螢火
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(雨に濡れる彼女)
モビーディック号の中央2階には航海室がある。その隣の部屋で本日の見張りと不寝番担当の8番16番の隊長副隊長が航海士から天候の説明を受けていた。
今日は航海チームを代表して14番隊所属のイレーナが説明をする。島海域に近いけど、天候はまだ安定していない。いま普通の雨が降っているが風向きが変われば嵐に変わるので、注意してほしいと。
一通り説明が終わり解散しようとしたところ、イゾウはイレーナに呼び止められる。カイルに目配せをして退室させ、部屋に2人きりとなった。
イレーナは窓から外を眺めていた。彼女に並んで同じ方をみれば、雨が降りしきる下の甲板の様子が見える。魚人クルーたちがゆったり過ごすなか、シュイとユウヒの姿があった。
ユウヒが人の大きさくらいでばしゃばしゃと水浴びしている横で、レインコートを着たシュイが見守っている。けどフードは脱げており、長時間雨にさらされた頭部は濡れてコートの意味はあまりなさそうだった。
「シュイちゃん、風が強くない暖かい雨の日はよくペットと水浴びしてるんですよ」
「ユウヒはまだ子供でやんちゃだからな。本人も晴れより曇りや雨の方が好きらしい」
「肌弱いみたいね」
「陽に焼けたら赤くなって大変なんだと。前の夏島で痛くてぴーぴー言ってたな」
先日のシュイの日焼け騒動を思い出してイゾウが笑みを浮かべるのを、イレーナが意味有りげに見つめていた。
「初めて自隊に女クルーを持った感想はどうですか?」
「妹たちがいるんだ。別に隊に居ても変わらねェよ。…なんだ、勧誘断ったこと後悔してんのか?」
「……冗談言わないでください」
イレーナはパドルからの昇格組だ。本船に在籍が決まったとき、共闘したことがあったイゾウから勧誘されたが、彼女は断り仲が良かったジルの14番隊へ入った。
イレーナが16番隊を断ったのは、実は私情だった。イレーナはイゾウに憧れていたのだ。距離が近くなることが怖くて、気心しれたジルのところに入った。
後悔は、多分ないと思う。丁度いい距離感で彼と同じ船で過ごせたのだから。イゾウも妹には分け隔てなく接してくれるし、楽しかったと思う。
けどエースたちが加入してどこか変わった。正確にはシュイと出会ってからイゾウが変わった。それか自分が知らなかった彼の一面を見ただけなのだろうか。
噂ではシュイもサムライの家系らしい。イゾウと同じである。他にもサムライのクルーはいるけど、こんなことはなかった。
イゾウが隊員に武器以外で身につける何かを贈ることも。宴で潰れたからと自室に運ぶことも。女の命である髪を優しく触れていることも。ましてやイゾウの髪を梳くのを許すことも。
気づきたくはなかったけど。
イゾウが彼女を見ていることに、彼を常に目で追っているイレーネが気づくのは当たり前だった。
本当に妹として大切に思っているのか、それ以上の感情かは分からないけれど。
イゾウにとってシュイは特別なのだ。
だからイレーナは、決めたことがある。
「イゾウ隊長、実は…ベイ船長のもとに行くことにしました」
「…そうか。また妹がひとり、ベイのところに行くのか」
これが白ひげに所属する女クルーが少ない理由である。活躍する女性クルーは傘下のホワイティベイのもとに引き抜かれていくから、長く白ひげ本船にいることが少ないのだ。
お願いがあります、とイレーナはイゾウに言った。このお願いはイレーナにとって最後の、憧れる彼への勇気だった。
「思い出に抱きしめてもらってもいいですか?」
「……ああ、いいぜ」
イゾウは優しく笑みを浮かべ、そっとイレーナを抱き寄せた。肩を抱いて背中に回した手で宥めるように軽く叩いてくれる。
