よとぎのはなし

「蘭陵王! 今夜、夜伽して!」

 カルデアの朝。
 蘭陵王に出会って開口一番そう言い放った立香に、蘭陵王はピシッ、と石のように固まった。
 ちなみに場所は食堂である。当然ながら他のサーヴァントも朝食を食べるために集まっていた。男性陣はおーおー、と冷やかし、女性陣はあらあらまあまあ、とニヨニヨしている。一方でマスター大好き勢は食べかけの朝食を噴き出しそうになってむせていた。
「…………マスター。そういったことは人目のないところで仰っていただけると」
「え? なんで?」
「なんでと言われましても……」
 咳払いをする蘭陵王に、立香は不思議そうな顔を向ける。
「……わかりました、拝命いたします。今夜、お部屋にお伺いいたします」
「うん、お願いね」
「……あとでやっぱりいい、と言わないでくださいね」
「? 多分言わないと思うけど」
「そうですか」
 その言葉を最後に、蘭陵王は静かに食堂を出ていった。
「あの、マスター?」
 見かねた玉藻前が立香に声をかける。
「本当によろしいので?」
「何が?」
「……もしやと思いますが、本当の本当に夜伽の意味をご存知でない?」
「え?」
「あのですね……」



「ごめん……蘭陵王……私、夜伽って夜に絵本を読んでもらうことだと思ってて……」
「そうだろうなと薄々思っておりました」
 ――夜のマイルーム。
 立香は朝の失態を詫びながら、羞恥で赤くなった顔を両手で覆っていた。
 立香と蘭陵王はベッドの上で正座して向かい合っている。顔をうつむけた立香とまっすぐ立香を見つめる蘭陵王の姿は、まるでマスターがサーヴァントに説教されている図にも見える。
「そもそもそんな言葉をどこで覚えたのですか」
「キアラさんが……」
「あの方ですか……」
 殺生院キアラという人物から聞いた時点で警戒すべきだと思うが、今更そんなことを言っても仕方ない。
「あの……申し訳ないんだけど蘭陵王……」
「ダメです」
「えっ」
「あとでやっぱりいいと言わないでください、と申し上げたはずですが」
 蘭陵王は立香の手をそっと握る。その意味するところに思い至った立香はさらにカアッと頬を染める。
「それは……その……」
 蘭陵王が自らの手に唇を寄せるのを間近に見せられて立香の動きはどんどんぎこちなくなる。ふと、蘭陵王は気になった疑問を口にした。
「マスターは、何故私に読み聞かせを下命しようと思ったのですか?」
「あー、それは」
 蘭陵王の質問に、立香は目を伏せる。
「最近うまく寝付けなくてさ。寝ようとすると今までのこと――色んなことがフラッシュバックする」
「……」
 今までのこと。色んなこと。
 それはきっと、今まで滅ぼしてきた異聞帯、奪ってきた異聞帯の住人たちの未来、命のことを言っているのだろう。
 普段はそれらを気にする素振りを見せようとしない主だが、気にしていないわけがないのだ。
「だからその、ね。蘭陵王の綺麗な声で物語を聴けば、少し、いやだいぶ癒やされるんじゃないかなって」
「マスター……」
 蘭陵王は立香に自分を頼りにされていたことに、愛おしそうに目を細める。同時に、邪な意味に捉えていた自らを恥じた。
「わかりました、そういうことでしたら……今夜はぐっすり眠っていただきます」



「普通『今夜は寝かせないぞ』ってなるもんなのにな」
「いえ、普段からあまり眠れていないようでしたので、私の助力で眠れるならお手伝いしたいな、と」
「蘭陵王ってホント真面目だよなあ……」
 翌朝。
 新宿のアサシンは蘭陵王の生真面目さに、半ば呆れて笑うしかないのであった。
「それで、結局絵本を読み聞かせてもらった、と」
「めっちゃ美声だった……ぐっすり寝落ちした……」
一方、立香から話を聞いた玉藻前も、「まあ、夜伽には夜に物語を聞かせて相手になる意味もあるので間違ってはいないんですが……」と煮え切らない二人の関係にヤキモキする羽目になるのである。

〈了〉
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