白眉の人
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「はぁ~!今日のドラマも最っ高に面白かった!
死せる孔明生ける仲達を走らす……。」
翔陽高校2年生の名字名前は三国志に入れ込んでいる少女である。
今夜も大好きな三国志の連続ドラマを視聴し、五丈原に散った諸葛孔明の魂を見て心打たれた名前は、出師の表を読んで孔明の忠誠心の厚さに涙を流さずにはいられなかった。
危急存亡の秋。三国志終盤の中でも指折りの見せ場が心に響き、未だにウットリと夢見心地な表情をしている。
そんな名前が三国志にハマったきっかけは、兄がやっていたファミコンのシミュレーションゲームだった。ゲーム内で再現された三国志の名シーンと、ドット絵で描かれた武将のグラフィックに、遊んでいるうちにズブズブと夢中になってしまったのである。
「名前ちゃん、最近可愛くなったよね?恋してるでしょ~!」
「うーん、恋なのかな?昨日は三国志のドラマ見てドキドキしてたけど。」
「うん、やっぱり名前ちゃん変わってるわ……。」
そんな三国志を愛する彼女の悩み。それは……周りにこの熱量を分かち合える仲間がいないことだった。
名前と同じクラスの女子はほとんど、自分の彼氏だったり、同じ学校のイケメン男子……中でも抜きん出て美形なバスケ部のエースの藤真や、華やかで若い男性アイドルやバンドマンに夢中だった。
しかし名前が青春を捧げているのは髭の生えた肖像画の、1800年以上も昔の太古のおっさん達であった。
当然、誰も彼女の趣味についていけなかった。
時折、横山光輝の漫画三国志を読んだ数人の生徒と三国志の話が出ることはあったが、名前ほどの熱量はなく、せいぜい「げえっ、関羽!」などの作中のセリフを出して戯れるだけだった。
名前はいつの日か、同志に会うことを願っていた。それこそ、桃の木の下で盃を交わせられるような。
次の日の放課後。名前はいつも通り、三国志の資料を図書室の一角で山積みにして座っていた。
そんな一人三国志ワールドを広げている怪しい名前の机に、果敢にも背格好の大きな男子生徒が近寄った。
「名字、ここ使っていいか?」
「花形くん!大丈夫だよ。」
相手は、名前のクラスメイトでありバスケ部の花形透だった。190センチを超える彼の背丈の高さは校内でも目立っており、名前は内心「三国志演義の関羽ってこのくらいなのかなあ。」などと勝手なことを思っていた。
「珍しいね。今日はバスケ部の練習無いの?」
全国強豪レベルの翔陽男子バスケ部の練習は、とにかくハードなことで知られている。
テスト期間以外では、本来ならば放課後のこの時間に、バスケ部員が制服姿で図書室にいることなどなかった。
三国志のために図書室の常連となっている名前も、テスト中以外ではバスケ部員を見かけるのは初めてだった。
「体育館が緊急点検で少し開始が遅れるんだ。勿体ないから宿題でも片そうと思ってな。」
そう言って名前の向かいに座った花形は、教科書と傍目から見ても綺麗に整った字だと判るノートを広げた。
花形は積み上げられた名前の周りの本をちらりと見た。
「しかし……名字は本当に三国志が好きだな。」
花形は少し苦笑した様子でそのように言った。
名前のカバンにはいつも三国志の武将をデフォルメしたマスコットが付いていて、調理実習には黄巾党のバンダナを頭巾にしていた。机の上には大抵何かしらの三国志の本が置いてあれば、手帳の表紙には「蒼天已死」と書いてある。
名前の三国志好きは、クラスではよく知られた話だった。
「うん……。花形くんは全然興味ない?やっぱり変って思うかな。」
「いいんじゃないか?よくは知らないがオレも興味無いわけじゃないぞ。
名字はなんでそんなに三国志が好きなんだ?」
