絶対甘やかして堕落させたいカーマVS絶対甘やかされても堕落しない蘭陵王(蘭陵王&カーマ)
――そうだ、あの男……蘭陵王を堕落させよう。
カーマはそう決心した。
特に理由はない。
ただ、カタブツそうなあの男を堕落させてやったら楽しいことになりそうだから。
いかにも神の悪戯、というべき動機である。
(まあ、いくらカタブツとは言っても、大概の人間は三大欲求のどれかを刺激してやれば、大抵は堕ちるものですし。愛の神である私なら楽勝ですよ)
三大欲求とは、すなわち色欲、食欲、睡眠欲である。
人間である以上、そして人間として生きる以上、必ず備わっている欲望であり、これに抗える人間はまずいないと言われている。
カーマは既に勝利を確信していた。
まずは色欲で落とそうと思った。
カーマは第三再臨の、あの異様に露出度が高い、というか大事な部分だけかろうじて隠している、もはやそれはただの裸では? と言いたくなる姿で蘭陵王に迫る。
「蘭陵王さん……、私の愛、受け取ってもらえませんか?」
蘭陵王に腕を絡ませれば、彼はパチパチとまばたきをする。
カルデア内で仮面を外して過ごしている彼の素顔はあまりにも端正で、カーマのほうが見惚れてしまいそうだった。
(――って、なんで私のほうが返り討ちにあってるんですか!)
思わず赤面し、その顔を隠そうと蘭陵王から腕を離して背を向けるカーマに、ファサッとなにか布がかけられた。
振り返ると、蘭陵王が心配そうな表情を浮かべている。
「サーヴァントに暑さ寒さの概念はないとは言いますが、そのお姿は流石に目に余ります。私の外套でよければ羽織ってください」
「え、あ……どうも……」
「それでは、また」
蘭陵王は自分のマントをカーマにそっと着せて、颯爽と去っていったのであった。
「い、イケメンぢからが高い……!」
カーマはなんだか悔しかったが、後日マントを洗って返した。
***
三大欲求、次は食欲で堕落させてやることにした。
「蘭陵王さん、私の愛を込めた美食はいかがですか?」
キッチンを占領してこしらえた料理の数々。
その中には男を魅了する魔力が込められている。
これで確実にこの男を堕とす――!
しかし、蘭陵王は申し訳無さそうな顔をする。
「申し訳ありません、私は普段からあまり食べないほうでして……。皆さんで分け合って食べてください」
そう、この男、朝食はパンとオレンジジュースで済ませているほど少食なのである。
そして、彼は既に食事を済ませたあとだった。
このあと、フェルグスがカーマの料理を食べてなんか大変なことになった。
***
「ええい、色欲も食欲も効かないなら次は睡眠欲ですよ!!!」
カーマはヤケっぱちになっていた。
とりあえず寝かしつけて、夢の中でこの男を好き放題にしてダメ人間にしてやるのだ。
「というわけで、蘭陵王さん、ベッドにどうぞ」
「なぜ私の部屋にカーマ殿がいらっしゃるんでしょうか……」
蘭陵王の顔には困惑の色が浮かんでいた。
「ピッキングです。そんなことよりさっさと寝てください」
「うーん、カルデアにセキュリティの向上を申請するべきか……」
そして、蘭陵王は告げるのである。
「そもそもサーヴァントには睡眠の必要がないので、私は普段あまり寝ずにカルデアの警備に当たっておりまして……」
***
「もーーー!!!なんなんですかあの人!!!」
カーマはマスター・藤丸立香の部屋で地団駄を踏んでいた。
「カーマちゃん、苦戦してるね」
一方の立香はのんきにお茶をすすっている。
「マスターさんってば、随分余裕じゃないですか。私が蘭陵王さんをめちゃくちゃに甘やかしてダメ人間に堕落させてやろうとしてるのに」
「うーん、でも、蘭陵王だしね……。あんまり堕落してる姿が想像つかないというか……」
「まあ、それは私もそうなんですけど」
カーマは真顔で同意せざるを得ない。
「三大欲求も通用しない、あそこまで禁欲的な人間、インドの僧侶にだってなかなかいませんよ。本当になんなんですかあの人」
「僧侶じゃなくて武将なのにね」
「こうなったらマスターさん、『アレ』で行きます」
「どれ?」
「フッフッフ……マスターさんの国に伝わる、伝説の最終堕落兵器の出番ですよ……」
カーマは邪悪な笑みを浮かべていた。
***
藤丸立香の国、日本古来の最終堕落兵器。
すなわちコタツである。
「蘭陵王さん、こちら温まってますよ」
「ああ、ありがとうございます」
かくして、蘭陵王はまんまとその罠に飛び込んでしまった。
――勝った! FGO第二部完!
