【オベぐだ♀】1600文字くらいで小説を書く

 奈落に落ちる君に、手を伸ばした。
 結局、その手は届かなかったけれど…底無しの奈落に永遠に落ち続ける君を「それで、いいんだ」と君を理解した気で聞き分けのいいふりして別離した。
 けれど、妖精國から飛び立った後の召喚で君が立っていた時、私がどんな気持ちだったかわかるだろうか。
 君が滅ぼしたがっていたはずの、汎人類史を守るための私達の戦いに巻き込んでしまったことへの申し訳なさと、それ以上に再び君と出会えたことへの喜びで胸がいっぱいだった。
 この場に立つ君が、奈落へ落ち続けている君の分身のようなものだとは理解しているけれど、私は君が私の呼び掛けと共に伸ばした手を取ってくれたように思えてとても嬉しかったのだ。

 これは、奇跡の様だと私は思う。

 ねえ、オベロン。

 私は、この手で守れずに取りこぼしてしまったものが数えきれない位あるけれど…
 失うものと同時に得るものの多かったこの旅路の中で、『奇跡』というものもたくさん見てきた。

(だから、これからの旅の中で、オベロンの探す『輝ける星(ティターニア)』だって見つかるかもしれない)

 大嘘つきのオベロンの事だから、妖精國で話したことがどこまで本当かなんてわからないけれど…それでも、「ティターニアを探しいる」というのは、彼の数少ない本音だと思うから…私はその願いが叶うように密かに祈ってる。

(カルデアに居る中で近いのは、やっぱりアルトリアかな…)

 それか、妖精國から彼に寄りそう白くて愛らしい雌蛾の妖精のブランカか…ああ、けれど新たに英霊として成立する可能性だってあるかもしれない。なんせ、色んな成り立ちで成立しているサーヴァントだってたくさんいるのだから。

「どうした?マスター。俺の顔になんか付いてるかい?」
 
 現在、マイルームに来ているサーヴァントの燕青。
 中国の四大奇書『水滸伝』の中の登場人物である美丈夫の無頼漢。亜種特異点の魔境・新宿にて幻霊という英霊として成立するにはあと一歩及ばないとされた者たちの中で様々な要素を足されてサーヴァントになった彼。

「ううん。ただ、相変わらず燕青はかっこいいな~って思っただけだよ」

 そう言うと燕青は「なんじゃそら。突然だなぁ」と笑った。それに私も笑顔を向ける。『物語の登場人物』の英霊である彼がいる。それだけで、いくらだって希望は持てる。
 シェイクスピアの綴った『夏の夜の夢』で登場する妖精の王妃・ティターニア。
 きっと、彼が愛して焦がれる伴侶なのだからきっと夢の様に可憐で美しい妖精なのだろう。それこそ、一目でまた恋に落ちるような…。
 オベロンがもし、ティターニアに出会えたら…普段、穏やかな笑みや少し皮肉気な笑みを浮かべて本音を出さない彼がどんな反応をするのか…それを想像するだけでちょっとわくわくしてしまう。どんな顔をするんだろう…。それを、間近で見ることができたらいいなと思う。…少し、チクリと胸が痛むのには気付かないふりをして、微笑んだ。
 …カルデアの召喚で来てくれた彼を見た瞬間、私の心に芽生えたものがある。けれど、それは…表に出さない方がよいものだ。

 私は『輝ける星(ティターニア)』じゃない。彼の求める妖精の王妃様じゃない。そんなのわかり切っているのだから。

(この想いは、私の中にそっと仕舞ってしまおう。)

 そう決意したのに、上手くいかないものである。



 私は、何故かマイルームのベッドでオベロンに押し倒された。こうなった流れが良くわからないが、今日のマイルームでオベロンが来てくれたから少し話をしたのだ。
 オベロンが、私のベッドの上で寛いでいるから、私はベッドサイドに腰を掛けてタブレットで色々と資料を見ていた。

