雑多 短篇
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人とより良い関係になる為に、相手を呼び捨てにしたり、愛称を付けることはどうやら必須らしい。
だから早速、僕は実践したんだ。
そうしたらナルト君もサクラさんも笑いながら、『そんなことは無理しなくたって、自然に出来上がるものだ』とそう教えてくれた。僕がぎこちなく二人を呼び捨てにしてみると、二人は自然に『サイ』と返してくれる。名前の呼び方一つにこんな意味があったなんて。僕にはそれが嬉しかったんだ。
呼びたい
そして、呼称の重要性を理解した僕に小さな疑問符が浮かび上がった。あの人は……アカリさんは僕の事を『サイ君』と呼んでいる。
本によれば『さん』や『君』を付ける事は、相手に対して一線を画する事らしい。しかし、僕を含めた誰にでも積極的に接するアカリさんに、そんな印象は受け難い。でも、ナルト君は『ナルト』と呼ぶし。サクラさんは『サクラ』と……。やはりアカリさんは、僕から少しばかり距離を置いているのだろうか。
少し前の自分ならこんなこと気にも留めないだろうに、どうしてしまったものか。でも、今はそれが凄く気になるんだ。こんな感情に自分自身驚いている。僕が『アカリ』と彼女を呼び捨てにすれば、それに応えてくれるだろうか。それとも、『突然どうしたの』と笑い飛ばされて流されてしまうだろうか。兎に角、僕はそんなことばかり考えながら、キャンバスに筆を乗せた。
色を作っては塗り作っては塗りという作業を暫く続けていると、僕の家では珍しい玄関からの訪問者の気配を扉の向こうに感じる。何故玄関からが珍しいって、そんなことは今は関係ないけれど。『根』の者ならば玄関から入って来るなんて面倒臭いことはしないし、ナルト君なら窓の向こうから大声で呼び出してくるから。ご丁寧に扉をノックする客なんて、珍しい以外の何者でも無かった。
コンコン、と遠慮がちに音を立てる扉の向こうの来訪者に僕は『はい』と一言告げて、赤い絵の具の入った皿の隅に筆を立て掛け立ち上がる。扉の向こうからは『サイ君、私、私』と名乗りこそはしないが、僕にとっては充分な身分証明を貰って扉を開くと、目の前には巨大な風呂敷が現れた。いや、正確に言うならば、巨大な風呂敷を抱えて顔の見えないアカリさんだった。
「アカリさん?」
「やほー」
名前を呼ぶと風呂敷を少し抱え直して、横からヒョコッと顔を覗かせた。いつもと変わらない、年齢より若干幼く見える人懐っこい笑顔だ。
「一体どうしたんです?その大荷物は」
『家出でもしてきたんですか?』そう言おうと思ったのに、少しの隙も与えずに彼女は部屋に入ってきた。
「うん、ちょっとね。お邪魔しまーす!」
彼女の中に『遠慮』という言葉は存在しないのだろうか。僕が考えてる間にも、テーブルの空いたスペースに荷物を広げていく彼女。仕方ないので扉を閉め、その様子を窺う。鼻歌なんて歌いながら風呂敷の結び目を解き、重箱やらタッパーやらを出し始めた。
「それは?」
僕がひたすら首を傾げていると、満面の笑みで振り向いて話し始めた。
「サイ君さ、ちゃんとご飯食べてる?食には二種類あるのだよ?」
「二種類?」
「そうとも。生命維持の為の食と、楽しむ食の二種類だよ!」
ビシッと人差し指を立て自信満々に言い放つと、タッパーの一つを僕の胸に押し付けた。
「サイ君ってさ、必要なエネルギー分だけしか摂取しなさそうなんだよね。だから今日はちょっと差し入れに!」
そう言われ、押し付けられたタッパーを受け取る。中には『これぞ家庭料理』という具合の煮物が入っていた。
「僕に、ですか?」
「うん。あー、迷惑だった、かな?」
そんなことは勿論無い。ただ自分にはこんな経験が今までに無かったから、どうするのが良い反応なのか皆目見当もつかないんだ。どう返したらいいのか分からないものの何か反応しなくてはと、僕はタッパーのひとつを開けて煮物を一欠片摘んで口に運んだ。懐かしいなんて感情は僕には無いけれど、どこかあたたかい気持ちになるのは気のせいなのだろうか。
「美味しいです」
「本当っ?良かった」
素直な感想を聞くと溌剌とした笑顔が綻んで、優しいものに変わった。怒らせるような選択でなかったことに小さく安堵する。
「あ、サイ君もうお昼ご飯食べた?」
さっきまで和やかに微笑んでいるかと思えば、今度は大きな瞳を瞬かせて話題が変わる。
「いえ、まだですけど」
まあ、食べるつもりも無かったんだけれど。
「良かった。じゃあ一緒していい?というか、そのつもりで来たんだけどねっ」
そして、僕の気持ちも聞かないで大きな重箱を広げはじめる。
「…………」
こういうタイプの人間を自分は苦手なのだとばかり思っていたはずなのに、彼女独特の積極的な言動はどういう訳か僕にとって居心地の悪いものではなかった。いや、寧ろ心地の良いものだったといえるかもしれない。僕が感慨に耽って居る間にも食卓の準備は着実に進んでいて、椅子を引かれて『さあ、どうぞ』なんて言われた。言われるがままに座れば、品目も豊富で彩りも美しい食卓が目の前に広がっていた。こんな風に誰かに作ってもらうのも、誰かと食卓を囲むのもどれ位振りだろう。
