魔核奪還編
4.祈りと大樹
ズドン、と大きな音をたててエッグベアの巨体が沈んだそれを確認して、ニルはほっと息を吐く。
カロルとユーリが一通りじゃれあった後、無事にエッグベアの爪を手に入れた一同は森を出るために踵を返した。
その最後尾で、ニルは手に持っていたニアの実をエッグベアの亡骸の横にそっと添えるように置いて、その後に続いた。
これで、あとはハルルに戻ってパナシーアボトルをよろず屋に作ってもらうだけだ。そう思った矢先に、どこからともなくユーリを呼ぶ声が響いた。
「この声、冗談だろ。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがった」
「え、なに?誰かに追われてんの?」
「ん、まぁ、騎士団にちょっと」
「またまた、元騎士が騎士団になんて……」
何を言っているのだ、とカロルが笑ってエステルを見やるが、そこには何とも言えない表情をしたエステルが。数泊の後にその冗談じみたユーリの言葉が真実だと理解したカロルは、素っ頓狂な声を上げる。
「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してあげるのだ〜」
そう言う声は震えていて、騎士の威厳など欠片もない。
「噂ごときに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」
先の2人の上司であろう騎士の怒号が、静かな森に響いた。
シュヴァーン隊。ニルはその隊を知っていた。この声の主達も、恐らく予想している通りの人物たちだろう。
人知れず眉間にシワを寄せたニルを他所に、カロルはユーリ達が追われている理由を捲し立てる。
「……ねぇ、何したの? 器物破損? 詐欺? 密輸? ドロボウ? 人殺し? 火付け?」
「脱獄だけだと思うんだけど……。ま、とにかく逃げるぞ
」
脱獄ということはそれ以前に何して捕まったのだ、と#ニル#は思ったがラピードが呆れたように鼻を鳴らしたのであまり気にしなかった。話すと長くなるらしい。
そしてユーリは、決して広くはない自分たちが通ってきたこの道を、そこいらの草木で塞ぐ。よし、と満足気な声が小さく響いた。
「だ、だめですよ! 無関係な人にも迷惑になります!」
ここが一般道ならエステルの言葉はまかり通るだろうが、残念ながらここは誰もが通ることを避ける呪いの森。残念ながら正しいエステルの言葉もユーリにとってはなんとも無意味な言葉だった。
「誰も通りゃしないよ。なんせ呪いの森だからな」
「なら早く行こ。ハルルの木が待ってる」
「わ〜、待ってよ〜!」
1番に歩き出したニルに、ユーリとラピードが続く。慌ててその後を追ったカロルを横目に、塞がれた道をちらりと一瞥してなんとも言えない表情のままエステルも最後に森を後にした。
―――――…
ハルルへと戻った一行は、その足でよろず屋へと向かう。こちらの顔を覚えていた店主が気前よく笑った。
「おっ、戻ってきたか。材料は揃ってるのか?」
「ちゃんとあるよ」
「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら……っと。全部あるな。よし、作業に取り掛かるぞ」
「お願いします」
「ねぇ、作るとこ、見ててもいい?」
「ん? まぁ構わんが……。嬢ちゃんにはちっと難しいと思うぞ」
「平気」
そう言ってニルは後ろを振り返る。ユーリを見やれば好きにしろと言わんばかりに肩を竦めた。パッと目を輝かせニルはそのままよろず屋の屋内に入っていく店主の後を追った。
砕いて、混ぜて。そんな店主の手元を興味津々で眺める。ニルにとって、それは本の世界の物だった。それが今、自分の目の前で行われていることが、楽しくて仕方がなかった。
ただただ見ているだけ、それを続けてしばらく。
「ほら、出来たぞ。まじまじと見てたが、分かったのか?」
「わかんない。でも、楽しい」
「はは、変わった嬢ちゃんだ。ほら、お仲間さん達に渡してきな」
「ん」
店から出れば、日は既に暮れていた。店の前では何とも暇を持て余している3人と1匹が。
「パナシーアボトル、出来たよ」
「これで毒を浄化できるはず! 早速行こうよ!」
「そんな慌てんなって。ひとつしかねえんだから、落としたら大変だぞ」
「う、うん。なら慎重に急ごう!」
