カルデアに高長恭が来た話
「あ、蘭陵王、ちょっといい?」
「人違いですが」
「あっやべっ」
「今、『あっやべっ』って言いました?」
ジトッとした目で睨まれて、藤丸立香は誤魔化し笑いをする。
蘭陵王と瓜二つの姿で呆れているのは、高長恭その人であった。
◆
――少し時間を遡って。
「今日も元気に、おは召喚するぞ~」
「マスター、楽しそうで何よりです」
雑談をしながら召喚部屋へ向かう立香と蘭陵王。
1日1回の召喚は、サーヴァントという戦力を増やすための大切な日課である。
「と、いうわけで……」
召喚の前に、立香はゆっくりと深呼吸をする。
大きく息を吸い、吐く。一連の動作。
精神の安定は、召喚の結果を左右する――かは分からないが、落ち着いているに越したことはない。
「――よし。やるよ」
蘭陵王は背後に控えていた。
召喚したサーヴァントがマスターに危害を加える可能性は、低いとはいえ零ではない。
用心しても罰は当たらないだろう。
立香は緩慢な動作で令呪の刻まれた手を差し伸べ、召喚を開始する。
部屋の中には、カルデアの電力で賄われた魔力が満ち、バチバチと火花を放った。
「――来い!」
そうして現れたのは――。
「……蘭陵王?」
召喚サークルの中に、目を閉じたまま立ち尽くす、仮面の男がある。
その姿は、後ろに控えているはずの蘭陵王その人だった。
「あれ……? でも、ライダーの気配がするんだけど……」
蘭陵王のクラスは、通常セイバーである。
もちろん、馬を駆っているのでライダー適性もある。
しかし、カルデアに召喚されるのは基本的に剣士の蘭陵王だ。
ライダーの蘭陵王は、スローモーションのように、ゆっくりと目を開ける。
「――ライダー。高長恭。ご命令を」
高長恭は、短く、それだけを口にした。
◆
立香は高長恭を伴って、カルデアの施設内を軽く案内する。
新しいサーヴァントが来た際には毎回行っているものである。
高長恭は落ち着きのある態度で、案内された先の施設をよく観察し、しかし何も言わなかった。
行った先で他のサーヴァントに会った際は、黙って軽く会釈をする。
随分と口数が少なく、大人しいと立香は思った。
「長恭、お腹空いてない? さっき行った食堂で、なにか食べようか」
「必要ありません」
高長恭は静かに首を横に振る。
「サーヴァントに食事は不要です」
「まあ、それはそうなんだけど」
「それに、……」
言い淀んだ高長恭に、聞き返すように小さく首を傾げる。
「……私のような愚鈍な刃に、そのようなリソースの浪費は推奨できません」
「愚鈍な刃って……」
立香は目をパチパチさせて、隣りにいる蘭陵王と顔を見合わせる。
蘭陵王と比べて、高長恭はいささか陰気な印象を与える男だった。
「……ええと。高長恭。たしかにカルデアは資源が潤沢というわけではありませんが、サーヴァント一騎に食事を振る舞う程度は……」
蘭陵王は、もう一人の自分にどう声をかけたらいいものか、悩みながら話している。
そんな蘭陵王に、高長恭は睨むような視線を向けていた。
「私は、蘭陵王には従いません。蘭陵王は信用できません」
高長恭の発言に、蘭陵王は一瞬、凍りついたように固まる。
ピリつくような空気が流れたあと、蘭陵王はゆっくりと息を吐いた。
「……そうですか。マスター、私は席を外します。高長恭をよろしくお願い致します」
蘭陵王は足早に、その場をあとにする。
「蘭陵王、怒ったのかなあ……」
「蘭陵王が怒ろうと、私には関係ありません」
高長恭は、スッと頭を垂れて、立香に恭順するような姿勢を取る。
「マスター。ご命令を」
◆
――食堂。
立香はおにぎりを食べている。
「……」
「……」
おにぎりを頬張る立香を、高長恭は無表情のまま、黙って見つめている。
「……えっと、長恭もなにか食べれば?」
「必要ありません」
「そ、そっかぁ……」
立香は人間であり、どのみち食堂で食事を摂るつもりだった。
高長恭は一日、マスターに付き従うと決めたらしく、口数が少ないまま寄り添っている。
