螢火
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(落ち着かない彼女)
モビーディック号はある夏島に停泊していた。船の大きさから島の裏手にとめて、目の前に広がる砂浜は白ひげクルーのプライベートビーチ状態であった。
能力者ではないクルーたちが、モビーから海に飛び込んだり、魚人クルーに波を起こしてもらったりして海水浴を楽しんでいる。他には能力者を含めて、ビーチでバレーボールをしているクルーもいた。力加減を見誤って何個もボールが裂けているが、暑い中盛り上がっている。
そんな中シュイは大きなパラソルの下にレジャーシートを敷いて座り、炎天下ではしゃぐ面々を眺めていた。
レモン色のマキシ丈のキャミソールワンピースに、白色のレース生地の長袖パーカーを着る。サンダルを履いた足元はパラソルの作った影から出ないように、ワンピースの裾の中へ。大きな麦わら帽子を被るシュイは横に立つ人影に気づいた。
イゾウ隊長だった。下は半ズボン水着で上は半袖シャツを羽織って前ボタンはとめていない。髪は1つにくくり、鍛え上げられた上体や腕に水の雫が光っている。
いつもと違う露出度がある格好にシュイは直視できない。刺激が強すぎる。イゾウの後ろにいる16番隊メンバーも上を着たり着なかったりと、似たりよったりの格好である。
シュイはタオルと後ろにあるボックスから出した飲み物を渡していく。
「もう上がられたんですか?」
「動いたら海ん中でも暑くて敵わねェからな」
パラソルの下でイゾウとカイルがシュイを挟んで腰を下ろし、他のメンバーはシュイにお礼を言って木の木陰へ涼んでいく。
「シュイは暑くて具合悪くしてないか?」
「大丈夫です。でも私も海に入りたい…」
「それは陽が陰るまで我慢してくれな」
宥めるようにシュイの頬を伝う汗をそっと指で拭われても、シュイは眉を下げてしまう。
以前上陸した島の夏気候の晴天で、暑いからと肌を隠さず過ごしてしまい、皮膚に火傷に似た症状が出た。それでイゾウに心配をかけてからますます過保護度が増した気がする。自分自身も弱いとは自覚していたけど、サンクリームを塗っていたのに、長時間上着なしもあって酷い目にあった。
みんなは陽に焼けても平気なのに、どうして自分だけなのとシュイは不公平に感じていた。
そこにミモザとアカネが通りかかった。彼女たちはもちろん水着である。
「あ、シュイと親衛隊じゃん。やっほー」
イゾウは変な呼び名がついたものだなと苦笑した。
近頃他隊のクルーから、16番隊はシュイの親衛隊と呼ばれている。隊の紅一点のシュイのことをみんな気にかけてアレコレ世話を焼くからだろう。
カイルたちは自覚があるのか気にした様子はない。
「可愛いワンピースだね、シュイ。陽射しは大丈夫なの?」
「うん、影あるなら平気。アカネとミモザはこれから海?」
「そだよー。街でスイーツ堪能したから、これから運動ー。てかシュイ、水着着ないの?」
「陽があるうちは着れないかな。ふたりとも似合ってるね」
「ありがと、お気に入りなの」
「あ、そうそう。さっき行ったお店で割引券もらったんだー。シュイ果物好きでしょ? 行ってきなよ」
ミモザはそう言ってシュイに1枚の券を渡した。その際に隣にいるイゾウに視線を投げることを忘れずに。
二人は好きなだけ喋ってから海の方へ向かった。
「元気だな、あいつ等は。シュイ、ミモザが言った店はどうす、る…」
イゾウは横にいるシュイにその店に行くかどうか尋ねようとして、言葉が途切れた。シュイはもらった券をキラキラした目で見つめていたからだ。券には『季節のフルーツ贅沢盛合せスイーツプレート』と書いてあった。
