Tuning the world
「見つけたわよ、クラレンス・ベリク」
「げ……」
「あら、レディに声をかけられた反応がそれ?」
ルヴィナ王国領内のとある酒場。カウンターの端で一人グラスを揺らしながらワインを飲んでいたクラレンスの背中に声がかけられる。店内は空いているにも関わらず真横に腰掛けたその女性を見るなりクラレンスは隠す気もない非歓迎の意を表し、おまけに溜め息をついた。
「彼と同じものを二つ」
「いや、俺はもっと弱いやつが……まあいいが」
女性に続いて、男もカウンターに腰掛ける。二人は東国シャルファに伝わる衣装を身に纏っており、ルヴィナ出身者が多いであろう酒場の中で異彩を放っていた。
「興味深い記事を見つけたの。あなたの意見もぜひ聞かせてほしいわ」
女性――リーユイは新聞紙を広げ、クラレンスに見せる。彼は渋々グラスを置き、新聞紙に目を通した。
「廃村に巨大狼出現……証拠は目撃者の話とスケッチのみ……はは、くだらない」
「珍しいわね、普段はまともに取り合わないあなたがわざわざ否定をするなんて」
「……で?」
多くは語らず、簡潔に続きを促す。
「この狼はあなた?」
「おい、リーユイ」
男――フェイエンが咎めるように名を呼ぶが、リーユイは反応しない。フェイエンは一つ溜め息をついて終わった。クラレンスの方は、冷めた蜜色の瞳でリーユイを見据える。常人ならば怯んでしまいそうなその視線にも、リーユイは動じない。
「そうだけど」
「……案外あっさり認めるのね」
「蜜色の瞳と書かれていた。よく見てるね。どうせ誤魔化したって最終的に尻尾 を掴まれるだけだし、隠すだけ時間の無駄だよ。……歯見る? 吸血鬼って思われたことあるんだ。あと遠吠えもできる。本物の狼にも通用する出来の」
冷たい瞳の温度は変えないまま、次々と証拠を明かしていく。リーユイは見定めるように、目を細めた。
「……九年前に流行病でその村が滅んだ。あとはわかるよね」
「ええ」
「……」
ワインを飲むリーユイの姿を、フェイエンが黙って眺める。リーユイは自分の知的好奇心を満たすことが第一で、他者の都合など考えない。フェイエンはこれまで何度も、身をもって経験している。それだけに、知的好奇心よりもクラレンスへの気遣いを優先したリーユイに驚いた。
「あなたは自分を迫害した聖教会に復讐しようとしている? それともそういった社会そのものを変えようとしているのかしら?」
――リーユイはまるでフェイエンの心を読んだかのように、クラレンスへの気遣いよりも知的好奇心を優先した。フェイエンは本日二度目の溜め息をつく。
「……聖教会の迫害対象である人狼という肩書きを考えれば、それが妥当な推測だね。でも、オレはそういうの興味ないから」
ワインを一気に飲み干したクラレンスは、席を立ち二人の後ろを通り過ぎる。
「惚れた女がいる、ただそれだけ。……支払いよろしく」
無銭飲食を察知した店主に見えるよう二人を指差し、ちゃっかりと支払いを押し付けることに成功したクラレンスは悠々と手を振って酒場を出て行った。
「彼、あんなクサいこと言うのね」
「お前なあ……」
彼女の辞書には、人間関係における常識のいくつかが無いらしい。むしろ自分で消しているのかもしれない。フェイエンの胃がキリキリと痛む。
「……で、追いかけなくていいのか? あいつが人狼だってことしかわからなかったが」
「ええ、今日はこれで十分よ。このワインが不味かったら追いかけていたけど。……あなたも付き合いなさい」
「お前、俺ほどじゃないけど強くないんだから程々にしろよ……」
クラレンスが知る"真実"を探るという当初の目的もほどほどに、二人は切り替えてほのかな酩酊の世界へ足を踏み入れる。お互いのグラスを打ち付け、二人の長い夜が幕が開けた。
「げ……」
「あら、レディに声をかけられた反応がそれ?」
ルヴィナ王国領内のとある酒場。カウンターの端で一人グラスを揺らしながらワインを飲んでいたクラレンスの背中に声がかけられる。店内は空いているにも関わらず真横に腰掛けたその女性を見るなりクラレンスは隠す気もない非歓迎の意を表し、おまけに溜め息をついた。
「彼と同じものを二つ」
「いや、俺はもっと弱いやつが……まあいいが」
女性に続いて、男もカウンターに腰掛ける。二人は東国シャルファに伝わる衣装を身に纏っており、ルヴィナ出身者が多いであろう酒場の中で異彩を放っていた。
「興味深い記事を見つけたの。あなたの意見もぜひ聞かせてほしいわ」
女性――リーユイは新聞紙を広げ、クラレンスに見せる。彼は渋々グラスを置き、新聞紙に目を通した。
「廃村に巨大狼出現……証拠は目撃者の話とスケッチのみ……はは、くだらない」
「珍しいわね、普段はまともに取り合わないあなたがわざわざ否定をするなんて」
「……で?」
多くは語らず、簡潔に続きを促す。
「この狼はあなた?」
「おい、リーユイ」
男――フェイエンが咎めるように名を呼ぶが、リーユイは反応しない。フェイエンは一つ溜め息をついて終わった。クラレンスの方は、冷めた蜜色の瞳でリーユイを見据える。常人ならば怯んでしまいそうなその視線にも、リーユイは動じない。
「そうだけど」
「……案外あっさり認めるのね」
「蜜色の瞳と書かれていた。よく見てるね。どうせ誤魔化したって最終的に
冷たい瞳の温度は変えないまま、次々と証拠を明かしていく。リーユイは見定めるように、目を細めた。
「……九年前に流行病でその村が滅んだ。あとはわかるよね」
「ええ」
「……」
ワインを飲むリーユイの姿を、フェイエンが黙って眺める。リーユイは自分の知的好奇心を満たすことが第一で、他者の都合など考えない。フェイエンはこれまで何度も、身をもって経験している。それだけに、知的好奇心よりもクラレンスへの気遣いを優先したリーユイに驚いた。
「あなたは自分を迫害した聖教会に復讐しようとしている? それともそういった社会そのものを変えようとしているのかしら?」
――リーユイはまるでフェイエンの心を読んだかのように、クラレンスへの気遣いよりも知的好奇心を優先した。フェイエンは本日二度目の溜め息をつく。
「……聖教会の迫害対象である人狼という肩書きを考えれば、それが妥当な推測だね。でも、オレはそういうの興味ないから」
ワインを一気に飲み干したクラレンスは、席を立ち二人の後ろを通り過ぎる。
「惚れた女がいる、ただそれだけ。……支払いよろしく」
無銭飲食を察知した店主に見えるよう二人を指差し、ちゃっかりと支払いを押し付けることに成功したクラレンスは悠々と手を振って酒場を出て行った。
「彼、あんなクサいこと言うのね」
「お前なあ……」
彼女の辞書には、人間関係における常識のいくつかが無いらしい。むしろ自分で消しているのかもしれない。フェイエンの胃がキリキリと痛む。
「……で、追いかけなくていいのか? あいつが人狼だってことしかわからなかったが」
「ええ、今日はこれで十分よ。このワインが不味かったら追いかけていたけど。……あなたも付き合いなさい」
「お前、俺ほどじゃないけど強くないんだから程々にしろよ……」
クラレンスが知る"真実"を探るという当初の目的もほどほどに、二人は切り替えてほのかな酩酊の世界へ足を踏み入れる。お互いのグラスを打ち付け、二人の長い夜が幕が開けた。