酩酊

 それは、とある晩のことであった。
 フェルグスが、申し訳無さそうな顔で蘭陵王を肩に担いで立香の部屋にやってきたのだ。
 どうやら蘭陵王は男性サーヴァントの集まる飲み会に参加したらしい。
 このカルデアでは週に一度ほどの頻度で、男性サーヴァントだけが集まって、酒を酌み交わす飲み会があるらしいことは、立香も聞いてはいた。
 ただ、立香は未成年の上、女子でもあったので、存在を知っているだけで参加したこともない。その飲み会の時間帯には食堂も貸し切りになるため、詳しいことは知らなかったのだ。

「すまん……どうやら飲み会に提供された酒に、酒吞童子やメイヴの作った酒が紛れ込んでいたらしくてな……」

 フェルグスは眉尻を下げてマスターに詫びる。
 なるほどそれで合点がいった。サーヴァントは通常、酒に酔うことはないからだ。それでも同じサーヴァントが作成した酒ならば、まあ酔うこともあるのだろう。蘭陵王はたまたま、その酒と相性が悪かったらしい。
 そういうわけで、男性サーヴァントのほとんどは酔いつぶれ、食堂で今も居眠りしているらしい。

「それで、なんで蘭陵王だけ連れてきたの?」

「いや、蘭陵王殿はこの美貌だろう? 男同士とはいえ、不埒な考えを起こすやつもいるかもしれないからな。手を出される前に回収してきた」

 ああ~……と、立香はそのへんの事情は知らないまでも、一応の納得はした。
 蘭陵王は細身で、女性とも見紛うような顔立ちをしている。酔った勢いで、まあ……そういうこともありうるといえばありうるのだろう。
 そういうわけで、フェルグスに蘭陵王の介抱を任されたのだった。

「蘭陵王、大丈夫? 水、飲めそう?」

 酔った蘭陵王をベッドに座らせて介抱する立香だったが、蘭陵王は想像以上に悪酔いしていた。
 具体的に言うと、めちゃくちゃ甘えてくるのである。

「口移しで飲ませてください」

「口移しで!?」

「マスターの魔力、ほしいです」

 潤んだ瞳で、頬を上気させて懇願する蘭陵王の魔性の貌に、逆らえるわけもなく。
「口移しで飲ませないと水は飲まない」と彼らしくもないワガママを言う蘭陵王に、立香は根負けした。

「しょ、しょうがないなあ……」

 やむを得ず、ペットボトルのミネラルウォーターを口に含んで、薄く開いた蘭陵王の口に流し込む。
 その途端、蘭陵王は立香の背中に素早く腕を回し、もう一方の腕は立香の後頭部を押さえていた。

「んんん!?」

 ぎょっとした立香が暴れようとしても、難なく抑え込まれ、深く長く魔力を奪われる。
 息ができず、酸欠になりそうになった頃に、やっと後頭部を押さえていた腕だけは離してくれたが、背中に回された腕は離してくれなかった。

「ちょっと、蘭陵王!?」

「もう離したくないです……」

 蘭陵王の胸に手を当てて、押し戻そうとしても余計力強く抱きしめられる。
 筋力Bにぎゅううぅと身体を押しつぶされそうになって、立香は焦っていた。

「蘭陵王、落ち着いて! ギブギブ!」

「あぁ~……可愛らしいです……そんなに恥ずかしがって……」

「恥ずかしいとかじゃなくて! 折れる! どこかしらの骨が折れる!」

 既に立香の背骨や肋骨が、ミシミシと音を立てて軋んでいる。
 しかし、酩酊している蘭陵王は立香の声が聞こえていないかのように、うっとりした顔で愛おしそうに、腕の中で暴れる立香を見つめていた。
 立香の右手を取り、自らの頬に当てて、「マスターは『私の』マスターですもんね……」と、意味深な言葉をつぶやく。立香の右手には令呪が刻まれている。立香は、自分の心臓が甘く疼くのを感じていた。令呪でパスがつながっているせいか、令呪が熱くなっている気がする。いや、熱いのは自分の顔か。だんだんこちらも頭がふわふわして、酔っているような感覚になる。
 それでも、なんとか冷静を装って、「酔ってる状態で口説かれても嬉しくないから」と、かろうじて返事をした。
 蘭陵王は薄く笑んで、「素面ならいいんですね、言質は取りましたから」と、ベッドから立ち上がった。

「それでは、魔力、ごちそうさまでした」

 先ほどよりもしっかりした足取りで、蘭陵王は立香の部屋を出ていった。
 代わりに、立香がへなへなとベッドの端に座り込んで、頭を抱えてしまったのである。

「蘭陵王のほうが、よっぽど他のサーヴァントよりたちが悪い……普段が品行方正なだけに……」

 翌日、蘭陵王に昨晩のことを聞いてみたが、「すみません、昨夜フェルグス殿に酒を飲まされてからの記憶が無いのです……」と申し訳無さそうに返された。
 それで、昨日のことはなかったことにできたと内心胸をなでおろした立香だった。
 が、その直後、蘭陵王は立香の耳元に口を寄せた。

「お互い忘れたことにしてしまったほうがよろしいでしょう? ですが、もしまた酔ったら『介抱』してくださいね……?」

 あの言質を取ったときの微笑みが蘭陵王の顔に貼り付いており、立香はまた顔を真赤にする羽目になるのだった。

〈了〉
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