君は笑わない黒猫
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にゃ~ん。
放課後。1人で寄り道をしていた名前の目の前には、2匹の黒猫がいた。
……いや。正確には、黒猫と、しゃがみ込んだ黒髪学ランの男子が、向かい合っている。
名前はその男子を知っていた。クラスメイトの流川楓である。
無愛想で近寄りがたい印象の流川と、猫という可愛らしい存在が名前の中で結びつかず、思わず目が点になった。
人見知りな名前は、一瞬見過ごそうと思った。
だが、その光景がどうしても気になり、声をかけることにした。
「えっと……流川くん?」
「ム……。」
名前は恐る恐る流川に話しかけた。
流川と名前は同じ1年10組の生徒だが、
いつも寝てばかりで他人に興味のない流川と、積極的に人と関わるタイプではない名前とでは、面識はほぼない。
流川は校内の女子から絶大な人気があるが、名前は彼を容姿が良くて人気の高い男子生徒だ、とどこか雲の上の存在のように見ている様子であった。
流川には冷たい印象を持っている名前だったが、勇気を持って話を続ける。
「流川くん、猫、好きなの?」
「……嫌いじゃねえ。」
ぶっきらぼうな返しをした流川だったが、好きなんだな……。と名前は内心察する。
じっと前足を合わせ動かなかった黒猫は、にゃ~んと鳴いて名前の足元に寄ってきた。
「ム。なんで名字には懐くんだ。」
「アハハ……何でかな。あまり懐かれたことないんだけど……。
うわあ~、可愛いなあ。」
猫が好きな名前は思わずメロメロになってしまう。
よしよし、いいこいいこ。と猫の頭を撫でようとした名前だったが、
猫は触れることまでは許可してくれず、スタスタと立ち去ってしまった。
「あっ……!やっぱり猫って気まぐれだね……。」
「アイツ……。」
名前は切なそうにしょんぼりした表情を見せた。
依然しゃがみ込んだままだった流川は、ここでようやく立ち上がった。
(わあ。やっぱり流川くんって背が高いなあ。)
背の高い流川が立ち上がると、平均的な背丈の名前との差は頭1つ分以上である。名前は流川の端正な顔をまじまじと見上げた。
睫毛で縁取られた美麗な瞳と初めて目線が合い、名前は思わずドキリと胸が高鳴る。
「というか流川くん、私の名前知っててくれたんだね。
私の事なんて、知らないと思ってたよ。」
普段の流川の生活態度を思い浮かべながら、名前は苦笑いをする。
「……こないだ発音いいって褒められてただろ。」
(発音……?そういえば。)
『名字さん、今の発音いいねえ~。』と、英語教師に言われた先日の授業風景を思い浮べる名前。
授業は全部寝てばかりの流川が、この頃英語だけは起きている。
というのは、近頃ではよく知られた話だった。
「……ちょうど良かった。名字、英語の成績いいんだろ。
どうやってんの。」
アメリカ留学を志し、英語が必要になった流川にとって、名前は印象に残る人物の1人であった。
流川はこの機会にと藁にもすがる思いで名前に聞いた。
「そうだなあ……。
私、大好きな海外のアーティストがいるんだ。
曲の歌詞覚えたり、好きな曲でシャドーイングしたりしてるかな。
中学の頃は英語苦手だったんだけど、
洋楽好きになってからは、なんだか好きになっちゃって。」
名前は好きな洋楽アーティストができてから、英語へのモチベーションが高まり、成績が上がったようだった。
「シャドー……?」
「あ、シャドーイングは音声に合わせて同時に発声することだよ。
流川くんは、何か目標があるの?」
なぜそんなにも英語に興味があるのか、流川のことを詳しくはない名前は 、疑問に思い問いかけた。
「アメリカに留学する。」
「アメリカって、バスケ留学かあ~。流石バスケ部のエースだね……!」
やっぱり流川くんは次元が違うなあ、と名前は圧倒される。
「洋楽なら、オレも聞いてる。ニューパワー・ジェネレーションズってやつとか。」
「へえー!流川くん、プリンス好きなんだね。」
続けて流川が、よく聞いている曲を伝えると、洋楽好きな名前の目が輝き始める。
「良いよね~プリンス。超天才だよねっ!
