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ラストンベル 〜



ラストンベルの宿屋にて、改めて向き合った導師を見やる。まだ若い人間の青年。だが導師に相応しい霊能力。それは、なるべくして導師になったのだろうと思える程のものだった。

「んじゃ改めて、俺はノーア。そこの坊主と同じ水の天族だ」
「…坊主って…」
「あんたらの名前を聞いても?」

まだ若いであろう水の天族が何やら文句ありげだったが、自身の生きてきた時間を考えればそういう思考になるのは致し方ない。
視線はそのまま導師と、その隣の従士へ。

「オレはスレイ。よろしく、ノーア」
「あたしはロゼ。まぁ成り行きでスレイの旅に同行してるんだ」
「スレイにロゼか。よろしく頼む。んで、そっちは久しぶり、だな」
「お久しぶりです、ノーアさん。こちらはミクリオさんとデゼルさんですわ」

見知った顔がいたのでそっちに目を向ければ、彼女は柔らかな笑顔を携えて後ろにいた水と風の天族を紹介してくれる。どちらもまだ見たところ若い天族だろう。

「ミクリオにデゼルね。ライラも元気そうでなにより。いやはや、導師が出現したって風の噂は聞いていたが、既に四属性の天族が集ってるとは」
「みんながオレに力を貸してくれてるんだ」

屈託のない笑み。嘘偽りない言葉。絵に書いたような導師だ。現実的に見れば、危なっかしくもある。だがまあ、エドナが信頼したのも頷けた。

「アイゼンを元に戻す方法も探すって?」
「うん。エドナとの約束だから」
「……そうか。なら一つ、先に言っておこう。俺はあいつを元に戻すために何百年と旅してきた。だが手がかりらしい手がかりには未だ出会えてない。それでも、探せるか?」

スレイは一度眉間にシワを寄せたが、そのまま直ぐに仕舞っていた1冊の本を手に取った。
その表紙をひと撫でして、視線は再び真っ直ぐこちらを見据える。

「探すよ。確かに難しいことかもしれない。でも、方法が無いって証拠もないよね? なら、オレは諦めたくないんだ。それに、人間だからこそ見えるものもあるんじゃないかな」

エドナに笑みを向け、嘘偽りない言葉を紡ぐ。小っ恥ずかしそうに視線を逸らした彼女に、こちらも思わず笑ってしまった。その彼女の姿と、その言葉を少しばかり嬉しいと思っている自分に。
眩しいほどの真っ直ぐな視線は、久しく見ていなかったような気がした。

「人間だからこそ見えるもの、か。はは、違ぇねぇ。気に入ったぜ、スレイ」

ここで彼らと別れたとて旅を止める訳でもない。それなら彼女の認めた導師と共に、この先を歩くのも悪くは無いだろう。
サイドバックから年期の入った銃を一丁手に取り、そのままスレイに投げ渡す。

「わっ……」
「お前のその旅の先で見出すもの、俺にも見せてくれよ」
「これって……神器?」
「そ。ってな訳で、ライラ、陪神契約よろしくな」
「え! ?」
「……よろしいので?」

ライラとはそこまで親しい仲という訳では無いが、彼女はこちらの性質を知っている。人は人の手で、自らの道を作っていく。そこに天族は居なくとも。だからこそ、人の世に手を出さない。それが自分の中のルールのようなものだった。与え過ぎれば、人は自らの歩みを止めてしまう。そんな世界をここまでも沢山見てきた故に。
だが、見守ってきた彼女がその1歩を踏み出したように。彼女を〝独り〟にしないように。そして、この導師の真っ直ぐな瞳が見据える未来に少しばかりの期待を寄せながら、自身も進むべき時が来たのだろうと微笑む。
それに、少しばかり気になっている事もある。その答えも導師の旅路の先にあるはずだ。

「スレイさん」
「うん。ノーアがいいのなら、オレは構わないよ」
「決まりだな」

正面に立ったライラに、霊力を同調させる為に目を伏せる。陪神契約なんて、何百年ぶりだろうか。それ以前に、人と話をする事すらこんな世界になってからは久しい。

「毅然たる顕れに宿り生まれし者よ。今、契りを交わし、我が煌々たる猛り、清浄へ至る輝きの一助とならん。汝承諾の意思あらば其の名を告げん」
「〝ラムール=ビア〟」

霊力の回路が繋がったことを確認し、そのまま一度器であるスレイへと還る。そして再び外へと降り経てば、スレイの器としての安定感をひしと感じた。

「改めてよろしく、ノーア」
「こちらこそ。頑張れよ、若人」

スレイの肩に手を置きそのまま後ろに控えて何も口出して来なかった彼女に向き合う。真っ直ぐこちらを見てくるので、怒ってはいないようだ。だが、その目は何か言いたげではあった。

「こうして一緒に旅することになるとはなぁ」
「なに。何か文句でもあるの?」
「いんや? むしろ俺としては歓迎だけど。あそこにお前1人置いていくのだって元々心配はあったんだ。分かってんだろ」
「……」
「俺自身、ちっと気になることもあったからな。いい機会だ」

その気になること、と言う内容が知りたいのかエドナだけでなく他のメンツからも視線を向けられる。大したことじゃない、と前置きを添えて口を開く。

「昔馴染みの子供がな、今どこに居るのかと思ってな。……いや、もう子供って歳じゃねぇか。あれから大分経ってんもんなぁ」
「なにそれ、おじいちゃんみたいなこと言うね、ノーア」

ロゼが笑い混じりでそう言ったが、あながち間違ってはいないだろう。それなりの年月を生きてきた故に思考ばかりが老け込んで行くのは仕方ない。

「それなりに生きてっからなぁ。もうそいつとも何百年も会ってねぇから」
「何百年、ってことは……天族?」
「そう。そいつ探すついでに、導師とあちこち回んのも悪くないと思ってな」

ライラの視線が少し下がった。だがここでそれに関して炙り出す気はさらさらないし、彼女は自信に誓約を課している。誓約の重さは、身をもって知っている。だから彼女には触れずにそのまま話を元に戻した。どの道いつか辿り着くのだ。今焦ることはない。

「それ持ってるってことは、見たいものいっぱいあんだろ?」
「! あぁ、もちろん!ラストンベルの鐘も間近で見られたし、それに、ここには載ってないモノも沢山あるだろうからね!」

天遺見聞録を手に、スレイとミクリオが熱烈と話を盛り上げる。彼らの生い立ち、育った環境、ここまでの経緯、そんな話も混ぜつつ会話を聞いていればロゼがほんと好きだよねぇ、なんて呆れた言葉と表情を残し、デゼルとライラを連れて部屋を出ていった。明日出発というのは周知してるだろうから問題ないだろう。エドナは退屈そうにしながらも、椅子に腰掛けながらもこちらの話に耳を傾けている。

人が語り継いできた神話、遺跡、文化。それがどう言う風に伝わり、受け入れられているのか。目を輝かせながら楽しそうに話す目の前の若い2人を微笑ましく思いながら、話に耳を傾ける。またこうして人と関わることが出来るとは、思っていなかった。自然と緩む口元を隠すこともせずに、今日はすぎていく時間をこの2人の話を聞くことで過ごしたのだった。

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