螢火
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(変わっていく彼女)
白ひげ海賊団の各隊には特徴があった。
マルコ隊長率いる1番隊は厳格さ、ビスタ隊長率いる5番隊は紳士、フォッサ隊長率いる15番隊は男気。隊長の性格がそれぞれ隊の雰囲気に表れていた。だから12番隊で騙し事はタブーだし、3番隊でジョークは受けつけられない。
そんな中16番隊は温厚なイメージで有名だが、あることで一番危険視されている隊でもあった。
ある日の昼過ぎ、モビーディック号に奇襲があった。相手は二隻で挟み打ちと頭脳戦を仕掛けて来ていたが、その日の戦闘担当4隊が欠員なくフル参戦することで応戦は出来ていた。11番隊と16番隊は左舷側を、4番7番は右舷側を固めていた。
左舷側は早めに片が付いた。11番隊副隊長アカツキに班長シルバ、シュイと16番隊班長のユーリ、グレイが各々被害状況を軽く話している。
「お疲れさん、負傷者は?」
「各班5人ほどかな」
「うちも同じくらいさ」
「にしても右舷は長引かせすぎじゃね?」
「戦闘マニアが揃ってるからでしょ」
戦闘好きな面々が多い2隊のこと。あえて決定打を使わず戦闘を楽しむスタイルである。早く済ませた側は待たされて迷惑なのだけど。
若干彼らが白けて見守っていると、長引く右舷に近い後方で16番隊隊長を呼ぶ声が微かにした。その声を拾えた16番隊のメンバーが振り返る。
そこには左肩を押さえて膝をつくイゾウ隊長と、傍には隊長を支えるカイル副隊長。イゾウのすぐ後ろには腰を抜かす他隊クルーに、彼等の隣で大金槌と巨大な大男が横たわっていた。
あるクルーを庇って『我が隊長が負傷した』ように見える、目の前の状況が16番隊の隊員全体に衝撃を与えた。
「…こりゃあマズいな」
誰かがぼそりと呟いた言葉は、全古参の心の内を代弁している。危険を感じたアカツキが11番隊クルーに避難するよう声をかけた瞬間、複数の覇気が同時に爆発したのだった。
7番隊のクルーは戦闘を思う存分楽しんでいた。左舷側の収束が見受けられたのでそろそろ頃合いだと思い、敵を蹴散らそうと踏み込んだところ、背後から爆発的な覇気を複数感じて咄嗟に後ろへ身構えた。
そこには目の前の敵より恐ろしい形相の16番隊筆頭組がこちらへ向かって来ていた。それを見たクルー達は血の気が引いた。
16番隊が、キレた。
彼らは容赦なく武器を振り回していく。
「ぎゃーーっ!!」
「うちのクルーも飛んでった!?」
ユーリとグレイが敵味方関係なく甲板から海へ落としていった。7番隊は直ぐ様戦闘を中断して、16番隊班長の間合いから逃げ惑う。4番隊も巻き添えにならないよう避けるが、初動が遅れたクルーは海に飛ばされ落ちていく。
その2人が切り開いた甲板をシュイが駆ける。スピードを落とすことなく船縁に足を乗せて踏み込み、躊躇なく海へ向かって跳んだ。
華奢な身体はそのまま海へ叩きつけられるかと思えば、シュイの背中に橙色の両翼が生えてふわりと上空へ上がる。一度旋回すると右舷に隣付けされている敵船へ向けて急降下する。
シュイ特有の冷気を纏った覇気を薙刀へ覆い、降下する勢いそのままに十字へ切り裂いた。爆音と共に分断された海賊船は天高く突く氷柱と吹き上がる水飛沫に隠され沈んでいった。
その水飛沫はモビーの甲板に立って見守っていたクルーへ大量に降りかかる。甲板に残っていた敵は戦意損失をして残った海賊船へ駆け込んだり、海に自ら避難していく者と様々だった。
