蘭陵王・ぐだ子と幻のピンクゲイザー

「ピンク色のゲイザー……ですか?」

 蘭陵王は『幻のレアエネミー』という、そのピンクゲイザーの話に、怪訝な表情を浮かべた。

「そう。新種かもしれないって。そりゃ、ゲイザー程度じゃ人理に影響はないだろうけど、念のために調査してくれって、ダ・ヴィンチちゃんが」

 藤丸立香も、「エネミーの新種なんて今更だよね」とうなずいていた。
 なんなら、イベントのたびに見たことのないエネミーが登場している気がするのだが、今は特に異聞帯の進展もイベントの開催もなく、新種のエネミーがいきなり出てくるには、たしかに奇妙なタイミングではある。
 しかし、ゲイザーはその辺のザコ敵に比べれば多少強いが、ボスと言えるほどではない程度だ。回避を無効にして攻撃を当ててくる必中を持っているのは厄介だが、無敵付与スキルを持っている蘭陵王には関係のない話である。それが、彼がピンクゲイザーの調査に選ばれた理由でもあるのだろう。

 というわけで、立香と蘭陵王はすぐにレイシフトで調査に向かった。

「目撃情報はこの森らしいけど……」

「警戒を怠らないようにしましょう。ゲイザー以外にも野生の獣やエネミーが潜んでいてもおかしくありません。私の傍から離れないように」

 蘭陵王はマスターを背後に隠しながら、森の中を慎重に進む。
 そのエネミーは、幻というわりにはすぐに見つかった。そもそも、森の緑の中に濃いピンクの丸い生物がいたら非常に目立つ。

「アレ……ですね……。それで、新種を見つけたらどうすればよいのですか?」

「戦闘で倒して、素材……サンプルを死体から剥ぎ取るって感じかな」

「なるほど……。それでは、参ります」

 蘭陵王は森の茂みの中から躍り出て、ピンクゲイザーを急襲した。
 不意打ちを食らったピンクゲイザーは、蘭陵王の斬撃を食らって怯んだ様子を見せる。
 混乱したように、四方八方に巨大な単眼からビームが放たれた。

「まずい……! マスター! 私の後ろにお下がりを!」

 蘭陵王は立香をかばい、スキル『隠美の仮面』を発動する。これは自身に無敵を付与するもので、ゲイザーの必中は無効化できる――はずだった。
 しかし。

「ちょっと待って……!? あのゲイザー、無敵貫通を持ってるよ!?」

「なっ!?」

 立香の狼狽した言葉に、蘭陵王も動揺する。
 無敵貫通は、言葉通り、無敵状態でも攻撃が通ってしまう。蘭陵王のスキルが無効化されてしまうのだ。
 だが、もう回避しようとしても間に合わない。ピンクゲイザーの光線は、もう蘭陵王の目前に迫っていた。

(せめてマスターだけでも守らねば……!)

 蘭陵王は立香を抱きしめるようにして、背中で攻撃を受ける。

「ぐうぅっ!」

 蘭陵王の意識は、そこで途絶えた。

 次に彼が目を覚ましたときには、カルデアの見慣れた白い天井が見えた。

「蘭陵王! 大丈夫……?」

 立香はずっと蘭陵王の傍にいたらしく、心配そうに彼の顔を覗き込む。

「マスター……♡」

「え?」

 蘭陵王は、自分の発言に驚いて、思わず手で口を塞いでしまった。

「な、え?♡なんですかこれ……?♡」

 目覚めた蘭陵王は、なんと台詞の語尾に『♡』がつくようになってしまったのである!

「もしかして、あの変なゲイザーの光線を受けたから……?」

「どういうことですか?♡」

 立香のかいつまんだ説明を聞いた限りでは、ピンクゲイザーのビームが蘭陵王に命中した直後、そのゲイザーは何故か即死してしまったのだという。
 蘭陵王の様子を見た感じ、あのピンクゲイザーの攻撃を受けると、語尾に『♡』がつくデバフがかかるようだ。
 ダ・ヴィンチやシオンの見解によると、ミツバチのように、一度攻撃したら死んでしまうがゆえのレアエネミーなのかもしれない、とのことだった。

「一応サンプルになる素材は取ってきたから、ダ・ヴィンチちゃんとシオンに調べてもらってるよ。それにしても、困ったね……」

 立香は同情のような憐れみのような視線を向けていた。
 見た目は可愛らしくとも、武将である蘭陵王にとっては屈辱的なことだろう。

「と、とりあえずあまりカルデア内で発言しないようにします……♡」

 口を開くたびに自分の言葉の語尾に『♡』がついてしまうことにげんなりする蘭陵王。
 以来、彼は語尾に『♡』がつく呪いを受けたまま、カルデアで日々を過ごすことになってしまったのである。

 蘭陵王は自分の台詞に『♡』がついているのを他のサーヴァントに隠すため、人前では話さなくなっていた。
 剣の鍛錬で掛け声を出さないようにするというのも、なかなか大変なものである。

