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短編集

ーーお兄ちゃんの持ってきたお土産から変なのが出てきた。

 そう手紙を貰ったのが数日前。ノーアはすぐさま踵を返し、レイフォルクに戻って来ていた。

「あら、早かったわね。おかえりなさい」
「おかえりー」

 出迎えてくれたのはいつもの彼女。――と共にティータイムを楽しんでいる小さな生物。

「……楽しそうでなにより……?」
「なんで疑問形なのよ」
「いや、理解が追いついてない。そりゃ、ノルミン天族か?」
「似てるけど違うみたい。ジラーチ、ですって。名前」
「ボク、ジラーチ!」
「おぅ、俺はノーア。よろしくなァ」

 ふわり、と宙を舞ってノーアの目の前に躍り出た小さな生物は、ジラーチと名乗った。まるで子供のようなその無邪気な笑顔に手紙を見て急いで帰ってきた自分が馬鹿らしくて笑えてきたノーアだったが、ふと自身の記憶の中の単語と目の前の生き物が名乗った名前が一致する事に気がついた。

「ジラーチ……千年彗星……? 異国の見聞で見たことあるな……」
「へぇ?」
「今、千年彗星が見られるだろ。あれが見られる7日間だけ目覚めて願いを叶えるって言う……」
「千年彗星って……1000年に1度でしょう? なんて怠け者なの……」
「? エドナも一緒に眠る?」
「お断りよ。そんなに呑気に寝ている暇なんてないわ。……でも、なるほどね。だから願いがどうとか言っていたの」

 なんとも不思議な縁だろう。まさかこんな所で異国の見聞に書かれている存在に会えるとは。

「いくらここが俺の領域内とは言え、こんな穢れた地で良く目覚めたもんだ……。いや、連れてこられたが正しいっちゃ正しいのか……」
「ボク、ここ好き! お菓子美味しい!」
「そりゃありがたいこって」

 純粋無垢な目でそう言われたら悪い気はしない。ポーチに残っていたお菓子を差し出せばまた嬉しそうに目を輝かせて口に頬張る。

「結局、この子は天族ってことでいいの?」
「どうなんだろうな。異国にも天族は居るがこういった類を見るのは初めてだ」
「でもあなたが見た見聞が確かなら、この子は……」
「あぁ、千年彗星は今日まで。つまりまた眠りにつくってわけだ」

 いつしかノーアの肩に腰を据えたジラーチが、2人の会話を不思議そうに聞いている。この子にとってはこれが当たり前か。と同じように長い年月を生きてきたノーアは苦笑した。

「そう……」
「俺が居ない間に随分仲良くなったみてぇだな」
「別に。この子が好き勝手してただけよ」

 そうは言うものの、最初に見たティータイムの雰囲気を見ていれば絆されているのだと言う事は一目瞭然。話し相手もいないこんな場所で、事情も何も知らない無垢な存在は稀有だからだろうか。久しぶりに穏やかな彼女の表情を見た気がする。

「だが、ここじゃ穏やかに眠らせてやれねぇから、元の場所に帰してやらねぇとな」
「元の場所って、心当たりあるの?」
「ファウンス!」
「ファウンス……?」
「伝承が伝わってた地に同じ名前の森がある。恐らくそこだろ。近くはねぇからそれなりに時間はかかるな……。ジラーチが眠ってからにはなるが、そこまで送り届けると約束しよう」

 ジラーチは嬉しそうにノーアとエドナの周りを1周し、その小さな手で2人の指を取る。

「ジラーチ、ノーアとエドナとまた会いたい。また会いに来てくれる?」
「またって……。次にあなたが次に目覚めるのは1000年後でしょう?」
「ふは、随分先の予定が出来たな」

 こんな会話が出来るのも自分たちが寿命に囚われる存在ではないからこそ。それでもこんな世界では、終わりがない訳では無いが。

「ともかく、まだ時間はあるんだ。眠る前にたらふく食わせてやるよ」
「お菓子!」
「あぁ、まだ作り置きしてたのが沢山あったと思うから持ってくるな」

 調理場へと向かったノーアを見送り、エドナは再び椅子へと腰掛ける。冷めてしまった紅茶を口に運び、そっと外へと目をやる。ノーアの領域のおかげで辛うじて見える空には、一際輝く千年彗星。