そんな敵を静かに見送っていたグレイが船縁に寄れば、細い手がにゅっと出て縁を掴んだ。グレイがその手を優しく引き上げれば現れたのは水濡れのシュイ。彼女が濡れた服と髪を絞って水気を切っていれば、時間が止まっていた甲板が慌ただしく動き出した。
「落ちた奴ら引き上げろ!」
「おい、何人落ちた?!」
「お前ら容赦ねェな、相変わらず!」
グレイはべっと舌を出して聞く耳を持たず、ユーリは周りの声に気にすることなく自分の上着をシュイにかけてやり彼女を支えている。
シュイは覇気の消耗が激しく肩で息をしており、ユーリに寄りかからせてもらった。濡れた前髪をかき上げて視線を上げれば、未だ膝をつく自隊長と目が合う。少し呆れたような表情の中に痛みを堪えている色が隠せていない。
心配する3人はイゾウ隊長のもとに戻るため、慌ただしい甲板を足早に横切って行った。
イゾウはらしくないことをした。
後方で自隊が敵を順調に潰していくのをのんびり眺めて居れば、右側で自分と同じようにぼんやりするクルーを見つける。そいつは無防備にある方向を見つめていた。
その視線を追えば、シュイがいた。くるくる舞うように薙刀を振るっている。シュイの覇気は独特で彼女の周りで大小の氷が成形されては散るのを繰り返す。その砕けた欠片が光に反射してきらきら光りながら散っていくので、覇気の発動が一際綺麗なことで有名だ。見惚れる気持ちはわかる。
しかし、そのクルーは無防備過ぎた。だから背後から大金槌を振り上げている敵に気づいていない。
イゾウはクルーを突き飛ばし、振り下ろされたその大金槌を武装色の覇気を纏う左腕で受け止めた。近距離ゆえの防御法だったが、相当な重量から骨が軋む音がした。
「くっ…」
「イゾウ隊長!?」
イゾウが反撃する前に異変に気付いたカイルが、大金槌を持った敵を素早く斬り捨てた。カイルが膝をついて顔を覗きこんで心配されるが、鈍い痛みが残る左肩を押さえて返事が出来ない。
痛みに耐えていれば覚えのある自隊の覇気たちを感じて顔を上げると、綺麗な翼を持つシュイがちょうど空を舞っていた。彼女は天使だっただろうか。イゾウの瞳はシュイに釘付けである。
「あーあ、あんなに暴れちゃって…」
右舷側の甲板の様子を見て、隣のカイルが呆れたように呟いてる。敵もクルーも関係なく蹴散らしてしまった隊員たちの姿に、イゾウは苦笑した。自分の負傷が原因とはいえ、相変わらずやり過ぎである。ウチの悪い癖が出てしまったようだ。
「これは…説教だな」
「あなたへの忠誠故ですから、お手柔らかにお願いしますね」
横にいるカイルが腰を抜かせているクルーに小言を言うのを聞きながら、イゾウはこちらへ心配そうに駆け寄るずぶ濡れなシュイたちを出迎えた。
普段は穏やかな16番隊が危険視される理由、それはキレたら手が付けられないからである。
イゾウの怪我は骨に異常はないものの筋を痛めており、痛みが治まるまでしばらく安静にするよう船医から言われる。左肩を動かせないよう固定されて、日常生活が不便になった。
そこで副隊長のカイルをはじめ、16番隊員がイゾウの生活の補助をするため隊長室に頻繁に出入りしていた。シュイは朝に訪れることが多かった。イゾウを起こすついでに支度を手伝っていた。
カイルと共にシャワー室から出てきたイゾウに、シュイは衣装棚から着物を選んで彼へ掲げて見せる。
「イゾウさん、本日はこの色でどうですか?」
「ああ、それでいこう。帯もついでに頼むよ」
「わかりました」
シュイが再びこちらに背を向けて衣装棚を開けているとき、イゾウは隣でぽかんと口を開けて固まるカイルに気づいた。
