忍術学園でお手伝いさんとして働くきり丸のお姉ちゃんが土井先生の帰りを待つ話です
土井先生の帰りを忍術学園で待っているきり丸のお姉ちゃんの話
きり丸の姉夢主の名前
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坂東へ出張に行った土井半助と所用で日々外出されている山田伝蔵の代わりに、雑渡昆奈門が一年は組の授業を担当するようになってもう十日が経過した。
初めは土井とは違い厳しい雑渡の授業に、は組のよい子達がぐったりしていたが最近は雑渡の部下・諸泉尊奈門が魂が抜けたような顔をしていた。
疲れ切った顔した尊奈門が食堂に来た時に一体何があったのか、食堂でお昼ご飯を食べているきり丸・乱太郎・しんべヱにやす菜がこっそり尋ねると、ご飯を食べながらかくかくしかじかと説明してくれた。
どうやら、最初のうちは雑渡が教鞭を執っていたが最近は尊奈門が授業をしているというのだ。
突然先生役を任された尊奈門が教科書を片手にしどろもどろながらも授業をし、さらにそれに生徒役としては組のよい子達と肩を並べて座る雑渡に質問攻めにされているという。
「まぁ。それはそれは……」
その話を聞いた時、慣れない教壇に立つ尊奈門とそんな彼の授業を聞く一年は組のよい子達と雑渡……その光景を想像し、やす菜は思わず笑ってしまった。
先生するのも大変そう……と思いながらも、授業参観とかしてくれなないかとも少し考えてしまう。実際の様子を見てみたい。
きり丸が三人の中で一番にご飯を食べ終わり、抜け殻みたいになっている尊奈門にアルバイトの為の外出許可証へのサインをお願いしていた。
「あら、きり丸。またずいぶんとアルバイト引き受けてきたのね」
尊奈門のサインをもらった外出許可証の枚数を見て、その内容をパッとやす菜は確認する。
「……仕事を取ってくるのはいいけれど、きちんとできる範囲にしなさいっていつも言ってるでしょう?この仕事量一人で大丈夫なの?」
戦災孤児である自分たちは、日々生きる為の銭を自分で稼がなくてはならない。だが、たくさんの銭を稼ごうとするあまりきり丸は片っ端から仕事を請け負うところがある。請け負うのはいいのだが、時には量が多すぎたり、納品期限がギリギリだったりと自分のキャパシティを超える仕事もホイホイ取ってきてしまうのだ。
「大丈夫大丈夫!」
「そんなこと言って、いつも土井先生にまで手伝って貰っているんだから。……今は土井先生にお願いできないのよ?」
金魚すくいのポイの内職に、赤ちゃんの子守り……時には飼いイノシシの散歩など。休みの日にもきり丸が取ってきた仕事を土井にもお願いして手を貸してもらうことが何度もあった。
しかし、今土井は出張中だ。彼の手は借りられない。
「大丈夫ですよやす菜さん!」
「私としんべヱもきり丸のアルバイト手伝う約束してますから!」
「まぁ。乱太郎くんとしんべヱくんも手伝ってくれるなら安心ね。いつもありがとう」
元気よくそういう乱太郎としんべヱにやす菜は笑いかけると、外出届に書かれたアルバイトの中から数枚手に取る。
「これと、これと、あとこれは私がやるわ。この内職の品はあとで部屋に取りに行くわね」
「うん!ありがと!姉ちゃん!」
そうこうしているうちに、乱太郎としんべヱもご飯を食べ終わり「ごちそうさまでしたー!」と元気よく言って教室へと向かった。
その三人を見送った後、やす菜は茶を入れている急須を持って未だ魂が抜けている尊奈門の元へ行き湯呑にお茶を継ぎ足した。
「尊奈門先生。早く食べてしまわないと授業に遅れてしまいますよ?」
「ああでも、お残しは許しまへんでー!ですからね」と付け加えると、尊奈門は一度やす菜を見た後箸を持つ手を動かし始める。
その様子を見て、やす菜も自分の仕事に戻るために厨房の中に入れる。すでに食事を終えた食器が大量に桶の中で水に浸かっているのを見てやす菜は腕まくりをして、洗い物に手を着けたのだった。
〇●〇●〇●
「よし、この内職は終わり……っと」
やす菜は、自室できり丸の受けてきた内職の仕事をしていた。
大量の古着を繕い終え、腕を上げながら一度大きく体を伸ばす。
「さて、そろそろ眠ろうかな」
内職に精を出している内に、すっかり夜になってしまった。
床に着く前に用を足そうと、やす菜は灯りを持って部屋の外に出た。そして、つい隣の部屋に視線を向ける。
「……伊作くんと留三郎くんも、まだ帰ってきていないんだ……」
やす菜の部屋は、六年生の忍たま長屋にある。
それは、やす菜が忍術学園で働く際に学園長によるあみだくじで決まった部屋割りであり、六年は組の善法寺伊作と食満留三郎の部屋の隣だ。だが、彼らもしばらく学園を留守にしている。
「……静かだなぁ……」
同じ様に他の六年生の潮江文次郎・立花仙蔵・七松小平太・中在家長次も今は忍術学園にはいない。
彼らがいるときは、ギンギーン!やイケイケどんどーん!と言った鍛錬の掛け声で、夜でももっと賑やだったりする。夜は、忍者のゴールデンタイムなので。