少し寂しげに聞いてきた名前の姿を見て、花形は優しく話を広げることにした。
「一番心惹かれたのは一人一人の生き様かなあ……。この世の中には自分の命よりも大事なものがあるんだって思うと、胸が熱くなってきちゃって……。」
少しポッと頬を染めながらそう言った名前の姿は、まさに恋する花の女子高生そのものだった。
……別にその対象は片思いの相手というわけでもなく、いにしえのヒゲのオジサンたちなのだが。
「そうか。中でも誰がお気に入りなんだ?」
「有名なところなら曹操かな。
……でもいまハマってるのは陳羣とか、その辺りなんだけど。」
名前はやや言いずらそうに、でももしかしたら……校内でも秀才で知られる花形ならば、頭の片隅にある名前なのではないか、と淡く期待を抱いて自分の好きな文官の名前を出した。
「九品官人法の陳羣か。科挙の礎だな。」
「わ、さすが成績優秀な花形くん……!」
花形は名前の期待を裏切らなかった。
世界史の授業ではイマイチ存在感の薄い三国時代だが、その中でも重要となるポイントを花形はちゃんと押さえていた。
もしかしたら……いや確実に、彼だったらもう少し三国志を知っている。そんな確信を持った名前は少し突っ込んでみることにした。
「ねえねえ、花形くんは気になる人とかいたりするの!?」
……まるで恋バナでもしているかのような口振りだが、話題はあくまでも1800年以上も前の太古のオッサンについてである。
しかし、名前はいつになく目をキラキラとさせていた。
「そうだな。
孫呉の呂蒙の故事は面白いと思ったぞ。男子三日会わざれば刮目してみよ、ってやつ。」
「わかる、わかるよ~!いいよね花形くん!呉下の阿蒙にあらず、だね!」
名前は花形の答えに興奮してうんうん、と首を上下に揺らした。その興奮ぶりは、本当なら花形の手を取って力強く握手してしまいたい位の勢いだった。
「さすがに創作のようだが、夏侯惇の目の話も中々だと思ったな。」
「自分の目玉食べるやつだね~!」
名前はドラマで見た、グロテスクで過激なワンシーンを思い出して、なぜかその想像図とは相反するように一人で勝手にウットリと乙女の表情をしている。
更に話を聞きたいと思った名前だったが、さすがに花形の貴重な勉強時間を邪魔していることに気が付き、グッと耐えることにした。
「あの、花形くん、またよかったら今度お話してくれると嬉しいな。
私の三国志の話聞いてくれたの、花形くんだけだから嬉しくて……。ありがとう。」
初めて三国志に対する熱意をまともに受け止めて貰えた名前は、はにかんだ様子で花形へ感謝の気持ちを伝えた。
「はは、水を得た魚ってところか名字。」
「……そう、まさにそんな感じだよ!」
さりげなく故事を織り交ぜ、三国志を愛する名前への粋な計らいを見せた花形の親切心に、彼女は花のような笑顔を浮かべる。
「オレでよければいつでも聞くぞ。
三回も尋ねなくていいからな。」
「……!う、うん!!」
そう告げて花形は名前に対して優しく微笑むと、ようやく自分の宿題に向き合った。
「花形くん、練習頑張ってねー!」
今まで抱えていた孤独な気持ちから解放されてすっかり上機嫌な名前は、背景に大量の花を浮かべていそうなイキイキとした雰囲気で、図書室を去る花形に対してブンブンと手を振ったのだった。
翌日。
昼休みに黙々と本を読んでいる花形に向かって、藤真は話しかけた。
「花形、お前最近よく三国志読んでるよな。そんなに歴史好きだったか?」
「別に、世界史対策のついでだ。中々面白いぜ。」
「……ふーん。」
藤真は直感で何かを察したようだった。内心は「お前のクラスの名字って変わってるよな。」と言いたかった藤真だが、野暮だと思いあえて言及はしなかった。
まあがんばれよ秀才くん。と、心の中で断金の友の健闘を祈ったのだった。
