Tuning the world
世界は真っ白だった。あの日の再現とでも言うように全てが同じで、嫌でもあの日を思い出してしまう。だが赤色に塗り潰された記憶の中、その一つ前。妹と共に戯れはしゃいだ日の記憶が、懸命に手を伸ばしている。どうか思い出して、と。その記憶が、涙を食い止めている。
「姉さん」
背後から聞こえた、妹――シーナの声。その声は自分が知るものとはかけ離れた、静かで落ち着いたものだった。双子同士、エレシアに似たとも言えるが、嬉しいとは思わなかった。シーナの表情は、闇に沈められたかのように曇っている。その瞳もエレシアと同じ青空色ではなく、血のような紅になっていた。その紅を見ればあの日の記憶はより鮮明になり、エレシアは逃げるように目を伏せる。
「雪は……もう、好きじゃない。あなたの、あの姿を思い出してしまう……あなたは今ここにいる、あれは嘘だった。なのに……今ここにいるあなたの方こそ、幻なのかもって……これは、私が見てる夢なのかもしれない……そう思ってしまうの」
ごめんなさい。目の前にいる妹の存在を疑ってしまうことに対する謝罪に、シーナの顔がより曇る。
「謝るのはわたしの方。姉さんの心に傷を負わせて、あの日の約束を破った」
一歩一歩、雪を踏みしめてエレシアに近づく。暗く、静か。自分が知る、明るく元気な妹はどこへ行ってしまったのだろう? 本物だとはわかっている、だがその一方で、心のどこかが、目の前の妹が妹ではないと――これ以上傷つかないために、疑いの目を向ける。
「姉さん。わたしね、姉さんを巻き込みたくなかったの。希望を捨てて、諦めて、忘れてほしかった。……姉さんの、わたしを想ってくれている気持ちがその程度じゃないってことくらい、わかってたのに。姉さんはわたしを信じて、ここまで来てくれたのに……わたしは姉さんのこと、信じられなかったの。謝ったって何も変わらない。でも……」
次第にシーナの声に涙が滲み、嗚咽が銀世界に溶ける。
「……ごめんね……ごめんなさい……っ」
エレシアを抱きしめて泣くシーナは、泣く権利があるのはエレシアであって自分にはないと、そう思っていた。それでも、涙を止める術がなかった。エレシアは内に生まれる言葉の数々を放たず飲み込んで、そっとシーナの背中に手をやる。
「……いい。もういいの。あなたが生きていた……それだけで私は……」
「でも……! わたし、取り返しのつかないことを……! 姉さんだけじゃなくて、他の人たちも」
「シーナ」
ただ一言、救いの手を跳ね除けるシーナの名を呼ぶ。
「約束……覚えてる? 来年も再来年も、初雪の日は一緒に遊ぶ。今度は雪だるまを作るのはどう、って……あなた、言ったでしょう」
顔を上げれば、エレシアは笑っていた。不器用ながらも、涙をこらえて、懸命に。
「ね。遅くなったけど、一緒に遊びましょう?」
「……姉さん」
それに対してなおも言葉を並べる気にはなれず、シーナはおずおずと頷き、涙を拭く。
「……大きいのはスコップがないと厳しいから……小さい雪だるまにしましょうか」
「うん……あ、お互いの雪だるまを作るのはどう?」
「……ええ、名案だわ」
お互いぎこちないながらも、二人並んで座って、周囲の雪をかき集めて形を整えていく。
「……冷たいけど、彼の……レガートの氷を散々浴びた後だと、温かいとさえ思えるわね」
「……もう、笑いにくいよ……」
そう言いつつ、シーナは笑みをこぼす。ジョーク自体もそうだが、普段こういうことを言わない姉が言った事実にこそ面白さがある。
「……姉さんと一緒にいた彼は、火竜だよね。やっぱり寒いのが苦手なの?」
「ええ。シルグですら凍え死ぬって音を上げるくらい。シルグなんてルヴィナじゃ暖かいくらいなのに」
「ふふっ……今頃どうしてるかな?」
「容易に想像できるわね」
相棒の、大切な人の弟の姿を想像して、互いに笑う。そうしている間に二つの球体を作り終わり、それらを重ねて並べる。折った木の枝を横に刺し、小さな石を目にして、最後に口。シーナを模した雪だるまは微笑み、エレシアを模した雪だるまは仏頂面。二人を知る者に問えば、きっと全員が正解するであろう。
「わかりやすくするなら、こうなるよね」
「ええ。シーナは笑って、私はむすっとしていて」
「むすっとはしてないよ! ただちょっと表情が硬いだけで……」
間が空いて、シーナはエレシアが作った雪だるまをじっと見つめる。そうすればその目にはまた涙が滲むが、先程とは違う意味なのは明白だった。
「……ありがとう、姉さん」
「ええ。シーナはこうでないとね」
