Tuning the world
「月が綺麗だな」
「……は?」
いつものように大量の傷を抱えて帰ってきたクラレンスの身体に包帯を巻きながら、カナタは唐突にそう言った。たしかに窓の向こうの夜空には明日満月になる月が咲いていたが、それにしたってあまりにも唐突だった。そして月という単語、それだけでクラレンスは顔を顰める。
「どういう意味だと思う?」
「……意味?」
「ああ。スイウでは『あなたを愛しています』って意味」
「……なんで『月が綺麗』が『愛してる』になるんだよ、意味わかんねえ」
「だろ? みんなそう思ってるよ。詩的な表現なんてアタシらには合わないね」
「その言葉を聞いて安心した。テメエにそんな回りくどい愛の告白なんてされた日には頭の異常を疑うね」
「っははは! もしそんなことをしたらそういうことだと思ってくれ」
やり取りをしながら、てきぱきと処置を進める。クラレンスが大量の傷を抱えて帰ってきては、カナタがこうしてやるのが日常となっていた。甘やかしすぎかと思う気持ちもあるが、命には代えられない。そうしてなんだかんだ言いながら、今日に至る。
「……とはいえ、明日の方が月は綺麗だな。明日は中秋の名月って言って、満月が一番綺麗に見える。だからスイウでは月見団子を作ってみんなで月を見るんだ。……アンタもどうだ? ハルカと三人で」
「無理だ。明日は……用事がある」
「何の?」
「……テメエには関係ねえ」
「ある。……アンタは月に一度の用事 だけはそうやって言葉を濁す。……何か良くないことでもしてたら……」
「……関係ねえって言ってんだろ。オレが何をしようがオレの勝手だ」
「……心配なんだよ。そうやって隠さなくちゃいけないほどのことならなおさらだ」
「心配? ……アレか? 何か悩み事があるなら話せって? ……はは、くだらねえ。口先だけのくせに。聖教会の牧師様と同じだ」
全てを拒絶する、相手ごと凍てつかせるような冷たい蜜色の瞳がカナタを刺す。しかしカナタは目を逸らさず、その瞳の奥深くまでクラレンスを見ようとしていた。
「……クラレンス」
「……さっきからうるせえ、テメエはオレの母親か? 家族ごっこなんかしなくてもテメエには可愛い可愛い妹がいるだろ、オレに家族なんてもういない、みんな死んだ! だからオレはこんな身体に……どいつもこいつもそれだけで拒絶して、オレが何をしたんだよ、親不孝か!? ああそうだよな、父さんだってああ言ってた!」
「クラレンス、落ち着け」
「黙れよ何も知らないくせに! こんな……こんな風になるくらいなら、みんなと一緒に死ねばよかった! そうすれば……」
「クラレンス!」
「触るな!」
「痛っ……」
「……っ」
叫ぶような拒絶、振り払われる手。――カナタが漏らした声と悲痛に歪んだ表情を見たクラレンスは、何かを言おうとして――何も言えず、逃げるように部屋を出ていった。
「……はあ、相変わらず繊細な奴」
残されたカナタは、手に持ったままだった包帯を放り捨ててベッドに転がる。
「……素直に言ってくれりゃいいのに」
聖教会への嫌悪、鋭い歯、満月の日に姿を消す行動。クラレンスが"そう"であることは何となく、想像がついていた。だが彼はそれを必死に隠しているようで、そんな彼の殻を無理やり破るような真似はできずにいる。
「……あの月が、あいつを苦しめてるんだな」
――窓の向こうでは、彼方の待宵が、同じ名を持つ彼女をただ静かに見つめていた。それが憐れみか嘲笑か、月を創った神さえも知らない。
「……は?」
いつものように大量の傷を抱えて帰ってきたクラレンスの身体に包帯を巻きながら、カナタは唐突にそう言った。たしかに窓の向こうの夜空には明日満月になる月が咲いていたが、それにしたってあまりにも唐突だった。そして月という単語、それだけでクラレンスは顔を顰める。
「どういう意味だと思う?」
「……意味?」
「ああ。スイウでは『あなたを愛しています』って意味」
「……なんで『月が綺麗』が『愛してる』になるんだよ、意味わかんねえ」
「だろ? みんなそう思ってるよ。詩的な表現なんてアタシらには合わないね」
「その言葉を聞いて安心した。テメエにそんな回りくどい愛の告白なんてされた日には頭の異常を疑うね」
「っははは! もしそんなことをしたらそういうことだと思ってくれ」
やり取りをしながら、てきぱきと処置を進める。クラレンスが大量の傷を抱えて帰ってきては、カナタがこうしてやるのが日常となっていた。甘やかしすぎかと思う気持ちもあるが、命には代えられない。そうしてなんだかんだ言いながら、今日に至る。
「……とはいえ、明日の方が月は綺麗だな。明日は中秋の名月って言って、満月が一番綺麗に見える。だからスイウでは月見団子を作ってみんなで月を見るんだ。……アンタもどうだ? ハルカと三人で」
「無理だ。明日は……用事がある」
「何の?」
「……テメエには関係ねえ」
「ある。……アンタは
「……関係ねえって言ってんだろ。オレが何をしようがオレの勝手だ」
「……心配なんだよ。そうやって隠さなくちゃいけないほどのことならなおさらだ」
「心配? ……アレか? 何か悩み事があるなら話せって? ……はは、くだらねえ。口先だけのくせに。聖教会の牧師様と同じだ」
全てを拒絶する、相手ごと凍てつかせるような冷たい蜜色の瞳がカナタを刺す。しかしカナタは目を逸らさず、その瞳の奥深くまでクラレンスを見ようとしていた。
「……クラレンス」
「……さっきからうるせえ、テメエはオレの母親か? 家族ごっこなんかしなくてもテメエには可愛い可愛い妹がいるだろ、オレに家族なんてもういない、みんな死んだ! だからオレはこんな身体に……どいつもこいつもそれだけで拒絶して、オレが何をしたんだよ、親不孝か!? ああそうだよな、父さんだってああ言ってた!」
「クラレンス、落ち着け」
「黙れよ何も知らないくせに! こんな……こんな風になるくらいなら、みんなと一緒に死ねばよかった! そうすれば……」
「クラレンス!」
「触るな!」
「痛っ……」
「……っ」
叫ぶような拒絶、振り払われる手。――カナタが漏らした声と悲痛に歪んだ表情を見たクラレンスは、何かを言おうとして――何も言えず、逃げるように部屋を出ていった。
「……はあ、相変わらず繊細な奴」
残されたカナタは、手に持ったままだった包帯を放り捨ててベッドに転がる。
「……素直に言ってくれりゃいいのに」
聖教会への嫌悪、鋭い歯、満月の日に姿を消す行動。クラレンスが"そう"であることは何となく、想像がついていた。だが彼はそれを必死に隠しているようで、そんな彼の殻を無理やり破るような真似はできずにいる。
「……あの月が、あいつを苦しめてるんだな」
――窓の向こうでは、彼方の待宵が、同じ名を持つ彼女をただ静かに見つめていた。それが憐れみか嘲笑か、月を創った神さえも知らない。