「いただきます」
「召し上がれ」
それから他愛もない話しをしながら僕達は箸を進めた。アカリさんは終始僕の反応を気にしているようで、『美味しい』と言う度にぱっと表情が明るくなった。僕はと言うと気になっていたあのこと。呼び捨てで呼びたいと思っている事を一体いつ切り出そうかとタイミングを掴めずにいた。
気が付くと沢山並べられていた料理をペロリと平らげてしまっていて、アカリさんは食器を流しに片付け始めてしまった。僕はそんな後ろ姿を見送り、昨日図書館で借りてきた『より良い人間関係を築く』ノウハウの記された本を取り出した。目次を流し見ると、初級・中級・上級編とあって最後には『気になるあの娘と』なんて書かれている。初級から簡単に流し見ていくも、今まで人間関係について真剣に考えた事も無いような僕にはどれも容易いハードルとはいえないものだった。そうしている間にも、片付けを終えてしまいそうなアカリさん。どうにか切り出さないと。
「あの……」
本を隠すようにテーブルで見えなくなる自分の膝の上に置いてアカリさんに話し掛けるも、「サイ君、他にも作ってきたおかず冷蔵庫に入れちゃうから、食べてね」と遮られてしまった。大量のタッパーはその為だったのか。
それからも、何故だかナルト君達の時のようにはいかず話し出すのが上手くいかないまま、大量のタッパーを殆ど空だった冷蔵庫に詰め終えたアカリさんは帰り支度を始めた。支度が進む度に何故だか僕は焦ってきて、話し掛けてくれるアカリさんの言葉も余り届いていなかった。その異変に気付いたのか、アカリさんは少し身を屈めて僕の顔を覗き込んできた。
「どうかした?」
「あ、いえ」
『ならいいけど』と言って、身支度を済ませたアカリさんは玄関へ向かう。
「じゃあサイ君また任務でね」
扉を半分開けた所で振り返る。『絵に没頭してご飯抜いたら駄目だよ』と悪戯っぽく笑ってみせる彼女。
「あの」
さっきまでタイミングをあんなに気にしていたのに、僕は笑顔につられるようにして思わず声を出した。
「あの、アカリさんっ」
突然、柄にも無く上擦った声を上げてしまったからか、アカリさんは少し驚いたような顔をしている。
「どしたの?」
「……本で読んだんです。相手との距離を縮めるには、まず呼び捨てや愛称を付けるのが有効だと」
「うん、そうかもね?」
「"さん"や"君"を付けるのはまだ距離があるからだと…」
「うん?」
「だから…」
「”アカリ”と呼んで良いですか?」
そして可能なら僕の事も呼び捨てに。
ナルト君達には言えたその言葉が何故だろう、君を前にするとあの時よりも言い難い。目を合わせることさえ、なんだか難しくなってきた。それでも反応を見ないと。右へ左へと視線が泳いでしまった後、漸くアカリさんを捉える。実際に見たことなんて無いけど、きっと言うなら『鳩が豆鉄砲を喰らったような』そういう顔なんだと思う。あの時の、ナルト君達と同じように。
「………」
「………」
何て言ったら良いのか。きっとアカリさんも同じように困っているんだろう。無音の時がただただ流れる。いいや、無音なんて有り得ない。風の音、鳥の囀り、子供の声、何かしらの音はきっとあった。でも、どの音も全然耳に届かない。今の僕の世界には、視界に映るアカリさんだけが全てだった。
アカリさんの世界には今、どんなモノが見えて、どんな音が響いているんだろう。もし、もしも、僕と同じように世界が見えているのなら……。
言葉にしてしまった後悔と、それでも抱いてしまう期待とが入り混じった気持ちで見つめていると、さっきまで驚いた様子だったアカリさんの顔がふっと笑顔に変わる。
「……?」
とても嬉しそうな、
とても楽しそうな。
心の内が読み取れない僕はその笑顔に見とれるばかりで、何の言葉が出てこなかった。ただ『何か言ってくれるのかも』という期待を持ち、彼女を見詰めていると。そんな思いに反して、アカリさんは扉の向こうに消えて行ってしまう。
彼女の意図も解らないままに途轍も無い後悔の念が、体中を走っていきそうになった。その時、扉が再び開いて、アカリさんの顔だけがひょっこりと現れる。
「本当にね、ご飯はしっかり食べなきゃダメだよ。面倒だったら、いつでも私の所に来てくれていいし、呼んでくれたって全然いいし。私達、仲間なんだからね……」
『サイ』
それだけ言うと勢い良く扉が閉められる。表情は逆光で分からなかったが、これは『呼び捨てOK』という解釈で良いんだろうか。解らない。それでも、確かに自分は彼女に『サイ』と、そう呼ばれた。それだけは確かで。
だから、明日彼女に会ったら絶対呼ぼう。
『アカリ』と。
終
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