若き先生の悩み
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【2部】
そして9月上旬。文化祭当日になった。
普段は張り詰めた空気の受験生たちも、この日だけは勉強のことを忘れて肩の力を抜けるだろう。
「来たか、新たなる亡者たちよ!戦慄の妖怪屋敷へ案内しよう!」
「猫耳カフェやってますにゃ~ん♡来てにゃん♡」
「正義の味方!湘北マンのヒーローショー、もうすぐ始まりますよー!」
校内には仮装をした生徒が数多くいて、賑やかに場を盛り上げている。
各教室はお手製のお化け屋敷やゲーム会場、カフェなどに変わり、店番の生徒は忙しそうに接客をしていた。
ステージではダンスやマジックショー、演劇に軽音ライブと、生徒たちが次々にパフォーマンスを披露していた。
年に一度のお祭りだ。生徒たちはみんな、思い思いにそれぞれの青春を謳歌している様子だった。
さて、文化祭では、教員も何かしらのパフォーマンスをする。去年は、教員によるのど自慢大会なんてのを披露していた。
「うう、やっぱり無理ぃ……。」
先日の職員会議で決まった今年の教員のパフォーマンスは……湘北の制服を着るというものだった。
お兄さんもお姉さんも、おじさんもおばさんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、教員はみんな制服の着用を強いられることになった。
昨年と同じくのど自慢大会が有力候補に上がっていたのだけれど、それではインパクトに欠ける。準備も要らないし手間もかからない、そしてウケが狙えてインパクトがあるということで、制服コスプレが僅差で多数決になったのだ。
ノリのいい先生たちは老若男女問わずゲラゲラ笑って楽しんでいたけれど、真面目な先生たちはやはり気が重い様子だった。
真面目な年配の先生からは「名字先生はまだお若いから全然いいじゃないですか……。」と、励まされたけれど……。
もちろん、高校を卒業してから制服など着ていない。中には卒業してから遊びで着る人もいるようだけれど、私はそうでは無かった。
しかも私は湘北のOGであるため、自分の昔の制服を着ることになった。これでは余計に恥ずかしい。
久方ぶりに着た制服は少しサイズがキツくなっていて、当然だけどあの頃よりオバサンになったのだなと感じた。
……私がもっと若ければ、三井くんと何の負い目もなく青春を過ごせていたのだろうか。
思わずそんな考えが浮かんで、胸が苦しくなりポロリと、1滴だけ、涙がしたたり落ちてしまった。
どんなに恥ずかしくても逃げられない。午前中は私服で過ごしたけれど、午後になり、今からは制服で校内を回るのだ。
着替え終わってから外に出て早速、学ランを着たおじさんの先生が「ギャハハ、AVかよー。」なんて品の無い言葉を男子生徒から言われているのが聞こえてしまった。
私は変にもじもじとしてしまう。そんな私に気づいた女子生徒が早速、話しかけてきた。
「あら、名前先生!?かわいい~!」
「先生、違和感ないですね。」
「そんな恥ずかしがんなくてもいいじゃん。あたしたちとチェキ撮ろ~。」
「え?あ、ありがとう……。」
声をかけてきたのは、インターハイの後にバスケ部のマネージャーとなった赤木さん、そして彼女と仲の良い藤井さん、松井さんの3人組だった。
最初に会ったのが優しい彼女たちでよかった。
赤木さんと松井さんが私の両隣に立って藤井さんがチェキを撮り、「これ、先生の分です。」と写真を譲ってくれた。
……実際の女子高生と並んで撮ると厳しいものがあるのではと思ったけれど、ギリギリやたら雰囲気が大人びてる生徒で通用するかな……?と無理やり自分を勇気付けた。
「名前先生、バスケ部のみんなは、校庭の屋台広場の付近で集まってたわ。
