ポッキーゲーム

「蘭陵王、ポッキーゲームしよう」

 マスター・藤丸立香の部屋。
 お茶を入れていた私――蘭陵王は、マスターの言葉にふと顔を上げた。
 立香は口になにか細長いものをくわえ、こちらに差し出すように顔を向けている。
 棒状のクッキーにチョコを塗り固めた菓子を、ふたりの人間が両端から食べあい、途中で折れたら負け、折らずに食べ続ければすなわち……という遊戯があることは、聖杯からの知識で知ってはいる。知っているのだが、聖杯も妙な知識を授けてくれるものである。

「ん、」

 目の前のマスターは相変わらずお菓子を口にくわえたままこちらに棒状のそれを突きつけてくる。

(やれというのか、拒否権はないのか)

 なさそうだ。拒んでしまえば彼女に恥をかかせてしまう。仮にも主人が勇気を出して行動に移したのだろう。それは嫌だとは言いづらかった。
 かと言って、こんな遊戯の中でマスターと容易く口付けをしてしまうというのもなんだかもったいない気がした。嫌なのではない、もったいないのである。彼女も彼女で、自分の唇をそんなに安売りしないでほしい。と説教するのもなにか違うか。

 上手いかわし方を考えて、しばらく沈黙する。黙って主人を観察する形になってしまい、マスターはだんだん羞恥からか顔が紅潮してきていた。自分のしていることが恥ずかしいことと自覚できるのは結構なことだ。
 意地悪をするのも申し訳ないし、かわし方も浮かんだので、マスターに顔を近づけ、カリッと棒菓子の先端をかじる。立香は驚いたようで、目を丸くしてビクリと肩が跳ねる――のを、私が両手で押さえた。

「動くと、お菓子が折れますよ」

 一旦菓子から口を離してそう言うと、マスターは黙って静止したが、一層顔が赤くなる。
 彼女が内心は動揺しつつも動かなくなったのを確認して、またお菓子をかじった。

 部屋の中にカリッ、ポリッとお菓子が噛み砕かれていく音だけが響く。目の前の彼女にとってはさらにプラスして、自分のうるさい心音でも聞こえているのだろうなと思う。私はそこまで心臓が騒ぐわけでもない。マスターの顔がこんなに近くにあるということに何も感じないわけでもないのだが、努めてお菓子を短くしていくことに集中していた。
 棒菓子は火のついた導火線のようにどんどん寿命が縮んでいく。お互いの唇が近づいていく。このまま順調に噛み砕いてしまえば順当に接吻ができるのだろうなと思った。マスターもそれを望んでいるからこの遊戯に誘ったわけで、私も彼女とするのは特段嫌ではない。嫌ではないのだが。

 ポキッ。

 私は彼女と唇が重なる寸前で、わざとお菓子を噛み折った。
 マスターもそれを察したようで、ぽかんとしたように残りのお菓子を口にくわえたまま、私を見上げている。

「口付けがしたいのなら、いつでも応じますのでわざわざ口実を作らなくて結構ですよ」

 私はマスターの口から残りのお菓子を取り上げて食べてしまった。
 指に少しついたチョコを舐め取ると、マスターは顔を真っ赤にしたまま、ふるふると震えていた。

「このお菓子おいしいですね。お茶請けに良さそうです」

 私はマスターの顔色が元に戻るのを待って、平然とお茶汲みの続きに戻ったのであった。

〈了〉
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