蘭陵王にケモミミと尻尾が生えた話
「大変だ! 霊基異常で蘭陵王にケモミミと尻尾が生えてしまった!」
「はい説明口調~!」
ダ・ヴィンチの状況説明に立香がツッコミを入れるが、それで状況が変わるわけでもない。
蘭陵王を見ると、たしかに彼の頭にはピンと立った獣の耳が、腰にはブンブンと振られた獣の尻尾が生えていたのだった。
「見たところ、イヌ科の動物のようだね」
ホームズは霊基異常を興味深そうに眺めている。
「あ~、蘭陵王って見た目なんとなく猫っぽいけど、本質は忠犬だもんね。わかるわかる」
「先輩、この場合『忠犬』というのは褒め言葉になるのでしょうか?」
うんうんとうなずく立香の言葉にマシュは怪訝な顔で首を傾げていた。
「とにかく、立香ちゃんがしばらく面倒見てやってくれないかい? 私たちで分析と霊基異常の解消法は探しておくよ」
そんなわけで、立香はイヌ科の動物っぽくなった蘭陵王の世話を押し付けられたのだった。蘭陵王は人間としての自我はあるのかどうかよくわからない。ただ、尻尾をブンブンと振って立香のあとをついてくるだけだ。
とりあえず、蘭陵王をマイルームに連れて帰ることにした。
「先輩、私もダ・ヴィンチちゃんと一緒に蘭陵王さんの解析を手伝ってきます。蘭陵王さんはこのカルデアで唯一のレベル120、戦力として重要です。可及的速やかにこの霊基異常を解消しないと確実に困ります」
マシュはそう言って、マイルームを出ていく。部屋には、立香と蘭陵王だけが残された。
「蘭陵王、会話はできる? 私の話は通じるかな?」
立香は蘭陵王に話しかける。しかし、蘭陵王はやはり、一言も発することなく尻尾を振って抱きついてくるだけだった。心なしか、彼は機嫌が良さそうで、表情もニコニコしている。
「完全に犬化してるのかな……。たしかにこれだと、戦闘は困る……」
犬と化してしまった蘭陵王に戦闘を任せることが出来るのか分からない。そもそもこちらの言葉が通じるのかどうかさえ分からない。意思疎通が出来ない状態では戦闘どころではないだろう。まさか、本物の犬みたいに戦闘訓練という名の躾をするわけにもいかないだろうし……。
そう思っていると、突然視界がぐるりと回る。蘭陵王が立香をベッドに押し倒したのだ。立香の視界には天井と、自分を見下ろし尻尾を振っている犬耳の蘭陵王が見えていた。
「こら、蘭陵王。悪戯しちゃダメだぞ?」
立香は呑気に蘭陵王の髪の毛をワシャワシャと撫で回していたが、やがて違和感に気づく。
――彼は本当に『犬』なのだろうか? 犬にしてはもっと肉食獣めいた眼光が鋭い気がしないでもない……。
「――あ」
蘭陵王は犬ではない。
狼だ、これ。
それに気付いたと同時に、蘭陵王は立香の首筋に軽く歯を立てた。
「ヒエッ……」
首筋に歯を立てたのは、あくまでも甘噛みのようだったが、暗に「抵抗したら本当に喰らう」という警告のように思えた。
蘭陵王はいつもより鋭く尖った犬歯を見せつけ、舌なめずりをしている。
――喰われる。
立香は久しぶりに命と貞操の危機を感じた。
「先輩! 霊基異常の原因を特定しました! すぐに蘭陵王さんを連れてブリーフィングルームに――」
そこへ、マイルームのドアを開けてマシュがやってくる。
「ま、マシュ! 助け――」
「――し、失礼しました! ブリーフィングルームに来るのはあとでいいので! ごゆっくり!」
「マシューーー!!!」
マシュは何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしてとんぼ返りのように部屋を出ていってしまう。
