小さなヒマワリ
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夏のインターハイで無念の敗退をした山王のバスケ部員たちが地元へと戻り、日常の練習風景に戻った頃。秋田の真夏は幸いインターハイ会場であった広島ほどの酷暑では無いものの、それでも練習に励む部員たちの体力をジリジリと削っていく。
そんな中、体育館2階の見学エリアから練習現場を見ている母子の姿があった。
バスケ部の見学はいつも自由解放されており、学外の人間が見に来ることは珍しい事ではなかった。母子以外にも、地域の住人らしき姿がポツポツと見られる。
午前練習の終了時間が近づくと、幼い少女を連れた母親が下に降りていき、堂本に話しかけた。
「あの、娘から沢北くんにプレゼントがあるのですが……直接お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ!練習終わったら沢北を呼ぶので入口で待っていてくださいね」
母親と見学に来ている幼い少女ーー名前は、沢北のファンの一人であった。
山王バスケ部の輝かしい功績から、近年では山王の周辺地域ではバスケでの街づくりが活性化しており、街中にはバスケットゴールが各所に配置され、子どもたちのミニバスチームが盛んに活動している。
年に1度、山王カップたる強豪高校チームを集めたイベントも催されていて、その時期には地元住人や観光客で盛り上がりを見せていた。
そんな事情もあり山王バスケ部は、地域のバスケ好きな子供達から憧憬の眼差しを向けられていた。
その中でも抜群にセンスのあるエースで、更に華のある沢北は子供達にとってはちょっとしたヒーローであった。
ちなみに、やんちゃな男の子からは大きくて力強い河田が人気を誇っている。
名前は、そんな山王の町に生まれ育って数年の子供。町のちょっとしたヒーローである沢北に対して憧れと、小さな初恋の気持ちを抱いていた。
人知れず小さな子供からそんな想いを向けられている沢北は、午前練習が終わると母子の元へと駆け寄った。
「こんにちはー!お待たせしました」
「こんにちは、沢北くん。
忙しいところごめんなさいね。娘が沢北くんの大ファンなんです。
それで沢北くんがもうすぐアメリカに行くって知って、寂しがっちゃって……。今日はご挨拶に来ました」
バスケ部員は地域の人間に礼儀正しく接するよう、厳しく指導されている。そんな沢北が元気よく挨拶をすると、恐らく堂本と同世代くらいと思われる年頃の母親は、背の高い沢北を見上げながら丁寧に事情を説明した。
しかし、恐らく5歳児くらいと思われる小さな名前は、ずっと母親の後ろに隠れこんで沢北の前へと姿を表さなかった。
「あらあら~、沢北くんがあまりにカッコイイからこの子恥ずかしがっちゃって……。
ほらっ、ちゃんとお兄さんにあいさつしなさい!」
母親から強く言われ、隠れこんでいた名前がおずおずと母親の横に並ぶと、沢北はしゃがみこんで幼い少女へと目線を合わせてあげた。
憧れの沢北を目の前にした名前は、モジモジとした様子で向き合った。
「エージおにいさん、こんにちは……」
「こんにちは。君、名前なんて言うの?」
「名前……」
「名前ちゃんか、カワイイ名前だな!」
沢北が人当たりの良いニコニコとした笑顔でそのように言うと、ほんのりと赤みがかっていた名前の頬が、ますますポッと赤く染まった。
「名前ちゃんはバスケ好きか?」
「すきっ。でも名前、すぐころぶから……おにいさんたちのバスケ見てる方がすき」
「そっか~、ありがとな!」
「あの、これ……おにいさんにあげる……」
名前はずっと手にしていた小ぶりの紙袋を沢北へと渡した。
その中には、こじんまりとした可愛らしいヒマワリのミニブーケとハガキ程のサイズのメッセージカードが入っていた。
そのカードには、幼児がクレヨンで書いた、笑顔の坊主頭の人間がバスケットボールを持っていると思われる絵が描かれていた。そして、拙い文字で「がんばって」と書かれていた。
たくさんの色を使い、子どもながらに精一杯真心を込めて描かれたとわかる、そんな微笑ましい絵だった。受け取った沢北にも、その温かみが伝わった。
「すげえ、これ俺じゃん!