「エドナ、願い事、決まった?」
「…………」

 願い事。この小さな存在が目を覚ました時に、聞かれた言葉だ。願い。そんなの決まっている。だが、それはすぎた願いである事だと言うのも分かっていた。最初に願ったその願いは、この子でも叶えられない。〝消す〟ことは出来ても、〝戻す〟ことは出来ない。そう言われて、他の願いを探してみたが答えを出せずにいた。

「……、」

 ふと、一つ頭をよぎった。

「あの人が、この地に咲いていた花をいくつか保護してるの。小さな場所だけど」
「エドナが見せてくれたお花畑!」
「そう。花畑と言うには、あまりにも質素だけれど」

 まだレイフォルクが緑に溢れていた頃。この花が好きだと幼き日にポツリこぼした言葉。エドナからすれば何気ない一言だったその言葉を、今もノーアは大事に覚えていた。だが、健気に咲いていた花も、穢れに蝕まれてきている。枯れるのも時間の問題だろうと、彼は少し悲しげに眉を下げて笑った。

「無くしたくないの」
「まかせて!」

 再びふわりと飛び上がり、ジラーチはその花の元へと向かう。そして花が根を張る土にそっと触れた。するとどうだろう、淡い光がその場一帯を包み、少し首を傾げていた花たちがまた力強く上を向き始める。地の天族であるエドナは、その一帯が驚く程に力に溢れているのをヒシヒシと感じた。

「驚いた……。あなた本当にそんな力があったのね……」
「すごい? すごい?」
「ええ、そうね……。ワタシには出来なかった事よ……」

 あの悲しげな表情が忘れられずに、色んな方法を試したけれど穢れの溢れたこの地では何もかも限界があった。だからもう諦めるしかないものだと思っていた。それがこの小さな存在によって、見違えるほどに活力に溢れている。

「今の光は……! ?」
「ノーア、お花、元気!」
「花……って……」

 先程の光に気付いたノーアが慌てた様子で飛び出して来たのを、ジラーチが楽しそうにその手を引いて花の前へと連れて行く。

「これ、お前が……?」
「願い事!」
「そう、そうか……」

 このまま泣き出すのでは無いかと思う程、弱々しい声。そのまま慈しむようにその手はジラーチの頭を撫でる。そして何故か、もう片方はエドナの頭に置かれていて、当の本人は怪訝な顔をする。

「ちょっと」
「あぁ、悪い、ちょっと嬉しくってさ。ほら、お菓子出してあるから。好きなだけ食べな」

 そのノーアの言葉に目を輝かせて、先程のティーテーブルへと飛んでいくその背を見送り、隣へと視線を移したエドナの瞳は黄金色の瞳とかち合う。気の抜けたようなその顔を見て笑い出せば、釣られるようにしてノーアもまた笑ったのだった。






 残り少ない時間を、ノーアの旅先での話を聞きながらお菓子を囲んで過ごした3人。夜が更けていくに連れてジラーチが眠そうに目を擦り出す。そろそろか、とノーアはジラーチを抱き上げて外へと向かった。その背を、エドナも同じように追う。

「ぼちぼちお別れか」
「うん、ボク眠くなってきた」

 ノーアの手から離れ、空へと舞い上がるその姿を2人並んで見送る。奇跡のような出会いと、奇跡のような時間。僅かではあったが、穏やかな思い出を残して。

「安心して眠ってくれ。必ず故郷へは送り届ける」
「うん」
「あなたとのお茶会、悪くなかったわ。だから、また、一緒に、ね」
「うん! 2人と、一緒に!」


次の目覚めもあなたにとって幸せでありますように。
そう願って。
あなたと、ワタシたちだけの。
永き時を生きる者同士の約束を。
眠る前に、色褪せることの無い暖かな言葉で。


「1000年後にまた会いましょう」


人々があなたを忘れたとしても、ワタシたちは忘れない――……
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