見た目はちょっとクセ強いけど、ギターすっごい上手いんだよねえ。」
それから名前はキラキラと目を輝かせ、
「やっぱり初めてパープル・レインを聴いた時に……」だの「それでね、1988年のアルバムのジャケットが酷くてね……」だのと勢いのまま喋り、ふとしたところでハッと我に返った。
「あっ……ご、ごめん、勝手にベラベラ喋っちゃって……。
こういうとこがマニアックだってよく言われちゃうんだよね……。」
饒舌に喋ったかと思えば急にしおしおと照れ出した名前。
教室では大人しい女生徒だったが、思っていたより変な奴なのかもしれないと流川は思った。
「別にいいけど。
洋楽詳しいならなんかいいやつ教えてくんない。
簡単なやつ。」
「勉強するならやっぱりビートルズかなあ……。
ビートルズは世界中の誰でも歌えるようにって、歌詞が簡単なものが多いんだよ。
カーペンターズは発音めちゃくちゃ綺麗なんだ。
あ、もしよかったら、明日オススメのCD持ってくるね!」
「……助かる。」
この時ばかりは、流川は名前が頼もしい存在に感じた。
名前は、流川が滅多に発することのないであろうその一言を嬉しく思い、ニコニコとした表情が止まらず話を続ける。
「うん!もし何か助けになれることがあったら言ってね。
私も英語はまだまだなんだけどさ、
いつか憧れのスターに会った時に相手の言葉わかりたいし、
自分の言葉で気持ちを伝えたいなって思って。」
ーーそうしているうちに、日が暮れつつある空はすっかり赤みがかかり、2人はオレンジの夕日に照らされる。
「だから地道にがんばろ!って思えるんだよね。
流川くんも将来のチームメイトとか、
憧れの選手と話してる自分を想像したらきっと頑張れちゃうよ。」
茜色の夕焼け空をバックに、名前は満面の笑顔を見せた。
(…………。)
流川の双眸には、その光景がなぜだか妙に色鮮やかに映って見えた。
「なんか、私ばっかり話しちゃってた気がするけど……。
ごめんね。もしよかったら流川くんの話も聞いてみたいなあ。」
「別に、」
何も話すことなんか無えし、と思った流川だったが、未だニコニコと微笑んでいる名前を見ると、少しだけ後ろ髪を引かれた。
「……じゃあ日曜に練習試合あるから見に来れば。
話すよりそっちの方が早いし。」
決して喋るのが好きではない流川は、プレーを見せた方が人柄が伝わる。
そう本人も無自覚に思ったのか、試合を見るよう誘うことにした。
「! う、うん……見に行ってみるね!