言葉通り、慎重に、だが早足でカロルは受け取ったパナシーアボトルを手にハルルの木の麓へと向かう。
それの後を着いていけば、話を聞いていたハルルの人々も自然と木の麓へと集まっていった。
そして、木の麓にはハルルの長が心配そうにハルルの木を見上げている。こちらに気づいた長は、ぱっと表情を明るくして口を開いた。
「おおっ、毒を浄化する薬が出来ましたか! ?」
「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」
「え、いいの? じゃあボクがやるね!」
意気揚々とカロルはパナシーアボトルを手に前に出る。街の人々も期待と不安の表情でそれを目で追っていた。
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」
「そうなの?」
「たぶんな。ま、手遅れでなきゃいいけど」
パナシーアボトルの入った入れ物の蓋を開け、中の液体を木の根元へと注ぐ。淡い光が、ふわりと広がり、皆の表情が期待に満ちた。
「樹が……」
「お願いします。結界よ、ハルルの木よ、よみがえってくだされ…」
だが、ほどなくして光はその勢いを弱め、そして消えてしまった。
「そ、そんな……」
「うそ、量が足りなかったの? それともこの方法じゃ……」
「もう一度、パナシーアボトルを!」
「それは無理です。ルルリエの花びらはもう残っていません」
「そんな、そんなのって……」
#ニル#もまた、復活しなかった木を見上げることしか出来なかった。声が、もう聞こえないのだ。泣いていた声すら。
そんな面々の中、エステルは何を思ったのか木の前へと躍り出て、両手を合わせた。そして、治癒術を発動させる。
「……お願い」
淡い光がふわり、ふわりと舞い上がる。それはエアルだ。皆がその中心にいるエステルを見ていた。
「咲いて」
ハルルの樹に閃光が走る。辺り一面に光の粒子が舞う。そして、樹はみるみるうちに生気を取り戻し、葉をつけ、花を開く。息を呑む音、感嘆の声、色んな音が混ざる。結界は再生した。
「す、すごい……」
「こ、こんなことが……」
「今のは治癒術なのか…」
口々に上げられる声も、全てエステルへの感謝の視線へと変わっていく。力を使い果たしたのか、エステルはその場に座り込んだが、その周りには小さな子供がエステルに満面の笑みを向けていた。
「お姉ちゃん! すごい、すごいよ!」
「ありがとね! ハルルの樹を元気にしてくれて!」
「ありがとうございます。これで、まだこの街もやっていけます……」
そう言われるも、当の本人は何が起こったのか理解していないようで、呆けた表情をしている。そんな彼女に差し出される手。
「……すげぇな。エステル、立てるか?」
ゆっくりと立ち上がったエステルを確認し、ユーリは駆け寄ってきたカロルとハイタッチを交わす。そして彼は、もう1人に目を向けて、怪訝な顔をした。樹そのものを1番心配していた少女の事だ。そこには笑顔があるだろうと思っていたが、予想とは違った。驚いているのだろう。だがそれだけでは無い、何処か戸惑ったような、困惑したような、なんとも言えぬ表情。
「ニル?」
「あ……、なんでもない」
ハッとして赤い瞳を瞬かせる。直ぐにその瞳はハルルの樹へ向けられ表情はユーリからは見えなくなった。
ハルルの樹へ視線を向けたニルは、樹へ言葉を投げかける。今のは、なんだったのか。そんな短い問いかけには色々なたくさんの意味が含まれていた。だがハルルの樹はニルの投げかけに、ただ一言。〝自身の目で、世界を見てきなさい〟そう返したのだった。
「……そんなこと言われたって」
「ワフ」
ポツリと小さく零された言葉に反応したのはいつの間にか隣にいたラピードで。
「……帰りたくないな」
どうせいつか父に引きずり戻されるのだ。そんな諦めと、意地でも戻ってやるものかという反抗心。どれもこれも、あの人に響きやしないのに。
拗れたニルの感情を他所に、ラピードがピクリと耳を揺らした。ラピードの視線を辿れば、この街に馴染まない怪しげな黒い集団。その中でも奇抜な髪色の人物が1人。
「あの人たち、お城で会った……」
「住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れよう」
「え? なになに? どうしたの急に!」