あの晩以来シュイはイゾウとふたりきりの時たまに名で呼んでくれるようになった。いま部屋にはカイルもいるが、自隊クルーで気を許してるのもあり彼の前で名を呼んだのは無意識だろう。
「カイル、口が開いてるぜ」
「…いつから名前で?」
「秘密。ほかに言い触らすなよ」
「大騒ぎになるから言いませんよ。…で、いつケリつけるんです?」
「決めてても言うわけねェだろ。お前さんたまに阿呆になるの、なんでだろうねぇ」
「見守り続けてる身にもなってほしいですね」
「……まだ頼むぜ」
シュイに聞こえないよう小声で話す2人。何故か嬉しそうなカイルの返しに、イゾウは笑みを深めて拳を軽くカイルの胸にとんと当てる。その仕草は何処までもあたたかい。カイルは静かに受け止めた。
他の隊はよく知らないが、16番隊では全隊員が意識していることがある。
それは、隊長であるイゾウを絶対死守すること。白ひげの柱の1人であるイゾウを守り支えることで、白ひげ海賊団全体をも守ることになると思っているからだ。船長である親父を見つめるイゾウの凛とした背中を、隊員皆が慕いついて来た。
それがある日から、前しか見ないイゾウがふと横を見ていることに気づく。親父しか見てこなかった隊長が気にかけるようになった、シュイの存在。異質な特性を持つシュイは華奢で儚い見た目とは違い、何処までも芯のある真っ直ぐな瞳を持つ強い女性だった。シュイもまたイゾウを信じて横に立ち支えていた。
そのことに気づいてから、イゾウだけを守っていた16番隊は、その対象にシュイを加えた。イゾウが安心して前を向けるよう、彼女を全力で守ることにしたのだった。
シュイが選んだ着物の着付けを手伝ったカイルは、イゾウに視線で合図をもらう。カイルは手を軽く振って了解した。
今回の隊長の負傷はシュイが気に病まないよう配慮したものだから、カイルも知らぬ振りをしている。本人はこの機会を上手く利用しようとして呆れるが、カイルは見守るだけなので健闘を祈るのみである。
退室した隊長室を一度振り返り、カイルは隊員たちに指示を出すため船内を進んだ。
着替えが終わったところでカイル副隊長が退室されて、部屋にはイゾウ隊長とふたりきりになる。立ち去ったカイルに首を傾げなから、シュイは櫛を手にイゾウの背後に回る。イゾウは椅子に腰掛け化粧をしている後ろで、丁寧に髪を梳いていく。持参した香油を馴染ませて髪を整える。髷を結べないシュイは自己流のハーフアップで仕上げた。
終わりましたと伝えれば、化粧を終えたイゾウと鏡越しに目が合ってありがとうと微笑んでくれる。今日も無事隊長の身支度を手伝えたようで安心した。
ほくほくと満足気にシュイが隊長室の扉を開けようとすれば、すっと上ならひと回り大きな手が重なる。背後で被さるように立つイゾウに不思議に思い振り返れば、思ったより近い距離に端正な顔があり心臓が跳ねた。
「イゾウさん…?」
「髪型と香りがお揃いなのは嬉しいね」
バレていた。
実は持参した香油は今朝自分が使ったものと同じだし、髪型もこっそり同じ結い方をしていた。ちょっとした隠し事だったのに。
頬を微かに染めて返答に困っているシュイに笑みを深めると、イゾウは顔を傾けてシュイのおでこにキスをした。
イゾウの両腕で扉と彼の間に閉じ込められており、まるで抱きしめられているようだった。ゆっくり離れていく顔につられて視線を追えば、絡む彼の真っ直ぐで熱い瞳。目眩がしそうだった。
「明日も頼むよ」
「…はい」
一緒に部屋を出て、カイルと合流するべく並んで歩き出した2人。イゾウの袖に隠れるようにお互い指を1本だけ絡めていたのは、2人だけの秘密である。