彼女の表情を見て、これから気温が上がるから少し時間をズラして行こうかという提案をイゾウは飲み込んだ。
「…今から行くか?」
シュイはイゾウの方にばっと勢いよく振り向き、そのキラキラした目をして大きく何度も頷いた。イゾウの葛藤が分かったカイルはその隣で必死に笑いをこらえていた。
服に着替えたイゾウとカイルに挟まれてシュイは街を歩いていた。軽装な隊長を気遣って違和感のない距離で隊員たちが控えている。
目当てのお店に着いて、イゾウとシュイの2人で入店する。持っていた券を見せると、店員はすぐご用意しますねと笑顔で応えて、店内の席へ案内された。
案内されたのは向かい合わせではなく、隣に座るソファの席。足を組んで深く座るイゾウと隣でちょこんと座るシュイ。足が長いイゾウと膝が少し当たるのがどきどきする。
帽子で潰れた前髪を整えながらスイーツを待っていると、後ろで纏めている髪の毛先をイゾウが手持ち無沙汰なのか、くるくる指を絡めてくる。不思議に思い視線を向ければ、髪は傷んでねェみたいだなと言われた。
「香油のおかげで。でも陽に当たり過ぎると色が抜けちゃいます」
「本当に陽に弱いんだな」
「ずっと霧に包まれた故郷でしたので」
「だから曇りが好きなのか」
他愛のないゆっくりした会話をしていれば、テーブルに運ばれてきたスイーツプレート。シュイが種類いっぱいのフルーツを味わっているのをイゾウは見守りながら、少し分けてもらいつつ2人で食べ終えた。
店を出た2人は待機していたカイルたちがドリンクを買っているのを見つけた。シュイが行って声をかけることにし、イゾウは店の横で待っていた。ここでイゾウと少し離れたことをシュイは後悔することになる。
女形の装いをしてないイゾウ隊長が軽装すると、男前が爆上がりになる。その証拠にカイルとドリンクを買い終えてイゾウのもとに戻ろうと振り向けば、1人だったイゾウの周りには綺麗なお姉さま達が囲い声をかけられている。
シュイは唖然としてしまった。イゾウの格好良さを知ってもらえて嬉しいけど、彼の隣に何も知らない女性がいることが、どうしても面白くない。イゾウ自身も嫌がっていない様子がシュイの黒い感情を増幅させる。
ムスッとするシュイに、カイルが助言してくれる。それはイゾウに群がる女性を蹴散らす方法だった。両手にドリンクを持って兄貴の下へ行け、その時名前で呼ぶようにと。
「それだけで良いの…?」
「そうだよ。行っておいで」
シュイはカイルに頷くと大きく息を吸った。
「イ…、イゾウさん、お待たせです!」
そしてカイルに言われた通り、ドリンクを両手にイゾウ隊長を敢えて名前で呼び駆け足で持って行く。けど石畳みの路だったため、シュイのサンダルの先が引っかかってしまう。
躓いたシュイは、両手が塞がっていて受け身が取れない。転ぶ痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じれば、とすんと優しく受け止められた。不安定なまま顔を上げれば、イゾウから心配そうに覗き込まれる。
「大丈夫か?」
「はい、すみません…」
カイルの言われた通りに出来なかった上に躓いてしまうなんて、失敗だ。イゾウ隊長の周りの女性たちを遠ざけられなかった。終いにはシュイの失態にくすくすと笑われてしまった。
全く張り合えていない。
シュイは眉を下げて俯いた。唯一ドリンクの中身は溢さなかったのが救いである。
イゾウはシュイに怪我がないことを確認して、周りを一瞥すると彼女の腰をぐいっと抱き寄せた。躓いた拍子に帽子が落ちて露わになったおでこ、汗で張り付く前髪を手で避けてこれ見よがしにそこへ口づけを落とす。
「ひゃっ…」
「全く危なっかしくて目が離せねェな、うちのお姫さんは」
その時シュイに見えないのをいいことに、腰に手を這わせながら空いた手で払う仕草をする。