どうもユーリとエステルはその怪しげな集団に見覚えがあるようで、状況を理解していないカロルとニルを他所に話を進める。だが、見るからに穏やかでないその集団に、ユーリと共に街を出ようと出口に向かって歩き出した。
ズドン、と大きな音をたててエッグベアの巨体が沈んだそれを確認して、ニルはほっと息を吐く。
カロルとユーリが一通りじゃれあった後、無事にエッグベアの爪を手に入れた一同は森を出るために踵を返した。
その最後尾で、ニルは手に持っていたニアの実をエッグベアの亡骸の横にそっと添えるように置いて、その後に続いた。
これで、あとはハルルに戻ってパナシーアボトルをよろず屋に作ってもらうだけだ。そう思った矢先に、どこからともなくユーリを呼ぶ声が響いた。
「この声、冗談だろ。ルブランのやつ、結界の外まで追ってきやがった」
「え、なに?誰かに追われてんの?」
「ん、まぁ、騎士団にちょっと」
「またまた、元騎士が騎士団になんて……」
何を言っているのだ、とカロルが笑ってエステルを見やるが、そこには何とも言えない表情をしたエステルが。数泊の後にその冗談じみたユーリの言葉が真実だと理解したカロルは、素っ頓狂な声を上げる。
「す、素直に出てくるのであ〜る」
「い、今ならボコるのは勘弁してあげるのだ〜」
そう言う声は震えていて、騎士の威厳など欠片もない。
「噂ごときに怯えるとは、それでもシュヴァーン隊の騎士か!」
先の2人の上司であろう騎士の怒号が、静かな森に響いた。
シュヴァーン隊。ニルはその隊を知っていた。この声の主達も、恐らく予想している通りの人物たちだろう。
人知れず眉間にシワを寄せたニルを他所に、カロルはユーリ達が追われている理由を捲し立てる。
「……ねぇ、何したの? 器物破損? 詐欺? 密輸? ドロボウ? 人殺し? 火付け?」
「脱獄だけだと思うんだけど……。ま、とにかく逃げるぞ
」
脱獄ということはそれ以前に何して捕まったのだ、と#ニル#は思ったがラピードが呆れたように鼻を鳴らしたのであまり気にしなかった。話すと長くなるらしい。
そしてユーリは、決して広くはない自分たちが通ってきたこの道を、そこいらの草木で塞ぐ。よし、と満足気な声が小さく響いた。
「だ、だめですよ! 無関係な人にも迷惑になります!」
ここが一般道ならエステルの言葉はまかり通るだろうが、残念ながらここは誰もが通ることを避ける呪いの森。残念ながら正しいエステルの言葉もユーリにとってはなんとも無意味な言葉だった。
「誰も通りゃしないよ。なんせ呪いの森だからな」
「なら早く行こ。ハルルの木が待ってる」
「わ〜、待ってよ〜!」
1番に歩き出したニルに、ユーリとラピードが続く。慌ててその後を追ったカロルを横目に、塞がれた道をちらりと一瞥してなんとも言えない表情のままエステルも最後に森を後にした。
―――――…
ハルルへと戻った一行は、その足でよろず屋へと向かう。こちらの顔を覚えていた店主が気前よく笑った。
「おっ、戻ってきたか。材料は揃ってるのか?」
「ちゃんとあるよ」
「エッグベアの爪、ニアの実、ルルリエの花びら……っと。全部あるな。よし、作業に取り掛かるぞ」
「お願いします」
「ねぇ、作るとこ、見ててもいい?」
「ん? まぁ構わんが……。嬢ちゃんにはちっと難しいと思うぞ」
「平気」
そう言ってニルは後ろを振り返る。ユーリを見やれば好きにしろと言わんばかりに肩を竦めた。パッと目を輝かせニルはそのままよろず屋の屋内に入っていく店主の後を追った。
砕いて、混ぜて。そんな店主の手元を興味津々で眺める。ニルにとって、それは本の世界の物だった。それが今、自分の目の前で行われていることが、楽しくて仕方がなかった。
ただただ見ているだけ、それを続けてしばらく。
「ほら、出来たぞ。まじまじと見てたが、分かったのか?」
「わかんない。でも、楽しい」
「はは、変わった嬢ちゃんだ。ほら、お仲間さん達に渡してきな」
「ん」
店から出れば、日は既に暮れていた。店の前では何とも暇を持て余している3人と1匹が。
「パナシーアボトル、出来たよ」
「これで毒を浄化できるはず! 早速行こうよ!」
「そんな慌てんなって。ひとつしかねえんだから、落としたら大変だぞ」
「う、うん。なら慎重に急ごう!」
言葉通り、慎重に、だが早足でカロルは受け取ったパナシーアボトルを手にハルルの木の麓へと向かう。
