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黒い羊は眠らない【TOA】


「ユラっていつ寝てるんだろうな。」

 きっかけは、そんなルークの言葉に誰も答えを持っていなかったことだった。これでも長く共に過ごしてきたように思っていたが、あれがちゃんと寝てるところなど見たことが無い。興味もなかった。

「そういえばそうね……。いつも私たちが起きる頃にはベッドには居ないわ」
「不寝番の時でもあいつは見えないところに行くからなぁ」
「そう言われると少し心配ですわね……。ちゃんと寝ているのかしら……」
「心配するだけ無駄だって。頼んでないってまた不機嫌になるだけなんだからさぁ」

 当の本人がいない所で交わされる会話。いつしかその面々の視線は思っていた通りこちらに向いていて、ため息を吐き出す。

「こちらを見られても、私も知りませんよ。興味もありません」
「大佐って本当に酷いですよねー。自分の部下なのに」
「形だけですよ。私たちにそんな熱い信頼を持った上下関係なんて期待されても困ります」
「いや、それは見てても分かるけどさ。でも仮にも部下なんだし、見たことくらいないのか?」
「えぇ、全く」

 むしろあれは私の前でこそ、隙を見せることはないだろう。端から信頼も信用もない。与えられた席がありながらも、そこに座らずに虎視眈々と相手の席を壊そうとしているような奴だ。見ようとしたところで見られないのがオチだろう。

「本当に何があったらああなるんだか」
「おや、知りたいですか?」
「その含みのある笑顔やめてくれ、大将。後が怖い」
「失礼ですね。こんなにも慈愛に満ちた笑みだというのに」
「げぇ、何処が慈愛だよ……。悪魔の間違いだろ……」
「すみません、ルーク、よく聞こえませんでした。もう一度言ってくださいますか?」
「そういうとこだっての……」

 話はいつしか逸れていき、話題は別のものへと切り替わる。そんな中、ルークだけは未だに腑に落ちない様な顔をしており遠くに小さく見える背を視界に映していた。

「そんなにあれが気になりますか」
「逆にジェイドはなんでそんなにユラに無関心なんだよ。付き合い長いんだろ」
「付き合いの長さと互いへの興味や関心は比例しませんよ」
「よくわかんねぇ。なんでこんな関係になってるんだとか思わねぇの?」
「思いませんねぇ」

 こういう関係にしたのは、間違いなく自分自身なのだから。口には出さずに心の中でボヤく。
 あの日、あの場所で、赤の中に佇むあの暗い瞳。生かす方法はこれしか無かった。もう1人の友はこれを間違った選択だと言ったが、今となってはどちらが正しいのかなど誰にも分かりやしない。

「これでいいんですよ、私たちは」
「……でも、このままじゃユラはずっと誰に対してもあのままだろ」
「それこそあのままでいいんですよ。あなたのそのお節介をあれは望んでいない」
「それは……、分かってるけど……」

 人は変わるのだと、身をもって体現してくれた目の前の存在。それがユラの身を慮る必然と言えば必然なのだろう。ここまで共に行動してきて何一つとして変わらない、変えようとしない者。いや、一つだけ、この目の前の存在にだけ、一瞬の揺らぎを見せた黒。だからこそ、彼はユラを気にしているのかもしれない。だが、ルークはそのまま1度開いた口をゆっくり閉じる。

「……やっぱ何でもねぇ」
「含みのある物言いですね」
「別に。多分これはジェイドに言ってもしょうがねぇって思っただけだ」
「ほぉ、そういうことを言えるようになったとは驚きですね」
「うっせ。お前のそういうとこ会った時から全然変わんねーよな」
「褒め言葉として受け取っておきましょう」

 己を改め、変わったルークに周りもそれを見て同じように変わっていく。それを感じる中、ただ1人変わらぬ黒。
 だがこうしてあれが居る限りは、私は自分の罪を忘れずに生きていける。

 だからどうか、あなただけは、私の罪をそのまま体現していて欲しいと願う。
 この感情だけは、確かに〝ユラ〟に向けられた僅かな感情だ。
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