それで周りの女性たちを除けるのには充分だった。彼女たちはふんと鼻を鳴らすと、イゾウの腕のなかで顔を真っ赤にするシュイに目を向けることなく全員去っていった。
去っていく彼女たちの背中を見送りながら、シュイの落とした帽子を拾ってカイルが合流する。
「結果オーライですね」
「あんまシュイに変なことさせてんじゃねェぞ」
「シュイが拗ねてたので、つい」
シュイが?とイゾウは振り向いた。ドリンクを押し付けて早々に自分の腕の中から出ていったシュイは、隊員が横に控えている木陰のベンチに座り小さくなってドリンクを飲んでいる。飲み込むたびに顔が綻んでいて、味が気に入っているようだった。
ずっと様子を見られているとも知らず、無防備なシュイを眺めながら、彼女と隊員が飲み終わるまでイゾウは煙管をふかしていた。
彼らが日が暮れる前に裏手のビーチに戻れば、BBQの準備がされていた。盛大な夕ご飯の始まりである。肉に魚、野菜と何枚もある大きな鉄板で焼かれていく。大人数なので焼いても焼いても、すぐ無くなっていく。お酒も入って、クルー皆で大賑わいであった。
イゾウは腹七分目まで満たされたところで、昼間シュイが座っていた木陰に腰を下ろし酒瓶を傾けていた。鉄板の周りはだいぶ人が減り、胃袋無限の若手衆が占領している。
シュイはエースの近くで周りの連中から勧められたものを食べていた。主に魚と野菜をもぐもぐ食べている。夕食前にスイーツを食べてきたはずだが、甘いものは別腹なのか。シュイに焼けた肉を断られてエースが落ち込み、周りで笑いが起きていた。
そんな彼らの様子をぼんやり眺めていると、イゾウの隣に腰を下ろす人物がいた。葉巻を加えた15番隊隊長フォッサだった。
「お前さんの視線で嬢ちゃんに穴が空きそうだな」
「……うるせぇよ」
少しバツが悪そうに返すイゾウ。昔から知っている彼がいままで見たことない一面をさらけ出していて、フォッサは興味深かった。その対象である彼女に目を向ければ、夜になって帽子を外して髪をアップにまとめていた。その露わになった首筋には不釣り合いなタトゥーが目立っている。
シュイが入れ墨をしたことはモビーで有名になり、またデザインのオリジナル性も話題になっていた。デザインの意味をシュイが黙秘するので憶測ばかり盛り上がる。
「……おい、あんま見てんじゃねェぞ」
「お前さんが言うんかい」
すっかり口をへの字にさせてしまった同僚に、フォッサはお酒がさらに進むのだった。
BBQでお腹いっぱいになってお酒も回り大半のクルーが寝静まった頃、シュイは船縁に置いた腕にあごを乗せて、静かな目の前の砂浜を見つめていた。
陽が落ちたら海に入る予定だったのに、夕方から始まったBBQで盛り上がり、もうすっかり夜になってしまった。船のタラップも上がってしまったし、下に降りられそうにない。
海に入りたかったなあとため息をついていれば、後ろから声をかけられた。
「どしたん、シュイ嬢。ため息なんざついて」
8番隊隊長ナミュールだった。今日もクリミナルのTシャツがよく似合っている。
「陽が落ちてから海に入るつもりだったのに、すっかり夜になっちゃったので。もう今夜は無理かなって」
「なんじゃ、そんなことかい」
ナミュールは左舷メンバーに目配せするとシュイにウインクした。
「今夜はウチが見張りじゃけぇ安心せえ。タラップなら出しちゃるよ。ただし夜の海は冷えるから、足だけにしんさい」
ナミュールと8番隊隊員のおかげで、シュイは夜のビーチを散歩していた。サンダルを脱ぎ、ワンピースの裾を両手で持ち上げて海に入る。
ひんやりと気持ちいい水温。水面は月明かりが照らされてきらきら輝き、頭上に広がる星空に負けないくらい綺麗だった。
