動作異常なし【未完】
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【2.修理費用無料】
「うーん、参ったなあ……。」
2年生に上がり立ての、のどかな気候の春日和。この日の放課後、舞い散った桜の花びらがところどころに落ちている自転車置き場の前で、私は1人で立ちすくんでいた。
目の前の、毎日使っている私の足……自転車が動かなくなってしまっていた。
簡単なタイヤのパンク修理くらいなら、1年の時の工業基礎の授業で少しやったから、工務室から修理キットを借りてパンク修理を試みたのだけれど。授業の通りにやってみても、直る様子がなかった。
もしかしたら今回は変速機やチェーンにも異常があるのかもしれず、そこまで深く自転車修理を学んでいない私には打つ手が無かった。
仕方ないなあ、今日は引いて帰るか……。それとも、自転車は置いて歩いて帰って、明日先生に見てもらおうあ?でも先生だって忙しいし、期待するのも悪いかな。
ここは工業高校だから、このタイミングで誰か暇してて自転車直せる人が通ってくれたりしたらラッキーなんだけどなあ……。
そんな他力本願なことを考えていると、後ろから男子の声が聞こえてきた。
「どうしたベシ?」
その人は、落ち着きはらった声調に反するような、気の抜ける不思議な語尾を付けて話しかけてきた。
私が声のした方向へくるっと振り向くと、その相手はバスケ部員の深津くんだった。
深津くんと私は科も違うし、話したことは一度もないけれど、バスケ部の試合をよく見に行っている私は、一方的に深津くんのことを知っていた。
そして、深津くんの不思議な語尾のことは、同じ電気科の一之倉くんが話しているのを聞いたことがある。
私はこの状況にして内心、(ベシ……?一之倉くんが言ってたのはこのことだったんだ~。)と、妙な納得をしてしまった。
冷静で落ち着いた雰囲気を纏う深津くんの姿と、おちゃめな語尾とのギャップは、確かに目の当たりすると素っ頓狂なおかしさがある。
「深津くん、ですよね……?どうしてここに?」
「君が何か困ってそうなのが見えたベシ。その自転車、壊れたベシ?」
「えっ、う、うん……。」
深津くんは自転車の前で突っ立って困った様子の私を見かけて、声をかけてくれたとの事だった。
私はそんな深津くんの優しさに、ほんのわずかだけれどなんだか胸の鼓動が早くなった気がした。
……でも、深津くんが優しいのはけして私に気があるからだとか、そういう訳では無いと言うのはわかっていた。
なぜそう言いきれるのかと言うと、バスケ部員は山王工業の看板として、普段から模範的な生徒となることを指導されている。規律や道徳に厳しい部活なのだ。いつも町ぐるみで応援されている彼らは、バスケでの活躍だけではなく人間性も注視されていた。
だから、困っている私を見て無視できなかったのだと思う……と、いうことだ。
「ちょっと見てみるベシ。」
深津くんはそのように言うと、私の自転車の前にしゃがみこんで確認をした。
機械科の生徒は、電気科よりも自転車修理を詳しく学ぶとどこかで聞いたことがある。深津くんは機械科だから、私よりも自転車に詳しいのだろう。
「ああ、これくらいならすぐ直せるベシ。」
「そ、そんな……申し訳ないです!深津くん、今日もきっと練習ありますよね?」
「まだ時間はあるから。少し待っててベシ。」
そうして深津くんは、私が持ってきていた修理キットを使って、目の前で手際よくテキパキと自転車を直してしまった。おまけに、少しだけキレイにしてくれた。
この間、私は徐々に少しずつ自分の鼓動がさっきよりも早く、激しく脈を打っていくのを感じていた。自転車を直してくれている深津くんの姿が、バスケの時と勝るとも劣らないくらいかっこよく見えてしまっていた。
「はい。これで大丈夫ベシ。」
「わあ、ありがとうございます!深津くん……。」
「気にしなくていいベシ。」
…… あの深津くんが、私のためにわざわざ貴重な時間を割いて自転車を直してくれた。それは、きっと彼にとっては困ってる人を助けるのは当然という、見返りなんか何も求めていない純粋な親切心だった。
でも、私が深津くんに夢中になってしまうのには十分すぎるきっかけだった。
私のお礼に対してさらっと軽く返事をした深津くんは、そのまま背中を向けて去っていこうとした。
「あ……あの、深津くん!」
「ん?」
せっかくこんな機会が訪れたのに、このまま何も言わないでお別れしてしまうのはどうしても心残りだった。
去りゆく深津くんを私が慌てて呼び止めると、深津くんはキョトンとした様子で振り返った。
「私、電気科の名字名前です!