その格好でいったら喜ぶわよ。
絶対に行ってあげてね~!」
赤木さんは親切にもそう告げて、笑顔で手をブンブンと振って去っていった。
……年に一度の祭りである。三井くんのことは置いておいて、せっかくだし愛着のあるバスケ部の笑いのネタにくらいはなってあげてもいいではないか。
ヤケクソになった私はそんな気持ちで、赤木さんの言う通り校庭に向かうことにした。
「…………。」
「アハハ……ほんとキツイよねー。」
道中色んな生徒に声をかけられながら、屋台広場の前へと着いて、初めに出会ったバスケ部員はなんとよりにもよって三井くんだった。
三井くんは制服姿の私を見かけると、驚いて固まってしまった。
……胸が少しだけ痛いけれど、私の制服姿の違和感に、流石に目が覚めてくれたのかもしれない。
「は!?ちげえよ、そういうことじゃねえ。
なんで名前先生が制服着てんだよ?」
「今年の教師の出し物が制服コスプレで……。」
「……ふーん、いいじゃねえか。
(ヤベェ、オレの妄想が現実になったと思って焦ったわ……。)」
三井くんは最後に小声で何かを言ったけれど、よく聞き取れなかった。
そして、目線が合わせられない。不本意だけど好意を抱いてしまった相手に年甲斐も無い格好をまじまじと見られて、恥ずかしくなってしまう。
思わず頬が上気して、ゴクリ、と生唾を飲む音がどこからか聞こえた。
私はこの空気がいたたまれなくて、一刻も早くバスケ部のみんなに会って馬鹿みたいに騒ぎたい、と願った。
「……バスケ部のみんなはどこにいるかな?
せっかくこんな格好したし、皆の笑いのネタにでもなりに来たんだけど。」
「…………。じゃあこっち来いよ。」
三井くんは一瞬何かを考えた様子で、私に付いてくるように促した。
私は三井くんの少し後ろをそそくさと歩いて付いていく。
校庭から離れていくけれど、他のみんなは既にどこか別の場所に移動していたのだろうか。
「こうやって歩いてると、オレらカップルに見えるよな?」
「もう、変なこと言わないの……。」
途中、三井くんは振り向いて、そんな冗談だか本気だか分からないことを言ってきたけれど、今の私は気が気ではなかった。
そうして三井くんが連れてきたのは、バスケ部の部室だった。
中にはやんちゃな少年たちがいるはずのそこには、やけに静寂な空気が漂っている。
「……本当にここにみんなが居るの?」
「……いいから、入れって。」
キィ、と扉を開けて三井くんは部室の中へと入った。
ーー全く、私はずるくて、駄目な大人だ。
ここにはバスケ部のみんななど居やしない。
本気で嫌だったら。本気でダメだと思っているなら。ここで引き返すべきなのだ。
私は愚かな女になってしまった。
もしかしたら、この格好で彼に会った時から、心のどこかでこうなることを期待していたのかもしれない。
私の両脚が、今までの道徳心に逆らうように内部へと進んでいく。
内鍵は、三井くんの手によって閉じられた。
「どうして、ここに……。」
「……今のアンタをアイツらに見せたくねえ。いや、アイツらだけじゃねえ、誰にも。
ここなら誰にも見えねえだろ。」
そう言うと三井くんは私の手を取ろうとした。こんなに愚かな私にも、まだひと欠片の理性は残っていたらしく、手は反射的に引っ込んでいた。
「……だ、だめ……。」
けれども、三井くんは折れなかった。私が一度は引っ込めた手を力強く引っ張って掴み、ニイッと笑って見せた。
「気にすんなよ。今日は生徒なんだから。
だろ?……名前。」
三井くんと2人きり。触れられて、名を呼ばれて、熱の上がってしまった身体はもう、理性になど抵抗できない。
どんなに否定したって、愛おしい人の温もりなのだ。今の私には、その手を振り払うことができなかった。
……どうか今日だけは許してください。
私はそう祈りながら、三井くんの手を握り返した。
