そして、数日後…。

チャイムが鳴る阿笠邸のドアを開ける灰原の前には、工藤新一の姿があった。

「あら、戻ったのね…」
「ああ。数日様子を見て見たけど子供に戻らないし、本当に成功したみたいだぜ」

そう話す新一に、灰原は小さくよかったわねと言うだけだった。

「だから…お前も戻るなら戻ってもいいんだぜ？お前だって、戻りたいだろ？」
「言ったじゃない。戻った所で無意味だって…私はこのままでいいのよ…」

こういう時の灰原の意思は固かった。宮野志保に戻った所で亡くなった両親は戻ってこない。待ってる人なんか居ない…そんな暗い気持ちにさせられるなら、このまま子供の姿で生きていく選択をしていた。

「ちょっと、出ないか？」

俯いている灰原を新一は誘い出そうとしていた。

「どこへ？」
「いいから、来いよ」

行きたくなさそうな灰原を半ば強引に連れて、新一は江戸川コナンの頃によく行っていた喫茶店へと入っていった。

「いらっしゃ…」

あっ…と、安室は喫茶店の扉が開いて入ってきた新一の後ろからひょっこり顔を出す灰原に視線を落とした。喫茶店の店員をまだ続けている安室に灰原は不満そうな目付きで見る。

そんな安室は灰原に笑みを向けると、席に案内した。二人は相向かいにテーブルに座ると、新一は灰原に言う。

「何にする？奢るぜ？」

そう言って、新一はメニューを広げながら灰原に尋ねる。

「バカにしないでくれる？…自分が食べたものくらい…自分で払えるから。」
「いや、誘ったのは俺だし…」
「貴方に奢ってもらう程困ってないわよ」

灰原は断固として奢られる事を拒否をする。そんな灰原に新一は相変わらずだなと、自分の頬を指で掻きながら苦笑いを浮かべていた。

「いらっしゃい。」

安室は持ってきた水を二人の前に置きながら笑顔で話しかけた。

「珍しいですね、二人揃って…事件は解決したのに。」
「この人に無理やり連れてこられたのよ、悪い？」
「いいえ。」
「貴方こそ、事件は解決したのにまだここで働いているのね…」
「悪いですか？」
「別に。」

そんなやり取り横目で見ながら、とりあえず注文する様に促す新一に、灰原は無言でメニューを指で指していた。

「かしこまりました」

安室は二人から注文を取ると、疑問に思っていたのだろう。問い掛ける様に口を開いた。

「未だにその姿なんですね…貴女もそろそろ戻ったらよろしいのではないですか？もう、奴らの怯えもないと思われますよ？」

安室は灰原に諭す様に話しかけるが、安室の言葉を聞いて…静かに答えた。

「私はこのままでいいのよ…だって、戻った所で…私には…」
「それなら貴女は、折角親から貰った名前を捨ててこれからその姿で生きるおつもりなんですか？」
「……」

ドキッとする言葉を口にする安室の笑顔には何か凍てつく様な感覚に陥られそうで、灰原はまともに安室を見る事は出来なかった。その言葉に、灰原は一瞬口を閉ざすが…次の瞬間、ぽつりと口を開く。

「仕方ないじゃない…私の両親はもう、居ないんだから…」
「そうでしょうか？」
「え？」
「君の心の中で生きてますよ、しっかりとね…忘れてしまったら、完全に消えてしまう。それに、ご両親から貰った命なんですから、本当の姿で生きた方が君らしいと…僕は思いますけどね。」
「……」

安室はそう一言だけ言うと、ごゆっくりといい…新一達のテーブルから離れた。

組織との対峙から時は流れ、あんな事は無かったかのような平穏な日々を取り戻したかの様に思えた一方で灰原は、元の姿に戻ろうか自分の中の葛藤が続いていた。

今でも、ポケットにはアポトキシンの解毒剤が入っている。それは、灰原がいつ飲んでもいい様に忍ばせている事の証だった。

「安室さんだって、きっとお前の本当の姿見たくてしょうがねーんだよ…」

二っと笑いながら言う新一は、運ばれてきた食事を摂りながら、灰原にそう助言する。

近くで聞いていた安室は慌てて訂正しにやってくると言った。

「僕に変なイメージ与えないでください」
「だって、安室さんがそんな風に言うのは何か意図があるんじゃないかな～って思って…」

そう話す新一に、フッと笑うと懐かしそうにそっと呟いた。

「君は完全に元に戻りきれてない様ですね…」
「え！？」

と、その言葉に驚く新一を見る安室の瞳には、江戸川コナンの残像が映っていた。姿は変わってもその口調にあの頃の面影が蘇って来る。彼と共に奴等に立ち向かって行った事実は消えない。

小さな探偵が居なくなっても、彼はこうして日常の生活を取り戻し生きている。同じ様に、灰原にもそうなって欲しいと思っていたのだ。

元に戻っても、あの頃の二人の様にこうして食事を共にする姿を見て、安室はそっと笑みを浮かべていた。