少し遠いが、いつも使わせて貰っているくのたま長屋の厠で用を済ませて手を洗い、再びやす菜は灯りを手に部屋へと戻る。その際に、山田と土井の自室がある方角を見た。
(今日も、土井先生帰って来なかったな……)
やす菜は自室へ戻る道中、空を見上げる。
──あの日まん丸だった月は、すっかり細くなっていた。
〇●〇●〇●
土井半助が出張に行ってから、半月が過ぎた。
「まぁ!練り物がこんなにたくさん!」
今日、しんべヱのお父さんから大量の練り物が届いた。
可愛い息子の為に美味しい練り物を差し入れるついでに食堂にもたくさんくれたのだ。
「これは明日の昼はおでん定食かしらねぇ」
大量の練り物を見て、食堂のおばちゃんが明日の昼食のメニューを決めた。
「先に大根だけ仕込んじゃいましょうか。たくさん煮て味を染み込ませておきましょう」
「はい!」
大根の皮を剥いて面取りをし、米のとぎ汁で下煮をする。その後、食堂のおばちゃんが引いた出汁で作ってくれたおでんのつゆで煮ておけば明日は大根には味が染みているはずだ。
この大根と、福富屋さんがくれた練り物を合わせて煮ればとても美味しいおでん定食になるだろう。
明日のメニューである美味しいおでん定食を思い浮かべて明日のお昼ご飯が楽しみになった。
が、同時に
(……土井先生、出張中でよかったかも)
とも考えた。
土井は練り物が大の苦手なので、明日学園にいたら大変だっただろう。
明日の仕込みと片付けを全て終わらせた後、やす菜は食堂のおばちゃんと夕飯を食べ自室へと戻った。
六年生の長屋に帰る道中に、なんとなく門の方を通る道を歩いているときり丸がとぼとぼと歩いているのを見つけたので「きり丸!」と声を掛けて小走りで近付く。
「おかえりなさい。今日は茂平さんの所で茸採りのアルバイトだったのよね?茸はたくさん採れ……た……?」
きり丸の隣に追いつき、顔を覗き込んだ……が、きり丸の様子が明らかにおかしい。
「……きり丸?」
きり丸の前に回り込み、きり丸の足を止めさせるとやす菜はきり丸の手を取りその場でしゃがみこんだ。
「きり丸……何か、あったの?」
やす菜が何があったか尋ねるが、きり丸は自分の手を握っているやす菜の手に視線を落としたまま何も言わない。
やす菜は、周りを見回し立ち上がるときり丸の手を引いて自室に連れて行った。ここでは、まだ人が通りかかるかもしれず落ち着いて話せないからだ。
そうしてやす菜の部屋に着くとやす菜はきり丸を座らせ、自分も対面に腰を下ろした。
「……きり丸」
やす菜はきり丸の名前を呼び、俯いたままのきり丸の顔を見る為に首を傾げた。
「言えないのなら無理に言わなくてもいいの。でも……きり丸がそんな顔しているとお姉ちゃん心配になっちゃう」
トン、トン……とあやす様にきり丸の手を優しく叩く。
「ね、何があったの?きり丸」
あやしていた手を止め、今度はぎゅうっと少し強く手を握る。
「お姉ちゃんに聞かせて?」
そう、やす菜が再び聞くときり丸は口元をギュッと噛み握られた手を解いて自分の顔を覗き込んでいたやす菜に抱き着く。
……きり丸の身体は震えていた。やす菜もきり丸に手を回し抱き締めると、その背中を摩った。
「……姉ちゃん……」
やっと聞けたきり丸の声も、震えている。さらにやす菜の首に回した腕にぎゅうっ……と力が込められた。
「ど、土井先生が……」
きり丸の口から出てきた、土井の名前に思わずやす菜の手が止まる。
「……土井先生が……どうかしたの?」
「……土井先生が……帰ってこなかったら……どうしよう……」
その言葉に、やす菜は息を飲んだ。
……何故、突然きり丸はこんなことを言い始めたのだろう。朝、アルバイトに行くときはあんなに元気に出掛けて行ったのに……町で、何か土井先生に関すること聞いたのだろうか……
やす菜の耳に、きり丸の嗚咽が入る。
「……今日っ茂平さんに採った茸を届けに行ったら……土井先生を探しているって人達の話を聞いて……」
「うん」
「そ、それが……六年の先輩たちで……」
「うん」
「オレ、先輩たちが土井先生が坂東行ってるっていうの知らないんだって思って……」
「うん」
「せ、先輩たちに出張のことを教えてお駄賃貰おうかと思って……」
「そしたら」と言ってきり丸が腕にさらに力を込める。
「先輩たちが……何かしているのが……聞こえて……ど、土井、先生が……」
「……うん」
「土井先生が……っ」
「きり丸」
再び、やす菜はきり丸の背を優しく撫でる。
「……大丈夫……大丈夫だから……」
……何が大丈夫なのか……やす菜自身にもわからない。一体、土井の身に何が起こったというのだろう。
やす菜自身でも、嫌な考えがグルグルと巡る。それでもやす菜は「大丈夫」と言い続ける。
「土井先生は、ちゃんと帰ってくるから……っ」
だから大丈夫だと……きり丸と……そして、自分自身に言い聞かせる様に。
根拠なんて、何もない。けれど、やす菜にはそう言うことしか今はできなかった。
まだ待ち人は帰らない
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