……それにしても、食事風景をじっと見つめられるのは落ち着かない。
立香は、二つあったおにぎりを一つ、高長恭に差し出した。
「一緒に食べて。命令」
「……は。承知いたしました」
命令であれば食べるらしい。
おにぎりを小さく食べ始める高長恭に、内心ホッとする。
従順なサーヴァントなのに、なぜかとてもやりづらい。
「えっと、長恭はカルデアでなにかしたいとかある?」
「そうですね……」
高長恭はおにぎりから口を離した。
「マスターの傍にいることです。それが私の存在意義です。他の者たちとは関わりたくありません」
少しだけ視線を落とし、感情を押し殺すように言葉を続ける。
「カルデアには多くのサーヴァントがおり、それぞれがマスターのために力を尽くしています。しかし、私にとって最も大事なことはマスターである貴女の傍にいることです」
戸惑う立香の目を、高長恭は見つめた。
「カルデアには様々な娯楽や施設があると先ほど案内されました。しかし、私がそれらに興味を抱くことはありません。他のサーヴァントとの交流も、必要最低限で済ませたいと考えています」
「それは――」
「ああ、マスター。こちらにいらっしゃいましたか」
「あ、蘭陵王」
一時、席を外していた蘭陵王が、戻って来る。
その後ろにいたのは――。
「ぐっさん先輩」
「せっかく高長恭――もう一人の私が召喚されたのです。虞美人様に紹介しようかと」
「別に、わざわざ私を連れてこなくても、カルデアにいるなら、いずれは会うこともあると言ったのだけどね……」
高長恭は、蘭陵王の後ろにいる虞美人を見ても、表情を変えることはない。
「……」
「長恭、ぐっさん先輩だよ。ぐっさん先輩、高長恭だよ」
「後輩。私を妙な名で呼ぶなと何度――」
「どちら様ですか?」
「……え?」
立香は呆気にとられた顔で、高長恭を見た。
「マスター。そちらの女性はどなたですか?」
「――ああ、やはり」
たったひとり、蘭陵王だけが顔を曇らせている。
「高長恭。やはりあなたは、虞美人様を知らない、会っていない私なのですね」
「えっ……」
立香は声を詰まらせた。
蘭陵王が虞美人と面識がない。
それが何を意味するか。
「虞美人様という、私にとっての救いが、あなたにはない。時の皇帝、高緯の嫉妬に、あなたの心は耐えられなかった。だから、自身を愚鈍な刃などと――」
「それ以上、わけのわからないことを言うな」
高長恭の声は硬く冷たい。
彼は音もなく剣を抜いた。
食堂で戦闘の気配。
周りのサーヴァントたちに緊張が走る。
「長恭! ステイ、ステイ! カルデアで私闘は厳禁だから!」
「構いません、マスター。高長恭、シミュレーションルームまで来い。私が相手をしよう」
「望むところだ。私はお前が気に入らない」
「私そろそろ帰っていい? 項羽様と約束があるんだけど」
蘭陵王と高長恭が火花を散らしているが、虞美人はまったく興味がない。
その後、ふたりの蘭陵王は竹林を再現したシミュレーターで大いに斬りあったが、勝負は互角のまま決着がつかなかったという。
◆
「私は、蘭陵王がいるカルデアとは契約できません」
一勝負終えたあと、高長恭はそう言った。
「いずれ、心の整理がついたら、また出直します」
「うん。……待ってるから」
立香と別れを惜しんだのち、高長恭は蘭陵王に向き直る。
「お前の在り方は、理解できない。だが――」
少し息を整えるように目を閉じた。
「……それで戦えるのなら、好きにしろ」
現界のための魔力が尽きた高長恭は自動的に退去する。
彼は最後まで仮契約もしようとしなかった。
「不思議なこともあるものですな」
「そうだね。でも、なにもきっかけがなかったわけでもないと思う」
「と、申しますと?」
「ほら、君の誕生日近いし。それにまつわる何らかの要素が召喚に影響した可能性も微粒子レベルで存在するかも」
「そうでしょうか……?」
小首をかしげながら、蘭陵王と立香はマイルームへと歩いていく。
こうしてカルデアは、つかの間の平穏を得たのだった。
〈了〉
「人違いですが」