まあ、ベッドに押し倒されている立香とその上にまたがっている蘭陵王を見たら、誰だって勘違いをしても仕方ないだろう。
そんなわけで、蘭陵王にとっては都合のいいことに、誰の邪魔も入らなかったのだった。
◆
「――誠に申し訳ございませんでした!」
霊基異常の解消した蘭陵王は床に頭をめり込ませるのではと思うほど土下座している。
彼にはやはり、霊基異常の間の記憶はないようだった。
「いや、うん……蘭陵王がもとに戻ったなら良かったよ……」
立香はそっと目をそらす。
その服の下は狼化した蘭陵王の歯型が大量についているのだが、本人にそれを伝えれば服毒でもしかねないので黙っていることにした。
「それで、結局霊基異常の原因は何だったの?」
「どうも、何者かに霊基グラフをいじられていたようで……」
「何者か、かあ……」
数名、心当たりがある人物を頭に思い浮かべる。
このカルデアには悪戯者が多いのだ。
「ホームズ殿、なんとか名推理で犯人を突き止められませぬか」
蘭陵王の依頼に、ホームズは片眉を上げる。
「突き止めること自体は出来るだろうね。しかし、それで君はどうするつもりかな?」
「そうですね……場合によっては刺し違えてでも……」
一同は蘭陵王の言葉に驚いた。蘭陵王がここまで言うとは、相当怒っている。彼からすれば己を獣にされ、自分の意志ではないとはいえ、マスターである立香を蹂躙してしまったのだ。無理もないとは思う。
しかし、カルデアのサーヴァントは、異聞帯を切除しなければいけない今は一騎でも失いたくない。カルデア唯一のレベル120である蘭陵王を失うという痛手は負いたくないし、今回の悪戯をしたと思われる容疑者の面々だって貴重な戦力だ。本当に、そういうたちの悪い悪戯者に限って戦闘に関しては強力なサーヴァントが多いのだから困ったものだ。
なんとか蘭陵王の怒りを鎮め、土下座と服毒も辞めさせるのに苦労するカルデアの面々であった。
〈了〉
「はい説明口調~!」
ダ・ヴィンチの状況説明に立香がツッコミを入れるが、それで状況が変わるわけでもない。
蘭陵王を見ると、たしかに彼の頭にはピンと立った獣の耳が、腰にはブンブンと振られた獣の尻尾が生えていたのだった。
「見たところ、イヌ科の動物のようだね」
ホームズは霊基異常を興味深そうに眺めている。
「あ~、蘭陵王って見た目なんとなく猫っぽいけど、本質は忠犬だもんね。わかるわかる」
「先輩、この場合『忠犬』というのは褒め言葉になるのでしょうか?」
うんうんとうなずく立香の言葉にマシュは怪訝な顔で首を傾げていた。
「とにかく、立香ちゃんがしばらく面倒見てやってくれないかい? 私たちで分析と霊基異常の解消法は探しておくよ」
そんなわけで、立香はイヌ科の動物っぽくなった蘭陵王の世話を押し付けられたのだった。蘭陵王は人間としての自我はあるのかどうかよくわからない。ただ、尻尾をブンブンと振って立香のあとをついてくるだけだ。
とりあえず、蘭陵王をマイルームに連れて帰ることにした。
「先輩、私もダ・ヴィンチちゃんと一緒に蘭陵王さんの解析を手伝ってきます。蘭陵王さんはこのカルデアで唯一のレベル120、戦力として重要です。可及的速やかにこの霊基異常を解消しないと確実に困ります」
マシュはそう言って、マイルームを出ていく。部屋には、立香と蘭陵王だけが残された。
「蘭陵王、会話はできる? 私の話は通じるかな?」
立香は蘭陵王に話しかける。しかし、蘭陵王はやはり、一言も発することなく尻尾を振って抱きついてくるだけだった。心なしか、彼は機嫌が良さそうで、表情もニコニコしている。
「完全に犬化してるのかな……。たしかにこれだと、戦闘は困る……」