白ひげ海賊団の各隊には特徴があった。
マルコ隊長率いる1番隊は厳格さ、ビスタ隊長率いる5番隊は紳士、フォッサ隊長率いる15番隊は男気。隊長の性格がそれぞれ隊の雰囲気に表れていた。だから12番隊で騙し事はタブーだし、3番隊でジョークは受けつけられない。
そんな中16番隊は温厚なイメージで有名だが、あることで一番危険視されている隊でもあった。
ある日の昼過ぎ、モビーディック号に奇襲があった。相手は二隻で挟み打ちと頭脳戦を仕掛けて来ていたが、その日の戦闘担当4隊が欠員なくフル参戦することで応戦は出来ていた。11番隊と16番隊は左舷側を、4番7番は右舷側を固めていた。
左舷側は早めに片が付いた。11番隊副隊長アカツキに班長シルバ、シュイと16番隊班長のユーリ、グレイが各々被害状況を軽く話している。
「お疲れさん、負傷者は?」
「各班5人ほどかな」
「うちも同じくらいさ」
「にしても右舷は長引かせすぎじゃね?」
「戦闘マニアが揃ってるからでしょ」
戦闘好きな面々が多い2隊のこと。あえて決定打を使わず戦闘を楽しむスタイルである。早く済ませた側は待たされて迷惑なのだけど。
若干彼らが白けて見守っていると、長引く右舷に近い後方で16番隊隊長を呼ぶ声が微かにした。その声を拾えた16番隊のメンバーが振り返る。
そこには左肩を押さえて膝をつくイゾウ隊長と、傍には隊長を支えるカイル副隊長。イゾウのすぐ後ろには腰を抜かす他隊クルーに、彼等の隣で大金槌と巨大な大男が横たわっていた。
あるクルーを庇って『我が隊長が負傷した』ように見える、目の前の状況が16番隊の隊員全体に衝撃を与えた。
「…こりゃあマズいな」
誰かがぼそりと呟いた言葉は、全古参の心の内を代弁している。危険を感じたアカツキが11番隊クルーに避難するよう声をかけた瞬間、複数の覇気が同時に爆発したのだった。
7番隊のクルーは戦闘を思う存分楽しんでいた。左舷側の収束が見受けられたのでそろそろ頃合いだと思い、敵を蹴散らそうと踏み込んだところ、背後から爆発的な覇気を複数感じて咄嗟に後ろへ身構えた。
そこには目の前の敵より恐ろしい形相の16番隊筆頭組がこちらへ向かって来ていた。それを見たクルー達は血の気が引いた。
16番隊が、キレた。
彼らは容赦なく武器を振り回していく。
「ぎゃーーっ!!」
「うちのクルーも飛んでった!?」
ユーリとグレイが敵味方関係なく甲板から海へ落としていった。7番隊は直ぐ様戦闘を中断して、16番隊班長の間合いから逃げ惑う。4番隊も巻き添えにならないよう避けるが、初動が遅れたクルーは海に飛ばされ落ちていく。
その2人が切り開いた甲板をシュイが駆ける。スピードを落とすことなく船縁に足を乗せて踏み込み、躊躇なく海へ向かって跳んだ。
華奢な身体はそのまま海へ叩きつけられるかと思えば、シュイの背中に橙色の両翼が生えてふわりと上空へ上がる。一度旋回すると右舷に隣付けされている敵船へ向けて急降下する。
シュイ特有の冷気を纏った覇気を薙刀へ覆い、降下する勢いそのままに十字へ切り裂いた。爆音と共に分断された海賊船は天高く突く氷柱と吹き上がる水飛沫に隠され沈んでいった。
その水飛沫はモビーの甲板に立って見守っていたクルーへ大量に降りかかる。甲板に残っていた敵は戦意損失をして残った海賊船へ駆け込んだり、海に自ら避難していく者と様々だった。