(…私…なんか気に障ること、言っちゃったのかな…)

 …何気ない…他愛もない話をしていたはずだったのだ…
 オベロンが「君はまるで流れ星のようだね」と言ってきた。何それ。と笑った後、「それならオベロンも、私に願いを言ってみたら案外叶うかもしれないよ?」と言ったのだ。
 …その言葉が、自分でも気が付かない内にオベロンの逆鱗に触れてしまったのかもしれない…けれど、何でオベロンの癇に障ってしまったのかがわからない…
 …マイルームに来て会話を始めた時は白い、妖精國でのお忍びスタイルの姿でいたのに…今はヴォーティガーンの側面を出した黒髪の姿で、少し怒った様な冷たい顔で私を見下ろしてくるオベロンの顔を困惑したまま見詰める。

「君さあ…」

 オベロンはフッと少し嘲うように、笑みを浮かべた。

「俺の事、好きだろ?」

 オベロンの口から出てきた言葉に、私は大きく目を見開いた。

(…どうして…)

 なんで、私のオベロンへの想いがばれてしまったのかと思ったけれど、ただ「好きだろ?」と言われただけなのでその言葉を敢えて深読みしないで、気付かないふりをして私は「え、オベロンのこと普通に好きだけど?」と答えた。けれどその返答にオベロンはハッと鼻で笑った。

「何、すっとぼけたこと言ってるんだ」

 「隠すなよ」と戦闘中のように、皮肉たっぷりに囁きながら顔を近づけてきた。あと少しでキスが出来てしまいそうな距離で、吐息が掛かるくらい近くに…オベロンの綺麗な顔がある。これはいけない…隠さなくてはいけないのに…こんなのドキドキしてしまう…。

「俺の事、男として好きだろ?」

 ドクリと、一際大きく心臓が跳ねてしまう。「どうして…」と、今度は震える声で口から洩れた。

「君は上手く隠しているつもりだったんだろうけど、僕の眼はごまかせないよ…君、僕の眼が特殊だってこと忘れてない?」
「あ…」

 妖精眼…と思い当たる。妖精王のオベロンと、楽園の妖精であるアルトリアが確か持っている…特殊な眼…
 ああ…上手く隠していたつもりだったけれど…ばれていたのか…それなら、知らんぷりしてくれればいいものを…

(わざわざ暴くなんて…デリカシーがないんだから…)

 まあ、お願いしたわけではないし暗黙の了解なんてものを求めても無駄だろう。
 ビックリはけれど…ばれたからと言って焦ることもない…だって、私のこの気持ちへの対処法は変わらないんだから…
 一度、目を閉じて呼吸をした後再び目を開けてオベロンに笑いかけた。そんな私に、オベロンは怪訝そうに目を|眇《すが》める。

「安心して。オベロン」

 オベロンの肩に手を添えて、ぐっと押す。思ったよりも素直に、オベロンは顔を離してくれたので、そのまま体を起こす。そうして、向かい合ったまま言葉を続ける。

「この心は、私だけのもので誰にも差し出すつもりはないよ。君の眼の事を忘れていたから…今回、ばれちゃったみたいだけど…今度からは、綺麗に隠してみせるよ。だから…大丈夫。」

 自分の胸に手を当てる。どんなふうに、妖精眼で見えているかはわからない…けれど…

(心を透明にする訓練は、たくさんしてきた)

 だから、それと同じように…綺麗に、綺麗に…もう誰にも見えないように…隠してしまおう…私からもう明確に口に出さなければ…・隠し通せる。もう彼へと芽生えた想いは自分の中で、時間をかけて消化すると決めたのだ。

「君に迷惑はかけないよ」

 手を伸ばせば、届いてしまう距離に来てくれた君。
 けれど、その心まで欲しいと手を伸ばすようなことはしない。

(そんなものは、手を伸ばしたって届きはしないのだから…)
1/2ページ
スキ