名前ちゃんが描いたのか?名前ちゃん、お絵かき上手なんだな」
沢北が満面の笑顔で名前の絵を褒めると、それまでずっとモジモジとしていた名前が、嬉しさでパァァと小ぶりなヒマワリに負けないくらいの明るい笑顔へと変わっていった。
「名前、おとなになったらバスケの絵本つくりたいんだ!」
「おっ、いいじゃん!こんだけ上手なら大丈夫だぞ~。
じゃあ、お兄さんはアメリカでカッコ良いバスケの選手になるから、お姉さんになった名前ちゃんはバスケの絵本作るって約束しような?」
「うんっ、やくそく!」
名前が爛々とした瞳で夢を語ると、沢北は約束のしるしとして、ニカッと笑いながら大きな小指を名前へと差し出した。目を細めて嬉しそうにニコニコと笑う名前は、小さく柔らかな小指をきゅっと絡ませた。
「そうだ、名前ちゃんは抱っこ好きか?」
「エージおにいさん、抱っこしてくれるの?」
続けて沢北は、名前を抱っこしようとした。
すると、名前のくりっとしたドングリ眼は星のようにキラキラと輝いた。
「いいぞ、ほれっ」
「わあ、たかい!」
そして名前はひょいっとお尻を支えられ、高く抱き抱えられた。
沢北の顔が間近になった名前は、手を伸ばして沢北の坊主頭をぺたぺたと触った。
「エージおにいさん、あたまじょりじょり~」
「名前ちゃん、それはちょっとくすぐったいぞ~?」
「あらあら……」
母親がそんな2人の様子を微笑ましく見守る。
沢北が片手で名前の頭をポンポンと優しく撫でると、名前はぎゅっと沢北にしがみついた。
「エージおにいさん、だいすきっ!」
大好きな憧れのお兄さんに抱きしめられ、名前は至福の時間を過ごした。
沢北も、一身に憧れを向けてくれる小さな名前の姿に癒された。
名前にとっては名残惜しいが、二人の時間はこれで終わりだった。沢北は午後にも練習を控えていて、昼食も取らなければいけない。
沢北が抱き抱えていた名前を下ろすと、名前は母親に呼ばれて戻って行った。
「沢北くん、ありがとうございました。これからも応援してますね」
「エージおにいさん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございました!じゃあな、名前ちゃん。名前ちゃんの絵本、楽しみにしてるぞ~」
沢北は別れ際にもしゃがみこんで名前に目線を合わせ、笑顔で手を振った。名前も、笑顔でブンブンと手を振りながら歩いた。
「お兄さん優しかったね。よかったね、名前」
「うん……」
最後に沢北と笑顔でお別れをした名前だったが、帰り道で、名前は寂しさを抑えきれずポロポロと涙を零した。
そして、沢北と約束した夢を叶えようと幼心にも決意を固めた。
「沢北、お前またプレゼント貰ってるべ!」
「……小さい子どもからですよ」
紙袋を持って寮へと戻った沢北は河田からツッコまれたが、何やらいつになく優しげな表情を見せた。
幼い名前の純粋な気持ちは、沢北の心に暖かく沁み渡っていた。
名前の淡い初恋は実ることは無いが、名前の渡した小さなヒマワリは色が褪せて役目を終えるまで、沢北の寮の部屋に飾られる。
そしてきっと、名前が想いを込めて描いた絵は、沢北の大切な思い出としてこれからもずっと彼の元に残り続けることだろう。
【完】
そんな中、体育館2階の見学エリアから練習現場を見ている母子の姿があった。
バスケ部の見学はいつも自由解放されており、学外の人間が見に来ることは珍しい事ではなかった。母子以外にも、地域の住人らしき姿がポツポツと見られる。
午前練習の終了時間が近づくと、幼い少女を連れた母親が下に降りていき、堂本に話しかけた。
「あの、娘から沢北くんにプレゼントがあるのですが……直接お渡ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん大丈夫ですよ!練習終わったら沢北を呼ぶので入口で待っていてくださいね」
母親と見学に来ている幼い少女ーー名前は、沢北のファンの一人であった。
山王バスケ部の輝かしい功績から、近年では山王の周辺地域ではバスケでの街づくりが活性化しており、街中にはバスケットゴールが各所に配置され、子どもたちのミニバスチームが盛んに活動している。
年に1度、山王カップたる強豪高校チームを集めたイベントも催されていて、その時期には地元住人や観光客で盛り上がりを見せていた。
そんな事情もあり山王バスケ部は、地域のバスケ好きな子供達から憧憬の眼差しを向けられていた。
その中でも抜群にセンスのあるエースで、更に華のある沢北は子供達にとってはちょっとしたヒーローであった。
ちなみに、やんちゃな男の子からは大きくて力強い河田が人気を誇っている。
名前は、そんな山王の町に生まれ育って数年の子供。町のちょっとしたヒーローである沢北に対して憧れと、小さな初恋の気持ちを抱いていた。
人知れず小さな子供からそんな想いを向けられている沢北は、午前練習が終わると母子の元へと駆け寄った。
「こんにちはー!お待たせしました」
「こんにちは、沢北くん。
忙しいところごめんなさいね。娘が沢北くんの大ファンなんです。
それで沢北くんがもうすぐアメリカに行くって知って、寂しがっちゃって……。今日はご挨拶に来ました」
