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短編集



 とある場所に向かうため、アジトの中を歩くミリーナ。少し遅れてしまったが、今日はエドナ様のお茶会の日だ。アジト内では、こういった催しが定期的に開催されている。特にお茶会なんかは、女子から大人気でいつも賑わっている。かく言うミリーナも、このお茶会を楽しみにしている一人で、考えることはまだまだ沢山あるこんな状況であっても、歩調は自然と早くなる。
 いつもの場所、いつもの部屋。そこから漏れる楽しそうな声。ついつい頬が緩む。部屋へと入ろうとドアノブに手を伸ばした時に視界の片隅入ったのは、部屋の窓から中を眺める人影。それに気づいたミリーナは、ドアノブに伸ばしていた腕を引っ込め、そちらにゆっくり歩いていく。

「ノーアさん」
「ん? あぁ、ミリーナ。お疲れさん」

 にこやかに笑ったその男性は、いつもこのお茶会のセッティングをしたり、お茶のおかわりを注いだりと女子たちの話の輪には入っては来ないが、いつもこの場で見る顔だった。

「どうしたんですか、こんな所で」
「んー、スコーンがもうすぐ無くなりそうだったんで補充に行こうと思ったんだけどな」

 そう言ってまた視線は窓の向こう側に。視線の先に居る人物が誰かは、言われなくてもミリーナには分かった。ミリーナも倣うようにそちらに目を向ける。

「いい笑顔してるよなぁ」
「ふふっ、えぇ、とっても」
「早くお茶菓子補充しないと怒られんだけど……」
「エドナ様に見惚れてたんですね?」
「そういう事」

 恥ずかしげもなく肯定の返事が返ってきた。この2人の関係は不思議なものだ。本人たちは恋人でも、家族でもないと言っていた。だが付かず離れず、そこに居るのが当たり前のように一緒に居る。ミリーナから見れば、それはもはや両思いの恋人のように映るが、天族という長い時間を生きる彼らにはまた違った感情になるのだろうか、と一考する。
 しばらくそのまま部屋の中を眺めていた彼は、ふと視線をミリーナへと向けた。

「……俺はさ、お前らに感謝してんだよ」
「え……?」

 投げられた言葉は今度はこちらに向けられたもの。ミリーナは思わず気の抜けた声を零した。

「そりゃこうしてここに具現化された奴らの中には、割り切れない思いを抱えてる奴もいるだろうがな。少なくとも、あの子の願いは、こうしてここだからこそ叶った。俺が何百年かけても、叶えてやれなかった願いだ」
「ノーアさん……」
「スレイやベルベットには悪いが、俺はあの子がこうして笑ってられるならなんだって良かったんだよ。こんなこと言ってたら、またエドナにドヤされそうだけどな」

 眉を下げて笑うノーアに、ミリーナはどう返して良いのか分からずに視線を下げる。彼はそう言うが、沢山の人を、自分たちの都合で巻き込んだ。それは事実だ。

「俺が何言ってもお前らの罪悪感は消せねぇんだろうけどさ。少なくともここに感謝してる奴がひとり居るってことだけ覚えててくれな」

 視線を下げたままのミリーナの肩をポン、と叩きノーアはその場を離れる。そろそろ油を売ってないでお茶菓子を届けなければあの子の機嫌を損ねるだろう。キッチンのある場所へと歩を進めながら、ノーアは改めて思う。死神の呪いは消えてはいなくともエドナとアイゼンが同じ場所で、本来の姿でここに居る。スレイも導師としての役目に縛られず、ベルベットも復讐に囚われすぎていない。ノーアにとって、ミリーナに言ったことは全て事実で、ここはまさに理想の世界だ。
 不穏な影がないとは言えない。かつて合間見えたかの時代の導師、そして災禍の顕主。それらが同じくこの地に具現化されているのは、間違いないだろう。それらが自分達のこの状況に、最悪の形で楔を打ち込んで来ないよう願うばかりだ。そしてあわよくば、先程対峙していた彼女と、もう1人の青年に、平穏が訪れるようにと、ノーアは冀うのだった。

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