らうめん蘭陵(蘭ぐだ+虞美人)
その日、虞美人がカルデア内を散策していると、サーヴァントの面々が食堂の方に向かって歩いていくのが見えた。
「ラーメンって食べるの初めてかも」「私も! なんか色んなフレーバーがあるらしいよ」「楽しみだね~」なんて、女性サーヴァントたちがウキウキしながら会話に花を咲かせ、歩いていく。
――ラーメンなんて、そう珍しいものでもないと思うけど……。
虞美人は中華由来のサーヴァントである。ラーメンなんて食べ飽きた……というほどではないのだが、少なくともあの手の看板は見慣れている。
人が多い場所に行くのは億劫だ、食堂に入るのはやめておこうか、などと考えながら、ふと食堂のほうを見ると、のぼりが立っていた。ずいぶん気合の入ったものを用意したものだ――
『らうめん蘭陵』
のぼりにはそう書かれており。
「……」
虞美人はしばらく食堂の前で立ち尽くしてしまったのだ。
「…………なに、これは?」
好奇心と嫌な予感に抗えず、彼女は結局、食堂に足を踏み入れた。ドアが開いた途端、温かな空気がムワッと押し寄せ、かけていた眼鏡が曇る。
もともと、視力が悪いわけでもない、伊達メガネだ。
それを躊躇なく外すと、カウンター席の向こう、調理場でラーメンを作っている人物が「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
それは、予想通り蘭陵王その人であった。髪を後ろでまとめて結び、さらにスープに髪の毛一本落とすまいとバンダナを巻いている。
「……お前、何してるの?」
「おや、麗しの虞美人様」
「いい加減その呼び方やめなさいよ」
蘭陵王の生前、「自分をそう呼べ」と半ば冗談交じりで言ったことを、この男は律儀に守っていて、カルデアでそう呼ばれるとなんだか気恥ずかしく思う。
「あ。ぐっちゃん先輩、らっしゃーせー!」
「接客の研修からやり直しなさい」
ラーメンの丼を運びながら元気に挨拶をしてくる後輩――藤丸立香に、容赦のない言葉を浴びせながら、虞美人はカルデアのマスターを睨みつけた。
「どうせまたお前が蘭陵王になにか無理難題を言ったんでしょう」
「え、私、そんなに蘭陵王にワガママ押し付けてるイメージあります?」
「たしか、こないだは『疲れた、顔面宝具で癒やして』とか無茶振りしてたでしょ」
「なんでそれを知ってるんですか!?」
立香からすれば蘭陵王に甘えているセリフを公開処刑にさらされたようなものなのだが、虞美人は一向に気にしていない。
蘭陵王は己のマスターを弁護するために、代わりに説明を始めた。
「実は、マスターと中華料理の話をしていたところ、本場のラーメンを食べてみたいという話になりまして」
「別にお前がラーメンを作っていた逸話があるわけでもないでしょう」
「ええ、まあ、それはそうなんですが」
蘭陵王は料理人のサーヴァントではなく、れっきとした武将である。
それを指摘されると、彼も苦笑いで肩を竦めるしかない。
「しかし、私も少し興味が湧いてきましたし、マスターに手料理を振る舞えると思うと嬉しくて。エミヤ殿や食堂の皆さんに相談してラーメンを試作していたところ、ラーメンの香りにつられた方々がやってきたので、試食にご協力いただいていたのですが……」
「いつの間にか、本格的にラーメン屋をやることになった、と」
虞美人は呆れてしまった。
本当に、いつもこの男は、お人好しなばかりに妙なことに巻き込まれる。
さらにたちの悪いことに、彼自身もそれを楽しんでしまうために、流れ流されて事態が拡大してしまうのだ。
生前の彼を知る存在として、そういったところに危うさを感じているのだが、本人に言ったところで、やはり困ったような笑顔で肩を竦めるのだろう。
「虞美人様もいかがですか、一杯。ご馳走しますよ」
「私は別に食事は……、……ああ、わかったわよ。そんな期待に満ちた目で見ないで」