バスケ部員は地域の人間に礼儀正しく接するよう、厳しく指導されている。そんな沢北が元気よく挨拶をすると、恐らく堂本と同世代くらいと思われる年頃の母親は、背の高い沢北を見上げながら丁寧に事情を説明した。
しかし、恐らく5歳児くらいと思われる小さな名前は、ずっと母親の後ろに隠れこんで沢北の前へと姿を表さなかった。
「あらあら~、沢北くんがあまりにカッコイイからこの子恥ずかしがっちゃって……。
ほらっ、ちゃんとお兄さんにあいさつしなさい!」
母親から強く言われ、隠れこんでいた名前がおずおずと母親の横に並ぶと、沢北はしゃがみこんで幼い少女へと目線を合わせてあげた。
憧れの沢北を目の前にした名前は、モジモジとした様子で向き合った。
「エージおにいさん、こんにちは……」
「こんにちは。君、名前なんて言うの?」
「名前……」
「名前ちゃんか、カワイイ名前だな!」
沢北が人当たりの良いニコニコとした笑顔でそのように言うと、ほんのりと赤みがかっていた名前の頬が、ますますポッと赤く染まった。
「名前ちゃんはバスケ好きか?」
「すきっ。でも名前、すぐころぶから……おにいさんたちのバスケ見てる方がすき」
「そっか~、ありがとな!」
「あの、これ……おにいさんにあげる……」
名前はずっと手にしていた小ぶりの紙袋を沢北へと渡した。
その中には、こじんまりとした可愛らしいヒマワリのミニブーケとハガキ程のサイズのメッセージカードが入っていた。
そのカードには、幼児がクレヨンで書いた、笑顔の坊主頭の人間がバスケットボールを持っていると思われる絵が描かれていた。そして、拙い文字で「がんばって」と書かれていた。
たくさんの色を使い、子どもながらに精一杯真心を込めて描かれたとわかる、そんな微笑ましい絵だった。受け取った沢北にも、その温かみが伝わった。
「すげえ、これ俺じゃん!
名前ちゃんが描いたのか?名前ちゃん、お絵かき上手なんだな」
沢北が満面の笑顔で名前の絵を褒めると、それまでずっとモジモジとしていた名前が、嬉しさでパァァと小ぶりなヒマワリに負けないくらいの明るい笑顔へと変わっていった。
「名前、おとなになったらバスケの絵本つくりたいんだ!」
「おっ、いいじゃん!こんだけ上手なら大丈夫だぞ~。
じゃあ、お兄さんはアメリカでカッコ良いバスケの選手になるから、お姉さんになった名前ちゃんはバスケの絵本作るって約束しような?」
「うんっ、やくそく!」
名前が爛々とした瞳で夢を語ると、沢北は約束のしるしとして、ニカッと笑いながら大きな小指を名前へと差し出した。目を細めて嬉しそうにニコニコと笑う名前は、小さく柔らかな小指をきゅっと絡ませた。
「そうだ、名前ちゃんは抱っこ好きか?」
「エージおにいさん、抱っこしてくれるの?」
続けて沢北は、名前を抱っこしようとした。
すると、名前のくりっとしたドングリ眼は星のようにキラキラと輝いた。
「いいぞ、ほれっ」
「わあ、たかい!」
そして名前はひょいっとお尻を支えられ、高く抱き抱えられた。
沢北の顔が間近になった名前は、手を伸ばして沢北の坊主頭をぺたぺたと触った。
「エージおにいさん、あたまじょりじょり~」
「名前ちゃん、それはちょっとくすぐったいぞ~?」
「あらあら……」
母親がそんな2人の様子を微笑ましく見守る。
沢北が片手で名前の頭をポンポンと優しく撫でると、名前はぎゅっと沢北にしがみついた。
「エージおにいさん、だいすきっ!」
大好きな憧れのお兄さんに抱きしめられ、名前は至福の時間を過ごした。
沢北も、一身に憧れを向けてくれる小さな名前の姿に癒された。
名前にとっては名残惜しいが、二人の時間はこれで終わりだった。沢北は午後にも練習を控えていて、昼食も取らなければいけない。
沢北が抱き抱えていた名前を下ろすと、名前は母親に呼ばれて戻って行った。
「沢北くん、ありがとうございました。これからも応援してますね」
「エージおにいさん、ありがとう!」
「こちらこそ、ありがとうございました!じゃあな、名前ちゃん。名前ちゃんの絵本、楽しみにしてるぞ~」
沢北は別れ際にもしゃがみこんで名前に目線を合わせ、笑顔で手を振った。名前も、笑顔でブンブンと手を振りながら歩いた。
「お兄さん優しかったね。よかったね、名前」
「うん……」
最後に沢北と笑顔でお別れをした名前だったが、帰り道で、名前は寂しさを抑えきれずポロポロと涙を零した。
そして、沢北と約束した夢を叶えようと幼心にも決意を固めた。
「沢北、お前またプレゼント貰ってるべ!」
「……小さい子どもからですよ」
紙袋を持って寮へと戻った沢北は河田からツッコまれたが、何やらいつになく優しげな表情を見せた。
幼い名前の純粋な気持ちは、沢北の心に暖かく沁み渡っていた。
名前の淡い初恋は実ることは無いが、名前の渡した小さなヒマワリは色が褪せて役目を終えるまで、沢北の寮の部屋に飾られる。
そしてきっと、名前が想いを込めて描いた絵は、沢北の大切な思い出としてこれからもずっと彼の元に残り続けることだろう。
【完】
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