忍術学園でお手伝いさんとして働くきり丸のお姉ちゃんが土井先生の帰りを待つ話です
土井先生の帰りを忍術学園で待っているきり丸のお姉ちゃんの話
きり丸の姉夢主の名前
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太陽が西に沈んでいき、世界が紅く染まる黄昏時。一年は組、摂津のきり丸の姉のやす菜は職員長屋の山田伝蔵と土井半助の部屋を訪ねた。
やす菜は忍術学園のお手伝いさんとして働いており、長期の休みに入ると弟のきり丸と共に土井の長屋でお世話になっている。そのため、長屋で割り当てられた当番の時は土井やきり丸と共に長屋に帰り一緒に仕事を片付けるのだが、長屋のどぶ掃除の当番がもうすぐなのである。
なので、そのことを伝えるために土井に会いに行ったのだが入室の許可を得て扉を開けた先の彼の姿にやす菜は目を丸くする。
もうじき完全に日が暮れて夜になってしまうという時間だと言うのに、いつもの忍装束ではなく私服姿だったからだ。
「土井先生……これからお出掛けですか?」
「そうなんだ。ちょっと野暮用でね」
土井は少し困った様に笑って、肩を竦める。
普通の人ならば、夜になって暗くなったら床に着き、朝日が昇るまでは寝て体を休めるのが当たり前だ。だが、夜は忍者のゴールデンタイムらしいので、忍術学園の先生である土井も夜に活動することもあるのだろう。
そうやす菜は納得して「お疲れ様です」と労いの言葉を掛けた。
「そういえば、やす菜は私に言いたいことがあったんだろう?」
どうしたんだ?と首を傾げる土井に自分が彼に会いに来た理由を、やす菜は思い出す。
これから用事のある土井の時間をあまりとっていまうのも申し訳ないからと、門まで一緒に向かいながら長屋のどぶ掃除当番のことを伝えた。
「ああ、そういえばもうすぐだったなぁ……長屋のどぶ掃除」
「忙しかったらまた私だけでやるので大丈夫ですよ」
なんせ、忍術学園の先生はただでさえ忙しいし、土井ときり丸のクラスの一年は組はよく補習になったり、なんらかのトラブルに見舞われるので比較的手の空くやす菜だけで当番の仕事をすることもある。
だから、今回も難しそうなら……とそう言ったら土井は「いいや」と首を振る。
「今は補習も何もないから大丈夫だ。私ときり丸も一緒に帰れるよ。それに……あんまりやす菜にだけに当番の仕事任せっきりだと大家さんや隣のおばちゃんにお小言貰っちゃうからね」
『お小言を貰う』という言葉にやす菜が瞬きをして土井を見れば、気恥ずかしそうに頬を指でかいた。
「……あんまり家のことを押し付けて留守にしてばかりだとその内愛想尽かして逃げられるぞ!って……」
それを聞いて、やす菜は口元に手を当て「まぁ」と驚く。
「大家さんとおばちゃんったら……私が愛想を尽かすだなんて……」
ご近所さんにはよく勘違いされているが、土井とやす菜は別に夫婦でもなんでもない。
きり丸が忍術学園で土井と出会い、その縁でやす菜も土井の家にお世話になっているだけなのだ。また訂正しておかねばならない。
「土井先生はお忙しいしお世話になっているんだからどぶ掃除くらい全然やりますよ」
それに……とやす菜は言葉を続ける。
「土井先生に『出て行け』と言われるまでは私もきり丸もお世話になる気満々ですしね。逃げたりなんかしません」
そう言ってちょっといたずらっぽく笑って見せるやす菜に、土井も笑って「そうか」と返した。
「あ、でも……土井先生が結婚したい人が出来たら教えてくださいね。奥さんできたらさすがにずっとお世話になるわけにもいかないし……」
そしたら、きり丸はともかく自分は家から出なければならない。夫婦の家に他の女がいるなんておかしいのだから。
「……結婚したい人……ねぇ」
そんなこんなで話をしていたら、あっと言う間に門の前まで来た。
