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短編集



 一閃の光が穢れの渦を切り裂くように天へ登った。
 
 どうして。声にもならないその呟きに、返事などあるはずも無い。返事を求めていた訳でもない。答えなどとうにワタシの中にある。知っていた。彼がその答えを出していたことを。知っていた。ワタシの言葉で覚悟を決めていたことを。
 知っていながら尚、心の何処かで、あなたはワタシを置いていかないだろうと、自分勝手な期待を抱いていた。でもこれが答えだ。彼の選んだ、答え。

「……っ、エドナ……」
「いいの。何も言わないで……」

 この子は何も悪くない。彼を引き止められたのは、紛れもなくこのワタシだったのだ。これは、あの離れていく背中を引き止められなかったワタシの答えでもある。ワタシが願えば彼はその足を止めただろう。でも出来なかった。ワタシには選べなかった。兄か、それとも彼か。そんな残酷な選択を選べるはずがなかった。

「彼は、こんな答えを遠の昔に出していたのでしょうね。出していながら、ワタシが理想を諦め切れなかったから、ここまで何も言わなかったのよ。呆れるほどにお人好しで、呆れるほどに優しい人。その優しさに、ワタシが甘えていたの」
「どうしてこう、いがみ合ってた癖にこういう所は似てるんだろうな」

 ザビーダが何かを手渡してきた。それは彼の神器。いつか彼が話してくれた、彼が天族として産まれた時から肌身離さず持ち続けた原初の約束の証。

「バカなのよ、2人とも」
「違ぇねぇ。なら、そのバカ1人、出迎えに行ってやりな」

 この数百年、ずっとレイフォルクを覆っていた穢れが、霧散していく。彼の作った領域と共に。そしてその穢れの根源であったドラゴンがいたその場所にずっと求めていた姿が見えた。

「お兄ちゃん」
「エドナ……」

 どんな顔をすればいいのだろう。そんな不安は兄の顔を見て一瞬で消え去る。会いたかった。もう一度、ちゃんと話したかった。ずっとそれを夢見て来た。

「話したいことが沢山あるの。その為の時間を、彼がくれたのよ」

 兄の視線の先には彼の銃があった。ワタシが話を切り出したらハッとしたようにこちらに視線を向ける。バツの悪そうな、苦虫を噛み潰したような表情が、少しだけ宙をさまよう。

「バカな野郎だ」
「そうね。お兄ちゃんとよく似てる」
「……文句の1つも聞かずにいきやがった」
「! 彼と話したの?」
「あぁ。あいつは俺の穢れと長く居座り続けた。そのせいだろう。消える間際に自分の言いたい事だけ言い残して消えやがった」

 このレイフォルクを覆っていた穢れと、その根源を外に出すまいと彼が作り上げた領域は、兄が言うように常に穢れと隣り合わせにあった。故に穢れを断ち切る際に意志がぶつかり合ったのだろうと兄は言う。

「そう……。彼は、何か言っていた?」
「俺への不満と……お前への伝言を」

 真っ直ぐ向けられた視線に、聞きたいと言う気持ちと、少しばかりの不安が過ぎる。これを聞いたら、本当に終わりな気がしてしまった。でも、それでも、進まなければいけないのだと、若い導師から学んだ。ここで足を止めたら、ここまで旅してきた意味がない。

「教えて。彼は、なんて言ってたの?」

 兄は1度眉間に皺を寄せ、口を開く。彼の最後を目の前にしているかのような、そんな重苦しさと物悲しさ。だがその中に、少しばかりの穏やかさすら感じるのは一体なぜだろうか。

「〝お前の幸せを願ってる。強く生きてくれ、[#ruby=早咲きのエドナ_ハクディム=ユーバ#]〟」

 それは安易に想像出来た。彼の笑顔と共に、声と共に。あぁ、もう、どうして。そう願ってくれているなら、どうして。目頭が熱くなる。堪えられなかった感情が溢れる。

「ほんとに勝手だわ……。ほんとに……」

 でもどこまでも彼らしくて、どこまでも清々しい。理解してしまうからこそ、何も言えない。彼はどこまでも彼のままだった。最期まで。

「あなたも居てくれないと、なんて傲慢ね……」
「エドナ……」
「大丈夫。ワタシはここからも思い出と生きていくの。あの人の願いと共に」

 だから、泣くのはこれでおしまい。彼がくれた時間を、宝を、今は噛み締めて、明日へと進もう。だからまずは。

「おかえりなさい、お兄ちゃん」
「あぁ、ただいま、エドナ」

 ここからは、あなたがくれた宝物。あなたの願いと歩むワタシの道。だからいつまでも、ワタシをそこから見ていて。[#ruby=凪のノーア_ラムール=ビア#]。


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