Tuning the world

「ねえ。月ってさ、どんなところなのかな」

 狼のその言葉に、桃色の髪の少女は返答しない。だが、狼は構わず続ける。

「よくわからないけど、月の満ち欠けはこっち側からそう見えてるだけで、月はずっと丸いわけじゃん。じゃあ、オレが月に行ったらずっと獣のままなのかなって。満月の前は身体がおかしくなるし、それならいっそのことずっと獣のままでいるのも悪くないか、と思ってさ」
「月には何もないぞ。この星が見えるだけだ」
「行ったことあるんだ?」
「……ああ」

 普通の人間が聞けば、意味のわからない会話。月に行ったことがあるなどと言っても、信じる者は皆無だろう。だが事実、少女は――少女ではなかった頃、月に行ったことがあった。

「かつてのこの星は、荒れに荒れ果てていた。だが、生命の気配があった。だから月からこの星に来た」
「それで……エルシャの力で、この星は緑豊かになりました、と。じゃあ、そうなった今は月から見たこの星は昔見た時より綺麗なんだよな?」
「どうだか。ありのままの姿を汚したとも言える」
「……イルニスだっけ? あの子に何か言われた? ……なあ、そんなことよりさ。いつかアンタがオレを連れて行ってよ、月に。それで二人でこの星を見ながら団子でも食う。逆・月見団子」
「……面白いな。考えておく」

 柔らかな笑み。もはや神ではない少女には実現できるはずのない願い。そんなことは互いに理解している。だが、舞台でロマンスを歌う役者のように、二人の心は少しだけ現実を離れ、躍っていた。
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