――雪が止めば、仲良く並んだ雪だるまは溶けてしまう。この雪が止まなければいいのに――そう思って、それに驚くことすら忘れるほどに、エレシアの心は満たされていた。
「姉さん」
背後から聞こえた、妹――シーナの声。その声は自分が知るものとはかけ離れた、静かで落ち着いたものだった。双子同士、エレシアに似たとも言えるが、嬉しいとは思わなかった。シーナの表情は、闇に沈められたかのように曇っている。その瞳もエレシアと同じ青空色ではなく、血のような紅になっていた。その紅を見ればあの日の記憶はより鮮明になり、エレシアは逃げるように目を伏せる。
「雪は……もう、好きじゃない。あなたの、あの姿を思い出してしまう……あなたは今ここにいる、あれは嘘だった。なのに……今ここにいるあなたの方こそ、幻なのかもって……これは、私が見てる夢なのかもしれない……そう思ってしまうの」
ごめんなさい。目の前にいる妹の存在を疑ってしまうことに対する謝罪に、シーナの顔がより曇る。
「謝るのはわたしの方。姉さんの心に傷を負わせて、あの日の約束を破った」
一歩一歩、雪を踏みしめてエレシアに近づく。暗く、静か。自分が知る、明るく元気な妹はどこへ行ってしまったのだろう? 本物だとはわかっている、だがその一方で、心のどこかが、目の前の妹が妹ではないと――これ以上傷つかないために、疑いの目を向ける。
「姉さん。わたしね、姉さんを巻き込みたくなかったの。希望を捨てて、諦めて、忘れてほしかった。……姉さんの、わたしを想ってくれている気持ちがその程度じゃないってことくらい、わかってたのに。姉さんはわたしを信じて、ここまで来てくれたのに……わたしは姉さんのこと、信じられなかったの。謝ったって何も変わらない。でも……」
次第にシーナの声に涙が滲み、嗚咽が銀世界に溶ける。
「……ごめんね……ごめんなさい……っ」
エレシアを抱きしめて泣くシーナは、泣く権利があるのはエレシアであって自分にはないと、そう思っていた。それでも、涙を止める術がなかった。エレシアは内に生まれる言葉の数々を放たず飲み込んで、そっとシーナの背中に手をやる。
「……いい。もういいの。あなたが生きていた……それだけで私は……」
「でも……! わたし、取り返しのつかないことを……! 姉さんだけじゃなくて、他の人たちも」
「シーナ」
ただ一言、救いの手を跳ね除けるシーナの名を呼ぶ。
「約束……覚えてる? 来年も再来年も、初雪の日は一緒に遊ぶ。今度は雪だるまを作るのはどう、って……あなた、言ったでしょう」
顔を上げれば、エレシアは笑っていた。不器用ながらも、涙をこらえて、懸命に。
「ね。遅くなったけど、一緒に遊びましょう?」
「……姉さん」
それに対してなおも言葉を並べる気にはなれず、シーナはおずおずと頷き、涙を拭く。
「……大きいのはスコップがないと厳しいから……小さい雪だるまにしましょうか」
「うん……あ、お互いの雪だるまを作るのはどう?」
「……ええ、名案だわ」
お互いぎこちないながらも、二人並んで座って、周囲の雪をかき集めて形を整えていく。
「……冷たいけど、彼の……レガートの氷を散々浴びた後だと、温かいとさえ思えるわね」
「……もう、笑いにくいよ……」
そう言いつつ、シーナは笑みをこぼす。ジョーク自体もそうだが、普段こういうことを言わない姉が言った事実にこそ面白さがある。
「……姉さんと一緒にいた彼は、火竜だよね。やっぱり寒いのが苦手なの?」
「ええ。シルグですら凍え死ぬって音を上げるくらい。シルグなんてルヴィナじゃ暖かいくらいなのに」
「ふふっ……今頃どうしてるかな?」
「容易に想像できるわね」
相棒の、大切な人の弟の姿を想像して、互いに笑う。そうしている間に二つの球体を作り終わり、それらを重ねて並べる。折った木の枝を横に刺し、小さな石を目にして、最後に口。シーナを模した雪だるまは微笑み、エレシアを模した雪だるまは仏頂面。二人を知る者に問えば、きっと全員が正解するであろう。
「わかりやすくするなら、こうなるよね」
「ええ。シーナは笑って、私はむすっとしていて」
「むすっとはしてないよ! ただちょっと表情が硬いだけで……」
間が空いて、シーナはエレシアが作った雪だるまをじっと見つめる。そうすればその目にはまた涙が滲むが、先程とは違う意味なのは明白だった。
「……ありがとう、姉さん」
「ええ。シーナはこうでないとね」
――雪が止めば、仲良く並んだ雪だるまは溶けてしまう。この雪が止まなければいいのに――そう思って、それに驚くことすら忘れるほどに、エレシアの心は満たされていた。