【完】
そして9月上旬。文化祭当日になった。
普段は張り詰めた空気の受験生たちも、この日だけは勉強のことを忘れて肩の力を抜けるだろう。
「来たか、新たなる亡者たちよ!戦慄の妖怪屋敷へ案内しよう!」
「猫耳カフェやってますにゃ~ん♡来てにゃん♡」
「正義の味方!湘北マンのヒーローショー、もうすぐ始まりますよー!」
校内には仮装をした生徒が数多くいて、賑やかに場を盛り上げている。
各教室はお手製のお化け屋敷やゲーム会場、カフェなどに変わり、店番の生徒は忙しそうに接客をしていた。
ステージではダンスやマジックショー、演劇に軽音ライブと、生徒たちが次々にパフォーマンスを披露していた。
年に一度のお祭りだ。生徒たちはみんな、思い思いにそれぞれの青春を謳歌している様子だった。
さて、文化祭では、教員も何かしらのパフォーマンスをする。去年は、教員によるのど自慢大会なんてのを披露していた。
「うう、やっぱり無理ぃ……。」
先日の職員会議で決まった今年の教員のパフォーマンスは……湘北の制服を着るというものだった。
お兄さんもお姉さんも、おじさんもおばさんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、教員はみんな制服の着用を強いられることになった。
昨年と同じくのど自慢大会が有力候補に上がっていたのだけれど、それではインパクトに欠ける。準備も要らないし手間もかからない、そしてウケが狙えてインパクトがあるということで、制服コスプレが僅差で多数決になったのだ。
ノリのいい先生たちは老若男女問わずゲラゲラ笑って楽しんでいたけれど、真面目な先生たちはやはり気が重い様子だった。
真面目な年配の先生からは「名字先生はまだお若いから全然いいじゃないですか……。」と、励まされたけれど……。
もちろん、高校を卒業してから制服など着ていない。中には卒業してから遊びで着る人もいるようだけれど、私はそうでは無かった。
しかも私は湘北のOGであるため、自分の昔の制服を着ることになった。これでは余計に恥ずかしい。
久方ぶりに着た制服は少しサイズがキツくなっていて、当然だけどあの頃よりオバサンになったのだなと感じた。
……私がもっと若ければ、三井くんと何の負い目もなく青春を過ごせていたのだろうか。
思わずそんな考えが浮かんで、胸が苦しくなりポロリと、1滴だけ、涙がしたたり落ちてしまった。
どんなに恥ずかしくても逃げられない。午前中は私服で過ごしたけれど、午後になり、今からは制服で校内を回るのだ。
着替え終わってから外に出て早速、学ランを着たおじさんの先生が「ギャハハ、AVかよー。」なんて品の無い言葉を男子生徒から言われているのが聞こえてしまった。
私は変にもじもじとしてしまう。そんな私に気づいた女子生徒が早速、話しかけてきた。
「あら、名前先生!?かわいい~!」
「先生、違和感ないですね。」
「そんな恥ずかしがんなくてもいいじゃん。あたしたちとチェキ撮ろ~。」
「え?あ、ありがとう……。」
声をかけてきたのは、インターハイの後にバスケ部のマネージャーとなった赤木さん、そして彼女と仲の良い藤井さん、松井さんの3人組だった。
最初に会ったのが優しい彼女たちでよかった。
赤木さんと松井さんが私の両隣に立って藤井さんがチェキを撮り、「これ、先生の分です。」と写真を譲ってくれた。
……実際の女子高生と並んで撮ると厳しいものがあるのではと思ったけれど、ギリギリやたら雰囲気が大人びてる生徒で通用するかな……?と無理やり自分を勇気付けた。
「名前先生、バスケ部のみんなは、校庭の屋台広場の付近で集まってたわ。
その格好でいったら喜ぶわよ。
絶対に行ってあげてね~!」
赤木さんは親切にもそう告げて、笑顔で手をブンブンと振って去っていった。
