎のような光はあたたかい。
「平気かい、イレーナ」
「マルコ隊長! 来てたんですね」
「お目付け役でね。流石にキレたイゾウだけは些か心配だったからよい」
マルコは苦笑しながら甲板中央でやり合う2人を見やった。2人は合うのか合わないのか、彼等が衝突するのは同船時代はよくあったなと思い出す。何やらぎゃーぎゃー言っているが、激しい剣と拳銃のぶつかり合う音で会話はこちらまで聞こえない。
イゾウも傘下の船への配慮として発砲はしないで応戦しているので、最後の理性は残っているようだ。あまり大事にならずに済んでくれと思いながら、マルコはただ見守っていた。
鋭く突くベイの剣の中腹に拳銃の側面を当てて、火花を散らしながら滑られて軌道をズラしてもう一つの拳銃を振り下ろせば、剣が折れないよう取手を捻って衝撃を交わす。弾いてそのまま振りかざされる斬撃を、2丁の拳銃をクロスさせて受け止めた。
「シュイはどこだ?」
「私のベッドで良い子にねんねしてるよ。ほんと可愛いよね、このままもらってい?」
「良いわけねェだろ、ふざけんな。俺の隊員だ、今すぐ返してもらう!」
「所有物扱いはまだ早いんじゃないの? 昨夜あんな顔させといて。なっさけない男ね」
「あれは…っ、ちょっと早まっちまった。次はしねぇ」
「その言葉忘れんじゃないよ。男なら惚れた女を泣かせんな!」
「分かってる!」
ガチンと一際高い音が鳴り、ベイの騎士剣とイゾウの2丁銃が弾き合って間合いが出来た。周りが固唾をのんで見守るなか、ベイは片手にある剣を軽く振ってから頬に手を当てて話し始めた。
「でもお陰で昨日は2人で素敵なあまーい夜を過ごせたし、役得かしら。あんたも知らないあの娘のあんなところも見られたし」
「てめぇ、まだ俺が見てないの知っててよくも。……もうちょっと詳しく聞かせてもらおうか」
「そうねぇ、あの子の腰にある…」
「ちょっと! お二人とも、なんて会話してるんですか!」
シュイのプライバシー面が聞こえ始めて、イレーナは自分のことのように恥ずかしくなり思わず会話を制止させた。先程の激白したガチバトルはどこへやら。お互い気が済んだのか、ベイとイゾウは武器を収め始めていた。
イレーナの横に立つマルコは盛大な溜め息をついた。何とか大事に成らず同僚の怒りは収まったようで安心する。
「もうこっちへ来て良いよい、シュイ」
マルコが呼びかけた方にイゾウが視線を向ければ、小型になったユウヒを抱えるシュイがぽつんと立っていた。彼女の表情はどこか硬い。
駆け寄ろうにもベイに視線で制されて、仕方なくシュイに歩み寄るベイの背中を見送ったイゾウは、顔馴染みからの絡みを受けることになった。
「惜しいけど、お迎えとモビーへお帰り。またおいで、シュイ」
「はい。ベイ船長、色々ありがとうございました」
昨夜も話したけどとベイが背後に振り返った視線を追えば、顔馴染みに囲まれて絡まれているイゾウがいた。昨夜も見かけたが、彼の砕けた表情は珍しい。
「馬鹿でせっかちだし、どうしようもない弟だけどさ。シュイの事情を抱えられないほど小さい男ではないよ」
ベイが視線を戻して、シュイの頬をそっと撫でてくれる。見上げた先にあるベイの眼差しは何処までも優しい。
「姉として保証する、何も心配しなくて良いからね。もちろん、シュイの気持ち優先だけど」
昨夜想いを告げられて混乱し甲板の隅で蹲るシュイに、ベイは優しく手を差し伸べてくれた。止まらない不安の涙を一晩中受け止めてくれた彼女。シュイは感謝しかなかった。
困ったらいつでも言ってほしいと言ってくれるベイにシュイはお礼としてハグをし、モビーディック号に帰るべくユウヒに乗り砕氷船を飛び立った。