【完】
死せる孔明生ける仲達を走らす……。」
翔陽高校2年生の名字名前は三国志に入れ込んでいる少女である。
今夜も大好きな三国志の連続ドラマを視聴し、五丈原に散った諸葛孔明の魂を見て心打たれた名前は、出師の表を読んで孔明の忠誠心の厚さに涙を流さずにはいられなかった。
危急存亡の秋。三国志終盤の中でも指折りの見せ場が心に響き、未だにウットリと夢見心地な表情をしている。
そんな名前が三国志にハマったきっかけは、兄がやっていたファミコンのシミュレーションゲームだった。ゲーム内で再現された三国志の名シーンと、ドット絵で描かれた武将のグラフィックに、遊んでいるうちにズブズブと夢中になってしまったのである。
「名前ちゃん、最近可愛くなったよね?恋してるでしょ~!」
「うーん、恋なのかな?昨日は三国志のドラマ見てドキドキしてたけど。」
「うん、やっぱり名前ちゃん変わってるわ……。」
そんな三国志を愛する彼女の悩み。それは……周りにこの熱量を分かち合える仲間がいないことだった。
名前と同じクラスの女子はほとんど、自分の彼氏だったり、同じ学校のイケメン男子……中でも抜きん出て美形なバスケ部のエースの藤真や、華やかで若い男性アイドルやバンドマンに夢中だった。
しかし名前が青春を捧げているのは髭の生えた肖像画の、1800年以上も昔の太古のおっさん達であった。
当然、誰も彼女の趣味についていけなかった。
時折、横山光輝の漫画三国志を読んだ数人の生徒と三国志の話が出ることはあったが、名前ほどの熱量はなく、せいぜい「げえっ、関羽!」などの作中のセリフを出して戯れるだけだった。
名前はいつの日か、同志に会うことを願っていた。それこそ、桃の木の下で盃を交わせられるような。
次の日の放課後。名前はいつも通り、三国志の資料を図書室の一角で山積みにして座っていた。
そんな一人三国志ワールドを広げている怪しい名前の机に、果敢にも背格好の大きな男子生徒が近寄った。
「名字、ここ使っていいか?」
「花形くん!大丈夫だよ。」
相手は、名前のクラスメイトでありバスケ部の花形透だった。190センチを超える彼の背丈の高さは校内でも目立っており、名前は内心「三国志演義の関羽ってこのくらいなのかなあ。」などと勝手なことを思っていた。
「珍しいね。今日はバスケ部の練習無いの?」
全国強豪レベルの翔陽男子バスケ部の練習は、とにかくハードなことで知られている。
テスト期間以外では、本来ならば放課後のこの時間に、バスケ部員が制服姿で図書室にいることなどなかった。
三国志のために図書室の常連となっている名前も、テスト中以外ではバスケ部員を見かけるのは初めてだった。
「体育館が緊急点検で少し開始が遅れるんだ。勿体ないから宿題でも片そうと思ってな。」
そう言って名前の向かいに座った花形は、教科書と傍目から見ても綺麗に整った字だと判るノートを広げた。
花形は積み上げられた名前の周りの本をちらりと見た。
「しかし……名字は本当に三国志が好きだな。」
花形は少し苦笑した様子でそのように言った。
名前のカバンにはいつも三国志の武将をデフォルメしたマスコットが付いていて、調理実習には黄巾党のバンダナを頭巾にしていた。机の上には大抵何かしらの三国志の本が置いてあれば、手帳の表紙には「蒼天已死」と書いてある。
名前の三国志好きは、クラスではよく知られた話だった。
「うん……。花形くんは全然興味ない?やっぱり変って思うかな。」
「いいんじゃないか?よくは知らないがオレも興味無いわけじゃないぞ。
名字はなんでそんなに三国志が好きなんだ?」
少し寂しげに聞いてきた名前の姿を見て、花形は優しく話を広げることにした。