カーマが勝利を確信した、そのときである。
「ふう、やっぱ冬はこれよね」
どこから現れたのか、虞美人がコタツに潜り込んだのだ。
「蘭陵王、ちょっとミカンでも取ってきなさいよ」
「はいはい」
そして、蘭陵王はコタツの誘惑に一切囚われることなく、あっさりとそこから抜け出した。
「――」
カーマ、絶句。
それから、虞美人を睨みつける。
虞美人も同様に、虎のような目でカーマを見ていた。
「ちょっと、貴女まで入っていいとは言ってないんですけど?」
「別にお前の許可なんて取る気もないけど。それより、何を企んでいるの?」
「貴女に言う必要ないですよね?」
「アイツに余計なちょっかいをかけるな。これは警告よ」
バチバチと二人の視線が火花を散らす。
「お待たせいたしました。ネモ・マリーン殿からミカンをいただきましたよ」
蘭陵王が戻ってきた瞬間、二人はお互い視線を逸らした。
「? なにかありましたか?」
「いいえ?」
「別に」
その後は、蘭陵王が虞美人の食べるミカンの白いスジを取ったりと、いつも通りの甲斐甲斐しいお世話を、カーマが頬をふくらませながら眺める羽目になるのであった。
***
「はあ〜〜〜…………」
カーマは思わずため息をついてしまう。
サーヴァントとはいえ、もともと神話の人物でもなければ魔術的素養すら持っていない、ただの人間だった男に、ここまで振り回されたのは初めてだ。
いや、カーマが勝手にちょっかいをかけて勝手に振り回されているだけなのだが、それを本人に指摘すれば拗ねるのでやめておこう。
「あんまりやりたくなかったですけど、仕方ないかあ……」
カーマは本当の本当に最終手段を使うのもやむ無しと考えた。
「堕落させるために、手段は選んでられないですもんね……」
***
「マスター、なにかご用命ですか?」
立香の部屋にやってきた蘭陵王は、彼女の前に跪く。
その新雪のような白い髪を、立香の指がそっと撫でた。
「……? マスター?」
「もっと近くに来て、蘭陵王」
立香の指は髪を滑り降り、蘭陵王の頬を撫でる。
蘭陵王が黙って近寄ると、立香は彼を抱きしめた。
「いかがなさいました?」
「たまには甘やかしたくなる時もあるんだよ」
「お、お戯れを……」
蘭陵王の頬がわずかに紅潮する。
立香は蘭陵王を腕の中に収めたまま、彼の後頭部を撫でていた。
蘭陵王は、立香のぬくもりに安心したのか、そのまま蕩けるように眠りに落ちていった。
「――蘭陵王、寝た?」
「フフフ……私が真の力を発揮すればこんなものですよ」
立香の部屋のドアを開け、入ってきたのは立香本人。
蘭陵王を抱きしめている女は、いつの間にかカーマになっていた。
カーマが立香の姿に変身していたのである。
「うん、よく寝てるね」
立香は寝入ってしまった蘭陵王の頬を手の甲で撫でる。
さらりと、白い髪が頬を流れた。
「はあ……ホント、今回はたった一騎のサーヴァントを堕落させるためだけに、苦労させられましたよ」
「堕落どころか、ただ寝てるだけだけどね」
「もうこれ以上は付き合ってられません。寝てる間にいい夢でも見てればいいんです」
カーマは拗ねたようにそっぽを向いた。
***
「カーマ殿は、どうして最近になって私を気にかけてくださるのですか?」
「はあ〜? 別に気にかけてなんかいませんし」
微笑みかける蘭陵王に、カーマは心外だと言うようにふくれっ面をする。
ただ、自分でもなぜそこまで蘭陵王にちょっかいをかけたくなるのか、よくわからなかった。
心当たりがあるとすれば、あのペーパームーン事件以来なのだが……あいにくカーマには記憶が無い。そして、蘭陵王にも、立香にも。
しかし、もしかしたらあの事件の記憶は引き継がれなくても、『記録』として残ったものがあったのかもしれないし、それが『記憶』にはならないまま、英霊の座に持ち込まれた可能性はなくもない。
――今となっては、誰にも確かめようがないのだが。
「それで、寝覚めは良さそうですけど、いい夢でも見ました?」
「ええ、おかげさまで」
「は? 私は何もしてないから関係ないですよね?」
「ああ……では、そういうことにしておきましょうか」
蘭陵王はクスクスと笑む。
カーマは、最終手段すらも彼に見抜かれていたことに、赤面を禁じえなかった。
〈了〉
カーマはそう決心した。
特に理由はない。
ただ、カタブツそうなあの男を堕落させてやったら楽しいことになりそうだから。
いかにも神の悪戯、というべき動機である。
(まあ、いくらカタブツとは言っても、大概の人間は三大欲求のどれかを刺激してやれば、大抵は堕ちるものですし。愛の神である私なら楽勝ですよ)
三大欲求とは、すなわち色欲、食欲、睡眠欲である。
人間である以上、そして人間として生きる以上、必ず備わっている欲望であり、これに抗える人間はまずいないと言われている。
カーマは既に勝利を確信していた。
まずは色欲で落とそうと思った。
カーマは第三再臨の、あの異様に露出度が高い、というか大事な部分だけかろうじて隠している、もはやそれはただの裸では? と言いたくなる姿で蘭陵王に迫る。
「蘭陵王さん……、私の愛、受け取ってもらえませんか?」
蘭陵王に腕を絡ませれば、彼はパチパチとまばたきをする。
カルデア内で仮面を外して過ごしている彼の素顔はあまりにも端正で、カーマのほうが見惚れてしまいそうだった。
(――って、なんで私のほうが返り討ちにあってるんですか!)