虞美人はため息をつきながら、カウンター席の椅子を引いて座る。
まずいものを出したら承知しない、と言いたいところだが、この男がまずそんなお粗末なものを出すはずがない。武将とは言っても野営で調理の腕自体はあるのだ。
「ぐっちゃん先輩、お隣失礼しまーす」
そこへ、同じくカウンター席に座る立香。
「お前、店員じゃなかったの? 仕事しなさいよ」
「今から休憩時間です! 蘭陵王、塩チャーシューメンひとつお願い!」
「はい、もともと貴女に食べていただくために、こうして練習を重ねたのです」
蘭陵王が立香に笑いかけると、もともと物理的に輝いているように見えるその素顔が、さらに煌めいて見えるのは目の錯覚であろうか。
虞美人は眩しそうに目を細める。
「ぐっちゃん先輩にも塩ひとつ!」
「ちょっと、勝手に決めないで」
「でも、先輩いつも食事は必要ないって食べないでしょ? ラーメンの好みの味とかあります?」
「……言われてみれば特にないけど。こうしてメニュー見ると色々あるのね」
塩、醤油、味噌、豚骨。ラーメン以外だと麻婆豆腐やチャーハンなどもある。ラーメン屋と言うより中華料理屋といったほうが正しいのではないかと思える品揃えである。最初はラーメンを作るだけだったはずが、周囲が盛り上がっていった結果、どんどん増えていったのだろう。虞美人にとっては頭が痛くなるような気もする。
大鍋の中でぐらぐらと煮立ったお湯の中で、魚が泳ぐようにラーメンの黄色みがかった麺が熱の対流でゆらめいていた。
それを蘭陵王が茹で時間を見極め、茹で上がった麺をじゃっじゃっと湯切りする。
玉のような汗を流し、ラーメンに真剣に向き合うその男の美貌は、客層である女性サーヴァントたちやカルデアの女性スタッフたちにため息をつかせるには充分であった。
その後ろから調理場で忙しく立ち働くラーメン屋スタッフ――普段は食堂で料理を作っているメンバーだ――が蘭陵王に話しかけ、彼もなにやら答えている。立香も積極的に彼と会話しており、実に楽しそうにラーメン屋をやっている蘭陵王を、虞美人はカウンターに肘をついてじっと見ていた。
「……虞美人様。食事をする場で肘をつくのはマナー違反ですよ」
横目でちらっと彼女を見た蘭陵王が注意すると、「はいはい、悪かったわね」と虞美人がテーブルから肘を下ろす。
すると、「お待たせして申し訳ございません」と彼が丼を差し出した。虞美人と、立香の分。塩ラーメンと、塩チャーシューメン。
「ぐっちゃん先輩、割り箸の割り方わからなかったら言ってくださいね」
「お前、バカにしてるの?」
ちなみに立香は割り箸を割るのに失敗した。
アンバランスな割れ方をした割り箸を持ちながら、届いたラーメンを啜る。
「……温かい」
「寒い日のラーメン、格別ですよね」
「眼鏡が曇るのが玉に瑕だけどね」
食事というのは、ただ食物を摂取するのみにあらず。
料理を囲みながら、会話に花を咲かせるコミュニケーションもまた、食事の醍醐味である。
蘭陵王は微笑みながら、ふたりを見つめていた。
「あ、見て下さい、ぐっちゃん先輩! どんぶりの底に蘭陵王の仮面のマーク!」
「えっ、お前、どんぶりまで自作したの……? 後輩に食べさせるためだけに?」
「い、いえ、それはエミヤ殿が投影魔術で作ってくださったもので……」
さすがにドン引き、と言いたげな虞美人に慌てて弁解する蘭陵王。
食堂組はずいぶん凝り性のようだった。
「ラーメン屋さんが店じまいしたら、このどんぶり1個もらってもいいかな?」
「ええ、もちろん。思い出の品としてお持ちくだされば幸いです」
「相変わらず後輩に甘いわね……」
というか、どんぶりなんてスペースを取るし、もらってどうするんだという気もするのだが、虞美人はこれ以上ツッコむ気になれない。
こうして蘭陵王が真心を込めて作るラーメンはカルデアのサーヴァントおよびスタッフに好評を博し、その後もときどき『らうめん蘭陵』が開店することがある、らしい。