羽ばたきの振動が少ないユウヒの背に、マルコ、シュイ、イゾウの順で乗っていた。シュイが落ちないよう腹部に回されたイゾウの腕と、密着する身体にシュイは落ち着かない。砕氷船では言葉を交わすことがなかったイゾウが、ゆっくり口を開いた。
「急に居なくなって心配したぞ」
「…ごめんなさい」
「いや…、俺も昨晩驚かせて悪かった。けど、伝えた気持ちに嘘はねェ。返事はゆっくりで良いから、考えておいてくれ」
恐る恐る肩越しに振り返れば、困ったように眉を下げるイゾウがいた。心配をかけたのに、優しい彼は考える時間までくれるという。
シュイはゆっくり頷いた。イゾウはほっとしたように肩を下ろす。
「あと泣くなら、どうか俺の目の前で頼む。言いたいことも我慢しないでくれ。シュイの不安は俺が1番に拭いてぇからな」
さらに彼は熱くて甘い言葉までくれるのだから、好意を直球で向けられることに慣れていないシュイの頬が微かに赤く染まる。善処します、と返すので精一杯だった。
「…よい。俺たちが居ること忘れてねぇかい、お二人さん」
「キュー…」
前に座るマルコが呆れたように振り返って言えば、彼らを乗せるユウヒからも可愛く非難する声がした。
シュイは恥ずかしくなり思わず両手で頬を隠した。一方イゾウは気にした様子はない。むしろ好意がバレた途端周りに隠そうとしない同僚にマルコは半眼する。オープン過ぎて質が悪すぎる。
「ああ、そういえば居たんだったな。悪かったよ」
「ったく、甘ったるくて付き合いきれねぇよい。先にモビーに戻るぜ」
ユウヒの背中からモビーディック号の影が小さく見えていた。この距離ならマルコの能力で飛べる距離である。大人2人を乗せたうえ、シュイに気遣ったスピードで飛ぶユウヒより自分の方がモビーに速く着くだろう。
マルコが飛び立とうと腰を浮かせたとき、シュイがそっとマルコのシャツの裾を掴んだ。振り返ればシュイが叱られた子供のような表情で言った。
「ご迷惑おかけしました。迎えに来てくれてありがとうです」
マルコはふっと笑って、白ひげの末娘の頭を優しく撫でた。どうしてこの娘はこれだけ真っ直ぐに育ったのだろう。やんちゃなエースや他の弟達とは違いすぎる。
「良いってことよ。シュイ、イゾウだけが男じゃないんだ。どんな答えでも皆お前さんの味方だからねい」
シュイの後ろにいるイゾウが何とも言えない微妙な表情をしているが気にせず、マルコはそう言って不死鳥の姿になりユウヒの背から飛び立った。
綺麗な後ろ姿を見送りながら、シュイの口元は緩く上がっていた。白ひげの家族は本当にどこまでも優しいひと達である。
そういえば、とイゾウがこぼすので再び振り返れば、彼はいつもの綺麗な笑みを浮かべていた。
「おかえり、シュイ」
「…ただいまです、イゾウさん」
こつんと額を合わせて微笑みあう2人。半日離れていただけなのに、帰ってきたと安心出来る言葉をもらえてシュイは胸が熱くなる。
ゆっくり飛ぶユウヒは次第にモビーに近づいた。先に着いたマルコが知らせたのか、甲板には16番隊や他隊の親しいクルーの姿が大勢並ぶ。
シュイはユウヒの背から見えた光景を忘れないでおこうと誓った。
いまシュイがいるあたたかい場所のことを。
ベイはユウヒでモビーに帰る3人を優しい表情で見送っていた。
白ひげ乗船当初あんなに尖っていた青年が成長して少しは丸くなったかと思えば、守りたい存在に出逢い、ひとりの存在に振り回されている姿は見ていて愉快だった。かつての主を亡くした弟が、大事な存在をようやく見つけられたことにベイは安心した。
次は彼が悲しまない未来になるようベイは祈りながら、伝説の呼鳥に見惚れている船員達に激を飛ばした。
「さあ、あんたら支度しな。次の航路へ行くよ!」