えっと……深津くんのお部屋の電化製品が壊れたら、いつでも私を呼んでください!」
「うん、知ってたベシ。電気科の名字さん。」
とにかく、何でもいいから何か、何かを言わなきゃ!と、託された少ない時間の中で必死に思考を巡らせて出てきた言葉。それを深津くんへ勢いのままに伝えてしまった。
……これが、その時の私なりの精一杯のアピールだった。 後から思い返すと、どこぞの電気屋さんの営業マンだ?といった感じだけれど。
そしてさり気なく、私が学年内に数える程しかいない女子生徒だからなのか、深津くんは私のことを知っていてくれた。
だからと言って決して、私のことを意識してくれているわけでは無いのだろうけれど……知られていたという事実が妙にドキドキしてしまい、高鳴る鼓動がいつまで経っても落ち着かなかった。
「わああーーーっ!!」
「なにあのお姉ちゃん、ダッサ……。」
そんな感じで、ホヤホヤとした気持ちのままで深津くんに直してもらった自転車で帰路を進んだ私は、危うく電信柱に激突しそうになってキキィと急ブレーキをして、通りすがりの子供に呆れられたりもした。
……せっかく直してもらった自転車ごと、田んぼに落っこちたりしなくて本当によかった。
ーーそしてこれは、余談なのだけれど。
深津くんと付き合った後にバスケ部員たちから聞いた話では、この日の深津くんは練習まで時間があると言っていたけれど、実は遅刻をしてしまっていたらしい。
「深津、何かあったのか?」
「自転車直してましたベシ。」
人助けという事情はあるのに新入生に示しがつかないと怒られて、こっ酷く走らされたとのことだった。
私のためにそんなことになっていたなんて、そんなのますます好きになっちゃうじゃないですか深津くん!
【次回に続く】
「うーん、参ったなあ……。」
2年生に上がり立ての、のどかな気候の春日和。この日の放課後、舞い散った桜の花びらがところどころに落ちている自転車置き場の前で、私は1人で立ちすくんでいた。
目の前の、毎日使っている私の足……自転車が動かなくなってしまっていた。
簡単なタイヤのパンク修理くらいなら、1年の時の工業基礎の授業で少しやったから、工務室から修理キットを借りてパンク修理を試みたのだけれど。授業の通りにやってみても、直る様子がなかった。
もしかしたら今回は変速機やチェーンにも異常があるのかもしれず、そこまで深く自転車修理を学んでいない私には打つ手が無かった。
仕方ないなあ、今日は引いて帰るか……。それとも、自転車は置いて歩いて帰って、明日先生に見てもらおうあ?でも先生だって忙しいし、期待するのも悪いかな。
ここは工業高校だから、このタイミングで誰か暇してて自転車直せる人が通ってくれたりしたらラッキーなんだけどなあ……。
そんな他力本願なことを考えていると、後ろから男子の声が聞こえてきた。
「どうしたベシ?」
その人は、落ち着きはらった声調に反するような、気の抜ける不思議な語尾を付けて話しかけてきた。
私が声のした方向へくるっと振り向くと、その相手はバスケ部員の深津くんだった。
深津くんと私は科も違うし、話したことは一度もないけれど、バスケ部の試合をよく見に行っている私は、一方的に深津くんのことを知っていた。
そして、深津くんの不思議な語尾のことは、同じ電気科の一之倉くんが話しているのを聞いたことがある。
私はこの状況にして内心、(ベシ……?一之倉くんが言ってたのはこのことだったんだ~。)と、妙な納得をしてしまった。
冷静で落ち着いた雰囲気を纏う深津くんの姿と、おちゃめな語尾とのギャップは、確かに目の当たりすると素っ頓狂なおかしさがある。
「深津くん、ですよね……?どうしてここに?」
「君が何か困ってそうなのが見えたベシ。その自転車、壊れたベシ?」
「えっ、う、うん……。」
深津くんは自転車の前で突っ立って困った様子の私を見かけて、声をかけてくれたとの事だった。
私はそんな深津くんの優しさに、ほんのわずかだけれどなんだか胸の鼓動が早くなった気がした。
