もしも私が還っても

「マスター、こうしてマスターと顔を突き合わせるだけで不思議と私は幸福に包まれます」
 立香の部屋。
 私は立香にお茶を淹れて、ふたりきりで過ごす、この時間が好きだ。
「我が忠義と愛、どうか間近でご覧あれ……」
 誰も聞き耳を立てる者はいないが、私は立香の耳元で内緒話のように囁く。
 すると毎回、立香はほんのり耳と頬を赤くして、困ったような照れたような笑みを向けるのだ。
 それすらも、私にとっては幸福なことであった。
 生前、主と定めた人間と、こんなに心が温まるやり取りをしたことはなかったから。
「マスター、あなたの手向けてくれた愛情に、温情に、慕情に、私はどれだけ返礼できているでしょう。あなたのためならば、火も水も毒すらも障害にはなりませぬ」
 まるで睦言のようだな、と自分でも首を傾げたくなる。しかし、立香を相手にすると、無意識にヒートアップしてしまう。バレンタインでもこの忠義心が暴走して失敗したことがあるから、気をつけたいものだが。
 私は、自分がこんなに主に対して熱中するとは自分でも思っていなかった。
 いつか、この聖杯戦争は終わりを迎えるのだろう。
 白紙化された地球を、この少女ならきっと元に戻せると信じていたし、そのために私は尽力するのだ。
 この長い戦いが終わった時、私は英霊の座に還ることになる。
 そのときに、この少女との記憶は記録として残るのだろうか、という一抹の不安はある。
 忘れたくない想い出が、沢山できてしまった。
 だからこそ私は、こんな口説き文句のような台詞を繰り返してしまうのだ。
 もしかしたら、私はこの少女を忘れてしまうのかもしれない。その時には、私の言葉は少女の心に傷を残すかもしれない。
 しかし、私の霊基にも、同じようにこの想いを刻めるなら。
 どうか、この温かい記憶が、過去現在未来にわたって、座に還っても残る記録になりますように。
 私は、自分の想いを霊基に刻み込めるように祈りながら、主人になってくれた少女に睦言のような言葉を尽くすのである。

〈了〉
1/1ページ
    スキ