お姉さんシリーズ 沢北くん編
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9月になり、栄治くんがアメリカへと旅立つ日が来た。私はこの日テツさんにお願いされた通り、見送りのために有給を取り、空港へと向かったのだった。
成田へと着くと、いかにも旅立ちの場所らしい、ゴロゴロとスーツケースを引く音が四方から聞こえてくる。
この場所は、空港というのは、独特の空間だと思う。いつ来ても旅人たちの未知なる場所への期待が満ちている。今日は、栄治くんもそんな期待を抱く乗客の一人だった。
「んーと、テツさんは第2ターミナルから出発するって言ってたな……。」
来たはいいものの、果たしてこの広い空港の中で栄治くんが見つかるのだろうか。
幸い栄治くんはすくすくと成長して背がだいぶ高いし、坊主頭で人目を引く端正な顔をしているからパッと見はわかりやすいかもしれない。
そう思いながら私は第2ターミナルの片隅で、背の高い人間がいないかとキョロキョロ周りを見渡した。すると、後ろから肩をポンッと触れられた。
「……久しぶりだな。ねえちゃん。」
「栄治くん!よかった、見つかって……。」
肩に触れた相手は、栄治くん本人だった。
雑誌の情報で知ってはいたけれど、栄治くんは最後に会った頃より、ずっと逞しい体格になっていた。
しかし、久しぶりに見た栄治くんの顔に笑顔はなく、複雑な表情で私を見ていた。
「テツから聞いてたよ。今日こんくらいの時間にアンタが来るって。」
無事に出会えたことに安心してパアッと笑っていた私に対して、栄治くんはハァ、とやや不機嫌そうなため息を返した。
「……やっぱりアンタは、俺に諦めさせてくれねえじゃん。」
続けて、栄治くんは眉をひそめて切なげにそのように呟いた。
……その彼の言葉は、的確に私の心の深淵を貫いた。
全くもって、その通りだった。もし、私が本当に栄治くんに私への想いを諦めて欲しいと思っているならば、きっとここに来るべきではなかったのだろう。
私が栄治くんへと向けていたのは真実、弟のような存在を慈しむ愛情のはずだった。
けれども、栄治くんの身体が成長する度に。何度も、何度も真剣な眼差しで想いを伝えられる度に。
……いつの日か私は心のどこかで、本当に栄治くんが大人になってもまだ、あの輝く笑顔で私に愛を与えてくれるのだとしたらどれだけ満たされることだろうか。そんな、捨てきれない希望を抱いてしまっていたのかもしれない。
それゆえに、私はあの幼い日の約束を、最後に傷つけてしまった時以外は、ずっと面と向かって嘘にはしてしまえなかったのかもしれない。
でも……私たちの年齢の差は、一生埋まることは無くて。
今、目の前にいる逞しい青年の栄治くんの姿を見てもなお、私の中で彼の幼き日の面影が消えることは無かった。
いちど庇護欲を持った相手に女としての感情を向けることを、私の中の倫理観が決して許してはくれなかった。私はずっと、そんな葛藤を抱き続けてしまっていた。
あの日の私は、栄治くんが成長するうちに、私よりももっともっと魅力的な同年代の女の子に出会って、私のことなどどうでも良くなってしまう日が来るのだと信じていた。
もし、ずっとめげずに私に向けてくれている栄治くんの恋心を信じたとしても、いつか置き去りにされる日が来ることに怯えていた。
結局、私は心の奥底で捨てられない淡い希望を抱きながらも、自分が傷つきたくなくて、栄治くんの真っ直ぐな気持ちから目を逸らし続けていた。
そんな浅ましい私に気がついて、どうか君の方から失望して、幼き日の儚い初恋としてその気持ちを捨ててくれないだろうか。ずっと、そのように願っていた。
「……俺はまだ余裕であんたのこと、好きなんですけど。」
それなのに。栄治くんはじっと目を合わせて、ムスッとした表情でもう何度目になるかも分からない告白をしてしまった。