……でも、深津くんが優しいのはけして私に気があるからだとか、そういう訳では無いと言うのはわかっていた。
なぜそう言いきれるのかと言うと、バスケ部員は山王工業の看板として、普段から模範的な生徒となることを指導されている。規律や道徳に厳しい部活なのだ。いつも町ぐるみで応援されている彼らは、バスケでの活躍だけではなく人間性も注視されていた。
だから、困っている私を見て無視できなかったのだと思う……と、いうことだ。
「ちょっと見てみるベシ。」
深津くんはそのように言うと、私の自転車の前にしゃがみこんで確認をした。
機械科の生徒は、電気科よりも自転車修理を詳しく学ぶとどこかで聞いたことがある。深津くんは機械科だから、私よりも自転車に詳しいのだろう。
「ああ、これくらいならすぐ直せるベシ。」
「そ、そんな……申し訳ないです!深津くん、今日もきっと練習ありますよね?」
「まだ時間はあるから。少し待っててベシ。」
そうして深津くんは、私が持ってきていた修理キットを使って、目の前で手際よくテキパキと自転車を直してしまった。おまけに、少しだけキレイにしてくれた。
この間、私は徐々に少しずつ自分の鼓動がさっきよりも早く、激しく脈を打っていくのを感じていた。自転車を直してくれている深津くんの姿が、バスケの時と勝るとも劣らないくらいかっこよく見えてしまっていた。
「はい。これで大丈夫ベシ。」
「わあ、ありがとうございます!深津くん……。」
「気にしなくていいベシ。」
…… あの深津くんが、私のためにわざわざ貴重な時間を割いて自転車を直してくれた。それは、きっと彼にとっては困ってる人を助けるのは当然という、見返りなんか何も求めていない純粋な親切心だった。
でも、私が深津くんに夢中になってしまうのには十分すぎるきっかけだった。
私のお礼に対してさらっと軽く返事をした深津くんは、そのまま背中を向けて去っていこうとした。
「あ……あの、深津くん!」
「ん?」
せっかくこんな機会が訪れたのに、このまま何も言わないでお別れしてしまうのはどうしても心残りだった。
去りゆく深津くんを私が慌てて呼び止めると、深津くんはキョトンとした様子で振り返った。
「私、電気科の名字名前です!
えっと……深津くんのお部屋の電化製品が壊れたら、いつでも私を呼んでください!」
「うん、知ってたベシ。電気科の名字さん。」
とにかく、何でもいいから何か、何かを言わなきゃ!と、託された少ない時間の中で必死に思考を巡らせて出てきた言葉。それを深津くんへ勢いのままに伝えてしまった。
……これが、その時の私なりの精一杯のアピールだった。 後から思い返すと、どこぞの電気屋さんの営業マンだ?といった感じだけれど。
そしてさり気なく、私が学年内に数える程しかいない女子生徒だからなのか、深津くんは私のことを知っていてくれた。
だからと言って決して、私のことを意識してくれているわけでは無いのだろうけれど……知られていたという事実が妙にドキドキしてしまい、高鳴る鼓動がいつまで経っても落ち着かなかった。
「わああーーーっ!!」
「なにあのお姉ちゃん、ダッサ……。」
そんな感じで、ホヤホヤとした気持ちのままで深津くんに直してもらった自転車で帰路を進んだ私は、危うく電信柱に激突しそうになってキキィと急ブレーキをして、通りすがりの子供に呆れられたりもした。
……せっかく直してもらった自転車ごと、田んぼに落っこちたりしなくて本当によかった。
ーーそしてこれは、余談なのだけれど。
深津くんと付き合った後にバスケ部員たちから聞いた話では、この日の深津くんは練習まで時間があると言っていたけれど、実は遅刻をしてしまっていたらしい。
「深津、何かあったのか?」
「自転車直してましたベシ。」
人助けという事情はあるのに新入生に示しがつかないと怒られて、こっ酷く走らされたとのことだった。
私のためにそんなことになっていたなんて、そんなのますます好きになっちゃうじゃないですか深津くん!
【次回に続く】
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