動作異常なし【未完】
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【1.高電圧試験】
「お前ら~、この実習のレポートは来週までに提出だからな。忘れんなよー!」
「うぃーっす。」
キンコンと授業の終わりを告げる軽快なチャイムの音が鳴り、4限目が終わったばかりのお昼休みの始まり。電子回路設計の実習を終えて、はんだごてが鉛を溶かして焼け焦げる匂いがまだ私たちの鼻腔から離れない。
怪我をしないように集中して取り組んだ実習のひと仕事を終えて、作業着を脱いで教室へと戻るといい感じにお腹が空いてきた私は、小さな弁当箱と大きな弁当箱の2つが入った手提げ袋を机の上に出した。
「ふぅ。名前ちゃん、疲れたね~。」
「名前、うちらは今日は食堂行くよ。」
「ごめんね、私は今日は……。」
いつもお昼を共に過ごす友人たちが今日も誘ってくれたけれど、あいにく今日の私には大切な約束があった。
ただでさえ女子の少ない工業高校の中で、この3年の電気科のクラスには私と彼女たちの3人しか女子はいない。
そんな貴重な女子の友人の誘いを、私が申し訳なさそうな表情で断ると、彼女たちはすぐに事情を察してくれた。
「あ、そうだったー!名前ちゃんは今日は深津くんとお弁当の日だったね。」
「う、うん……。」
「もう、嬉しそうにしちゃって~。このこのっ!」
「あはは……。」
私とバスケ部の深津くんは、今より3ヶ月ほど前の、2年の冬の頃に付き合い始めた。ドキドキと浮き足立つ様子を隠さない私を、2人は微笑ましくニヤニヤと笑ったりイタズラそうに肘で小突く。
私は電気科、深津くんは機械科で3年間クラスが違う。そんな私たちが毎週水曜日は一緒にお昼を過ごすというのは、お互いの友人にはよく知られた話だった。
『深津くん、ワガママ言ってもいい?』
『ピョン?』
『私がお弁当用意するから、週に一回は一緒にお昼食べれたりしないかな?』
『名字さんがそれでいいなら問題ないピョン。』
寮生活の深津くんはいつもお昼をバスケ部の仲間たちと食堂で過ごしていた。
だから付き合い始めたばかりの頃に、なんとかして忙しい深津くんとゆっくり過ごす時間が欲しいと思った私は、口実として水曜日だけは私が2人分のお弁当を用意することにした。
私は電気科目の教科委員長だった。だから電気科の準備室を委員長の権限で支障が出ない程度に好きに使わせてもらい、水曜日だけは、少しはんだ付けの焦げ臭さのある準備室という独特の空間の中、2人きりで過ごしているのだ。
私は元々料理は全然得意ではないし、包丁よりも電工ナイフの扱いの方がまだ自信があったけれど……ケーブルの被覆は線を傷つけることなく取れるのに、最初の頃はなぜかネギもキュウリも切ったら全部繋がってしまっていた。でも、深津くんとの時間を作るためならばお弁当作りは苦ではなかった。
「今日のお弁当、深津くんに満足して貰えるといいなあ……。」
電気科準備室に先に1人で着いた私は、向き合った長机の上に2人分のお弁当を広げて準備をした。
そして少し時間を置いて、ガラガラと扉が開かれた。
「名字さん、お待たせピョン。」
「深津くん!お疲れ様っ!」
いつもの事だけれど、準備室の扉を開けて入ってくる深津くんの姿を見ると毎回心が弾んだ。私は、この瞬間に毎週決して得意ではないお弁当作りを必死で頑張ってよかったと思える。それほどの満足感だった。きっと、今の私の目はキラキラと輝いていると思う。
そして、中へと入ってきた深津くんからは微かだけれど、機械油の匂いを感じた。
「深津くん、もしかしてさっきまで、旋盤か何かの実習だった?」
「そうだピョン。よく気づいたピョン。」
「うん。来るの遅かったし、少しだけ機械油の匂いがしたような気がしたから。
あ、決して悪い意味じゃないからね!むしろ……いや、やっぱりなんでもない!」
若干オイルの匂いの残る深津くんに、実習に真剣に取り組む彼の姿をつい連想してしまい妙にドキドキしてしまう私だったけれど、さすがにそれをそのまま伝えるのは気持ち悪く思われるかな……と考え、すんでのところで黙秘した。
……まあそれでも十分、挙動不審だとは思うけれど。
「あっ。」
「ん?どうしたの深津くん。」
「名字さん、いいからじっとしててピョン。」
「えっ……。」
そんな怪しい私に対して深津くんは急に、何やら神妙な顔つきで近づいてきた。
え、この真剣な空気はまさかとは思うけれど、キスをする流れなのでは……!?