イレーナは彼の優しさを感じて、虚しくなった。だって何処までも自分には妹としての接し方なのだから。彼の腕の中で目をつぶって浮かぶのは、彼女には腰に腕を回して抱き寄せる彼の背中。ここでもまた差を見つけてしまう。
勇気を出した結果に後悔したけど、もう2度とない彼の腕の中を忘れないよう、イレーナはかみ締めることにした。
雨の日恒例のユウヒの水浴びに付き合っていたシュイは、ふと視線を感じた。そちらに目を向ければ、船内入り口の横で腕を組んで壁に寄りかかって立つイゾウがいた。彼の手にはシュイが予め用意していた足元の荷物から出したであろうバスタオルがある。
ユウヒも水浴びに満足したようなので、腕に収まるサイズになってもらい、待つイゾウのもとへ向かった。
「おかえり。水浴びは終わったか」
「済みました」
渡されたバスタオルでユウヒを拭きながら包んでいると、もうひとつのタオルでシュイの濡れた頭部を優しく拭いてくれる。手つきが優しすぎてくすぐったいので、シュイはつい小さく笑った。
「イゾウさん、くすぐったい…」
「濡れすぎだ。風邪ひくぞ」
「ふふ。ユウヒが可愛くて、つい」
「キュルル」
びしょ濡れのユウヒが機嫌良く腕の中で鳴いた。このあと羽根を乾かしてあげないといけない。
シュイが用意した荷物を片手に、イゾウはシュイを引き寄せて船内へ戻るよう促す。素直に導かれるまま足を動かしていたが、イゾウに近付いたときふわりと香った香りにシュイは足を止めてしまう。
「どうした?」
「……いいえ」
シュイは笑みを浮かべて隠した。イゾウは気にした様子もなく、一緒に船内へ戻るのだった。
聞けるわけがない。
貴方に香りが移るほど近くに居たのですか。
香りが残るほど一緒に居たのですか。
やはり彼女とはそういう仲なのですか。
だって彼女は貴方のことをあんなにも見つめているのに。
あの月夜の晩に貴方から向けられた甘くて熱い視線は何だったのだろうか。
シュイは、聞けなかった。
モビーディック号の中央2階には航海室がある。その隣の部屋で本日の見張りと不寝番担当の8番16番の隊長副隊長が航海士から天候の説明を受けていた。
今日は航海チームを代表して14番隊所属のイレーナが説明をする。島海域に近いけど、天候はまだ安定していない。いま普通の雨が降っているが風向きが変われば嵐に変わるので、注意してほしいと。
一通り説明が終わり解散しようとしたところ、イゾウはイレーナに呼び止められる。カイルに目配せをして退室させ、部屋に2人きりとなった。
イレーナは窓から外を眺めていた。彼女に並んで同じ方をみれば、雨が降りしきる下の甲板の様子が見える。魚人クルーたちがゆったり過ごすなか、シュイとユウヒの姿があった。
ユウヒが人の大きさくらいでばしゃばしゃと水浴びしている横で、レインコートを着たシュイが見守っている。けどフードは脱げており、長時間雨にさらされた頭部は濡れてコートの意味はあまりなさそうだった。
「シュイちゃん、風が強くない暖かい雨の日はよくペットと水浴びしてるんですよ」
「ユウヒはまだ子供でやんちゃだからな。本人も晴れより曇りや雨の方が好きらしい」
「肌弱いみたいね」
「陽に焼けたら赤くなって大変なんだと。前の夏島で痛くてぴーぴー言ってたな」
先日のシュイの日焼け騒動を思い出してイゾウが笑みを浮かべるのを、イレーナが意味有りげに見つめていた。
「初めて自隊に女クルーを持った感想はどうですか?」
「妹たちがいるんだ。別に隊に居ても変わらねェよ。…なんだ、勧誘断ったこと後悔してんのか?」
「……冗談言わないでください」
イレーナはパドルからの昇格組だ。本船に在籍が決まったとき、共闘したことがあったイゾウから勧誘されたが、彼女は断り仲が良かったジルの14番隊へ入った。
