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短い

「キレネンコさん!やめてください!」

もう何分と響く打音が段々と何かが潰れるような音と混ざる。その音は心地悪く、耳にへばりついて離れない。

もうだめだ、これ以上は。

「だめです、キレネンコさん…!」

今日は珍しく、看守さんがキレネンコさんではなく、僕にちょっかいを出してきた。
ちょっとしたいたずらだったし、僕は何も気にしてないけれどキレネンコさんは違った。
いきなり一発看守さんを殴ったかと思うと、そのまま馬乗りになり何度も殴りつけた。
何度も何度も。拳に血がつき、周りに飛び散っても。あの鈍い音はきっと顔面の骨が折れた音だろう。

彼の腕を必死に止めようとするが、力の差がありすぎて止められない。

「キレネンコさん…!落ちついて…っ…僕を見てください!」

ありったけの声を腹から出して呼びかけると、キレネンコさんの腕がぴたりと止まった。
そして、いつも通りの無表情が僕の方を見る。
興奮しているわけでも、焦っているわけでも、怒っているわけでもない、無表情。

「やめてください……キレネンコさん、看守さんが死んでしまいます」
「……庇うのか?」
「え?」
「こいつを庇うのか?」
「き、キレネンコさん……」

鈍い赤色の目が僕を捉えて逃がさない。
庇う?看守さんを?
違う、僕は……

「違います……もし、あなたがここで看守さんを殺してしまったら、僕と部屋が離れてしまうかもしれません」
「……」
「僕はそれが嫌なんです」

そう、僕はそれが嫌なだけ。

「キレネンコさんと…引き離されたくないです」

他のことなんてどうでもいい。
それはたとえ、ここで看守さんが死のうとも。

「だから……やめてください、キレネンコさん」
「……わかった」

数秒、僕をじっと見た後キレネンコさんは看守さんの上から退いた。
看守さんは僅かに意識はあるようだが、ほぼ虫の息だ。顔は見る影もないほどに腫れ、骨もあちこち折れているのが見てとれる。

「おい、なんかすごい音が……って、え?!」
「あ、看守さん」
「そいつ大丈夫か?!おまっ…04番お前か?!」
「……」
「看守さんが先にキレネンコさんにちょっかい出したんですよ」
「え?」
「……」
「僕はやめた方がいいって言ったんですけどね」

どうでもいい嘘がさらさらと口からでてくる。
けれど、駆けつけた看守さんはよくあることなだけに怪しむ様子もなく、他の兄弟たちを呼び虫の息になった看守さんを連れ出した。

やっと静かになったなぁ。

「……お前、大したもんだな」
「ん?」
「平然と一から十まで嘘ついて」
「だって、どうでもいいことですから」

ベッドに座るキレネンコさんに近付くと正面に立ち、左右で色の違う髪を指を絡め撫でる。
少し水分の足りないような質感だけど、僕はこの手入れのあまりされてない感じが彼っぽくてとても好きだ。

「あなたがここにいる、というだけでいいんです」
「……プーチン」
「なんですか?」
「キス」
「…はい」

キスだけではきっと終わらない。
まずは血を拭ってあげよう。僕のでもキレネンコさんのでもない血は汚いですから。


END
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