思わず赤面し、その顔を隠そうと蘭陵王から腕を離して背を向けるカーマに、ファサッとなにか布がかけられた。
振り返ると、蘭陵王が心配そうな表情を浮かべている。
「サーヴァントに暑さ寒さの概念はないとは言いますが、そのお姿は流石に目に余ります。私の外套でよければ羽織ってください」
「え、あ……どうも……」
「それでは、また」
蘭陵王は自分のマントをカーマにそっと着せて、颯爽と去っていったのであった。
「い、イケメンぢからが高い……!」
カーマはなんだか悔しかったが、後日マントを洗って返した。
***
三大欲求、次は食欲で堕落させてやることにした。
「蘭陵王さん、私の愛を込めた美食はいかがですか?」
キッチンを占領してこしらえた料理の数々。
その中には男を魅了する魔力が込められている。
これで確実にこの男を堕とす――!
しかし、蘭陵王は申し訳無さそうな顔をする。
「申し訳ありません、私は普段からあまり食べないほうでして……。皆さんで分け合って食べてください」
そう、この男、朝食はパンとオレンジジュースで済ませているほど少食なのである。
そして、彼は既に食事を済ませたあとだった。
このあと、フェルグスがカーマの料理を食べてなんか大変なことになった。
***
「ええい、色欲も食欲も効かないなら次は睡眠欲ですよ!!!」
カーマはヤケっぱちになっていた。
とりあえず寝かしつけて、夢の中でこの男を好き放題にしてダメ人間にしてやるのだ。
「というわけで、蘭陵王さん、ベッドにどうぞ」
「なぜ私の部屋にカーマ殿がいらっしゃるんでしょうか……」
蘭陵王の顔には困惑の色が浮かんでいた。
「ピッキングです。そんなことよりさっさと寝てください」
「うーん、カルデアにセキュリティの向上を申請するべきか……」
そして、蘭陵王は告げるのである。
「そもそもサーヴァントには睡眠の必要がないので、私は普段あまり寝ずにカルデアの警備に当たっておりまして……」
***
「もーーー!!!なんなんですかあの人!!!」
カーマはマスター・藤丸立香の部屋で地団駄を踏んでいた。
「カーマちゃん、苦戦してるね」
一方の立香はのんきにお茶をすすっている。
「マスターさんってば、随分余裕じゃないですか。私が蘭陵王さんをめちゃくちゃに甘やかしてダメ人間に堕落させてやろうとしてるのに」
「うーん、でも、蘭陵王だしね……。あんまり堕落してる姿が想像つかないというか……」
「まあ、それは私もそうなんですけど」
カーマは真顔で同意せざるを得ない。
「三大欲求も通用しない、あそこまで禁欲的な人間、インドの僧侶にだってなかなかいませんよ。本当になんなんですかあの人」
「僧侶じゃなくて武将なのにね」
「こうなったらマスターさん、『アレ』で行きます」
「どれ?」
「フッフッフ……マスターさんの国に伝わる、伝説の最終堕落兵器の出番ですよ……」
カーマは邪悪な笑みを浮かべていた。
***
藤丸立香の国、日本古来の最終堕落兵器。
すなわちコタツである。
「蘭陵王さん、こちら温まってますよ」
「ああ、ありがとうございます」
かくして、蘭陵王はまんまとその罠に飛び込んでしまった。
――勝った! FGO第二部完!
