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仗露

僕は在り来りは好きじゃないんだ。
現実では起こらないようなことをまるで自分が体験してるかのように、その世界に入り込めるのが漫画だ。
リアリティはもちろん大切だけど、それと同じくらい非現実的なのも大切なんだよ。

仗助が台所で二人分の皿を洗っている。
別に僕は皿洗いくらいやったってなんてことはないんだけど、漫画家は手が命なんだからって水仕事は仗助の役目になった。
テレビはつけたって僕の興味を引くような番組はやっていないから、僕はなにをするでもなく仗助の手元をソファから見ていた。
「なぁ」
僕の視線に気づいたのか、仗助がこちらを見ずに声をかける。
「なんだよ」

「結婚しようか」
最後の皿を濯ぐと、仗助は手を拭きながら振り返った。
まるで、デザート食べようか、とでも言うかのようにあまりにも自然に言うもんだから、思わず固まってしまった。
また突拍子もないことをと冷かそうかと思ったが、僕を見つめる仗助の目があまりにも真剣なもんで、僕は何も言えなかった。

ちこっと待ってて、と言うと仗助は棚の引き出しから何かを取り出し、ソファに座る僕の横へ腰掛けた。
「俺はこの先10年経っても20年経っても、ヨボヨボになっても露伴と一緒にいたい」
そういうと仗助は手の中から小さな箱を取り出し、そっと蓋を開けた。
中にはシンプルだけれども曲線のデザインが目を引くリング。あぁ、僕が好きそうな物を選んできたな。

僕は在り来りは好きじゃない。
こんなリングなんか渡されて、よくあるドラマのようなセリフを言われて、正直反吐が出るほどつまらないプロポーズだ。
ただ僕の中で誤算だったのは、そう僕にプロポーズをする仗助の顔が、とても美しかったことだ。
元々造形の良い顔だ。中身はともかく、くそったれ仗助の見た目だけは僕は今まで出会ってきた人間の中で一番だと評価している。
凛々しい眉、スっと通った鼻筋、緊張しているのか薄く噛んだ唇と、僕を見つめる真剣な眼差し。
その美しさだけで、この呆れてしまいそうなほどのシチュエーションがたちまち素晴らしいもののように感じてしまう。

「ねぇ、露伴」
僕の手を握り、顔を近づける仗助。
「俺と結婚して」
その美しい唇がそう言葉を紡ぐのに目線を奪われ、僕は柄にもなく、はい、と返事をしてしまった。
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