足を動かせばぱしゃりと鳴る水音も、風が吹いて波が立つ音も全てが心地良い。幻想的な風景のなか飽きることなく足を動かして、静かなビーチを堪能した。
少し強い風が吹いて高めの波が起こり、持ち上げたワンピースの裾を濡らしていく。もう少し浅い所に戻ろうと後ろを振り返ると、波が届かない所にイゾウ隊長が立っていた。
船を降りたときは自分以外誰も居なかったのに、いつの間に降りたのか。それにいつからいたのだろう。
「隊長、いつから?」
「うちの姫さんが月に帰りやしねぇかと思ってな」
呆然とするシュイに、イゾウはいつもの笑みを浮かべて手を差し出した。あまり冷えてはいけないから、そろそろ帰ろうと促される。シュイが素直にその手へ自分の手を乗せれば、優しく包まれて握られた。
手を握って並んで波打ち際を歩く2人。大きくて温かい隊長の手にシュイはどきどきが止まらない。
ちらりとイゾウを見れば、こちらを見守っている彼。俯き気味に歩いていたから気づかなかった。恥ずかしい。
「隊長、あの…っ」
「もう名で呼んでくれねぇのか」
シュイは固まった。普段外で正体がバレないよう隊長ではなく『兄貴』呼びをする16番隊。シュイが昼間名で呼んだのは状況が状況だったし、あの時だけだと思っていた。
返答に困っているとイゾウが首を傾げて無言で催促してくる。そんな表情でされたら敵わない。
「……イゾウさん」
「シュイ」
お互い名前を呼んだだけなのに。私が貴方の名に乗せた普通じゃない感情があるように、貴方が言う私の名がどこか特別に聞こえるのは偶然なのかな。
彼の瞳が細められていて、何もかも包み込むような視線。心がむず痒くなる程の、甘さが含まれているような錯覚。
どうしてそんな目で私を見てくれるの。
自分の勘違いか分からなくて、怖くて聞くことは出来なかったけど。
シュイはイゾウと静かにただ見つめ合っていた。短いようで長い時間だったかもしれない。
2人の繋がれた手はモビーに戻るまで離れることはなかった。
モビーディック号はある夏島に停泊していた。船の大きさから島の裏手にとめて、目の前に広がる砂浜は白ひげクルーのプライベートビーチ状態であった。
能力者ではないクルーたちが、モビーから海に飛び込んだり、魚人クルーに波を起こしてもらったりして海水浴を楽しんでいる。他には能力者を含めて、ビーチでバレーボールをしているクルーもいた。力加減を見誤って何個もボールが裂けているが、暑い中盛り上がっている。
そんな中シュイは大きなパラソルの下にレジャーシートを敷いて座り、炎天下ではしゃぐ面々を眺めていた。
レモン色のマキシ丈のキャミソールワンピースに、白色のレース生地の長袖パーカーを着る。サンダルを履いた足元はパラソルの作った影から出ないように、ワンピースの裾の中へ。大きな麦わら帽子を被るシュイは横に立つ人影に気づいた。
イゾウ隊長だった。下は半ズボン水着で上は半袖シャツを羽織って前ボタンはとめていない。髪は1つにくくり、鍛え上げられた上体や腕に水の雫が光っている。
いつもと違う露出度がある格好にシュイは直視できない。刺激が強すぎる。イゾウの後ろにいる16番隊メンバーも上を着たり着なかったりと、似たりよったりの格好である。
シュイはタオルと後ろにあるボックスから出した飲み物を渡していく。
「もう上がられたんですか?」
「動いたら海ん中でも暑くて敵わねェからな」
パラソルの下でイゾウとカイルがシュイを挟んで腰を下ろし、他のメンバーはシュイにお礼を言って木の木陰へ涼んでいく。
「シュイは暑くて具合悪くしてないか?」
「大丈夫です。でも私も海に入りたい…」
「それは陽が陰るまで我慢してくれな」
宥めるようにシュイの頬を伝う汗をそっと指で拭われても、シュイは眉を下げてしまう。