そんな敵を静かに見送っていたグレイが船縁に寄れば、細い手がにゅっと出て縁を掴んだ。グレイがその手を優しく引き上げれば現れたのは水濡れのシュイ。彼女が濡れた服と髪を絞って水気を切っていれば、時間が止まっていた甲板が慌ただしく動き出した。
「落ちた奴ら引き上げろ!」
「おい、何人落ちた?!」
「お前ら容赦ねェな、相変わらず!」
グレイはべっと舌を出して聞く耳を持たず、ユーリは周りの声に気にすることなく自分の上着をシュイにかけてやり彼女を支えている。
シュイは覇気の消耗が激しく肩で息をしており、ユーリに寄りかからせてもらった。濡れた前髪をかき上げて視線を上げれば、未だ膝をつく自隊長と目が合う。少し呆れたような表情の中に痛みを堪えている色が隠せていない。
心配する3人はイゾウ隊長のもとに戻るため、慌ただしい甲板を足早に横切って行った。
イゾウはらしくないことをした。
後方で自隊が敵を順調に潰していくのをのんびり眺めて居れば、右側で自分と同じようにぼんやりするクルーを見つける。そいつは無防備にある方向を見つめていた。
その視線を追えば、シュイがいた。くるくる舞うように薙刀を振るっている。シュイの覇気は独特で彼女の周りで大小の氷が成形されては散るのを繰り返す。その砕けた欠片が光に反射してきらきら光りながら散っていくので、覇気の発動が一際綺麗なことで有名だ。見惚れる気持ちはわかる。
しかし、そのクルーは無防備過ぎた。だから背後から大金槌を振り上げている敵に気づいていない。
イゾウはクルーを突き飛ばし、振り下ろされたその大金槌を武装色の覇気を纏う左腕で受け止めた。近距離ゆえの防御法だったが、相当な重量から骨が軋む音がした。
「くっ…」
「イゾウ隊長!?」
イゾウが反撃する前に異変に気付いたカイルが、大金槌を持った敵を素早く斬り捨てた。カイルが膝をついて顔を覗きこんで心配されるが、鈍い痛みが残る左肩を押さえて返事が出来ない。
痛みに耐えていれば覚えのある自隊の覇気たちを感じて顔を上げると、綺麗な翼を持つシュイがちょうど空を舞っていた。彼女は天使だっただろうか。イゾウの瞳はシュイに釘付けである。
「あーあ、あんなに暴れちゃって…」
右舷側の甲板の様子を見て、隣のカイルが呆れたように呟いてる。敵もクルーも関係なく蹴散らしてしまった隊員たちの姿に、イゾウは苦笑した。自分の負傷が原因とはいえ、相変わらずやり過ぎである。ウチの悪い癖が出てしまったようだ。
「これは…説教だな」
「あなたへの忠誠故ですから、お手柔らかにお願いしますね」
横にいるカイルが腰を抜かせているクルーに小言を言うのを聞きながら、イゾウはこちらへ心配そうに駆け寄るずぶ濡れなシュイたちを出迎えた。
普段は穏やかな16番隊が危険視される理由、それはキレたら手が付けられないからである。
イゾウの怪我は骨に異常はないものの筋を痛めており、痛みが治まるまでしばらく安静にするよう船医から言われる。左肩を動かせないよう固定されて、日常生活が不便になった。
そこで副隊長のカイルをはじめ、16番隊員がイゾウの生活の補助をするため隊長室に頻繁に出入りしていた。シュイは朝に訪れることが多かった。イゾウを起こすついでに支度を手伝っていた。
カイルと共にシャワー室から出てきたイゾウに、シュイは衣装棚から着物を選んで彼へ掲げて見せる。
「イゾウさん、本日はこの色でどうですか?」
「ああ、それでいこう。帯もついでに頼むよ」
「わかりました」
シュイが再びこちらに背を向けて衣装棚を開けているとき、イゾウは隣でぽかんと口を開けて固まるカイルに気づいた。