「おや、土井先生にやす菜ちゃん、外出ですか?」
「お疲れ様小松田くん。出掛けるのは私だけだよ」
「私はただのお見送りです」
「そうですか。では、土井先生出門表にサインをお願いします」
門番の小松田秀作が差し出すバインダーと筆を受け取り、そこに『土井半助』と名前を記入する。それを確認して「はい確かに」と言った後小松田が門の扉を開けた。
「土井先生。いってらっしゃい」
「うん。いってきます。やす菜」
土井が自分よりもうんと強くて夜もへっちゃらな忍者なのはわかっていたが、何があるかわからない世の中だ。なので、やす菜は彼に「お気を付けて」と手を振りながら声を掛け、土井はそんなやす菜の言葉に笑みを浮かべながら「明日の授業が始まる前には帰るよ」と言って門をくぐり出掛けて行った。
そして程なくして外出から帰ってきた弟のきり丸と、一緒に出掛けていた乱太郎としんべヱの声が聞こえてくる。
丁度入れ替わりで出掛ける土井と三人が、話をしている内容が門の中にいるやす菜にまで聞こえて来て思わずふふっと笑ってしまった。
「まだ習っていない」というよい子達と、「教えたはずだ」と嘆く先生の、お決まりのような会話。胃を痛める土井に申し訳なく思いつつも、そんな彼らの話を聞くのがやす菜は好きだった。
「あ、姉ちゃん!」
門を潜り抜けて入ってきていたきり丸が、やす菜に気付いて乱太郎、しんべヱと共に駆け寄ってくる。
「おかえりなさい。きり丸。乱太郎くん。しんべヱくん」
「ただいま。姉ちゃん」
「「やす菜さん!!ただいま戻りましたー!!」」
元気に挨拶を返してくれるよい子達ににっこり笑いながら三人それぞれの頭を撫で「さ、早く部屋に戻って予習復習しましょうね。土井先生の胃がまた痛くなっちゃうからね」と言ってそれぞれの部屋までの道のりを一緒に歩いて帰った。
空は橙から縹に色を変え、月が空に顔を出す。
──今日は、眩しいほど明るい満月だった。
〇●〇●〇●
結局、土井は朝食堂には顔を出さなかった。
「……朝御飯までに戻ってこられなかったのかな……」
授業中にお腹が空いてはいけないと、始業前に食べられるようにおにぎりをこしらえてやす菜は土井の自室に向かった。
「失礼します。土井先生、いらっしゃいますか?」
扉の前に座り、声を掛ける。
「やす菜くんか。入りなさい」
返ってきたのは土井ではなく同室の山田の声だったが、入室の許しを得たので扉を開ける。
「失礼します。山田先生……と……まあ、雑渡さんに、諸泉さん」
室内には、声がした山田以外にタソガレドキ忍者隊の組頭の雑渡昆奈門と、その部下の諸泉尊奈門がいた。彼らは、山田と向かい合って何かを話していたところの様だ。
時々、忍術学園にやって来ることはある二人だが……こんな時間に、しかもこの部屋にいるのは珍しい……とやす菜は内心首を傾げたが、すぐに膝の前に手を着き「お久し振りです」と頭を下げた。
「うん。久し振りやす菜ちゃん。元気そうで何よりだよ」
「はい。お陰様で……日々を楽しく過ごさせて頂いております」
やす菜は以前町で暮らしていた時に偶々仕事で訪れていた城が攻め込まれ、それに巻き込まれたことがあった。
落城していく城の中でこのまま命が尽きると言う時に雑渡に助け出され、彼によって忍術学園の医務室に運び込んでもらった。おかげで一命を取り留め、そしてそのまま忍術学園のお手伝いさんとして働き始めたという経緯がある。
つまり、目の前にいる雑渡昆奈門はやす菜にとっての命の恩人なのだ。
「まあ、そうかしこまらずに」
「頭を上げて楽にして」と言う雑渡の言葉に体を起こし、改めて室内を見回す。……が、どこにも土井の姿は見当たらない。
「……山田先生……あの、土井先生はまだお戻りではないのですか?」
「土井半助なら帰ってこないぞ」