実はバスケ見に行ったことなくて……ありがとう。楽しみにしてるね。」
流川からの思わぬ誘いに心が弾む名前であった。
「……そろそろ帰る。あっちにチャリ置いてあるから、行く。」
「そっか、流川くんは自転車なんだね。じゃあまた、明日!」
「……ウス。」
2人は別々の方向へと帰路を進んだ。
物陰にいた黒猫は、動き出した2つの伸びる夕影をぼんやり眺め、ふわあとあくびをして丸まった。
名前は駅までの道を歩きながら、笑顔が収まらずにいた。
「流川くん、取っ付き難い人だと思ってたけど、思ってたよりも話しやすかったなあ。」
そして何よりも、かっこよかった……。と胸をときめかせる。
流川の意外な一面を見せてくれたあの時の黒猫に感謝をし、
これからもっと仲良くなれるかな、と心を弾ませるのだった。
流川は自転車を走らせながら、珍しいことに、その日は眠気に襲われることがなかった。
綻んだ名前の笑顔を思い出し、
あの時間、どことなく居心地の良さを感じたのはなぜなのか。
今はまだ知る由もなかった。
【完】
放課後。1人で寄り道をしていた名前の目の前には、2匹の黒猫がいた。
……いや。正確には、黒猫と、しゃがみ込んだ黒髪学ランの男子が、向かい合っている。
名前はその男子を知っていた。クラスメイトの流川楓である。
無愛想で近寄りがたい印象の流川と、猫という可愛らしい存在が名前の中で結びつかず、思わず目が点になった。
人見知りな名前は、一瞬見過ごそうと思った。
だが、その光景がどうしても気になり、声をかけることにした。
「えっと……流川くん?」
「ム……。」
名前は恐る恐る流川に話しかけた。
流川と名前は同じ1年10組の生徒だが、
いつも寝てばかりで他人に興味のない流川と、積極的に人と関わるタイプではない名前とでは、面識はほぼない。
流川は校内の女子から絶大な人気があるが、名前は彼を容姿が良くて人気の高い男子生徒だ、とどこか雲の上の存在のように見ている様子であった。
流川には冷たい印象を持っている名前だったが、勇気を持って話を続ける。
「流川くん、猫、好きなの?」
「……嫌いじゃねえ。」
ぶっきらぼうな返しをした流川だったが、好きなんだな……。と名前は内心察する。
じっと前足を合わせ動かなかった黒猫は、にゃ~んと鳴いて名前の足元に寄ってきた。
「ム。なんで名字には懐くんだ。」
「アハハ……何でかな。あまり懐かれたことないんだけど……。
うわあ~、可愛いなあ。」
猫が好きな名前は思わずメロメロになってしまう。
よしよし、いいこいいこ。と猫の頭を撫でようとした名前だったが、
猫は触れることまでは許可してくれず、スタスタと立ち去ってしまった。
「あっ……!やっぱり猫って気まぐれだね……。」
「アイツ……。」
名前は切なそうにしょんぼりした表情を見せた。
依然しゃがみ込んだままだった流川は、ここでようやく立ち上がった。
(わあ。やっぱり流川くんって背が高いなあ。)
背の高い流川が立ち上がると、平均的な背丈の名前との差は頭1つ分以上である。名前は流川の端正な顔をまじまじと見上げた。
睫毛で縁取られた美麗な瞳と初めて目線が合い、名前は思わずドキリと胸が高鳴る。
「というか流川くん、私の名前知っててくれたんだね。
私の事なんて、知らないと思ってたよ。」
普段の流川の生活態度を思い浮かべながら、名前は苦笑いをする。
「……こないだ発音いいって褒められてただろ。」
(発音……?そういえば。)
『名字さん、今の発音いいねえ~。』と、英語教師に言われた先日の授業風景を思い浮べる名前。
授業は全部寝てばかりの流川が、この頃英語だけは起きている。
というのは、近頃ではよく知られた話だった。
「……ちょうど良かった。名字、英語の成績いいんだろ。
どうやってんの。」
アメリカ留学を志し、英語が必要になった流川にとって、名前は印象に残る人物の1人であった。
流川はこの機会にと藁にもすがる思いで名前に聞いた。
「そうだなあ……。
私、大好きな海外のアーティストがいるんだ。
曲の歌詞覚えたり、好きな曲でシャドーイングしたりしてるかな。
中学の頃は英語苦手だったんだけど、
洋楽好きになってからは、なんだか好きになっちゃって。」
名前は好きな洋楽アーティストができてから、英語へのモチベーションが高まり、成績が上がったようだった。
「シャドー……?」
「あ、シャドーイングは音声に合わせて同時に発声することだよ。
流川くんは、何か目標があるの?」
なぜそんなにも英語に興味があるのか、流川のことを詳しくはない名前は 、疑問に思い問いかけた。
「アメリカに留学する。」
「アメリカって、バスケ留学かあ~。流石バスケ部のエースだね……!」
やっぱり流川くんは次元が違うなあ、と名前は圧倒される。
「洋楽なら、オレも聞いてる。ニューパワー・ジェネレーションズってやつとか。」
「へえー!流川くん、プリンス好きなんだね。」
続けて流川が、よく聞いている曲を伝えると、洋楽好きな名前の目が輝き始める。
「良いよね~プリンス。超天才だよねっ!
