花色の雫
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最初からわかっていた。君には通用しないだろうと思っていたよ。
目の前にいる少年は眉を寄せて私をこれでもかというくらい見つめている。頬が引きつりそうになるのを必死に耐えて演技をするも。
「はじめまして。貴方は4年生?」
「久し振り、の間違いじゃない。先輩?」
あぁ、やはり。
私はあっさり“小牧”をやめた。
「そうだね…久し振り、三郎」
私の早い降参に軽く目を瞠るが、すぐにやりと口角を上げた。
前から思ってたけれど、その借りてる顔でそんな表情は似合わないよ。
「私を騙せると思った?」
「いいえ。自分の実力はわかってるつもりよ」
「……どうして、突然いなくなった? それになんで小牧とか名乗っているんだ」
先程と違って語尾が弱々しいことに気付き、おやと作業をやめて彼に向き直る。普段はあれだが、時たまこんな可愛いところをこの後輩は見せるのだ。
「突然いなくなってごめんね。寂しかった?」
成長して位置が高くなった彼の頭をよしよしすれば、頬を赤くしてばっと手を振り払われた。
残念。あの可愛い後輩モードはもう終わったらしい。くすくすと笑っていると視線で問われたので答えて上げた。
「色々あってね、学園から離れざるおえなかったの。それで騒ぎにしたくないから名を変えただけだよ」
「もう忍は目指さないのか?」
私の言葉に納得仕切れないのか、三郎は眉を顰めて更に問うてくる。
私は内心ため息をついた。本当に君は鋭くて聡い。分からなくてもいいことまで探ってしまう。
けれどあのことは君は知らなくていいの。あなたまで危険な目に合わせたくないから。
「あなたの先輩だった“すみれ”はもういないと思ってほしいの。忍を目指さないんじゃなくて、目指せない。――私は、“小牧”よ」
*
そう言う彼女は、どこか泣きそうにみえた。それは忍を目指せないからじゃないんだろう。あの先輩たちに突き放されるのが恐いだけだろ。
あのときの事件は噂でしか知らない。真の真相は唯一生き延びた彼女だけが握っているとされる。憶測で飛び交う噂のなかで、彼女はただの被害者だとも聞いた。他の噂は彼女の人柄からして信憑性に欠けるものばかりだ。
それでどうしてあなたを拒絶することになる?皆あなたの身を案じていた。
あの先輩方もあなたの帰りをずっと待っているのに――
それなのに。この勘違い彼女は、勝手に想像して、勝手に避けて、勝手に別人名乗って、勝手に…
なんだかイライラしてきたぞ。つーか、なんで名前を呼ばしてくれないんだ。綾部とか言う三年は呼んでいたのに。
どうして普通に戻ってこれないんだ。あの事件は普通に戻れない程のことがあったとか?
まぁ…私は知らないが。とにかく!こちらは一年半も待たされた上に、他人面されてたまってもんじゃない。
気がつけば私は彼女の腕を掴んで、ぐいぐいと引っ張っていた。
「……三郎、どこ行く気?」
「私の自室」
「はい?」
遭遇率が上がるのは困ると彼女は慌てて私の腕から逃げようとする。
そう簡単には逃さない。自室でじっくり話をするのだから。説教という名のね。
「はーなーしーてー」
「断る」
「もう……あ。助けてー、変態三郎に誘拐されるー」
「誰が変態だ。それに周りに人はい「何してるの? 三郎」
………ん?
少し気の抜けた彼女とのやり取りをしていると(その気になれば逃げられるだろう)、第三者の声がした。その声は間違えることのないもので。
私の横で彼女は笑いを堪えている。この人は自身の置かれた状況をわかっているのだろうか。いやいや。今は私の方が深刻なはずだ。
私は覚悟を決めて平然を装って振り返った。
「やぁ、雷ぞ「何してるのって聞いてるんだけど?」
…笑顔が黒いです、雷蔵さん。
「見損なったよ三郎。力にものを言わすなんて」
「待て…誤解だ雷蔵!」
「すみません、三郎が失礼なことをして」
「ほほほ。お気になさらず」
「だから誤解だ!」
彼女はようやく素顔だったことに気付いて、私の狐のお面を被っている。如何にも怪しい風をして、ほほほなんて言う。誰だよ、あなたは。
そして雷蔵は雷蔵で何一つ疑うことなくお面を被るの彼女と言葉を交わしている。うん、別にいま不思議ちゃんを発揮しなくてもいいと思うぞ。
「三郎ー! いつの間にこんな美人さんを捕まえたんだ。羨ましいぞ!」
頼むからお前は黙れ。話がややこしくなるではないか。あの狐のお面で美人と言えるお前はすごいよ。
食って掛かるハチを引き離して、黒い笑顔を浮かべる雷蔵の誤解をどう解こうか私は考えを巡らせることになった。
*
雷蔵と八左に捕まった三郎を尻目に、この場を去ろうと踵を返せば肩を掴まれた。
忘れてたよ。もう一人の存在を。
「どこに行く? すみれ」
……なんでだろう。三郎といい、この子――兵助といい、以前と態度が違うのは。前は先輩だったのに呼び捨てになっている。別に構わないけれど。
そして当然のようにバレているし。君は三郎の次に鋭いと思うよ。
「久し振り兵助。悪いけど急いでるの、離してくれる?」
「離したらまたどこかへ行くだろ」
迷子になる子供か、私は。
じーっと見てくる兵助に思わず苦笑した。本当は構ってあげたいけれど時間がない。あと少しで最終授業が終わり人が来るのだ。人目を避けたい私は早くこの場から離れなければならない。
