このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

魔核奪還編



花の街、ハルル。
本で読んだハルルは鮮やかで、人々の笑顔が溢れていた。
なのに今はどうだろう。木に花は見当たらず、人々は皆暗い顔をしている。
そして何より、耳に届いている泣き声が気がかりで。
前を歩く2人と1匹を追いながら、街を見回す。

「近くで見るとほんと、でっけ〜」
「もうすぐ花が咲く季節なんですよね」
「どうせなら、花が咲いてるところ見てみたかったな」
「そうですね。満開の花が咲いて街を守ってるなんて素敵です。わたし、フレンが戻るまでケガ人の治療を続けます」
「僕も手伝う。治癒術、使えるから」
「本当です? ありがとうございます、ニル」

では、と足を踏み出したエステルに、ユーリがちょっと待ったと声を上げた。

「なあ、どうせ治すんなら、結界の方にしないか?」
「え?」
「魔物がくれば、またケガ人が出るんだ」
「それはそうですけど、どうやって結界を?」
「こんなでかい樹だ。魔物に襲われた程度で枯れたりしないだろ」
「何か他に理由があるってことですか?」
「オレはそう思うけどな」

思案している2人に、口を出すべきか。口を開いてはまた噤む。彼らは自身の体質を意図も簡単に受け入れてくれた。でもやはり、少しばかり怖い。

「あの、ね」
「ん?」
「あの……、ハルルの樹、まだ、生きてるよ。ずっと泣いてる。街、守れないって、泣いてる」

2人の驚く顔に、少しの不安が過ぎるが、それも束の間。
エステルの笑みに、詰まっていた息を吐いた。

「それでは、枯れた原因を探れば、もしかすると治るかもしれないですね!」
「随分と人間思いな樹がいたもんだ。それにしても、樹の言葉も分かんのか」
「聞こえるのと、聞こえないのがいる。意思疎通をする意思がある子しか、聞こえない。……たぶん」
「なるほどな」

自分でも深くは分かっていないこの力。でも、今までも敵意を向けてくる魔物や、静かに佇む草木からの声は聞こえなかった。窓辺に来てくれてた小鳥達の声も、最初はただの鳴き声にしか聞こえなかった。いつからかそれは当たり前のように言葉として届いていたが、それは恐らくあの子たちがこちらに心を開いてくれたからだったのだろう。

「おや、みなさん一体何をなさっているのですか?」
「樹が枯れた原因を調べてるんです」
「難しいと思いますよ。フレン様にも原因までは分からなかったようですから」

後方から歩いてきた老人とエステルが話しているのをぼんやり見やる。
ここに来るまでに教えてもらった、フレンという騎士。エステルはその騎士を追ってここまで来たらしい。ハルルの樹を治す為に先立ってこの地を経ったらしく、まだ会えていないようだが。
そしてもう1人、話を聞いていた、ハルルまで一緒に来たという少年、カロル。その少年が肩を落としとぼとぼとこちらに歩いてきているのが見えた。

「あ、カロル!カロルも手伝ってください!」
「……なにやってんの?」
「ハルルの樹が枯れた原因を調べているんだそうです」
「なんだ、そのこと……」
「なんだ、じゃないです」
「理由なら知ってるよ。そのためにボクは森でエッグベアを……」

ボソリと零されたその言葉に、ユーリとエステルは顔を見合わせる。
エッグベア。確か魔物の名前だったはずだ。

「どういうことだ?」
「土をよく見て。変色してるでしょ? それ、街を襲った魔物の血を土が吸っちゃってるんだ。その血が毒になってハルルの樹を枯らしてるの」

その言葉に、足元へと視線を落とす。たしかに、土の色が所々変色していた。ここまで歩いてきたのに、全く気づかなかった。

「カロルは物知りなんですね」
「……ボクにかかれば、こんくらいどうつてことないよ」
「その毒をなんとか出来る都合のいいもんはないのか?」
「あるよ、あるけど……。誰も信じてくれないよ……」

そう言って俯くカロルの表情は、酷く覚えのあるもの。本当のことを話しても、誰も、信じてくれない。嘘なんて、ついてないのに。
そんなカロルに、ユーリは歩み寄って目線を合わせるように膝を折る。そして諭すように声をかけた。

