その声は甘い毒
「私の声、気持ちいいですか?」
暗闇の中、そんな甘い響きを含んだ美しい声が鼓膜を揺らす。
「マスターは、私の声が好きなんですもんね……ふふ……」
蘭陵王は私が美声に震えているのを見て、少し楽しそうな声音をしていた。
私の右耳は、蘭陵王の声の直撃を食らって、熱を孕んでいる。きっと今、私は耳も顔も真っ赤なのだろう。
それでも膝の上で拳を握りしめて耐えるしかない。
――何故こんな状況になっているのか、経緯を説明せねばなるまい。
私は最近、快眠するためにアイマスクを入手した。ダ・ヴィンチ特製で、カルデアの購買で売られていたものだ。しっかりと光を遮断してくれるし、寝返りを打ってもアイマスクがズレて光が入らないように鼻クッションを厚めに作るなどの工夫が凝らされている。魔術的な要素があるのかは分からない。ダ・ヴィンチという英霊が作成した道具だし、なにか仕掛けはあるのかもしれない。
とにかく、そのアイマスクを蘭陵王と一緒に部屋に持って帰った。
廊下を歩きながら蘭陵王と話す。
「これで、マスターも安眠できると良いですね」
「そうだね。蘭陵王、ついてきてくれてありがとう。大した用事でもなかったのに……」
「いえ、お構いなく。マスターが何を買うのか、興味があっただけですから」
蘭陵王とは、購買に行く途中で偶然出くわした。
私が買い物に行くと伝えると、何故かそのままついてきたのだ。
私の買うものに、そんな特別面白いものを期待されても困るのだけれど。
それでも、蘭陵王と一緒に買い物をするというのは楽しいものだ。
私は蘭陵王を部屋に招き入れた。
「ついてきてくれたお礼に、お茶でも出すよ」
「お茶でしたら、私が」
「いいから、座って座って」
たしかに蘭陵王が淹れてくれたお茶のほうが確実に美味しいのだが、今回の彼はお客様だ。それに、部屋の冷蔵庫に作り置きの冷たいお茶があるから、少なくともお茶を淹れて失敗することはない。
私は蘭陵王に冷たい麦茶を出して、自分用にも麦茶入りのマグカップをテーブルに置いた。
「早速アイマスク、試してみようかな。光を完全に遮断するんだってさ」
私はベッドの端に腰掛けて、アイマスクを買い物袋から取り出し、ベルトの長さを調節する。
このくらいかな、と目分量でベルトを調整し、つけてみる。
「おっ、すごい。何も見えない」
たしかにどの方向からも光は入ってこない。完全な暗闇に放り込まれたようだ。
「マスター、これで安眠できそうですか?」
「うん、大丈夫だと思う」
蘭陵王の近づく声と足音からするに、私のいるベッドの近くに歩み寄ってきたようだった。
不意に、温かい何かが私の身体を包む。背中に回り、さする腕のようなもの。抱きしめられていると気付くのに時間がかかった。
「蘭陵王?」
「マスター……」
私から見て右の耳元を、蘭陵王の美しい声がくすぐった。思わず身体がビクリと跳ねるが、抱きすくめられているため、思ったほど自由に身体が動かなかった。
しかし、蘭陵王には私の身体が反応したことは見通されている。
「私の声、気持ちいいですか?」
暗闇の中、そんな甘い響きを含んだ美しい声が鼓膜を揺らす。耳が痺れる心地がして、またビクビクと小刻みに身体が震える。
「マスターは、私の声が好きなんですもんね……ふふ……」
蘭陵王は私が美声に震えているのを見て、少し楽しそうな声音をしていた。
音容兼美と言われていただけあって、蘭陵王の声は顔に劣らずとても美しい。
アイマスクをして視界を奪われた中、聴覚が鋭敏になっているこの状況で蘭陵王の美声を聞かされるのは、ある意味毒に近い。耳が赤く熱くなり、脳まで痺れていくような毒だ。
「顔まで真っ赤ですよ……?お可愛らしい……」
耳にフッと息を吹きかけられる。
「おひゃあ!?」
と、不意打ちを食らって変な声が出た。
「はぁ……マスター、可愛いです……」
「ら、蘭陵王……」
普段の蘭陵王からは想像もつかないが、私と二人きりの部屋では忠義と愛を囁く武将の英霊、それがこのカルデアの蘭陵王だった。
「待って、も、外す……」
アイマスクを外そうと手を動かせばその手を掬いとられる。
「外してしまうんですか……?もっと、このまま……」
蘭陵王がそう言って、私の耳を甘噛みしてくるのは流石に参った。刺激が強すぎる。
「蘭陵王の顔、見ながらがいい……」
私がそう言うと、蘭陵王はしばらく沈黙した。考え事をしているらしい。
「……そうですね。私も、マスターの顔、見たいです」
蘭陵王は私のアイマスクを外し、顔を覗き込んでくる。
熱を持った顔を見られたくなくて、手で覆うけど、すぐに手をどけられた。この筋力Bめ。私では太刀打ちできない。
「もっとマスターの可愛い顔、ちゃんと見せてください」
そんな言葉を吐いて、私の顎を持って、顔を上に向けさせる。
赤くなった顔を見られるのは恥ずかしいが、力では勝てない。
私は赤面したまま、蘭陵王の顔を少し睨んだ。
「ああ……なんと愛らしい……」
蘭陵王は私が睨んでいることなど気にもとめず、嬉しそうに顔を紅潮させていた。
そのまま口付けされ、ベッドに押し倒され……「このアイマスク、有効活用しましょうか?」と言われたので、流石に令呪を使って部屋から強制退去させたのであった。
〈了〉