犬と化してしまった蘭陵王に戦闘を任せることが出来るのか分からない。そもそもこちらの言葉が通じるのかどうかさえ分からない。意思疎通が出来ない状態では戦闘どころではないだろう。まさか、本物の犬みたいに戦闘訓練という名の躾をするわけにもいかないだろうし……。
そう思っていると、突然視界がぐるりと回る。蘭陵王が立香をベッドに押し倒したのだ。立香の視界には天井と、自分を見下ろし尻尾を振っている犬耳の蘭陵王が見えていた。
「こら、蘭陵王。悪戯しちゃダメだぞ?」
立香は呑気に蘭陵王の髪の毛をワシャワシャと撫で回していたが、やがて違和感に気づく。
――彼は本当に『犬』なのだろうか? 犬にしてはもっと肉食獣めいた眼光が鋭い気がしないでもない……。
「――あ」
蘭陵王は犬ではない。
狼だ、これ。
それに気付いたと同時に、蘭陵王は立香の首筋に軽く歯を立てた。
「ヒエッ……」
首筋に歯を立てたのは、あくまでも甘噛みのようだったが、暗に「抵抗したら本当に喰らう」という警告のように思えた。
蘭陵王はいつもより鋭く尖った犬歯を見せつけ、舌なめずりをしている。
――喰われる。
立香は久しぶりに命と貞操の危機を感じた。
「先輩! 霊基異常の原因を特定しました! すぐに蘭陵王さんを連れてブリーフィングルームに――」
そこへ、マイルームのドアを開けてマシュがやってくる。
「ま、マシュ! 助け――」
「――し、失礼しました! ブリーフィングルームに来るのはあとでいいので! ごゆっくり!」
「マシューーー!!!」
マシュは何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしてとんぼ返りのように部屋を出ていってしまう。
まあ、ベッドに押し倒されている立香とその上にまたがっている蘭陵王を見たら、誰だって勘違いをしても仕方ないだろう。
そんなわけで、蘭陵王にとっては都合のいいことに、誰の邪魔も入らなかったのだった。
◆
「――誠に申し訳ございませんでした!」
霊基異常の解消した蘭陵王は床に頭をめり込ませるのではと思うほど土下座している。
彼にはやはり、霊基異常の間の記憶はないようだった。
「いや、うん……蘭陵王がもとに戻ったなら良かったよ……」
立香はそっと目をそらす。
その服の下は狼化した蘭陵王の歯型が大量についているのだが、本人にそれを伝えれば服毒でもしかねないので黙っていることにした。
「それで、結局霊基異常の原因は何だったの?」
「どうも、何者かに霊基グラフをいじられていたようで……」
「何者か、かあ……」
数名、心当たりがある人物を頭に思い浮かべる。
このカルデアには悪戯者が多いのだ。
「ホームズ殿、なんとか名推理で犯人を突き止められませぬか」
蘭陵王の依頼に、ホームズは片眉を上げる。
「突き止めること自体は出来るだろうね。しかし、それで君はどうするつもりかな?」
「そうですね……場合によっては刺し違えてでも……」
一同は蘭陵王の言葉に驚いた。蘭陵王がここまで言うとは、相当怒っている。彼からすれば己を獣にされ、自分の意志ではないとはいえ、マスターである立香を蹂躙してしまったのだ。無理もないとは思う。
しかし、カルデアのサーヴァントは、異聞帯を切除しなければいけない今は一騎でも失いたくない。カルデア唯一のレベル120である蘭陵王を失うという痛手は負いたくないし、今回の悪戯をしたと思われる容疑者の面々だって貴重な戦力だ。本当に、そういうたちの悪い悪戯者に限って戦闘に関しては強力なサーヴァントが多いのだから困ったものだ。
なんとか蘭陵王の怒りを鎮め、土下座と服毒も辞めさせるのに苦労するカルデアの面々であった。
〈了〉
1/1ページ