「一番心惹かれたのは一人一人の生き様かなあ……。この世の中には自分の命よりも大事なものがあるんだって思うと、胸が熱くなってきちゃって……。」
少しポッと頬を染めながらそう言った名前の姿は、まさに恋する花の女子高生そのものだった。
……別にその対象は片思いの相手というわけでもなく、いにしえのヒゲのオジサンたちなのだが。
「そうか。中でも誰がお気に入りなんだ?」
「有名なところなら曹操かな。
……でもいまハマってるのは陳羣とか、その辺りなんだけど。」
名前はやや言いずらそうに、でももしかしたら……校内でも秀才で知られる花形ならば、頭の片隅にある名前なのではないか、と淡く期待を抱いて自分の好きな文官の名前を出した。
「九品官人法の陳羣か。科挙の礎だな。」
「わ、さすが成績優秀な花形くん……!」
花形は名前の期待を裏切らなかった。
世界史の授業ではイマイチ存在感の薄い三国時代だが、その中でも重要となるポイントを花形はちゃんと押さえていた。
もしかしたら……いや確実に、彼だったらもう少し三国志を知っている。そんな確信を持った名前は少し突っ込んでみることにした。
「ねえねえ、花形くんは気になる人とかいたりするの!?」
……まるで恋バナでもしているかのような口振りだが、話題はあくまでも1800年以上も前の太古のオッサンについてである。
しかし、名前はいつになく目をキラキラとさせていた。
「そうだな。
孫呉の呂蒙の故事は面白いと思ったぞ。男子三日会わざれば刮目してみよ、ってやつ。」
「わかる、わかるよ~!いいよね花形くん!呉下の阿蒙にあらず、だね!」
名前は花形の答えに興奮してうんうん、と首を上下に揺らした。その興奮ぶりは、本当なら花形の手を取って力強く握手してしまいたい位の勢いだった。
「さすがに創作のようだが、夏侯惇の目の話も中々だと思ったな。」
「自分の目玉食べるやつだね~!」
名前はドラマで見た、グロテスクで過激なワンシーンを思い出して、なぜかその想像図とは相反するように一人で勝手にウットリと乙女の表情をしている。
更に話を聞きたいと思った名前だったが、さすがに花形の貴重な勉強時間を邪魔していることに気が付き、グッと耐えることにした。
「あの、花形くん、またよかったら今度お話してくれると嬉しいな。
私の三国志の話聞いてくれたの、花形くんだけだから嬉しくて……。ありがとう。」
初めて三国志に対する熱意をまともに受け止めて貰えた名前は、はにかんだ様子で花形へ感謝の気持ちを伝えた。
「はは、水を得た魚ってところか名字。」
「……そう、まさにそんな感じだよ!」
さりげなく故事を織り交ぜ、三国志を愛する名前への粋な計らいを見せた花形の親切心に、彼女は花のような笑顔を浮かべる。
「オレでよければいつでも聞くぞ。
三回も尋ねなくていいからな。」
「……!う、うん!!」
そう告げて花形は名前に対して優しく微笑むと、ようやく自分の宿題に向き合った。
「花形くん、練習頑張ってねー!」
今まで抱えていた孤独な気持ちから解放されてすっかり上機嫌な名前は、背景に大量の花を浮かべていそうなイキイキとした雰囲気で、図書室を去る花形に対してブンブンと手を振ったのだった。
翌日。
昼休みに黙々と本を読んでいる花形に向かって、藤真は話しかけた。
「花形、お前最近よく三国志読んでるよな。そんなに歴史好きだったか?」
「別に、世界史対策のついでだ。中々面白いぜ。」
「……ふーん。」
藤真は直感で何かを察したようだった。内心は「お前のクラスの名字って変わってるよな。」と言いたかった藤真だが、野暮だと思いあえて言及はしなかった。
まあがんばれよ秀才くん。と、心の中で断金の友の健闘を祈ったのだった。
【完】
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