私を思い出して/君を忘れない

「マスター、お話があるのですが……しばらく、お休みをいただいてもよろしいでしょうか?」

 蘭陵王は、マスター・藤丸立香に、遠慮がちに申し出た。
 クリスマスといえば、カルデアでは毎年サンタサーヴァントが爆誕して何かしらの事件が起こっており、立香はその対応に追われることになる。蘭陵王が休暇申請を出してきたのは、ちょうど立香が周回用の編成を考えていたときのことだった。

「蘭陵王が必要になるような、持久戦になりそうな戦闘はないと思うから、構わないけど……」

 立香は理由について、特に深くは考えなかった。最近難易度の高い戦闘があったから、蘭陵王も疲れているのかもしれない。彼には世話になりっぱなしだから、むしろ働き詰めになりがちな彼には、休んでほしかったのでちょうどいい。

「ありがとうございます。マスターも、ご無理はなさらず、きちんと休んでくださいね」

 蘭陵王は控えめな微笑みを浮かべている。クリスマスイベントといえばBOXガチャが定番になっている。立香が睡眠時間や休憩時間を削ってまで周回しているのを、蘭陵王は気にかけていた。
 肩に手を置こうとして、ためらうように停止してから、手を引っ込めてしまう。
 彼は、異性の身体に極力触れるのを避けようとするくせがあった。もともとそういった紳士的な態度を心がけているのもあるし、もしかしたら生前、そういったことでトラブルがあったのかもしれない。

「それでは、失礼いたします」

 それだけ言って、蘭陵王は立香の部屋を出ていった。

 問題は、その後、彼がなかなか立香の前に姿を現さなかったことである。
 カルデアベースの中ですれ違っているのかも、と思うには、あまりにも遭遇できなかった。
 食堂で朝、食事している姿も見られなかったし、地下図書館にも、シミュレーターの中にも彼の姿はなかった。
 さすがに不審に思った立香がダ・ヴィンチにも訊いてみたのだが、彼女は笑って「彼なら大丈夫だよ」と言うだけだった。何か事情を知っているようだが、どんなに問い詰めても教えてはくれなかった。
 ただ、これだけは教えてくれた。

「クリスマスイブには戻ってくると思うから、それまで良い子で大人しく待っててごらん」

 立香は首を傾げながらも、24日を待ったのだ。

 そうして、24日の夜。蘭陵王は本当に、立香の部屋を訪ねてきた。

「ご無沙汰しておりました。蘭陵王、ただいま戻りました」

 そう言って、なにやら赤いラッピングの小さな箱を渡してくる。

「これは?」

「クリスマスプレゼントです。よろしければ、開けてみてください」

 言われるがまま、立香はラッピングを丁寧に剥がして、小箱を開ける。
 中には、アクセサリーが入っていた。

「ネックレス?」

「はい。実はダ・ヴィンチ殿に許可をいただいてレイシフトしておりまして、レイシフト先で宝石を入手して、ダ・ヴィンチ殿に加工してもらっていたのです」

 細い金色のチェーンには、蘭陵王の仮面についているのと同じ、水色のしずくの形をした宝石がついている。

「宝石ってことは、結構QPかかったんじゃないの……?」

「マスターのためならば、この蘭陵王、財を投げうっても惜しくはありませぬ」

 自分の心ばかりの贈り物を、どうしても受け取ってほしいと彼が懇願するものだから、立香は素直に受け取ることにした。

「ありがとう、蘭陵王。素敵なクリスマスプレゼントだね」

「こう見えても、三十三年生きた大人ですから。良い子にはプレゼントをあげるのが、大人の役目でしょう?」

 蘭陵王は優しく微笑んで、立香の頭をそっと撫でる。
 立香は、誰かに子供扱いされたのは久しぶりだな、と思った。

「ダ・ヴィンチ殿に作成してもらったものとはいえ、魔術的な効果はありません。本当に、お飾り程度のお守りのようなものです。それでも、魔術的要素がないものならば、この旅が終わっても、魔術協会に没収されることなく、故郷に持って帰れると思いましたので」

 立香が頭を撫でている蘭陵王の顔を見上げると、彼の顔は感情が揺らいでいるように見えた。

「どうかこの旅が終わって、貴女が故郷に帰っても、私のことを思い出していただければ、と祈りを込めました」

 蘭陵王は恐れている。
 英霊の座に還っても、記憶が記録として残るかどうかは、サーヴァントによって差異がある。
 どの聖杯戦争に喚ばれたか全て記憶しているサーヴァントもいれば、以前のマスターのことなどまるで忘れてしまうサーヴァントもいる。
 そして、蘭陵王は、おそらく後者なのだ。

 立香は、そんな蘭陵王の胴体に、ぽすっと頭を押し付けて抱きしめた。

「大丈夫。君が私を忘れても、私は君を、ずっとずっと覚えてる。こんな刺激的な旅がそうそう簡単に忘れられるわけがない。きっとおばあちゃんになっても、死ぬまで君のことを思い出せるよ」

「……ありがとうございます、マスター」

 蘭陵王も、そっと立香の背に、手を回した。

「ねえ、ネックレス、早速つけてみてもいいかな?」

「ええ。お手伝いいたします」

 蘭陵王は立香の背後にまわり、ネックレスのチェーンを首に回して、留め具を留めた。
 見立て通り、ネックレスのチェーンの長さがぴったり立香に合っているのは、ダ・ヴィンチの観察眼のおかげだろうか。

「どうかな? 似合う?」

「ええ、とても。おそろい、ですね?」

 蘭陵王の仮面の飾りが揺れる。涙のようにも見えるその石は、立香の首元でも輝きを放っている。

「大切にするね。本当にありがとう」

 そんなわけで、立香の礼装の下には、そのネックレスがつけられているのかもしれないし、部屋に大切に飾ってあるのかもしれない。
 どちらにせよ、旅の終わりはいつか来る。
 その時には、立香はきっと、このネックレスを見るたびに温かい記憶とともに思い出すのだろう。
 共に旅をした、仮面の剣士を。

〈了〉
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