それの後を着いていけば、話を聞いていたハルルの人々も自然と木の麓へと集まっていった。
そして、木の麓にはハルルの長が心配そうにハルルの木を見上げている。こちらに気づいた長は、ぱっと表情を明るくして口を開いた。
「おおっ、毒を浄化する薬が出来ましたか! ?」
「カロル、任せた。面倒なのは苦手でね」
「え、いいの? じゃあボクがやるね!」
意気揚々とカロルはパナシーアボトルを手に前に出る。街の人々も期待と不安の表情でそれを目で追っていた。
「カロル、誰かにハルルの花を見せたかったんですよね?」
「そうなの?」
「たぶんな。ま、手遅れでなきゃいいけど」
パナシーアボトルの入った入れ物の蓋を開け、中の液体を木の根元へと注ぐ。淡い光が、ふわりと広がり、皆の表情が期待に満ちた。
「樹が……」
「お願いします。結界よ、ハルルの木よ、よみがえってくだされ…」
だが、ほどなくして光はその勢いを弱め、そして消えてしまった。
「そ、そんな……」
「うそ、量が足りなかったの? それともこの方法じゃ……」
「もう一度、パナシーアボトルを!」
「それは無理です。ルルリエの花びらはもう残っていません」
「そんな、そんなのって……」
#ニル#もまた、復活しなかった木を見上げることしか出来なかった。声が、もう聞こえないのだ。泣いていた声すら。
そんな面々の中、エステルは何を思ったのか木の前へと躍り出て、両手を合わせた。そして、治癒術を発動させる。
「……お願い」
淡い光がふわり、ふわりと舞い上がる。それはエアルだ。皆がその中心にいるエステルを見ていた。
「咲いて」
ハルルの樹に閃光が走る。辺り一面に光の粒子が舞う。そして、樹はみるみるうちに生気を取り戻し、葉をつけ、花を開く。息を呑む音、感嘆の声、色んな音が混ざる。結界は再生した。
「す、すごい……」
「こ、こんなことが……」
「今のは治癒術なのか…」
口々に上げられる声も、全てエステルへの感謝の視線へと変わっていく。力を使い果たしたのか、エステルはその場に座り込んだが、その周りには小さな子供がエステルに満面の笑みを向けていた。
「お姉ちゃん! すごい、すごいよ!」
「ありがとね! ハルルの樹を元気にしてくれて!」
「ありがとうございます。これで、まだこの街もやっていけます……」
そう言われるも、当の本人は何が起こったのか理解していないようで、呆けた表情をしている。そんな彼女に差し出される手。
「……すげぇな。エステル、立てるか?」
ゆっくりと立ち上がったエステルを確認し、ユーリは駆け寄ってきたカロルとハイタッチを交わす。そして彼は、もう1人に目を向けて、怪訝な顔をした。樹そのものを1番心配していた少女の事だ。そこには笑顔があるだろうと思っていたが、予想とは違った。驚いているのだろう。だがそれだけでは無い、何処か戸惑ったような、困惑したような、なんとも言えぬ表情。
「ニル?」
「あ……、なんでもない」
ハッとして赤い瞳を瞬かせる。直ぐにその瞳はハルルの樹へ向けられ表情はユーリからは見えなくなった。
ハルルの樹へ視線を向けたニルは、樹へ言葉を投げかける。今のは、なんだったのか。そんな短い問いかけには色々なたくさんの意味が含まれていた。だがハルルの樹はニルの投げかけに、ただ一言。〝自身の目で、世界を見てきなさい〟そう返したのだった。
「……そんなこと言われたって」
「ワフ」
ポツリと小さく零された言葉に反応したのはいつの間にか隣にいたラピードで。
「……帰りたくないな」
どうせいつか父に引きずり戻されるのだ。そんな諦めと、意地でも戻ってやるものかという反抗心。どれもこれも、あの人に響きやしないのに。
拗れたニルの感情を他所に、ラピードがピクリと耳を揺らした。ラピードの視線を辿れば、この街に馴染まない怪しげな黒い集団。その中でも奇抜な髪色の人物が1人。
「あの人たち、お城で会った……」
「住民を巻き込むと面倒だ。見つかる前に一旦離れよう」
「え? なになに? どうしたの急に!」
どうもユーリとエステルはその怪しげな集団に見覚えがあるようで、状況を理解していないカロルとニルを他所に話を進める。だが、見るからに穏やかでないその集団に、ユーリと共に街を出ようと出口に向かって歩き出した。
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