山田に尋ねた質問を、何故か尊奈門が答えてきたので「え?」とやす菜がそちらに視線を向けると尊奈門の脳天に雑渡の拳が落ちた所だった。
ガンッと鈍い音が痛そうで思わず肩を竦めたやす菜に「土井先生は急に坂東に出張になってしまってね」と山田が教えてくれた。
「え、そうなんですか?」
昨日、見送った時は『明日の授業が始まる前には帰るよ』と確かに言っていたのに……
「……急に出張が決まるなんて……大変ですねぇ」
しかも坂東。結構な遠出である。やす菜は徐に、横に置いていた竹の皮で包まれた握り飯を手に持ち、膝に乗せた。
「食堂で見掛けなかったので、おにぎりを用意したのですが……必要なかったですね」
そんなやす菜の様子に、山田は眉を下げ困った様な顔をした。
「ああ、そうだったのか……わざわざすまないね」
「あ、いいえ。山田先生に謝って頂くことでは!授業前にサッと食べられればと私が勝手に用意したものなので」
と言いつつも、やす菜は手の中の包みに視線を落として悩んだ。
(……このおにぎり、どうしよう)
土井の為に用意したものだが、その土井がいないのでは渡せない。
無駄にするのも嫌だし自分のお昼ご飯にでもしようと考えたところで「やす菜ちゃん」と雑渡に声を掛けられる。
「そのおにぎり、私がもらってもいいかな?」
「え、ええ構いませんよ。簡単な塩むすびですが……」
包みをやす菜から受け取ると雑渡は早速開けて一つを頭を押さえながら起き上がった尊奈門の口に押し込んだ。
「もがっ!?」と声を上げながらも尊奈門は口に押し込まれた握り飯をもごもごと一生懸命咀嚼している。
「ふみふぁしら!?そふせんふぁにふぉ!?(組頭!?一体何を!?)」
「いいから味わって飲み込め。折角のおにぎりを無駄にするな」
そう言って雑渡も口布の中に握り飯を入れると、もぐもぐもぐと数回咀嚼した後ごくんと飲み込んだ。
「……土井殿が急な出張で留守にされる間、我々が一年は組の授業を受け持つこととなった。精一杯務めさせて頂くのでしばらくよろしく頼むよ」
「まぁ!そうなんですか?ふふっ一年は組のよい子達をよろしくお願いいたします」
雑渡が頭を下げてくれたので、やす菜も頭を下げる。
そうして、しばらくの間雑渡と尊奈門が一年は組の授業を受け持つことになったのだが……まあ、は組のよい子達はこれが中々に大変なようだ。
「土井先生早く帰ってこないかな~」
「山田先生も早く用事終わらせて授業してほしいよ~」
雑渡は出張中の土井の担当の教科の授業だけではなく、用事がある山田の担当の実技でも教鞭を執ったらしい。それが、いつもの授業と比べ物にならない位厳しいため一日目ではあるがは組の子達はぐったりしていた。そんなよい子達の姿に苦笑しながらやす菜は「先生達が戻られるまで頑張って」と励ます。
やす菜本人は忍を目指しているわけでもなくしっかりと学校で学んだ経験もないが、一忍者隊の組頭の授業なんて中々受けられるものでもない。だから、これもきっといい経験になるに違いない。
……とはいえ、お仕事とはいえ、土井が忍術学園に居ないのはやす菜にとってもちょっと……いや、ものすごく寂しいから「早く帰ってきて欲しい」というよい子達の意見には同意する。
「土井先生、早く帰ってくるといいわね」
そう言って、きり丸の頭を撫でれば「そだね」とはにかむ。
「でーも結局土井先生長屋のどぶ掃除間に合わなさそうだなー」
「遠くでのお仕事なんだから仕方ないわよ。私達で頑張りましょう」
長屋も風を通して、ぴっかぴかになるまで掃除をしておこうとやす菜は思った。
また、土井と一緒に彼の長屋に帰るときに少しでもゆっくり過ごせるように。
……その土井ときり丸と一緒に長屋に帰る日が、やす菜はなんだか待ち遠しかった。
「おかえりなさい」と言う日はまだ来ない