「兵助、いい男の条件って知ってる?」
「なに?」
「女の秘密の一つや二つ、目を瞑れることよ」
予想通り乗ってきた彼はしばし考える風を見せると、うんと頷いて私の手を離してくれた。この子が素直で本当に良かった。
「ありがとう」
良い子だねとお礼に兵助の頬に口づけを一つ落として、その場から離れた。
その後私は無事事務室に戻れた。備品補給の続きは明日に回そう。書類整理をしながら、先程のことを思い出し知らず頬が緩む。
やはり後輩はどこまで言っても可愛い後輩なんだ。先程と同じように彼らと接することができれば、どれだけ良いだろうか…なんて。
私は余計な考えを消して意識を書類へ移し無心で筆を滑らせた。
(あ。お面返さなきゃ)
*
「三郎、すみれ行ったぞ」
雷蔵に責められて冷や汗をかいていた私は、兵助の言葉で我に帰った。辺りを見渡すも兵助の言葉通り彼女の姿はなかった。まぁ逃げられて同然だけれど。
「なんで捕まえとかなかったんだ?」
「良い男になる為」
「いや、意味わかんねーし」
きっと天然な兵助のことだ、彼女に言い包まれたのだろう。彼女は天然君やら不思議ちゃんとすこぶる相性が良いからな。
状況についていけず首を傾げる二人に事情を説明すれば、あっさりと納得した。先程勘違いされた私は一体なんだったんだ。
そして私はちらりとある方を一瞥した。きっともう、あのひと達にしか捕まえられない彼女だ。どうなるか楽しみだなぁと思いながら、私たちは自室へ帰った。
「ごめんねー三郎、疑ったりして」
「いいよ。気にしていないから」
「悪かったな三郎」
「お前は許さん」
「なんでだ!?」
「はじめてキスされた…」
「「なにっ!?」」
*
夕食を済ませた私は狐のお面を弄びながら自室へ向かっていた。なんだか眺めているうちに、このお面も愛嬌があるなと思えてきた。
縁側の角をあとひとつ曲がれば自室に着くところで私は足を止めた。斜め背後の庭にある気配を感じたから。その数は、6つ。
やはりあの二人に素顔で現れたのがいけなかったのか。いいえ、最初から隠し通せるなんて思っていない。
それだけ私と彼らは――…
怒っているかな。呆れているかな。
そう思いながら、私は意を決して気配がある方へ振り返った。
*
最初話を聞いたときは信じられなかった。こいつらは遂に頭までやられたのかと思ったが、仙蔵が見たという昼間の出来事を聞いて確信に変わった。
あいつが、戻ってきた――…
おかしいと思ったんだ。こんな半端な時期に新しい事務員など。そいつは俺たちの前に現われることは殆どなく、見掛けるとすれば後ろ姿だけという。
ずっと不思議だったが、謎が解けた。もしその事務員が戻ってきたあいつだとしたら? そう考えたら辻褄が合う。
そして今、俺たちはそいつを目の前にしている。俺たちが姿を表した瞬間そいつは動きを止めたのだ。それに片手に見覚えのある狐の面。俺たちが静かに視線を送る中、そいつはこちらへ振り返った。
―――やはり、すみれだった。
俺たちが待ち焦がれた張本人だ。小平太が駆け寄ろうとするのを、肩を掴んで押さえる。様子を窺うがすみれは一向に口を開こうとしない。
「………おい、何黙ってやがる?」
視線で凄んで見るも、彼女は口を閉ざしたまま。これが、すみれの意志だろう。もう俺たちとは関わらないと。
伊作は不安げにすみれを見つめて、仙蔵はため息をつく。そういう俺は――苛立ちがわいた。すみれとはそこそこ長い付き合いだが、ここまで分からず屋とは思わなかった。
「何か言ってくれ、すみれ!」
小平太が痺れをきらせて懇願するも、すみれはため息一つで一蹴し俺たちに背を向けて歩き出そうとする。
「待ってすみれちゃん!」
「うるさい」
「ほぅ…ようやく口を開いたと思えば、随分勝手な物言いだな」
冷たく言い放つ彼女に怯む伊作の傍ら、仙蔵は呆れたように言い返す。
おい、あまり煽るなよ。そして当然のようにその挑発に食って掛かるのが、すみれだ。
「勝手はどっちよ。こうして押しかけてきたくせに」
「戻ってきた友へ逢いにくるのが勝手とは思えん」
「本人の気持ち無視してる所が勝手と言ってるのよ」
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
すみれと仙蔵に割り入ったのは、それまで黙っていた留三郎だ。そこですみれはこちらへ肩越しに見た。
「俺たちがどれだけお前を心配してたかわかるか? なのに、お前は―…っ」
突然留三郎が言葉に詰まった。一番端にいる留三郎の方を向いているので、すみれの表情は窺えない。
何事かと視線を走らせたとき、静かに声が響いた。
「私は……逢いたくなんてなかった――…!」
「「「―――っ!!?」」」
俺は頭に重しが落ちたかのように、何も考えられなかった。他の奴等も愕然としているのがわかる。
「私なんかが、戻って来るんじゃなかったよ…」
そんな俺たちに口を開く間も与えず、すみれは更に追い討ちをかけてくる。借り物の狐のお面を被り音もなく姿を消した。
誰も居なくなった縁側は無音で、全てを遮断するかのように思えた。俺たちはただ呆然と立ち尽くしていた。
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