私が君の純粋な心を引っ掻き回して傷つけてしまっても、それでもなお愚直に、私のことを見続けてしまった。
……なんて愚かなのだろう。君も、私も。
「……年がどれだけ離れてると思ってるの。いつか後悔するとは考えないの?栄治くん。」
今までの葛藤に苛まれて、私は俯いて震える声で、栄治くんへと覚悟を問いただした。
すると栄治くんは両手で私の輪郭を掴み、俯く私の顔をグイッと無理やり上に向かせた。
「ばーか。言っとくけど俺はアンタがどんだけ年取ったって余裕で好きだからな。いい加減とっとと折れた方が楽だぞ、ねえちゃん。
……いや、名前!」
想いを伝える力強い視線に、やはり迷いや嘘は無かった。
顔を上げられてしまって逃げ場のない私は、熱意を真正面から受け止めてしまってもう、頬の上気を誤魔化すことが出来ない。
「栄治くん、本当に、君は……。」
栄治くんは泣き虫なくせに、本当に肝心な所では涙を見せない子だった。地元を去る私を見送ったあの日の朝もそうだった。そして、結局は私の方が滲む視界の中でこの子を見てしまっている。
……でも、どれだけ視界が滲んでも今日だけは、決して私も涙を零したくはない。
そんな意地で、私は栄治くんの両腕を掴んで降ろして、無理やりにでも笑ってみせた。
「はぁ……。その諦めの悪さに根負けしたわ。
だから、これから海の向こうの美女に心変わりしないでよ?
そうしたら今度こそ、君との約束に向き合うって決めるから。」
栄治くんが海の向こうで新しい世界を見ても、それでもまだ私の事を好きでいてくれるのなら。
その時が来たのなら今度こそ本当に、私は君の想いを受け止める勇気と自信を持てる。だから、どうかそのままの君でいて、これからも目移りしないでいて欲しい。
そんな願いを込めて私は、背の高い栄治くんに対して精一杯の背伸びをして、彼の頬に下からそっとくちづけをした。
「……っ!そこは口にしろよな……意気地無し。」
一瞬、驚いて目を見開いた栄治くんはそんな生意気なことを言って口を尖らせたけれど、照れくさそうな表情は全然隠せてはいなかった。
ほっぺたでこんなに照れてしまうなら、この子もまだまだお子ちゃまなのだろう。
「生意気言うんじゃないの!……あとは君次第だからね。」
私は年甲斐もなく頬がほんのりと赤らんでしまったまま、栄治くんを見上げてムッと睨みつけた。
「半年後に一旦帰ってくるから、絶対今言ったこと覚えてろよ!」
「……分かってるよ。気をつけて行ってらっしゃい。」
私は何とか笑顔で栄治くんを見送ることが出来た。
こうして栄治くんは私の元を離れていった。
だんだん遠くなっていく後ろ姿を見つめていると、初めて出会った時の、バスケットボールを両手に持ってトコトコ走っていた小さな栄治くんの後ろ姿が重なって見えたような気がした。
「……!ハハッ、なんだよコレ。名前、心変わりさせる気なんてねえじゃん。」
栄治くんは果たしていつ気づくだろうか。
彼の頬にくちづけをした時に、密かにポケットの中へと忍ばせた、私の旅立ちの日に君がくれた鈴の音の鳴る小さなお守りに。
「……半年あれば、何とかなるかなあ。」
栄治くんはおバカだった。
いくら中身は等身大の高校生と言っても、持って生まれた類まれなる才能は、他の追随を許さない。本来ならば彼は、いくらでも異性を選べる立場にあるというのに。栄治くんのファンの中には、美人な子やお金持ちの子などいくらでも居るのだろう。
それなのに、いくら初恋の相手だからと言って、年が離れて特段なんの取り柄もない私なんかをずっと好きでい続けられる栄治くんは、おバカとしか言いようがなかった。
……でも、そんな栄治くんの輝く瞳に捕らわれてしまって、隣で君が幸せそうに笑顔を向けてくれる未来を夢見てしまって、英会話のテキストなんかを手に取ってしまった私は、あの子よりももっともっとおバカだった。