暗闇の中、そんな甘い響きを含んだ美しい声が鼓膜を揺らす。
「マスターは、私の声が好きなんですもんね……ふふ……」
蘭陵王は私が美声に震えているのを見て、少し楽しそうな声音をしていた。
私の右耳は、蘭陵王の声の直撃を食らって、熱を孕んでいる。きっと今、私は耳も顔も真っ赤なのだろう。
それでも膝の上で拳を握りしめて耐えるしかない。
――何故こんな状況になっているのか、経緯を説明せねばなるまい。
私は最近、快眠するためにアイマスクを入手した。ダ・ヴィンチ特製で、カルデアの購買で売られていたものだ。しっかりと光を遮断してくれるし、寝返りを打ってもアイマスクがズレて光が入らないように鼻クッションを厚めに作るなどの工夫が凝らされている。魔術的な要素があるのかは分からない。ダ・ヴィンチという英霊が作成した道具だし、なにか仕掛けはあるのかもしれない。
とにかく、そのアイマスクを蘭陵王と一緒に部屋に持って帰った。
廊下を歩きながら蘭陵王と話す。
「これで、マスターも安眠できると良いですね」
「そうだね。蘭陵王、ついてきてくれてありがとう。大した用事でもなかったのに……」
「いえ、お構いなく。マスターが何を買うのか、興味があっただけですから」
蘭陵王とは、購買に行く途中で偶然出くわした。
私が買い物に行くと伝えると、何故かそのままついてきたのだ。
私の買うものに、そんな特別面白いものを期待されても困るのだけれど。
それでも、蘭陵王と一緒に買い物をするというのは楽しいものだ。
私は蘭陵王を部屋に招き入れた。
「ついてきてくれたお礼に、お茶でも出すよ」
「お茶でしたら、私が」
「いいから、座って座って」
たしかに蘭陵王が淹れてくれたお茶のほうが確実に美味しいのだが、今回の彼はお客様だ。それに、部屋の冷蔵庫に作り置きの冷たいお茶があるから、少なくともお茶を淹れて失敗することはない。
私は蘭陵王に冷たい麦茶を出して、自分用にも麦茶入りのマグカップをテーブルに置いた。
「早速アイマスク、試してみようかな。光を完全に遮断するんだってさ」
私はベッドの端に腰掛けて、アイマスクを買い物袋から取り出し、ベルトの長さを調節する。
このくらいかな、と目分量でベルトを調整し、つけてみる。
「おっ、すごい。何も見えない」
たしかにどの方向からも光は入ってこない。完全な暗闇に放り込まれたようだ。
「マスター、これで安眠できそうですか?」
「うん、大丈夫だと思う」
蘭陵王の近づく声と足音からするに、私のいるベッドの近くに歩み寄ってきたようだった。
不意に、温かい何かが私の身体を包む。背中に回り、さする腕のようなもの。抱きしめられていると気付くのに時間がかかった。
「蘭陵王?」
「マスター……」
私から見て右の耳元を、蘭陵王の美しい声がくすぐった。思わず身体がビクリと跳ねるが、抱きすくめられているため、思ったほど自由に身体が動かなかった。
しかし、蘭陵王には私の身体が反応したことは見通されている。
「私の声、気持ちいいですか?」
暗闇の中、そんな甘い響きを含んだ美しい声が鼓膜を揺らす。耳が痺れる心地がして、またビクビクと小刻みに身体が震える。
「マスターは、私の声が好きなんですもんね……ふふ……」
蘭陵王は私が美声に震えているのを見て、少し楽しそうな声音をしていた。
音容兼美と言われていただけあって、蘭陵王の声は顔に劣らずとても美しい。
アイマスクをして視界を奪われた中、聴覚が鋭敏になっているこの状況で蘭陵王の美声を聞かされるのは、ある意味毒に近い。耳が赤く熱くなり、脳まで痺れていくような毒だ。
「顔まで真っ赤ですよ……?お可愛らしい……」
耳にフッと息を吹きかけられる。
「おひゃあ!?」
と、不意打ちを食らって変な声が出た。
「はぁ……マスター、可愛いです……」
「ら、蘭陵王……」
普段の蘭陵王からは想像もつかないが、私と二人きりの部屋では忠義と愛を囁く武将の英霊、それがこのカルデアの蘭陵王だった。
「待って、も、外す……」
アイマスクを外そうと手を動かせばその手を掬いとられる。
「外してしまうんですか……?もっと、このまま……」
蘭陵王がそう言って、私の耳を甘噛みしてくるのは流石に参った。刺激が強すぎる。
「蘭陵王の顔、見ながらがいい……」
私がそう言うと、蘭陵王はしばらく沈黙した。考え事をしているらしい。
「……そうですね。私も、マスターの顔、見たいです」
蘭陵王は私のアイマスクを外し、顔を覗き込んでくる。
熱を持った顔を見られたくなくて、手で覆うけど、すぐに手をどけられた。この筋力Bめ。私では太刀打ちできない。
「もっとマスターの可愛い顔、ちゃんと見せてください」
そんな言葉を吐いて、私の顎を持って、顔を上に向けさせる。
赤くなった顔を見られるのは恥ずかしいが、力では勝てない。
私は赤面したまま、蘭陵王の顔を少し睨んだ。
「ああ……なんと愛らしい……」
蘭陵王は私が睨んでいることなど気にもとめず、嬉しそうに顔を紅潮させていた。
そのまま口付けされ、ベッドに押し倒され……「このアイマスク、有効活用しましょうか?」と言われたので、流石に令呪を使って部屋から強制退去させたのであった。
〈了〉
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