私の主人の話(蘭ぐだ♀・馬視点)
私の主人は、毒を飲んで死んだらしい。
主人の奥方が、そう言って私にすがりついて泣いていたのを覚えている。
私はそのあと、どうなったのだったか。
ただ、また主人に会いたいと、そう思っていたのは覚えている。
それから何年経ったのだろう。
私と主人は、「かるであ」という場所で再会した。
「おお、■■……! まさかお前にまた会えるとは」
主人はそう言って、私の鼻先を撫でてくれた。
私と主人は、また戦場を共に駆けるようになった。私は主人を背に乗せて、敵に向かって突き進む。主人は私の上に立ち、器用に敵に斬り掛かる。
「どうどう、よしよし」
気分が高揚した私を、主人は宥めるように落ち着かせる。
嬉しい。嬉しい。また主人と一緒にいられる。
私は主人に鼻先を擦り付けるのであった。
「マスター、良ければ遠乗りに出掛けませんか」
主人はそう言って、私を喚び出した。
私は、戦闘以外ではあまり喚び出されることはない。「まりょく」の節約、らしい。あとは、主人が私に乗りたい時だとか。
主人の後ろから、別の人間がついてくる。見覚えのある人間だ。いつも戦う主人を後ろから応援してくれる人間。
「■■、この方は私の主人だ。悪い人間ではないから安心していい」
主人はそう言って私を撫でる。
主人の主人。主人を死なせたような悪い人間ではない。ならば、安心だ。
恐る恐る私に触れる主人の主人に、私は鼻先を押し付ける。
「わっ、くすぐったい」
主人の主人は、声を上げて笑う。うん、確かに悪い人間ではなさそうだ。この人間からは悪意を感じない。ならば、背に乗せても惜しくはない。
私は、主人と、主人の主人を背に乗せる。人間二人分の重みは、私にとって苦ではない。
「マスター、少し揺れますが、掴まっていてください」
主人がそう言って軽く私の腹を蹴る。それを合図に、私はなるべく揺らさないよう、ゆっくりと歩を進める。
私が主人の誘導で歩くと、綺麗な青空や美しい花畑が目を奪う。「しみゅれーたー」とかいうらしいが、私にはよく分からない。ただ、この光景が主人と、主人の主人を癒すらしいことだけ知っているので、それでいい。
「綺麗だね」
「ええ。シミュレーターとはいえ、この遠乗りが、あなたの心を癒せると良いのですが」
「充分気分転換になるよ。気を遣ってくれてありがとう」
背中から、主人たちの会話が聞こえる。それを邪魔しないよう、ゆっくりと静かに歩き続ける。
主人が、「ますたー」と呼んでいる人間について、悩んでいるのは知っていた。私によく話してくれていたから。ほとんど独り言のように、他に話せる相手もいないのだろう。
世界の現状。「ますたー」に課せられた重い責任。それらを語って聞かせられても、私の理解は及ばないし、ただの馬に何が出来るわけでもない。もちろん主人も馬なんぞに解決を望んでいるわけでもない。ただ、酷く辛そうな顔で悩みを打ち明けてから、寂しそうな顔で笑って私を撫でてくれるのだ。
私には何も出来ない。ただ、私が出来ることを粛々とこなすだけだ。たとえば、主人や「ますたー」をこうやって背に乗せて喜ばせることはできる。
清からな小川のほとりで、主人と主人の主人は降りた。そこにも花が咲き乱れていて、柔らかな日差しが降り注いでいる。人間ならば「楽園」と言うのだろう。
「何本か、摘んで帰りたいな」
「そうしましょうか。お部屋の花瓶に差しましょう」
主人たちが花に夢中になっている間に、私は小川の水を飲む。飲みながらチラリと主人たちを見やると、「ますたー」は遠乗りをする前よりも目に光が戻っている気がする。主人が気を利かせた功績と言えるだろう。「ますたー」が元気になったのなら、私も嬉しく思う。
私は再び人間二人を背に乗せ、「しみゅれーたー」の出口に向かう。
「綺麗な花がたくさん摘めた」と喜ぶ人間を、我が主人は穏やかに笑って見つめている。主人がそんな顔をするとは思わなかった。そんな顔が出来るほど、「かるであ」という場所は、主人にとって幸せな場所なのだ、と思えた。
私はただの馬だ。主人の戦闘の手助けしかできない。しかし、主人を幸せにしてくれたこの場所を、主人と共に護りたい。かつて主人が毒を飲まされ散らした命を、ここでもう一度やり直せるのならば。
「しみゅれーたー」とやらは、終了したらしい。
主人と「ますたー」と呼ばれた人間は、摘んだ花を抱えて、自室に向かっていく。私の役目は、一旦ここで終わりだ。次に喚び出されるのは戦場だろうか。
金色の粒子に身体を包まれ、私が最後に見た光景は、主人と「ますたー」が顔を見合わせて、幸せに笑い合う穏やかな光景だった。
〈了〉