「ラーメンって食べるの初めてかも」「私も! なんか色んなフレーバーがあるらしいよ」「楽しみだね~」なんて、女性サーヴァントたちがウキウキしながら会話に花を咲かせ、歩いていく。
――ラーメンなんて、そう珍しいものでもないと思うけど……。
虞美人は中華由来のサーヴァントである。ラーメンなんて食べ飽きた……というほどではないのだが、少なくともあの手の看板は見慣れている。
人が多い場所に行くのは億劫だ、食堂に入るのはやめておこうか、などと考えながら、ふと食堂のほうを見ると、のぼりが立っていた。ずいぶん気合の入ったものを用意したものだ――
『らうめん蘭陵』
のぼりにはそう書かれており。
「……」
虞美人はしばらく食堂の前で立ち尽くしてしまったのだ。
「…………なに、これは?」
好奇心と嫌な予感に抗えず、彼女は結局、食堂に足を踏み入れた。ドアが開いた途端、温かな空気がムワッと押し寄せ、かけていた眼鏡が曇る。
もともと、視力が悪いわけでもない、伊達メガネだ。
それを躊躇なく外すと、カウンター席の向こう、調理場でラーメンを作っている人物が「いらっしゃいませ」と声をかけてくる。
それは、予想通り蘭陵王その人であった。髪を後ろでまとめて結び、さらにスープに髪の毛一本落とすまいとバンダナを巻いている。
「……お前、何してるの?」
「おや、麗しの虞美人様」
「いい加減その呼び方やめなさいよ」
蘭陵王の生前、「自分をそう呼べ」と半ば冗談交じりで言ったことを、この男は律儀に守っていて、カルデアでそう呼ばれるとなんだか気恥ずかしく思う。
「あ。ぐっちゃん先輩、らっしゃーせー!」
「接客の研修からやり直しなさい」
ラーメンの丼を運びながら元気に挨拶をしてくる後輩――藤丸立香に、容赦のない言葉を浴びせながら、虞美人はカルデアのマスターを睨みつけた。
「どうせまたお前が蘭陵王になにか無理難題を言ったんでしょう」
「え、私、そんなに蘭陵王にワガママ押し付けてるイメージあります?」
「たしか、こないだは『疲れた、顔面宝具で癒やして』とか無茶振りしてたでしょ」
「なんでそれを知ってるんですか!?」
立香からすれば蘭陵王に甘えているセリフを公開処刑にさらされたようなものなのだが、虞美人は一向に気にしていない。
蘭陵王は己のマスターを弁護するために、代わりに説明を始めた。
「実は、マスターと中華料理の話をしていたところ、本場のラーメンを食べてみたいという話になりまして」
「別にお前がラーメンを作っていた逸話があるわけでもないでしょう」
「ええ、まあ、それはそうなんですが」
蘭陵王は料理人のサーヴァントではなく、れっきとした武将である。
それを指摘されると、彼も苦笑いで肩を竦めるしかない。
「しかし、私も少し興味が湧いてきましたし、マスターに手料理を振る舞えると思うと嬉しくて。エミヤ殿や食堂の皆さんに相談してラーメンを試作していたところ、ラーメンの香りにつられた方々がやってきたので、試食にご協力いただいていたのですが……」
「いつの間にか、本格的にラーメン屋をやることになった、と」
虞美人は呆れてしまった。
本当に、いつもこの男は、お人好しなばかりに妙なことに巻き込まれる。
さらにたちの悪いことに、彼自身もそれを楽しんでしまうために、流れ流されて事態が拡大してしまうのだ。
生前の彼を知る存在として、そういったところに危うさを感じているのだが、本人に言ったところで、やはり困ったような笑顔で肩を竦めるのだろう。
「虞美人様もいかがですか、一杯。ご馳走しますよ」
「私は別に食事は……、……ああ、わかったわよ。そんな期待に満ちた目で見ないで」
虞美人はため息をつきながら、カウンター席の椅子を引いて座る。
まずいものを出したら承知しない、と言いたいところだが、この男がまずそんなお粗末なものを出すはずがない。武将とは言っても野営で調理の腕自体はあるのだ。
