ラストンベル 〜
ラストンベルを発ってすぐ、その広大な地にスレイとミクリオが目を輝かせたのは言うまでもない。遠目でもわかる斜塔の数々。確かあれも天遺見聞録に載っていたな、と嬉しそうな横顔を見て笑う。
「ミクリオ! あれ天遺見聞録の!」
「斜塔! こんなに大きかったのか!」
楽しそうな声色を横に、ロゼは同じようにその斜塔を見上げたがさして興味をそそられないようで退屈そうに視線を斜塔から外した。
「何が楽しいのかさぱらん…」
「まぁ、歴史ってのは読み解けば読み解くほど色んなことがわかるからなぁ」
「ひっ…!! だからいきなり出てくるなぁ!!」
「いやずっとお前の後ろ歩いてたぞ」
「それはそれで怖い!! あ〜も〜、スレイの中に居ればいいじゃん!」
「俺は自分の足で歩く方が好きでなぁ。これは性分なんで必要時以外は勘弁してくれ」
ぐぬぬ、となんとも言えない表情でこちらを見るロゼだが、自身の楽しみなので許してもらいたい。そりゃ陪神になったからにはスレイの指示には従うつもりだが。
「せっかくなんだしもうちょい近くで見てこいよ」
「! ミクリオ!」
「あぁ、行こう!」
目を輝かせたまま、浮き足立ったように斜塔へと駆けていくスレイとミクリオを追うようにロゼと共に斜塔へと近づく。ロゼはそれを見上げ、そびえ立つ高さ関心はするもののやはり興味はそそられないようで直ぐに目を離した。
「ミクリオ、壊れたところで素材が分かるぞ!」
「ふむ……一見普通の素材だが、それだとここまで傾斜して原型を保てるはずがない」
「天響術が使われてた?」
「ああ。だとるすと、これは神代の時代に近い遺跡ってことになる」
「やっぱりか!」
議論を熱く交わす2人に、たまに巻き込まれながらもその熱意に引き込まれる、なんてことは無く熱の差は埋まらない様をノーアは面白そうに見ていた。
「ロゼ! ロゼはどう思う?」
「へっ? えっと……、話長い」
「「…………」」
「あれ。固まっちゃった」
「人それぞれ感性が違うってこったな。お嬢が退屈そうだし、そろそろ行こうか」
名残惜しそうに斜塔から中々目を離さないままスレイとミクリオはあれこれ論議を交わしながら歩を進める。そんな2人を観察するように、だがやはりつまらなさそうにロゼもその後ろを着いていく。
広い平原を歩いて幾許か。先程まで青を映していた空が、徐々に灰色の雲で覆われてくる。湿った空気を感じたと思った矢先、ぽつりぽつりと空から雫が降り出す。
「うわ、雨だ。 ついてないー!」
「別に。 スレイの中は濡れないし」
「う……それ取り憑いてるみたいでコワイ……。けどちょっとズルイ……」
「風邪ひくなよ。ほら」
少しばかりの霊力を束ね、ロゼとスレイに纏わせればそれはまるで雨避けの様に雨粒を弾く。ちょっとした聖霊術の工夫だが、雨避けにはうってつけだ。
「わ、なにこれ!」
「これって……聖霊術?」
「術にも満たない水の霊力をうすーく体に纏わせてるだけだよ。んな大層なモンじゃない」
「へぇー、原理はさぱらんけど、ちょー便利じゃん! これで濡れずに歩ける〜!」
随分お気に召したようで、ロゼは先程より幾分軽い足取りでスレイより前に躍り出てそのまま先頭で歩いていく。
パルバレイ牧耕地を歩いている頃には、雲が厚くなり辺りは少し暗くなり始める。枯れた牧耕地が、さらに暗さを助長するように広がっていた。
殿を務めつつ歩いていたノーアの隣にふと、ミクリオが姿を表した。
「ノーア」
「ん? どうした?」
「君のさっきのあの術、あれは一体どうやって……」
「さっきスレイ達にも言ったろ。聖霊力を薄ーく纏わせてるだけだって。水属性の特徴は反射や屈折。それの応用だよ」
「そう、それなんだ。どうやったらあんなに薄く聖霊力を……」
その呟きにノーアはなるほどと笑って見せた。見た目に比例してまだ若い目の前の水の天族は、まだまだ知識も技術も成長半ば。同じ水の天族としてはこれ程伸び代のある同族を放っておくなんて勿体ない。そして、何よりノーアは無類の世話焼きであった。
「やりたいことがあんだろ? 見てやろうか?」
「本当かい! ?」
「こう見えてもお前の何倍も生きてるからな。教えられることもあるだろうさ」
ぐっと拳を握ってその手を見つめるミクリオは、期待に溢れるそれだ。見ているだけで笑みが溢れる。自分の成長に馳せる期待なんて、もう久しく感じていない。それ程までに長い時間を生きてきた。それがこの若い天族に何かを与えられるのならばこれ程嬉しいことはないだろう。
「ともかくペンドラゴが見えてきた。詳しい話は宿に着いてからな」
「あぁ、ありがとう。よろしく頼むよ」
未だ降り止まない雨の中、聳え立つ大きな門こそ聖なる皇都の入口だ。大きな門を見上げ、スレイは感嘆の声を上げた。空いた口をキュッと閉じ、彼は打って変わって表情を引締めて、その門を潜った。