こちらに向かって腕を伸ばす深津くんの姿が、私の頭の中ではなぜだかスローモーションに映る。
(ええっ、そんな急に耐圧試験もなしに高電圧を流そうとしちゃダメですよ深津くん!それはさすがに私の心臓の定格電圧V=√(P×R)を大幅にオーバーしてしまいます!
ああ、このままでは過負荷(オーバーロード)による断線の危機ッ……!大事故爆発が……!)
そんな風に心の中でわたわたと焦った私は思わず目をギュッと瞑った。ちなみに、この間ものの2秒足らずである。
すると、深津くんの手がそっと私の髪に優しく触れ……そして特にそれ以上何も起こらなかった。
「……ん?」
恐る恐るギュッと閉じていた目を開くと、深津くんの指先には小さなコイルの破片が握られていた。
「名字さんも前の時間実習だったピョン?コイルの切れ端が付いてたピョン。」
「わわ~、はずかしい……。」
「わかるピョン。俺もよく切粉は紛れるピョン。」
私は1人で勝手にいい雰囲気だと勘違いしてしまった空回りっぷりと、ゴミが付いていたことの、二重の意味で恥ずかしくなってしまった。
ちなみに私は先週も、制服に引っ付いていたケーブルの被覆を取ってもらっている。今更ながら、ずいぶんと間抜けな女だと思われているのではないだろうか……。
そのうえ、なんとこのタイミングでグゥゥ……という色気のかけらもないお腹の音が鳴ってしまったのである。
「あわわ……!」
「名字さん、待ってなくても先に食べててよかったのに。ピョン。」
「ううっ、呆れないでね?深津くん……。」
恥の上塗りで顔が赤くなって、思わず心身ともにしなしなになりそうな私だったけれど、深津くんもきっと私同様にお腹が空いていることだろう。うだうだしている場合ではなく、早く電力供給……じゃなかった。一緒にご飯を食べてしまおうと切り替えた。
「さっ、早く食べちゃお!いただきまーす。」
「いただきますピョン。」
こうしてもぐもぐとお弁当を食べ始めて、私は深津くんへのとある用件を急にハッと思い出した。
「そうだ、これ、お母さんが深津くんにって。」
「名字さんのおふくろさん、いつも気を遣ってもらって悪いピョン。」
私のお母さんは深津くんのことをとても気に入っていて、しばしば私に差し入れを持たせていた。
というのも、この山王工業高校の周辺地域では、ずっと町ぐるみで一体となって日本一のバスケ部を応援している。
私の実家はこの高校から近かったため、例に漏れず私と家族は昔から山王のバスケ部には馴染みがあった。
だから、私に初めてできた彼氏が『あの』バスケ部のキャプテンの深津くんだと家族が知った時は、それはもうどんちゃん騒ぎだった。
お父さんは「名前……なんて大物を捕まえてきたんだ!?」と信じられないと言った表情で驚嘆して、お母さんには「奇跡だわ。絶ッ対に深津くんを逃がすんじゃないよ……。」と鋭い眼光で釘を刺された。心なしか飼い猫の瞳まで爛々としていた気がする。
そしてお母さんはいつか深津くんがうちの実家に訪れる時のために、美味しい最高級玉露のお茶と銘菓を調査し始めた。
ご近所さんにも、「名字さんちの名前ちゃんはあのバスケ部のキャプテンと付き合っているらしい。」などと噂になっているとのことだった。
……ところで。なぜ私と、そんなバスケ部のスター選手の一人である深津くんが付き合っていて、こんな時間を過ごせているかと言うと。
最初のきっかけは、2年生になったばかりの時の事だった。
【次回へ続く】
「お前ら~、この実習のレポートは来週までに提出だからな。忘れんなよー!」
「うぃーっす。」
キンコンと授業の終わりを告げる軽快なチャイムの音が鳴り、4限目が終わったばかりのお昼休みの始まり。電子回路設計の実習を終えて、はんだごてが鉛を溶かして焼け焦げる匂いがまだ私たちの鼻腔から離れない。