イレーナが16番隊を断ったのは、実は私情だった。イレーナはイゾウに憧れていたのだ。距離が近くなることが怖くて、気心しれたジルのところに入った。
後悔は、多分ないと思う。丁度いい距離感で彼と同じ船で過ごせたのだから。イゾウも妹には分け隔てなく接してくれるし、楽しかったと思う。
けどエースたちが加入してどこか変わった。正確にはシュイと出会ってからイゾウが変わった。それか自分が知らなかった彼の一面を見ただけなのだろうか。
噂ではシュイもサムライの家系らしい。イゾウと同じである。他にもサムライのクルーはいるけど、こんなことはなかった。
イゾウが隊員に武器以外で身につける何かを贈ることも。宴で潰れたからと自室に運ぶことも。女の命である髪を優しく触れていることも。ましてやイゾウの髪を梳くのを許すことも。
気づきたくはなかったけど。
イゾウが彼女を見ていることに、彼を常に目で追っているイレーネが気づくのは当たり前だった。
本当に妹として大切に思っているのか、それ以上の感情かは分からないけれど。
イゾウにとってシュイは特別なのだ。
だからイレーナは、決めたことがある。
「イゾウ隊長、実は…ベイ船長のもとに行くことにしました」
「…そうか。また妹がひとり、ベイのところに行くのか」
これが白ひげに所属する女クルーが少ない理由である。活躍する女性クルーは傘下のホワイティベイのもとに引き抜かれていくから、長く白ひげ本船にいることが少ないのだ。
お願いがあります、とイレーナはイゾウに言った。このお願いはイレーナにとって最後の、憧れる彼への勇気だった。
「思い出に抱きしめてもらってもいいですか?」
「……ああ、いいぜ」
イゾウは優しく笑みを浮かべ、そっとイレーナを抱き寄せた。肩を抱いて背中に回した手で宥めるように軽く叩いてくれる。
イレーナは彼の優しさを感じて、虚しくなった。だって何処までも自分には妹としての接し方なのだから。彼の腕の中で目をつぶって浮かぶのは、彼女には腰に腕を回して抱き寄せる彼の背中。ここでもまた差を見つけてしまう。
勇気を出した結果に後悔したけど、もう2度とない彼の腕の中を忘れないよう、イレーナはかみ締めることにした。
雨の日恒例のユウヒの水浴びに付き合っていたシュイは、ふと視線を感じた。そちらに目を向ければ、船内入り口の横で腕を組んで壁に寄りかかって立つイゾウがいた。彼の手にはシュイが予め用意していた足元の荷物から出したであろうバスタオルがある。
ユウヒも水浴びに満足したようなので、腕に収まるサイズになってもらい、待つイゾウのもとへ向かった。
「おかえり。水浴びは終わったか」
「済みました」
渡されたバスタオルでユウヒを拭きながら包んでいると、もうひとつのタオルでシュイの濡れた頭部を優しく拭いてくれる。手つきが優しすぎてくすぐったいので、シュイはつい小さく笑った。
「イゾウさん、くすぐったい…」
「濡れすぎだ。風邪ひくぞ」
「ふふ。ユウヒが可愛くて、つい」
「キュルル」
びしょ濡れのユウヒが機嫌良く腕の中で鳴いた。このあと羽根を乾かしてあげないといけない。
シュイが用意した荷物を片手に、イゾウはシュイを引き寄せて船内へ戻るよう促す。素直に導かれるまま足を動かしていたが、イゾウに近付いたときふわりと香った香りにシュイは足を止めてしまう。
「どうした?」
「……いいえ」
シュイは笑みを浮かべて隠した。イゾウは気にした様子もなく、一緒に船内へ戻るのだった。
聞けるわけがない。
貴方に香りが移るほど近くに居たのですか。
香りが残るほど一緒に居たのですか。
やはり彼女とはそういう仲なのですか。
だって彼女は貴方のことをあんなにも見つめているのに。
あの月夜の晩に貴方から向けられた甘くて熱い視線は何だったのだろうか。
シュイは、聞けなかった。