……だから、こんな私のことを、どうかずっと好きでいて欲しいんだ。栄治くん。
【完】
成田へと着くと、いかにも旅立ちの場所らしい、ゴロゴロとスーツケースを引く音が四方から聞こえてくる。
この場所は、空港というのは、独特の空間だと思う。いつ来ても旅人たちの未知なる場所への期待が満ちている。今日は、栄治くんもそんな期待を抱く乗客の一人だった。
「んーと、テツさんは第2ターミナルから出発するって言ってたな……。」
来たはいいものの、果たしてこの広い空港の中で栄治くんが見つかるのだろうか。
幸い栄治くんはすくすくと成長して背がだいぶ高いし、坊主頭で人目を引く端正な顔をしているからパッと見はわかりやすいかもしれない。
そう思いながら私は第2ターミナルの片隅で、背の高い人間がいないかとキョロキョロ周りを見渡した。すると、後ろから肩をポンッと触れられた。
「……久しぶりだな。ねえちゃん。」
「栄治くん!よかった、見つかって……。」
肩に触れた相手は、栄治くん本人だった。
雑誌の情報で知ってはいたけれど、栄治くんは最後に会った頃より、ずっと逞しい体格になっていた。
しかし、久しぶりに見た栄治くんの顔に笑顔はなく、複雑な表情で私を見ていた。
「テツから聞いてたよ。今日こんくらいの時間にアンタが来るって。」
無事に出会えたことに安心してパアッと笑っていた私に対して、栄治くんはハァ、とやや不機嫌そうなため息を返した。
「……やっぱりアンタは、俺に諦めさせてくれねえじゃん。」
続けて、栄治くんは眉をひそめて切なげにそのように呟いた。
……その彼の言葉は、的確に私の心の深淵を貫いた。
全くもって、その通りだった。もし、私が本当に栄治くんに私への想いを諦めて欲しいと思っているならば、きっとここに来るべきではなかったのだろう。
私が栄治くんへと向けていたのは真実、弟のような存在を慈しむ愛情のはずだった。
けれども、栄治くんの身体が成長する度に。何度も、何度も真剣な眼差しで想いを伝えられる度に。
……いつの日か私は心のどこかで、本当に栄治くんが大人になってもまだ、あの輝く笑顔で私に愛を与えてくれるのだとしたらどれだけ満たされることだろうか。そんな、捨てきれない希望を抱いてしまっていたのかもしれない。
それゆえに、私はあの幼い日の約束を、最後に傷つけてしまった時以外は、ずっと面と向かって嘘にはしてしまえなかったのかもしれない。
でも……私たちの年齢の差は、一生埋まることは無くて。
今、目の前にいる逞しい青年の栄治くんの姿を見てもなお、私の中で彼の幼き日の面影が消えることは無かった。
いちど庇護欲を持った相手に女としての感情を向けることを、私の中の倫理観が決して許してはくれなかった。私はずっと、そんな葛藤を抱き続けてしまっていた。
あの日の私は、栄治くんが成長するうちに、私よりももっともっと魅力的な同年代の女の子に出会って、私のことなどどうでも良くなってしまう日が来るのだと信じていた。
もし、ずっとめげずに私に向けてくれている栄治くんの恋心を信じたとしても、いつか置き去りにされる日が来ることに怯えていた。
結局、私は心の奥底で捨てられない淡い希望を抱きながらも、自分が傷つきたくなくて、栄治くんの真っ直ぐな気持ちから目を逸らし続けていた。
そんな浅ましい私に気がついて、どうか君の方から失望して、幼き日の儚い初恋としてその気持ちを捨ててくれないだろうか。ずっと、そのように願っていた。
「……俺はまだ余裕であんたのこと、好きなんですけど。」
それなのに。栄治くんはじっと目を合わせて、ムスッとした表情でもう何度目になるかも分からない告白をしてしまった。
私が君の純粋な心を引っ掻き回して傷つけてしまっても、それでもなお愚直に、私のことを見続けてしまった。
……なんて愚かなのだろう。君も、私も。