怪我をしないように集中して取り組んだ実習のひと仕事を終えて、作業着を脱いで教室へと戻るといい感じにお腹が空いてきた私は、小さな弁当箱と大きな弁当箱の2つが入った手提げ袋を机の上に出した。
「ふぅ。名前ちゃん、疲れたね~。」
「名前、うちらは今日は食堂行くよ。」
「ごめんね、私は今日は……。」
いつもお昼を共に過ごす友人たちが今日も誘ってくれたけれど、あいにく今日の私には大切な約束があった。
ただでさえ女子の少ない工業高校の中で、この3年の電気科のクラスには私と彼女たちの3人しか女子はいない。
そんな貴重な女子の友人の誘いを、私が申し訳なさそうな表情で断ると、彼女たちはすぐに事情を察してくれた。
「あ、そうだったー!名前ちゃんは今日は深津くんとお弁当の日だったね。」
「う、うん……。」
「もう、嬉しそうにしちゃって~。このこのっ!」
「あはは……。」
私とバスケ部の深津くんは、今より3ヶ月ほど前の、2年の冬の頃に付き合い始めた。ドキドキと浮き足立つ様子を隠さない私を、2人は微笑ましくニヤニヤと笑ったりイタズラそうに肘で小突く。
私は電気科、深津くんは機械科で3年間クラスが違う。そんな私たちが毎週水曜日は一緒にお昼を過ごすというのは、お互いの友人にはよく知られた話だった。
『深津くん、ワガママ言ってもいい?』
『ピョン?』
『私がお弁当用意するから、週に一回は一緒にお昼食べれたりしないかな?』
『名字さんがそれでいいなら問題ないピョン。』
寮生活の深津くんはいつもお昼をバスケ部の仲間たちと食堂で過ごしていた。
だから付き合い始めたばかりの頃に、なんとかして忙しい深津くんとゆっくり過ごす時間が欲しいと思った私は、口実として水曜日だけは私が2人分のお弁当を用意することにした。
私は電気科目の教科委員長だった。だから電気科の準備室を委員長の権限で支障が出ない程度に好きに使わせてもらい、水曜日だけは、少しはんだ付けの焦げ臭さのある準備室という独特の空間の中、2人きりで過ごしているのだ。
私は元々料理は全然得意ではないし、包丁よりも電工ナイフの扱いの方がまだ自信があったけれど……ケーブルの被覆は線を傷つけることなく取れるのに、最初の頃はなぜかネギもキュウリも切ったら全部繋がってしまっていた。でも、深津くんとの時間を作るためならばお弁当作りは苦ではなかった。
「今日のお弁当、深津くんに満足して貰えるといいなあ……。」
電気科準備室に先に1人で着いた私は、向き合った長机の上に2人分のお弁当を広げて準備をした。
そして少し時間を置いて、ガラガラと扉が開かれた。
「名字さん、お待たせピョン。」
「深津くん!お疲れ様っ!」
いつもの事だけれど、準備室の扉を開けて入ってくる深津くんの姿を見ると毎回心が弾んだ。私は、この瞬間に毎週決して得意ではないお弁当作りを必死で頑張ってよかったと思える。それほどの満足感だった。きっと、今の私の目はキラキラと輝いていると思う。
そして、中へと入ってきた深津くんからは微かだけれど、機械油の匂いを感じた。
「深津くん、もしかしてさっきまで、旋盤か何かの実習だった?」
「そうだピョン。よく気づいたピョン。」
「うん。来るの遅かったし、少しだけ機械油の匂いがしたような気がしたから。
あ、決して悪い意味じゃないからね!むしろ……いや、やっぱりなんでもない!」
若干オイルの匂いの残る深津くんに、実習に真剣に取り組む彼の姿をつい連想してしまい妙にドキドキしてしまう私だったけれど、さすがにそれをそのまま伝えるのは気持ち悪く思われるかな……と考え、すんでのところで黙秘した。
……まあそれでも十分、挙動不審だとは思うけれど。
「あっ。」
「ん?どうしたの深津くん。」
「名字さん、いいからじっとしててピョン。」
「えっ……。」
そんな怪しい私に対して深津くんは急に、何やら神妙な顔つきで近づいてきた。
え、この真剣な空気はまさかとは思うけれど、キスをする流れなのでは……!?