カーマが勝利を確信した、そのときである。
「ふう、やっぱ冬はこれよね」
どこから現れたのか、虞美人がコタツに潜り込んだのだ。
「蘭陵王、ちょっとミカンでも取ってきなさいよ」
「はいはい」
そして、蘭陵王はコタツの誘惑に一切囚われることなく、あっさりとそこから抜け出した。
「――」
カーマ、絶句。
それから、虞美人を睨みつける。
虞美人も同様に、虎のような目でカーマを見ていた。
「ちょっと、貴女まで入っていいとは言ってないんですけど?」
「別にお前の許可なんて取る気もないけど。それより、何を企んでいるの?」
「貴女に言う必要ないですよね?」
「アイツに余計なちょっかいをかけるな。これは警告よ」
バチバチと二人の視線が火花を散らす。
「お待たせいたしました。ネモ・マリーン殿からミカンをいただきましたよ」
蘭陵王が戻ってきた瞬間、二人はお互い視線を逸らした。
「? なにかありましたか?」
「いいえ?」
「別に」
その後は、蘭陵王が虞美人の食べるミカンの白いスジを取ったりと、いつも通りの甲斐甲斐しいお世話を、カーマが頬をふくらませながら眺める羽目になるのであった。
***
「はあ〜〜〜…………」
カーマは思わずため息をついてしまう。
サーヴァントとはいえ、もともと神話の人物でもなければ魔術的素養すら持っていない、ただの人間だった男に、ここまで振り回されたのは初めてだ。
いや、カーマが勝手にちょっかいをかけて勝手に振り回されているだけなのだが、それを本人に指摘すれば拗ねるのでやめておこう。
「あんまりやりたくなかったですけど、仕方ないかあ……」
カーマは本当の本当に最終手段を使うのもやむ無しと考えた。
「堕落させるために、手段は選んでられないですもんね……」
***
「マスター、なにかご用命ですか?」
立香の部屋にやってきた蘭陵王は、彼女の前に跪く。
その新雪のような白い髪を、立香の指がそっと撫でた。
「……? マスター?」
「もっと近くに来て、蘭陵王」
立香の指は髪を滑り降り、蘭陵王の頬を撫でる。
蘭陵王が黙って近寄ると、立香は彼を抱きしめた。
「いかがなさいました?」
「たまには甘やかしたくなる時もあるんだよ」
「お、お戯れを……」
蘭陵王の頬がわずかに紅潮する。
立香は蘭陵王を腕の中に収めたまま、彼の後頭部を撫でていた。
蘭陵王は、立香のぬくもりに安心したのか、そのまま蕩けるように眠りに落ちていった。
「――蘭陵王、寝た?」
「フフフ……私が真の力を発揮すればこんなものですよ」
立香の部屋のドアを開け、入ってきたのは立香本人。
蘭陵王を抱きしめている女は、いつの間にかカーマになっていた。
カーマが立香の姿に変身していたのである。
「うん、よく寝てるね」
立香は寝入ってしまった蘭陵王の頬を手の甲で撫でる。
さらりと、白い髪が頬を流れた。
「はあ……ホント、今回はたった一騎のサーヴァントを堕落させるためだけに、苦労させられましたよ」
「堕落どころか、ただ寝てるだけだけどね」
「もうこれ以上は付き合ってられません。寝てる間にいい夢でも見てればいいんです」
カーマは拗ねたようにそっぽを向いた。
***
「カーマ殿は、どうして最近になって私を気にかけてくださるのですか?」
「はあ〜? 別に気にかけてなんかいませんし」
微笑みかける蘭陵王に、カーマは心外だと言うようにふくれっ面をする。
ただ、自分でもなぜそこまで蘭陵王にちょっかいをかけたくなるのか、よくわからなかった。
心当たりがあるとすれば、あのペーパームーン事件以来なのだが……あいにくカーマには記憶が無い。そして、蘭陵王にも、立香にも。
しかし、もしかしたらあの事件の記憶は引き継がれなくても、『記録』として残ったものがあったのかもしれないし、それが『記憶』にはならないまま、英霊の座に持ち込まれた可能性はなくもない。
――今となっては、誰にも確かめようがないのだが。
「それで、寝覚めは良さそうですけど、いい夢でも見ました?」
「ええ、おかげさまで」
「は? 私は何もしてないから関係ないですよね?」
「ああ……では、そういうことにしておきましょうか」
蘭陵王はクスクスと笑む。
カーマは、最終手段すらも彼に見抜かれていたことに、赤面を禁じえなかった。
〈了〉
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