以前上陸した島の夏気候の晴天で、暑いからと肌を隠さず過ごしてしまい、皮膚に火傷に似た症状が出た。それでイゾウに心配をかけてからますます過保護度が増した気がする。自分自身も弱いとは自覚していたけど、サンクリームを塗っていたのに、長時間上着なしもあって酷い目にあった。
みんなは陽に焼けても平気なのに、どうして自分だけなのとシュイは不公平に感じていた。
そこにミモザとアカネが通りかかった。彼女たちはもちろん水着である。
「あ、シュイと親衛隊じゃん。やっほー」
イゾウは変な呼び名がついたものだなと苦笑した。
近頃他隊のクルーから、16番隊はシュイの親衛隊と呼ばれている。隊の紅一点のシュイのことをみんな気にかけてアレコレ世話を焼くからだろう。
カイルたちは自覚があるのか気にした様子はない。
「可愛いワンピースだね、シュイ。陽射しは大丈夫なの?」
「うん、影あるなら平気。アカネとミモザはこれから海?」
「そだよー。街でスイーツ堪能したから、これから運動ー。てかシュイ、水着着ないの?」
「陽があるうちは着れないかな。ふたりとも似合ってるね」
「ありがと、お気に入りなの」
「あ、そうそう。さっき行ったお店で割引券もらったんだー。シュイ果物好きでしょ? 行ってきなよ」
ミモザはそう言ってシュイに1枚の券を渡した。その際に隣にいるイゾウに視線を投げることを忘れずに。
二人は好きなだけ喋ってから海の方へ向かった。
「元気だな、あいつ等は。シュイ、ミモザが言った店はどうす、る…」
イゾウは横にいるシュイにその店に行くかどうか尋ねようとして、言葉が途切れた。シュイはもらった券をキラキラした目で見つめていたからだ。券には『季節のフルーツ贅沢盛合せスイーツプレート』と書いてあった。
彼女の表情を見て、これから気温が上がるから少し時間をズラして行こうかという提案をイゾウは飲み込んだ。
「…今から行くか?」
シュイはイゾウの方にばっと勢いよく振り向き、そのキラキラした目をして大きく何度も頷いた。イゾウの葛藤が分かったカイルはその隣で必死に笑いをこらえていた。
服に着替えたイゾウとカイルに挟まれてシュイは街を歩いていた。軽装な隊長を気遣って違和感のない距離で隊員たちが控えている。
目当てのお店に着いて、イゾウとシュイの2人で入店する。持っていた券を見せると、店員はすぐご用意しますねと笑顔で応えて、店内の席へ案内された。
案内されたのは向かい合わせではなく、隣に座るソファの席。足を組んで深く座るイゾウと隣でちょこんと座るシュイ。足が長いイゾウと膝が少し当たるのがどきどきする。
帽子で潰れた前髪を整えながらスイーツを待っていると、後ろで纏めている髪の毛先をイゾウが手持ち無沙汰なのか、くるくる指を絡めてくる。不思議に思い視線を向ければ、髪は傷んでねェみたいだなと言われた。
「香油のおかげで。でも陽に当たり過ぎると色が抜けちゃいます」
「本当に陽に弱いんだな」
「ずっと霧に包まれた故郷でしたので」
「だから曇りが好きなのか」
他愛のないゆっくりした会話をしていれば、テーブルに運ばれてきたスイーツプレート。シュイが種類いっぱいのフルーツを味わっているのをイゾウは見守りながら、少し分けてもらいつつ2人で食べ終えた。
店を出た2人は待機していたカイルたちがドリンクを買っているのを見つけた。シュイが行って声をかけることにし、イゾウは店の横で待っていた。ここでイゾウと少し離れたことをシュイは後悔することになる。
女形の装いをしてないイゾウ隊長が軽装すると、男前が爆上がりになる。その証拠にカイルとドリンクを買い終えてイゾウのもとに戻ろうと振り向けば、1人だったイゾウの周りには綺麗なお姉さま達が囲い声をかけられている。