こちらに向かって腕を伸ばす深津くんの姿が、私の頭の中ではなぜだかスローモーションに映る。
(ええっ、そんな急に耐圧試験もなしに高電圧を流そうとしちゃダメですよ深津くん!それはさすがに私の心臓の定格電圧V=√(P×R)を大幅にオーバーしてしまいます!
ああ、このままでは過負荷(オーバーロード)による断線の危機ッ……!大事故爆発が……!)
そんな風に心の中でわたわたと焦った私は思わず目をギュッと瞑った。ちなみに、この間ものの2秒足らずである。
すると、深津くんの手がそっと私の髪に優しく触れ……そして特にそれ以上何も起こらなかった。
「……ん?」
恐る恐るギュッと閉じていた目を開くと、深津くんの指先には小さなコイルの破片が握られていた。
「名字さんも前の時間実習だったピョン?コイルの切れ端が付いてたピョン。」
「わわ~、はずかしい……。」
「わかるピョン。俺もよく切粉は紛れるピョン。」
私は1人で勝手にいい雰囲気だと勘違いしてしまった空回りっぷりと、ゴミが付いていたことの、二重の意味で恥ずかしくなってしまった。
ちなみに私は先週も、制服に引っ付いていたケーブルの被覆を取ってもらっている。今更ながら、ずいぶんと間抜けな女だと思われているのではないだろうか……。
そのうえ、なんとこのタイミングでグゥゥ……という色気のかけらもないお腹の音が鳴ってしまったのである。
「あわわ……!」
「名字さん、待ってなくても先に食べててよかったのに。ピョン。」
「ううっ、呆れないでね?深津くん……。」
恥の上塗りで顔が赤くなって、思わず心身ともにしなしなになりそうな私だったけれど、深津くんもきっと私同様にお腹が空いていることだろう。うだうだしている場合ではなく、早く電力供給……じゃなかった。一緒にご飯を食べてしまおうと切り替えた。
「さっ、早く食べちゃお!いただきまーす。」
「いただきますピョン。」
こうしてもぐもぐとお弁当を食べ始めて、私は深津くんへのとある用件を急にハッと思い出した。
「そうだ、これ、お母さんが深津くんにって。」
「名字さんのおふくろさん、いつも気を遣ってもらって悪いピョン。」
私のお母さんは深津くんのことをとても気に入っていて、しばしば私に差し入れを持たせていた。
というのも、この山王工業高校の周辺地域では、ずっと町ぐるみで一体となって日本一のバスケ部を応援している。
私の実家はこの高校から近かったため、例に漏れず私と家族は昔から山王のバスケ部には馴染みがあった。
だから、私に初めてできた彼氏が『あの』バスケ部のキャプテンの深津くんだと家族が知った時は、それはもうどんちゃん騒ぎだった。
お父さんは「名前……なんて大物を捕まえてきたんだ!?」と信じられないと言った表情で驚嘆して、お母さんには「奇跡だわ。絶ッ対に深津くんを逃がすんじゃないよ……。」と鋭い眼光で釘を刺された。心なしか飼い猫の瞳まで爛々としていた気がする。
そしてお母さんはいつか深津くんがうちの実家に訪れる時のために、美味しい最高級玉露のお茶と銘菓を調査し始めた。
ご近所さんにも、「名字さんちの名前ちゃんはあのバスケ部のキャプテンと付き合っているらしい。」などと噂になっているとのことだった。
……ところで。なぜ私と、そんなバスケ部のスター選手の一人である深津くんが付き合っていて、こんな時間を過ごせているかと言うと。
最初のきっかけは、2年生になったばかりの時の事だった。
【次回へ続く】
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