「あっやべっ」
「今、『あっやべっ』って言いました?」
ジトッとした目で睨まれて、藤丸立香は誤魔化し笑いをする。
蘭陵王と瓜二つの姿で呆れているのは、高長恭その人であった。
◆
――少し時間を遡って。
「今日も元気に、おは召喚するぞ~」
「マスター、楽しそうで何よりです」
雑談をしながら召喚部屋へ向かう立香と蘭陵王。
1日1回の召喚は、サーヴァントという戦力を増やすための大切な日課である。
「と、いうわけで……」
召喚の前に、立香はゆっくりと深呼吸をする。
大きく息を吸い、吐く。一連の動作。
精神の安定は、召喚の結果を左右する――かは分からないが、落ち着いているに越したことはない。
「――よし。やるよ」
蘭陵王は背後に控えていた。
召喚したサーヴァントがマスターに危害を加える可能性は、低いとはいえ零ではない。
用心しても罰は当たらないだろう。
立香は緩慢な動作で令呪の刻まれた手を差し伸べ、召喚を開始する。
部屋の中には、カルデアの電力で賄われた魔力が満ち、バチバチと火花を放った。
「――来い!」
そうして現れたのは――。
「……蘭陵王?」
召喚サークルの中に、目を閉じたまま立ち尽くす、仮面の男がある。
その姿は、後ろに控えているはずの蘭陵王その人だった。
「あれ……? でも、ライダーの気配がするんだけど……」
蘭陵王のクラスは、通常セイバーである。
もちろん、馬を駆っているのでライダー適性もある。
しかし、カルデアに召喚されるのは基本的に剣士の蘭陵王だ。
ライダーの蘭陵王は、スローモーションのように、ゆっくりと目を開ける。
「――ライダー。高長恭。ご命令を」
高長恭は、短く、それだけを口にした。
◆
立香は高長恭を伴って、カルデアの施設内を軽く案内する。
新しいサーヴァントが来た際には毎回行っているものである。
高長恭は落ち着きのある態度で、案内された先の施設をよく観察し、しかし何も言わなかった。
行った先で他のサーヴァントに会った際は、黙って軽く会釈をする。
随分と口数が少なく、大人しいと立香は思った。
「長恭、お腹空いてない? さっき行った食堂で、なにか食べようか」
「必要ありません」
高長恭は静かに首を横に振る。
「サーヴァントに食事は不要です」
「まあ、それはそうなんだけど」
「それに、……」
言い淀んだ高長恭に、聞き返すように小さく首を傾げる。
「……私のような愚鈍な刃に、そのようなリソースの浪費は推奨できません」
「愚鈍な刃って……」
立香は目をパチパチさせて、隣りにいる蘭陵王と顔を見合わせる。
蘭陵王と比べて、高長恭はいささか陰気な印象を与える男だった。
「……ええと。高長恭。たしかにカルデアは資源が潤沢というわけではありませんが、サーヴァント一騎に食事を振る舞う程度は……」
蘭陵王は、もう一人の自分にどう声をかけたらいいものか、悩みながら話している。
そんな蘭陵王に、高長恭は睨むような視線を向けていた。
「私は、蘭陵王には従いません。蘭陵王は信用できません」
高長恭の発言に、蘭陵王は一瞬、凍りついたように固まる。
ピリつくような空気が流れたあと、蘭陵王はゆっくりと息を吐いた。
「……そうですか。マスター、私は席を外します。高長恭をよろしくお願い致します」
蘭陵王は足早に、その場をあとにする。
「蘭陵王、怒ったのかなあ……」
「蘭陵王が怒ろうと、私には関係ありません」
高長恭は、スッと頭を垂れて、立香に恭順するような姿勢を取る。
「マスター。ご命令を」
◆
――食堂。
立香はおにぎりを食べている。
「……」
「……」
おにぎりを頬張る立香を、高長恭は無表情のまま、黙って見つめている。
「……えっと、長恭もなにか食べれば?」
「必要ありません」
「そ、そっかぁ……」
立香は人間であり、どのみち食堂で食事を摂るつもりだった。
高長恭は一日、マスターに付き従うと決めたらしく、口数が少ないまま寄り添っている。
……それにしても、食事風景をじっと見つめられるのは落ち着かない。
立香は、二つあったおにぎりを一つ、高長恭に差し出した。