「蘭陵王殿は最近あまり口数が多くないな。どうかしたのか?」

 鍛錬仲間のディルムッド・オディナが疑問を口にすると、蘭陵王は持ち歩いているメモ帳にペンを走らせる。

『申し訳ない、最近喉の調子が悪くて』

「そうなのか。医療室には――あまり行きたくないのは分かるが……」

 ディルムッドは思わず苦笑してしまう。
 医療班は曲者揃いだ。特にアスクレピオスとナイチンゲール。あの二騎の治療は治療というより拷問に近いとは誰が言いふらしたのだったか。腕はたしかなのだが。
 蘭陵王は静かに微苦笑するだけだった。

 そんな蘭陵王が唯一口を開く相手が、立香だった。彼女だけが事情を知っているからだ。

「マスター……♡私はもう元の状態に戻れないのでしょうか……♡」

「そんなに後ろ向きに考えないで。ダ・ヴィンチちゃんとシオンのふたりがサンプルを解析してるから、きっとすぐにもとに戻れるよ」

 しかし、涙目で訴える蘭陵王を見る立香の顔は、ほんのり赤かった。

 そんな中、流石幸運Dというべきか、どうしても蘭陵王を編成に加えて耐久しなければならない局面があり、彼は戦闘に加わった。
 そして、思わずいつものノリで名乗りを上げてしまったのである。

「我が仮面にかけて♡行くぞ♡」

 それを聞いた瞬間、立香は頭を抱えた。蘭陵王も羞恥のあまり、頭を抱えてその場に座り込んでしまった。

 それ以来、サーヴァントやカルデアスタッフたちの間で、「なんか蘭陵王、最近変じゃない?」「妙に色気が増したというか……」と噂が独り歩きし始めたのである。

 蘭陵王は「申し訳ございません……♡マスター……♡」と平謝りだったが、立香は顔を赤くして、

「もう喋らないで……恥ずかしいでしょ……」

 そう言って、そっと目をそらしてしまった。

 蘭陵王は、ショックで固まってしまった。
 主に恥をかかせてしまった、己の未熟さを呪った。
 そもそもゲイザーが無敵に対して対抗手段など持っていないだろう、とたかをくくって油断した自分の甘さが問題だったのだ。
 蘭陵王は呆然としたまま、ふらふらとおぼつかない足取りで立香の部屋を出ていってしまった。「蘭陵王? どこいくの?」というマスターの制止の言葉も聞こえなかった。

 そして、彼がたどり着いたのは、旧友である虞美人の部屋である。
 蘭陵王は虞美人にすべてを打ち明け、「マスターに嫌われてしまいました……♡」とシクシクと泣いていた。

「なんか語尾に『♡』ついてるとイマイチ緊張感がないというか、悲しんでる感じしないわね……」

 それが虞美人の感想であった。

 それはそれとして、虞美人は激怒した。
 蘭陵王を泣かせた立香を決して許さないと怒りをあらわにし、彼女の部屋に怒鳴り込んだのである。
 ひとりでおせんべいを食べていた立香は突然激昂して殴り込んできた虞美人にビビり散らかした。

「どうしたんですか、パイセン」

「どうしたもこうしたもないわよ、なに蘭陵王を泣かしてんのよ!」

「えっ、蘭陵王泣いちゃったんですか!?」

 どうもお互い話が噛み合わない。
 虞美人は立香の真意を聞いてみることにした。

「アンタ、蘭陵王に『喋るな、恥ずかしいから』って言ったらしいじゃない」

「なんか……蘭陵王が『♡』つけて喋ってるとドキドキというか、なんとも言えない気分になるんですよ……」

 ともじもじしている立香に、虞美人は「あー……」となにかを察していた。

「それに、蘭陵王は生前将軍だったから……私をかばったせいであんな恥ずかしい目にあってると思ったら可哀想で、ついつい『もう喋らないで、蘭陵王も恥ずかしいでしょ』って意味で……」

「アンタたちは言葉足らずなのよ!」

 虞美人は自分が重い腰を上げて損したとばかりに、眉間にシワを寄せてため息をつく。
 そこへ、虞美人の後ろをこっそりついてきていた蘭陵王が出てきた。立香は「蘭陵王」と声をかけた。

「あ、あの……マスター……♡もう怒ってませんか……?♡」

「私は最初から怒ってないよ。私もごめんね、言葉が足りなくて」

「マスター……♡」

(あ、今の台詞は正しく『♡』使ったわね)

 虞美人はそう思ったが、口にはしないことにした。

 そこへ、さらに立香の部屋に乱入してきたサーヴァントがいた。
 アスクレピオスとナイチンゲールである。

「蘭陵王、聞いたぞ。お前、奇病にかかっているのなら、何故真っ先に僕に言わないんだ!? これは実にオモシロ……興味深い症例だ! 僕が命を懸けてでも治療する!」

「こんなことで命を懸けないでください!♡」

「語尾に『♡』がつく……これはかなりの珍しい症例ですね。私も殺してでも治します」

「早速手術室に連行するぞ、縛り上げろ看護師!」

「うわーん!♡助けてマスター!♡」

 こうして、蘭陵王は医神と看護師の手により、拉致されてしまったのであった。

「こうなるから、カルデア医療班に言いたくなかったんだよなあ……」

「カルデアって奇人変人しかいないの?」

 ため息をつく立香に、虞美人は下手したらブーメランになる発言を投げかけたのである。

 その後、アスクレピオスの治療により蘭陵王の語尾に『♡』がつくことはなくなったが、治療の内容について他者に聞かれると、彼は青ざめた顔で何も言わなかったという。

〈了〉
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