「ぐっちゃん先輩、お隣失礼しまーす」
そこへ、同じくカウンター席に座る立香。
「お前、店員じゃなかったの? 仕事しなさいよ」
「今から休憩時間です! 蘭陵王、塩チャーシューメンひとつお願い!」
「はい、もともと貴女に食べていただくために、こうして練習を重ねたのです」
蘭陵王が立香に笑いかけると、もともと物理的に輝いているように見えるその素顔が、さらに煌めいて見えるのは目の錯覚であろうか。
虞美人は眩しそうに目を細める。
「ぐっちゃん先輩にも塩ひとつ!」
「ちょっと、勝手に決めないで」
「でも、先輩いつも食事は必要ないって食べないでしょ? ラーメンの好みの味とかあります?」
「……言われてみれば特にないけど。こうしてメニュー見ると色々あるのね」
塩、醤油、味噌、豚骨。ラーメン以外だと麻婆豆腐やチャーハンなどもある。ラーメン屋と言うより中華料理屋といったほうが正しいのではないかと思える品揃えである。最初はラーメンを作るだけだったはずが、周囲が盛り上がっていった結果、どんどん増えていったのだろう。虞美人にとっては頭が痛くなるような気もする。
大鍋の中でぐらぐらと煮立ったお湯の中で、魚が泳ぐようにラーメンの黄色みがかった麺が熱の対流でゆらめいていた。
それを蘭陵王が茹で時間を見極め、茹で上がった麺をじゃっじゃっと湯切りする。
玉のような汗を流し、ラーメンに真剣に向き合うその男の美貌は、客層である女性サーヴァントたちやカルデアの女性スタッフたちにため息をつかせるには充分であった。
その後ろから調理場で忙しく立ち働くラーメン屋スタッフ――普段は食堂で料理を作っているメンバーだ――が蘭陵王に話しかけ、彼もなにやら答えている。立香も積極的に彼と会話しており、実に楽しそうにラーメン屋をやっている蘭陵王を、虞美人はカウンターに肘をついてじっと見ていた。
「……虞美人様。食事をする場で肘をつくのはマナー違反ですよ」
横目でちらっと彼女を見た蘭陵王が注意すると、「はいはい、悪かったわね」と虞美人がテーブルから肘を下ろす。
すると、「お待たせして申し訳ございません」と彼が丼を差し出した。虞美人と、立香の分。塩ラーメンと、塩チャーシューメン。
「ぐっちゃん先輩、割り箸の割り方わからなかったら言ってくださいね」
「お前、バカにしてるの?」
ちなみに立香は割り箸を割るのに失敗した。
アンバランスな割れ方をした割り箸を持ちながら、届いたラーメンを啜る。
「……温かい」
「寒い日のラーメン、格別ですよね」
「眼鏡が曇るのが玉に瑕だけどね」
食事というのは、ただ食物を摂取するのみにあらず。
料理を囲みながら、会話に花を咲かせるコミュニケーションもまた、食事の醍醐味である。
蘭陵王は微笑みながら、ふたりを見つめていた。
「あ、見て下さい、ぐっちゃん先輩! どんぶりの底に蘭陵王の仮面のマーク!」
「えっ、お前、どんぶりまで自作したの……? 後輩に食べさせるためだけに?」
「い、いえ、それはエミヤ殿が投影魔術で作ってくださったもので……」
さすがにドン引き、と言いたげな虞美人に慌てて弁解する蘭陵王。
食堂組はずいぶん凝り性のようだった。
「ラーメン屋さんが店じまいしたら、このどんぶり1個もらってもいいかな?」
「ええ、もちろん。思い出の品としてお持ちくだされば幸いです」
「相変わらず後輩に甘いわね……」
というか、どんぶりなんてスペースを取るし、もらってどうするんだという気もするのだが、虞美人はこれ以上ツッコむ気になれない。
こうして蘭陵王が真心を込めて作るラーメンはカルデアのサーヴァントおよびスタッフに好評を博し、その後もときどき『らうめん蘭陵』が開店することがある、らしい。
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