暗君と忠義について(蘭陵王&黄飛虎)
「蘭陵王殿、某は貴殿を、羨ましく思う」
武成王――黄飛虎は、蘭陵王と酒を酌み交わしていた。
桜が舞い散っているのは、シミュレーターの中にいるからだ。
日本生まれのサーヴァントたちが「花見をしよう」と企画を持ちかけた結果の、いわゆるレクリエーションのようなものだ。
普段ピリつく空気で異聞帯のクリプターや異星の神と戦っている戦士にも、休息は必要だ。
特に、最前線で戦っているサーヴァントと、そのマスターには。
黄飛虎は、当時カルデアの中でも新参に近い。
それでも、太公望や哪吒に再会し、カルデアに馴染むのは早かった。
蘭陵王は、黄飛虎と生前、関わりがあったわけではない。
それでも、黄飛虎が彼に「一緒に飲もう」と誘いをかけたのは、ひとえに共通項があったからに他ならない。
「某は、貴殿と一度、話がしてみたかったのだ」
「私も、黄飛虎殿とは、酒を酌み交わしたく思っておりました」
彼らの共通項、それは――
「某は、蘭陵王殿の生き方が――いや、死に方、なのか、この場合は――それが、羨ましかった。そんなことを言っては、困らせてしまうと思うが……」
「いえ、私こそ、黄飛虎殿のような生き方が出来たらどんなに良かったか」
――この二騎は、生前、暗君に仕えた身。
しかし、その結末は正反対だ。
黄飛虎は、暗君から離反し、蘭陵王は、暗君の命令に従い、毒を呷った。
「某は、あれで本当に良かったのかと、今でも思ってしまうのだ」
「それは、私も一緒です。後悔も無念もないとは言いません。本来なら、自分の主を、国を、主に恨まれてでも、正しい道に導くべきだった。それが出来たのではないかと、英霊の身になっても、考えてしまうことはあります」
蘭陵王は、自らの手に持った盃を見つめる。透き通った酒の水面に、桜の花びらが浮かんで、波紋を生み出している。
それをぐいっと飲み干した。
黄飛虎もそれにならった。
「なんだか、湿っぽい酒になってしまったな。申し訳ない」
眉尻を下げて謝る黄飛虎に、蘭陵王は「いいえ」と答えた。
「貴方と話せて良かったです、黄飛虎殿。生前は正反対の立場ではあれど、今は主を同じくする身。しかも、此度のマスターは決して暗君などではない。今度こそ、我々でマスターを守り、導きましょう」
「そうだな。某も、貴殿と話せて良かった。胸のつかえが、多少楽になった気がする」
遠くでは、マスター・立香とマシュが、桜の花びらをいっぱいに集めて、空中に舞わせている。その子供のような無邪気な笑顔に、蘭陵王と黄飛虎が向ける視線は、まるで父が娘を見守るようであった。
〈了〉
武成王――黄飛虎は、蘭陵王と酒を酌み交わしていた。
桜が舞い散っているのは、シミュレーターの中にいるからだ。
日本生まれのサーヴァントたちが「花見をしよう」と企画を持ちかけた結果の、いわゆるレクリエーションのようなものだ。
普段ピリつく空気で異聞帯のクリプターや異星の神と戦っている戦士にも、休息は必要だ。
特に、最前線で戦っているサーヴァントと、そのマスターには。
黄飛虎は、当時カルデアの中でも新参に近い。
それでも、太公望や哪吒に再会し、カルデアに馴染むのは早かった。
蘭陵王は、黄飛虎と生前、関わりがあったわけではない。
それでも、黄飛虎が彼に「一緒に飲もう」と誘いをかけたのは、ひとえに共通項があったからに他ならない。
「某は、貴殿と一度、話がしてみたかったのだ」
「私も、黄飛虎殿とは、酒を酌み交わしたく思っておりました」
彼らの共通項、それは――
「某は、蘭陵王殿の生き方が――いや、死に方、なのか、この場合は――それが、羨ましかった。そんなことを言っては、困らせてしまうと思うが……」
「いえ、私こそ、黄飛虎殿のような生き方が出来たらどんなに良かったか」
――この二騎は、生前、暗君に仕えた身。
しかし、その結末は正反対だ。
黄飛虎は、暗君から離反し、蘭陵王は、暗君の命令に従い、毒を呷った。
「某は、あれで本当に良かったのかと、今でも思ってしまうのだ」
「それは、私も一緒です。後悔も無念もないとは言いません。本来なら、自分の主を、国を、主に恨まれてでも、正しい道に導くべきだった。それが出来たのではないかと、英霊の身になっても、考えてしまうことはあります」
蘭陵王は、自らの手に持った盃を見つめる。透き通った酒の水面に、桜の花びらが浮かんで、波紋を生み出している。
それをぐいっと飲み干した。
黄飛虎もそれにならった。
「なんだか、湿っぽい酒になってしまったな。申し訳ない」
眉尻を下げて謝る黄飛虎に、蘭陵王は「いいえ」と答えた。
「貴方と話せて良かったです、黄飛虎殿。生前は正反対の立場ではあれど、今は主を同じくする身。しかも、此度のマスターは決して暗君などではない。今度こそ、我々でマスターを守り、導きましょう」
「そうだな。某も、貴殿と話せて良かった。胸のつかえが、多少楽になった気がする」
遠くでは、マスター・立香とマシュが、桜の花びらをいっぱいに集めて、空中に舞わせている。その子供のような無邪気な笑顔に、蘭陵王と黄飛虎が向ける視線は、まるで父が娘を見守るようであった。
〈了〉
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