主人の奥方が、そう言って私にすがりついて泣いていたのを覚えている。
私はそのあと、どうなったのだったか。
ただ、また主人に会いたいと、そう思っていたのは覚えている。
それから何年経ったのだろう。
私と主人は、「かるであ」という場所で再会した。
「おお、■■……! まさかお前にまた会えるとは」
主人はそう言って、私の鼻先を撫でてくれた。
私と主人は、また戦場を共に駆けるようになった。私は主人を背に乗せて、敵に向かって突き進む。主人は私の上に立ち、器用に敵に斬り掛かる。
「どうどう、よしよし」
気分が高揚した私を、主人は宥めるように落ち着かせる。
嬉しい。嬉しい。また主人と一緒にいられる。
私は主人に鼻先を擦り付けるのであった。
「マスター、良ければ遠乗りに出掛けませんか」
主人はそう言って、私を喚び出した。
私は、戦闘以外ではあまり喚び出されることはない。「まりょく」の節約、らしい。あとは、主人が私に乗りたい時だとか。
主人の後ろから、別の人間がついてくる。見覚えのある人間だ。いつも戦う主人を後ろから応援してくれる人間。
「■■、この方は私の主人だ。悪い人間ではないから安心していい」
主人はそう言って私を撫でる。
主人の主人。主人を死なせたような悪い人間ではない。ならば、安心だ。
恐る恐る私に触れる主人の主人に、私は鼻先を押し付ける。
「わっ、くすぐったい」
主人の主人は、声を上げて笑う。うん、確かに悪い人間ではなさそうだ。この人間からは悪意を感じない。ならば、背に乗せても惜しくはない。
私は、主人と、主人の主人を背に乗せる。人間二人分の重みは、私にとって苦ではない。
「マスター、少し揺れますが、掴まっていてください」
主人がそう言って軽く私の腹を蹴る。それを合図に、私はなるべく揺らさないよう、ゆっくりと歩を進める。
私が主人の誘導で歩くと、綺麗な青空や美しい花畑が目を奪う。「しみゅれーたー」とかいうらしいが、私にはよく分からない。ただ、この光景が主人と、主人の主人を癒すらしいことだけ知っているので、それでいい。
「綺麗だね」
「ええ。シミュレーターとはいえ、この遠乗りが、あなたの心を癒せると良いのですが」
「充分気分転換になるよ。気を遣ってくれてありがとう」
背中から、主人たちの会話が聞こえる。それを邪魔しないよう、ゆっくりと静かに歩き続ける。
主人が、「ますたー」と呼んでいる人間について、悩んでいるのは知っていた。私によく話してくれていたから。ほとんど独り言のように、他に話せる相手もいないのだろう。
世界の現状。「ますたー」に課せられた重い責任。それらを語って聞かせられても、私の理解は及ばないし、ただの馬に何が出来るわけでもない。もちろん主人も馬なんぞに解決を望んでいるわけでもない。ただ、酷く辛そうな顔で悩みを打ち明けてから、寂しそうな顔で笑って私を撫でてくれるのだ。
私には何も出来ない。ただ、私が出来ることを粛々とこなすだけだ。たとえば、主人や「ますたー」をこうやって背に乗せて喜ばせることはできる。
清からな小川のほとりで、主人と主人の主人は降りた。そこにも花が咲き乱れていて、柔らかな日差しが降り注いでいる。人間ならば「楽園」と言うのだろう。
「何本か、摘んで帰りたいな」
「そうしましょうか。お部屋の花瓶に差しましょう」
主人たちが花に夢中になっている間に、私は小川の水を飲む。飲みながらチラリと主人たちを見やると、「ますたー」は遠乗りをする前よりも目に光が戻っている気がする。主人が気を利かせた功績と言えるだろう。「ますたー」が元気になったのなら、私も嬉しく思う。
私は再び人間二人を背に乗せ、「しみゅれーたー」の出口に向かう。
「綺麗な花がたくさん摘めた」と喜ぶ人間を、我が主人は穏やかに笑って見つめている。主人がそんな顔をするとは思わなかった。そんな顔が出来るほど、「かるであ」という場所は、主人にとって幸せな場所なのだ、と思えた。
私はただの馬だ。主人の戦闘の手助けしかできない。しかし、主人を幸せにしてくれたこの場所を、主人と共に護りたい。かつて主人が毒を飲まされ散らした命を、ここでもう一度やり直せるのならば。
「しみゅれーたー」とやらは、終了したらしい。
主人と「ますたー」と呼ばれた人間は、摘んだ花を抱えて、自室に向かっていく。私の役目は、一旦ここで終わりだ。次に喚び出されるのは戦場だろうか。
金色の粒子に身体を包まれ、私が最後に見た光景は、主人と「ますたー」が顔を見合わせて、幸せに笑い合う穏やかな光景だった。
〈了〉
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