「なんだよ、言ってみなって」
「パナシーアボトルがあれば、治せると思うんだ」
「パナシーアボトルか。万事屋にあればいいけど」
「行きましょう、ユーリ!」

やっぱりこの人たちはそうなのだ。意味もなく人を否定せず、寄り添ってくれる。この人に着いて行けば、何か変わるだろうか。変われる、だろうか。
着いてくるなとは言われていないのをいい事に、よろず屋へと歩き出したユーリ達の背を追う。
その後ろから、カロルもゆっくり距離を置いたまま着いてきていた。彼らがこの後どうするのか気になるのだろう。
ユーリは迷わずそのままよろず屋へと向かっていった。

「はいよ、いらっしゃい。今日は何がいり用で?」
「パナシーアボトルはあるか?」
「あいにくと今切らしてるんだ」

申し訳なさそうに店主が言った。それにエステルは表情を曇らせる。

「そんな……」
「素材があれば、合成できるんだがね」
「何があれば作れる?」
「〝エッグベアの爪〟と〝ニアの実〟〝ルルリエの花びら〟の3つだ。けど、パナシーアボトルを一体何に使うんだ? 先日も同じことを聞いてきたガキがいたんだが」

店主の言葉に、少し離れた場所でこちらを伺っているカロルを見やる。その表情は酷く不安げだ。

「ハルルの樹を治すんです」
「え? パナシーアボトルを樹に使うなんて、聞いたことないけどなあ?」
「ふーん、なるほど」
「……あなたが聞いたことないだけかもしれないじゃん……」

思わずボソリと零した言葉に、ユーリがやれやれと言ったようにこちらの頭に手を置いた。宥めるようなそれに、口を噤んだ。

「あの、〝ニアの実〟ってどういうものです?」
「エステルが森で美味い美味いって食ってたあの苦い果実だ」
「なら、エッグベアは?」
「悪い、魔物は専門外だからよく知らないんだ。魔物狩りを生業にしてる魔狩りの剣の人間でもいれば、わかるんだろうけど……」
「あいつ、そのために森にいたのか……」

カロルとユーリたちはクオイの森で出会ったと聞いた。だからユーリの言うあいつ、とは恐らくカロルの事だ。

「ルルリエの花びらというのは?」
「この街の真ん中にハルルの樹があるだろ? あれの花びらさ。普通なら魔導樹脂を使うんだけど、このあたりにはないからね」
「でも、花は枯れちゃってるし……」
「ルルリエの花びらは長が持ってると思うから聞いてみてよ」
「わかった。素材が集まったら来るよ」

そう言って、よろず屋をあとにしたユーリはそのまま後ろでこちらを伺っていたカロルへと声をかけた。

「カロル、クオイの森に行くぞ」
「え?」
「森で言ってたろ? エッグベアかくご〜って」
「パナシーアボトルで治るって信じてくれるの……?」
「嘘ついてんのか?」

カロルはハッとしてそのまま首を横に振る。

「だったら、オレはおまえの言葉に賭けるよ」
「ユーリ……。も、もう、しょうがないな〜。ボクも忙しいんだけどな〜」
「決まりですね! わたしたちで結界を治しましょう」
「エステルもくるの?」
「当たり前じゃないですか」
「フレン待たなくていいのかよ」
「治すなら樹を直せって言ったのはユーリですよ」
「なら、フレンが戻る前に樹治して、びびらせてやろうぜ」
「ふふ、はい! えっと、ニルは…」
「僕も行く」

みんなの視線がこちらに向く。母の行方を追うにも先にユーリと話していたように宛という宛はない。ならば、彼らに着いていくべきだ。この先1人では、進めない。
それに、泣いているハルルの樹が心配だった。

「いいんだな?」
「ん。術は得意。足でまといにならないように頑張る」
「ではニルも、改めてよろしくお願いしますね」

ふわりと優しく笑ったエステルに、少しばかり小っ恥ずかしくなり視線は少し下に向けたまま頷く。
そして、そのままカロルの方へと視線を動かした。

「……ニルヴィス、です。よろしく」
「ボクはカロル・カペル。ギルド〝魔狩りの剣〟の一員なんだ!」
「ギルド……」
「ま、詳しい話は道すがらにでもしようぜ。まずはハルルの長にルルリエの花びらを貰えるか聞きに行かないとな」
「ですね」

挨拶もそこそこに、ユーリを筆頭に皆と歩き出す。

不思議だ。帝都を出た時は1人であんなに心細かったのに。
前を歩く大きな背中の心強さ。帝都を出た時の不安はもうなかった。
3/5ページ
スキ