見た目はちょっとクセ強いけど、ギターすっごい上手いんだよねえ。」
それから名前はキラキラと目を輝かせ、
「やっぱり初めてパープル・レインを聴いた時に……」だの「それでね、1988年のアルバムのジャケットが酷くてね……」だのと勢いのまま喋り、ふとしたところでハッと我に返った。
「あっ……ご、ごめん、勝手にベラベラ喋っちゃって……。
こういうとこがマニアックだってよく言われちゃうんだよね……。」
饒舌に喋ったかと思えば急にしおしおと照れ出した名前。
教室では大人しい女生徒だったが、思っていたより変な奴なのかもしれないと流川は思った。
「別にいいけど。
洋楽詳しいならなんかいいやつ教えてくんない。
簡単なやつ。」
「勉強するならやっぱりビートルズかなあ……。
ビートルズは世界中の誰でも歌えるようにって、歌詞が簡単なものが多いんだよ。
カーペンターズは発音めちゃくちゃ綺麗なんだ。
あ、もしよかったら、明日オススメのCD持ってくるね!」
「……助かる。」
この時ばかりは、流川は名前が頼もしい存在に感じた。
名前は、流川が滅多に発することのないであろうその一言を嬉しく思い、ニコニコとした表情が止まらず話を続ける。
「うん!もし何か助けになれることがあったら言ってね。
私も英語はまだまだなんだけどさ、
いつか憧れのスターに会った時に相手の言葉わかりたいし、
自分の言葉で気持ちを伝えたいなって思って。」
ーーそうしているうちに、日が暮れつつある空はすっかり赤みがかかり、2人はオレンジの夕日に照らされる。
「だから地道にがんばろ!って思えるんだよね。
流川くんも将来のチームメイトとか、
憧れの選手と話してる自分を想像したらきっと頑張れちゃうよ。」
茜色の夕焼け空をバックに、名前は満面の笑顔を見せた。
(…………。)
流川の双眸には、その光景がなぜだか妙に色鮮やかに映って見えた。
「なんか、私ばっかり話しちゃってた気がするけど……。
ごめんね。もしよかったら流川くんの話も聞いてみたいなあ。」
「別に、」
何も話すことなんか無えし、と思った流川だったが、未だニコニコと微笑んでいる名前を見ると、少しだけ後ろ髪を引かれた。
「……じゃあ日曜に練習試合あるから見に来れば。
話すよりそっちの方が早いし。」
決して喋るのが好きではない流川は、プレーを見せた方が人柄が伝わる。
そう本人も無自覚に思ったのか、試合を見るよう誘うことにした。
「! う、うん……見に行ってみるね!
実はバスケ見に行ったことなくて……ありがとう。楽しみにしてるね。」
流川からの思わぬ誘いに心が弾む名前であった。
「……そろそろ帰る。あっちにチャリ置いてあるから、行く。」
「そっか、流川くんは自転車なんだね。じゃあまた、明日!」
「……ウス。」
2人は別々の方向へと帰路を進んだ。
物陰にいた黒猫は、動き出した2つの伸びる夕影をぼんやり眺め、ふわあとあくびをして丸まった。
名前は駅までの道を歩きながら、笑顔が収まらずにいた。
「流川くん、取っ付き難い人だと思ってたけど、思ってたよりも話しやすかったなあ。」
そして何よりも、かっこよかった……。と胸をときめかせる。
流川の意外な一面を見せてくれたあの時の黒猫に感謝をし、
これからもっと仲良くなれるかな、と心を弾ませるのだった。
流川は自転車を走らせながら、珍しいことに、その日は眠気に襲われることがなかった。
綻んだ名前の笑顔を思い出し、
あの時間、どことなく居心地の良さを感じたのはなぜなのか。
今はまだ知る由もなかった。
【完】
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