……年に一度の祭りである。三井くんのことは置いておいて、せっかくだし愛着のあるバスケ部の笑いのネタにくらいはなってあげてもいいではないか。
ヤケクソになった私はそんな気持ちで、赤木さんの言う通り校庭に向かうことにした。
「…………。」
「アハハ……ほんとキツイよねー。」
道中色んな生徒に声をかけられながら、屋台広場の前へと着いて、初めに出会ったバスケ部員はなんとよりにもよって三井くんだった。
三井くんは制服姿の私を見かけると、驚いて固まってしまった。
……胸が少しだけ痛いけれど、私の制服姿の違和感に、流石に目が覚めてくれたのかもしれない。
「は!?ちげえよ、そういうことじゃねえ。
なんで名前先生が制服着てんだよ?」
「今年の教師の出し物が制服コスプレで……。」
「……ふーん、いいじゃねえか。
(ヤベェ、オレの妄想が現実になったと思って焦ったわ……。)」
三井くんは最後に小声で何かを言ったけれど、よく聞き取れなかった。
そして、目線が合わせられない。不本意だけど好意を抱いてしまった相手に年甲斐も無い格好をまじまじと見られて、恥ずかしくなってしまう。
思わず頬が上気して、ゴクリ、と生唾を飲む音がどこからか聞こえた。
私はこの空気がいたたまれなくて、一刻も早くバスケ部のみんなに会って馬鹿みたいに騒ぎたい、と願った。
「……バスケ部のみんなはどこにいるかな?
せっかくこんな格好したし、皆の笑いのネタにでもなりに来たんだけど。」
「…………。じゃあこっち来いよ。」
三井くんは一瞬何かを考えた様子で、私に付いてくるように促した。
私は三井くんの少し後ろをそそくさと歩いて付いていく。
校庭から離れていくけれど、他のみんなは既にどこか別の場所に移動していたのだろうか。
「こうやって歩いてると、オレらカップルに見えるよな?」
「もう、変なこと言わないの……。」
途中、三井くんは振り向いて、そんな冗談だか本気だか分からないことを言ってきたけれど、今の私は気が気ではなかった。
そうして三井くんが連れてきたのは、バスケ部の部室だった。
中にはやんちゃな少年たちがいるはずのそこには、やけに静寂な空気が漂っている。
「……本当にここにみんなが居るの?」
「……いいから、入れって。」
キィ、と扉を開けて三井くんは部室の中へと入った。
ーー全く、私はずるくて、駄目な大人だ。
ここにはバスケ部のみんななど居やしない。
本気で嫌だったら。本気でダメだと思っているなら。ここで引き返すべきなのだ。
私は愚かな女になってしまった。
もしかしたら、この格好で彼に会った時から、心のどこかでこうなることを期待していたのかもしれない。
私の両脚が、今までの道徳心に逆らうように内部へと進んでいく。
内鍵は、三井くんの手によって閉じられた。
「どうして、ここに……。」
「……今のアンタをアイツらに見せたくねえ。いや、アイツらだけじゃねえ、誰にも。
ここなら誰にも見えねえだろ。」
そう言うと三井くんは私の手を取ろうとした。こんなに愚かな私にも、まだひと欠片の理性は残っていたらしく、手は反射的に引っ込んでいた。
「……だ、だめ……。」
けれども、三井くんは折れなかった。私が一度は引っ込めた手を力強く引っ張って掴み、ニイッと笑って見せた。
「気にすんなよ。今日は生徒なんだから。
だろ?……名前。」
三井くんと2人きり。触れられて、名を呼ばれて、熱の上がってしまった身体はもう、理性になど抵抗できない。
どんなに否定したって、愛おしい人の温もりなのだ。今の私には、その手を振り払うことができなかった。
……どうか今日だけは許してください。
私はそう祈りながら、三井くんの手を握り返した。
【完】
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