あの晩以来シュイはイゾウとふたりきりの時たまに名で呼んでくれるようになった。いま部屋にはカイルもいるが、自隊クルーで気を許してるのもあり彼の前で名を呼んだのは無意識だろう。
「カイル、口が開いてるぜ」
「…いつから名前で?」
「秘密。ほかに言い触らすなよ」
「大騒ぎになるから言いませんよ。…で、いつケリつけるんです?」
「決めてても言うわけねェだろ。お前さんたまに阿呆になるの、なんでだろうねぇ」
「見守り続けてる身にもなってほしいですね」
「……まだ頼むぜ」
シュイに聞こえないよう小声で話す2人。何故か嬉しそうなカイルの返しに、イゾウは笑みを深めて拳を軽くカイルの胸にとんと当てる。その仕草は何処までもあたたかい。カイルは静かに受け止めた。
他の隊はよく知らないが、16番隊では全隊員が意識していることがある。
それは、隊長であるイゾウを絶対死守すること。白ひげの柱の1人であるイゾウを守り支えることで、白ひげ海賊団全体をも守ることになると思っているからだ。船長である親父を見つめるイゾウの凛とした背中を、隊員皆が慕いついて来た。
それがある日から、前しか見ないイゾウがふと横を見ていることに気づく。親父しか見てこなかった隊長が気にかけるようになった、シュイの存在。異質な特性を持つシュイは華奢で儚い見た目とは違い、何処までも芯のある真っ直ぐな瞳を持つ強い女性だった。シュイもまたイゾウを信じて横に立ち支えていた。
そのことに気づいてから、イゾウだけを守っていた16番隊は、その対象にシュイを加えた。イゾウが安心して前を向けるよう、彼女を全力で守ることにしたのだった。
シュイが選んだ着物の着付けを手伝ったカイルは、イゾウに視線で合図をもらう。カイルは手を軽く振って了解した。
今回の隊長の負傷はシュイが気に病まないよう配慮したものだから、カイルも知らぬ振りをしている。本人はこの機会を上手く利用しようとして呆れるが、カイルは見守るだけなので健闘を祈るのみである。
退室した隊長室を一度振り返り、カイルは隊員たちに指示を出すため船内を進んだ。
着替えが終わったところでカイル副隊長が退室されて、部屋にはイゾウ隊長とふたりきりになる。立ち去ったカイルに首を傾げなから、シュイは櫛を手にイゾウの背後に回る。イゾウは椅子に腰掛け化粧をしている後ろで、丁寧に髪を梳いていく。持参した香油を馴染ませて髪を整える。髷を結べないシュイは自己流のハーフアップで仕上げた。
終わりましたと伝えれば、化粧を終えたイゾウと鏡越しに目が合ってありがとうと微笑んでくれる。今日も無事隊長の身支度を手伝えたようで安心した。
ほくほくと満足気にシュイが隊長室の扉を開けようとすれば、すっと上ならひと回り大きな手が重なる。背後で被さるように立つイゾウに不思議に思い振り返れば、思ったより近い距離に端正な顔があり心臓が跳ねた。
「イゾウさん…?」
「髪型と香りがお揃いなのは嬉しいね」
バレていた。
実は持参した香油は今朝自分が使ったものと同じだし、髪型もこっそり同じ結い方をしていた。ちょっとした隠し事だったのに。
頬を微かに染めて返答に困っているシュイに笑みを深めると、イゾウは顔を傾けてシュイのおでこにキスをした。
イゾウの両腕で扉と彼の間に閉じ込められており、まるで抱きしめられているようだった。ゆっくり離れていく顔につられて視線を追えば、絡む彼の真っ直ぐで熱い瞳。目眩がしそうだった。
「明日も頼むよ」
「…はい」
一緒に部屋を出て、カイルと合流するべく並んで歩き出した2人。イゾウの袖に隠れるようにお互い指を1本だけ絡めていたのは、2人だけの秘密である。