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短い




夕飯の買い物に出かけてたまたま細い路地裏に入ったんだ。なんか気になっちゃって。ここそういえば通ったことなかったな、家までの近道になってたりして。
なんて、淡い期待を抱いて冒険するような気分で通った。

その道はゴミとか落ちててたしかにちょっと汚いけど、注射器とか小分けの袋とか薬莢とかはとくになかったから比較的まだ通れる場所だなと思った。

そのままずんずん進んでいくと少し先に人影が見えた。僕の足がその場に固められたようにビタッと止まる。まずい。
キレネンコさんがこういう細い路地で人間に出くわしたら大概死ぬぞ、お前みたいなやつは。って言ってた。
影は一人分と、足元になにか塊があるように見える。暗くて人影がどんな人物かは全くわからない。けど、恐らく僕に背を向けていると思う。このまま音を立てないようにして下がれば逃げれるかもしれない。

「……ぅ……」

逃げようと意気込み、行動しようとしたとき緩い風が吹き込んできた。その風に乗って鉄の錆びたような生臭いにおいが僕の鼻をついた。

なに……このにおい……気持ち悪い……

そう思ったとき、僕は普段察しも勘もよくないのに、急に合点がいってしまった。
あの人影と足元にある塊、このにおい……殺したんだ。そして足元のあれは死体。
喉が呼吸できずに詰まる。呼吸が浅くなり、少し頭がぼぅっとしてくるが呆けてる場合じゃない。

逃げないと。

ゆっくり後ずさり始める。
見つかりたくない……と相手ばかりみていた僕は、突然足元でカランと鳴った音に心臓が大きく跳ね上がった。

「ッ、え…!?」

急いで足元に目線を落とすと、ぐしゃっとなった缶が転がっていた。ついてない。来たときはこんな缶気付かなかったのに。この音が聞こえたのは僕だけでなく、人影にも聞こえていたようでもたげていた首が真っ直ぐ座っている。そして人影はこちらを振り向く動きをした。ほら、やっぱり後ろ向いてたよ。

なんだか見つかってしまい、妙な諦めがついた僕はこちらに向かって歩いてくる人影を見たくなくて目を閉じた。
今日キレネンコさんは、キルネンコさんから仕事の手伝いを頼まれたから行ってくるって朝早く出て行ってしまった。それを寝ぼけながら見送ったが、もっとシャキッと起きてしっかり見送っとけばよかったな。
最後にキレネンコさんにもう一回会ってから死にたかった。後悔しか……

「お前、なにやってるんだ」
「…………え」

かけられた言葉はこれから殺されると予想したものとは大幅に違うもので。
かけられた声はとても聞きなじみのある好きな声で。
答え合わせをしたくて目を開くと、そこには。

「き、キレネンコ……さん?」
「見ればわかるだろ」
「は、はひ……」

先ほどもう一度会いたいと思ったキレネンコさんだった。
なんでここに……と思ったけど、仕事を手伝うと言っていたことを思い出し、また合点がいった。
仕事って、これ……

「仕事、してたんですね」
「あぁ。これから始まる仕事の邪魔になるから消せってな」
「そうだったんですね……服、血が…」
「こわいか?」
「え?」

服についた返り血を指さしながら言うと、キレネンコさんから問われた。たぶん目の前で人を殺したというこの状況のことだろう。キレネンコさんが誰かをボッコボコにするところはよく見たが殺したところは初めて見た。
そりゃあ、もう死ぬかと思った。口封じで殺されると思った。
でも、それは

「誰かわからないときは僕も殺されるって思いました……でも、キレネンコさんでほっとしました。今はこわくなんてないですよ」
「……お前」
「それより、キレネンコさんのじゃない血がついてるのが気になります」

気に入らない。キレネンコさんの服を汚すなんて。僕の答えにキレネンコさんは少し驚いた顔をし、自分の服についた血をみる。

「常識的に考えたら人を殺せばもちろん罪です。でも、あなたは僕の好きな人です」
「……」
「僕は……常識にあなたを取られるんだったら、常識なんて捨てますよ」
「……」
「正しくあることがすべてではないと思うんです。まぁ正しくあるべきだとは思うんですけど……それに大事な人を取られてしまうなら、僕は投げ捨てます」

なんて、屁理屈ですかね。と笑うと、キレネンコさんがため息をついた。
あれ?呆れられちゃったかな?

「……いいのか」
「え?」
「お前のその捨てたもの、もう拾いには戻れないぞ」

まっすぐに鈍く赤い目が僕を見据える。
キレネンコさんの目がいう。ここで捨てればもう僕は元の道には戻れない。つまり、人の道を外れる。お先真っ暗かもしれない。わかってる。

「むしろ、引き換えです。キレネンコさんと離れるなんて絶対嫌なので」
「………バカなやつだ」

えへへと笑う僕にキレネンコさんは僕に二度目のため息をつくと、踵を返し死体の方へ歩き出した。これから処理するのかな?と思っていると、数歩歩いたところでキレネンコさんがピタッと止まり、こちらを振り向いた。

「夕飯……」
「え?」
「夕飯、なんだ?」
「あ……か、カレーです!」
「肉、鶏にしろ。あとにんじん多め」
「! わかりました」

僕の返答に特に反応することもなくまた死体の方に歩き出した。僕も家に帰るためキレネンコさんに背を向け、入ってきた道を戻った。
平和な大通りに出てから、僕は口元が緩むのを抑えるのに必死だった。だって、今日もキレネンコさんは家に、僕のところに帰ってきてくれるんだから。

「鶏肉と、にんじん多めに買わなきゃ!」

急いで買い物済ませて、リクエスト通りのカレーを作ってキレネンコさんの帰りを待つ。それを想像しただけで内臓が浮き上がりそうな嬉しさを感じる。
キレネンコさんと一緒にいたら僕はそれで幸せで、満足。それが人の道から外れることでも。
もうどこにも戻れなくても。


END
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