シュイは唖然としてしまった。イゾウの格好良さを知ってもらえて嬉しいけど、彼の隣に何も知らない女性がいることが、どうしても面白くない。イゾウ自身も嫌がっていない様子がシュイの黒い感情を増幅させる。
ムスッとするシュイに、カイルが助言してくれる。それはイゾウに群がる女性を蹴散らす方法だった。両手にドリンクを持って兄貴の下へ行け、その時名前で呼ぶようにと。
「それだけで良いの…?」
「そうだよ。行っておいで」
シュイはカイルに頷くと大きく息を吸った。
「イ…、イゾウさん、お待たせです!」
そしてカイルに言われた通り、ドリンクを両手にイゾウ隊長を敢えて名前で呼び駆け足で持って行く。けど石畳みの路だったため、シュイのサンダルの先が引っかかってしまう。
躓いたシュイは、両手が塞がっていて受け身が取れない。転ぶ痛みを覚悟してぎゅっと目を閉じれば、とすんと優しく受け止められた。不安定なまま顔を上げれば、イゾウから心配そうに覗き込まれる。
「大丈夫か?」
「はい、すみません…」
カイルの言われた通りに出来なかった上に躓いてしまうなんて、失敗だ。イゾウ隊長の周りの女性たちを遠ざけられなかった。終いにはシュイの失態にくすくすと笑われてしまった。
全く張り合えていない。
シュイは眉を下げて俯いた。唯一ドリンクの中身は溢さなかったのが救いである。
イゾウはシュイに怪我がないことを確認して、周りを一瞥すると彼女の腰をぐいっと抱き寄せた。躓いた拍子に帽子が落ちて露わになったおでこ、汗で張り付く前髪を手で避けてこれ見よがしにそこへ口づけを落とす。
「ひゃっ…」
「全く危なっかしくて目が離せねェな、うちのお姫さんは」
その時シュイに見えないのをいいことに、腰に手を這わせながら空いた手で払う仕草をする。
それで周りの女性たちを除けるのには充分だった。彼女たちはふんと鼻を鳴らすと、イゾウの腕のなかで顔を真っ赤にするシュイに目を向けることなく全員去っていった。
去っていく彼女たちの背中を見送りながら、シュイの落とした帽子を拾ってカイルが合流する。
「結果オーライですね」
「あんまシュイに変なことさせてんじゃねェぞ」
「シュイが拗ねてたので、つい」
シュイが?とイゾウは振り向いた。ドリンクを押し付けて早々に自分の腕の中から出ていったシュイは、隊員が横に控えている木陰のベンチに座り小さくなってドリンクを飲んでいる。飲み込むたびに顔が綻んでいて、味が気に入っているようだった。
ずっと様子を見られているとも知らず、無防備なシュイを眺めながら、彼女と隊員が飲み終わるまでイゾウは煙管をふかしていた。
彼らが日が暮れる前に裏手のビーチに戻れば、BBQの準備がされていた。盛大な夕ご飯の始まりである。肉に魚、野菜と何枚もある大きな鉄板で焼かれていく。大人数なので焼いても焼いても、すぐ無くなっていく。お酒も入って、クルー皆で大賑わいであった。
イゾウは腹七分目まで満たされたところで、昼間シュイが座っていた木陰に腰を下ろし酒瓶を傾けていた。鉄板の周りはだいぶ人が減り、胃袋無限の若手衆が占領している。
シュイはエースの近くで周りの連中から勧められたものを食べていた。主に魚と野菜をもぐもぐ食べている。夕食前にスイーツを食べてきたはずだが、甘いものは別腹なのか。シュイに焼けた肉を断られてエースが落ち込み、周りで笑いが起きていた。
そんな彼らの様子をぼんやり眺めていると、イゾウの隣に腰を下ろす人物がいた。葉巻を加えた15番隊隊長フォッサだった。
「お前さんの視線で嬢ちゃんに穴が空きそうだな」
「……うるせぇよ」