「……年がどれだけ離れてると思ってるの。いつか後悔するとは考えないの?栄治くん。」
今までの葛藤に苛まれて、私は俯いて震える声で、栄治くんへと覚悟を問いただした。
すると栄治くんは両手で私の輪郭を掴み、俯く私の顔をグイッと無理やり上に向かせた。
「ばーか。言っとくけど俺はアンタがどんだけ年取ったって余裕で好きだからな。いい加減とっとと折れた方が楽だぞ、ねえちゃん。
……いや、名前!」
想いを伝える力強い視線に、やはり迷いや嘘は無かった。
顔を上げられてしまって逃げ場のない私は、熱意を真正面から受け止めてしまってもう、頬の上気を誤魔化すことが出来ない。
「栄治くん、本当に、君は……。」
栄治くんは泣き虫なくせに、本当に肝心な所では涙を見せない子だった。地元を去る私を見送ったあの日の朝もそうだった。そして、結局は私の方が滲む視界の中でこの子を見てしまっている。
……でも、どれだけ視界が滲んでも今日だけは、決して私も涙を零したくはない。
そんな意地で、私は栄治くんの両腕を掴んで降ろして、無理やりにでも笑ってみせた。
「はぁ……。その諦めの悪さに根負けしたわ。
だから、これから海の向こうの美女に心変わりしないでよ?
そうしたら今度こそ、君との約束に向き合うって決めるから。」
栄治くんが海の向こうで新しい世界を見ても、それでもまだ私の事を好きでいてくれるのなら。
その時が来たのなら今度こそ本当に、私は君の想いを受け止める勇気と自信を持てる。だから、どうかそのままの君でいて、これからも目移りしないでいて欲しい。
そんな願いを込めて私は、背の高い栄治くんに対して精一杯の背伸びをして、彼の頬に下からそっとくちづけをした。
「……っ!そこは口にしろよな……意気地無し。」
一瞬、驚いて目を見開いた栄治くんはそんな生意気なことを言って口を尖らせたけれど、照れくさそうな表情は全然隠せてはいなかった。
ほっぺたでこんなに照れてしまうなら、この子もまだまだお子ちゃまなのだろう。
「生意気言うんじゃないの!……あとは君次第だからね。」
私は年甲斐もなく頬がほんのりと赤らんでしまったまま、栄治くんを見上げてムッと睨みつけた。
「半年後に一旦帰ってくるから、絶対今言ったこと覚えてろよ!」
「……分かってるよ。気をつけて行ってらっしゃい。」
私は何とか笑顔で栄治くんを見送ることが出来た。
こうして栄治くんは私の元を離れていった。
だんだん遠くなっていく後ろ姿を見つめていると、初めて出会った時の、バスケットボールを両手に持ってトコトコ走っていた小さな栄治くんの後ろ姿が重なって見えたような気がした。
「……!ハハッ、なんだよコレ。名前、心変わりさせる気なんてねえじゃん。」
栄治くんは果たしていつ気づくだろうか。
彼の頬にくちづけをした時に、密かにポケットの中へと忍ばせた、私の旅立ちの日に君がくれた鈴の音の鳴る小さなお守りに。
「……半年あれば、何とかなるかなあ。」
栄治くんはおバカだった。
いくら中身は等身大の高校生と言っても、持って生まれた類まれなる才能は、他の追随を許さない。本来ならば彼は、いくらでも異性を選べる立場にあるというのに。栄治くんのファンの中には、美人な子やお金持ちの子などいくらでも居るのだろう。
それなのに、いくら初恋の相手だからと言って、年が離れて特段なんの取り柄もない私なんかをずっと好きでい続けられる栄治くんは、おバカとしか言いようがなかった。
……でも、そんな栄治くんの輝く瞳に捕らわれてしまって、隣で君が幸せそうに笑顔を向けてくれる未来を夢見てしまって、英会話のテキストなんかを手に取ってしまった私は、あの子よりももっともっとおバカだった。
……だから、こんな私のことを、どうかずっと好きでいて欲しいんだ。栄治くん。
【完】
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