「一緒に食べて。命令」
「……は。承知いたしました」
命令であれば食べるらしい。
おにぎりを小さく食べ始める高長恭に、内心ホッとする。
従順なサーヴァントなのに、なぜかとてもやりづらい。
「えっと、長恭はカルデアでなにかしたいとかある?」
「そうですね……」
高長恭はおにぎりから口を離した。
「マスターの傍にいることです。それが私の存在意義です。他の者たちとは関わりたくありません」
少しだけ視線を落とし、感情を押し殺すように言葉を続ける。
「カルデアには多くのサーヴァントがおり、それぞれがマスターのために力を尽くしています。しかし、私にとって最も大事なことはマスターである貴女の傍にいることです」
戸惑う立香の目を、高長恭は見つめた。
「カルデアには様々な娯楽や施設があると先ほど案内されました。しかし、私がそれらに興味を抱くことはありません。他のサーヴァントとの交流も、必要最低限で済ませたいと考えています」
「それは――」
「ああ、マスター。こちらにいらっしゃいましたか」
「あ、蘭陵王」
一時、席を外していた蘭陵王が、戻って来る。
その後ろにいたのは――。
「ぐっさん先輩」
「せっかく高長恭――もう一人の私が召喚されたのです。虞美人様に紹介しようかと」
「別に、わざわざ私を連れてこなくても、カルデアにいるなら、いずれは会うこともあると言ったのだけどね……」
高長恭は、蘭陵王の後ろにいる虞美人を見ても、表情を変えることはない。
「……」
「長恭、ぐっさん先輩だよ。ぐっさん先輩、高長恭だよ」
「後輩。私を妙な名で呼ぶなと何度――」
「どちら様ですか?」
「……え?」
立香は呆気にとられた顔で、高長恭を見た。
「マスター。そちらの女性はどなたですか?」
「――ああ、やはり」
たったひとり、蘭陵王だけが顔を曇らせている。
「高長恭。やはりあなたは、虞美人様を知らない、会っていない私なのですね」
「えっ……」
立香は声を詰まらせた。
蘭陵王が虞美人と面識がない。
それが何を意味するか。
「虞美人様という、私にとっての救いが、あなたにはない。時の皇帝、高緯の嫉妬に、あなたの心は耐えられなかった。だから、自身を愚鈍な刃などと――」
「それ以上、わけのわからないことを言うな」
高長恭の声は硬く冷たい。
彼は音もなく剣を抜いた。
食堂で戦闘の気配。
周りのサーヴァントたちに緊張が走る。
「長恭! ステイ、ステイ! カルデアで私闘は厳禁だから!」
「構いません、マスター。高長恭、シミュレーションルームまで来い。私が相手をしよう」
「望むところだ。私はお前が気に入らない」
「私そろそろ帰っていい? 項羽様と約束があるんだけど」
蘭陵王と高長恭が火花を散らしているが、虞美人はまったく興味がない。
その後、ふたりの蘭陵王は竹林を再現したシミュレーターで大いに斬りあったが、勝負は互角のまま決着がつかなかったという。
◆
「私は、蘭陵王がいるカルデアとは契約できません」
一勝負終えたあと、高長恭はそう言った。
「いずれ、心の整理がついたら、また出直します」
「うん。……待ってるから」
立香と別れを惜しんだのち、高長恭は蘭陵王に向き直る。
「お前の在り方は、理解できない。だが――」
少し息を整えるように目を閉じた。
「……それで戦えるのなら、好きにしろ」
現界のための魔力が尽きた高長恭は自動的に退去する。
彼は最後まで仮契約もしようとしなかった。
「不思議なこともあるものですな」
「そうだね。でも、なにもきっかけがなかったわけでもないと思う」
「と、申しますと?」
「ほら、君の誕生日近いし。それにまつわる何らかの要素が召喚に影響した可能性も微粒子レベルで存在するかも」
「そうでしょうか……?」
小首をかしげながら、蘭陵王と立香はマイルームへと歩いていく。
こうしてカルデアは、つかの間の平穏を得たのだった。
〈了〉
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