少しバツが悪そうに返すイゾウ。昔から知っている彼がいままで見たことない一面をさらけ出していて、フォッサは興味深かった。その対象である彼女に目を向ければ、夜になって帽子を外して髪をアップにまとめていた。その露わになった首筋には不釣り合いなタトゥーが目立っている。
シュイが入れ墨をしたことはモビーで有名になり、またデザインのオリジナル性も話題になっていた。デザインの意味をシュイが黙秘するので憶測ばかり盛り上がる。
「……おい、あんま見てんじゃねェぞ」
「お前さんが言うんかい」
すっかり口をへの字にさせてしまった同僚に、フォッサはお酒がさらに進むのだった。
BBQでお腹いっぱいになってお酒も回り大半のクルーが寝静まった頃、シュイは船縁に置いた腕にあごを乗せて、静かな目の前の砂浜を見つめていた。
陽が落ちたら海に入る予定だったのに、夕方から始まったBBQで盛り上がり、もうすっかり夜になってしまった。船のタラップも上がってしまったし、下に降りられそうにない。
海に入りたかったなあとため息をついていれば、後ろから声をかけられた。
「どしたん、シュイ嬢。ため息なんざついて」
8番隊隊長ナミュールだった。今日もクリミナルのTシャツがよく似合っている。
「陽が落ちてから海に入るつもりだったのに、すっかり夜になっちゃったので。もう今夜は無理かなって」
「なんじゃ、そんなことかい」
ナミュールは左舷メンバーに目配せするとシュイにウインクした。
「今夜はウチが見張りじゃけぇ安心せえ。タラップなら出しちゃるよ。ただし夜の海は冷えるから、足だけにしんさい」
ナミュールと8番隊隊員のおかげで、シュイは夜のビーチを散歩していた。サンダルを脱ぎ、ワンピースの裾を両手で持ち上げて海に入る。
ひんやりと気持ちいい水温。水面は月明かりが照らされてきらきら輝き、頭上に広がる星空に負けないくらい綺麗だった。
足を動かせばぱしゃりと鳴る水音も、風が吹いて波が立つ音も全てが心地良い。幻想的な風景のなか飽きることなく足を動かして、静かなビーチを堪能した。
少し強い風が吹いて高めの波が起こり、持ち上げたワンピースの裾を濡らしていく。もう少し浅い所に戻ろうと後ろを振り返ると、波が届かない所にイゾウ隊長が立っていた。
船を降りたときは自分以外誰も居なかったのに、いつの間に降りたのか。それにいつからいたのだろう。
「隊長、いつから?」
「うちの姫さんが月に帰りやしねぇかと思ってな」
呆然とするシュイに、イゾウはいつもの笑みを浮かべて手を差し出した。あまり冷えてはいけないから、そろそろ帰ろうと促される。シュイが素直にその手へ自分の手を乗せれば、優しく包まれて握られた。
手を握って並んで波打ち際を歩く2人。大きくて温かい隊長の手にシュイはどきどきが止まらない。
ちらりとイゾウを見れば、こちらを見守っている彼。俯き気味に歩いていたから気づかなかった。恥ずかしい。
「隊長、あの…っ」
「もう名で呼んでくれねぇのか」
シュイは固まった。普段外で正体がバレないよう隊長ではなく『兄貴』呼びをする16番隊。シュイが昼間名で呼んだのは状況が状況だったし、あの時だけだと思っていた。
返答に困っているとイゾウが首を傾げて無言で催促してくる。そんな表情でされたら敵わない。
「……イゾウさん」
「シュイ」
お互い名前を呼んだだけなのに。私が貴方の名に乗せた普通じゃない感情があるように、貴方が言う私の名がどこか特別に聞こえるのは偶然なのかな。
彼の瞳が細められていて、何もかも包み込むような視線。心がむず痒くなる程の、甘さが含まれているような錯覚。
どうしてそんな目で私を見てくれるの。
自分の勘違いか分からなくて、怖くて聞くことは出来なかったけど。
シュイはイゾウと静かにただ見つめ合っていた。短いようで長い時間だったかもしれない。
2人の繋がれた手はモビーに戻るまで離れることはなかった。