雑多 短篇
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茹だるような真夏の陽気もいつの間にやら姿を消して、肌寒さを感じさせる風に身体を晒しているとそれに乗って甘い薫りが私の鼻腔を擽った。薫りを辿り視線を流すと其処には可愛らしい黄色の花弁をあしらった金木犀が、まるで他の存在を寄せ付けぬようにぽつりと居た。
「金木犀…良い薫り。もう、秋なんだなぁ…」
金木犀の木の下で
「にしても、君はどうしてこんな所で一人きりなのかね?」
歩み寄り、金木犀の木の幹に触れ尋ねる。他の木々草花達は綺麗な列を見せているのに、この金木犀だけは列の後ろに隠されるように追いやられ、まるで避けられているみたいに回りに誰も居ない。その証拠に、私は今日迄この木の存在に全く気が付かなかった。
「君が植えられたのは他のコ達より遅かった…って事なのかな?」
勿論、返事は無い。期待もして無いし。返ってこないことも解っている。別に答えを欲しくて話し掛けているわけじゃない。嘘偽りない本心を言おう。私は至極暇なのだ。今日は日曜日で休日。無論、学校だって休み。でも、アリス学園の生徒は基本外出禁止。セントラルタウンに多くの生徒は行くけれど、私はどうも人が多いのは性に合わなくて、必要最低限の買い物でしか行かない。他にも生徒の退屈を埋め合わせる場所はあるのだろうけれど、どれも私の興味を引く事は無くて。あんまりにも暇だから、普段は来ない学園の敷地内を歩き回っているのが今なわけだが、発見した金木犀は確かに小さな刺激ではあるが私の興味を引き、心躍らせるものではなかった。その光景を見る迄は……。
私の立つ反対側には真っ黒な脚…ではなく、真っ黒なズボンを履いた脚が見えていた。思わぬ先客に驚きながらも、こんな場所を捜し当てるもう一人の人物に私は小さな興味を抱いた。足音等を立てぬようにゆっくりと慎重に歩を進めると、その先客の身体は次第に姿を現した。唸垂れる頭が見えて、私は初めてその人が居眠りをしていた事を知る。ゆっくりと、その人の前に回り込んで、顔を覗き込むと……
「岬、先生……?」
そう、人知れぬこの場所で居眠りをしていたのは、私の担任鳴海先生に何時もぞんざいな扱いを受けている岬先生。
「どうしてここに、いつもなら植物達の世話をしているのに、珍しい…」
「…………」
「起きて、無いか」
腕を組み木に凭れながら眠る岬先生はいびきこそかいていないものの、その姿は熟睡に等しいだろう。学園内でありながらも、どこか隔離されたようなこの空間は、一種の安らぎを感じる。もしかしたら、ここは先生のお気に入りの場所なのかもしれない。騒がしい音が何一つ無いこの不思議な空間は、私をこの場に留まらせた。岬先生にくっつくかどうかの距離で隣りに陣取り、逞しく暖かな木の幹に背を預け、自分の限界まで首を上にし空を仰ぐ。そこには、甘い薫りを降り注ぐ視界いっぱいの金木犀があった。
甘い薫りと、暖かな陽射しと、眼に暖かい黄色が私の心を落ち着かせて、やがて眠りへと誘っていった。
*****
「う、うぅん。…あ」
しまった。すっかり寝てしまった。太陽が西に傾いてきてしまっている。
「4時は、過ぎてるよな。温室に戻らないと……ん?」
寝過ごした事に気を取られていたが、自分の右半身に不自然な重みが掛けられている事に気が付く。勿論、それは先程隣を陣取った##NAME2##のものである。
「…なっ、伊吹っ?」
「…すぅ」
「寝、てる…か?しかし、何で」
伊吹がここに…。
というか、どうして俺の隣で?
一瞬起こそうかとも思ったが、あかりの寝顔によりそれは直ぐに罪悪感へと変わり、岬の行動を止めさせた。
「よく、寝てるな」
自分の右腕に凭れて眠りに就くあかりに徐に手を伸ばすと、顔に掛かった前髪を退かす。サラサラの髪の下には、綺麗な額と心地好さそうに眠りに就く、無防備な顔を覗かせていて、岬の顔も思わず綻ぶ。すると、それに応えるようにあかりの顔にも小さな笑顔が浮かんで、寄り掛かっていた頭はスルスルと倒れていき、岬の膝の辺りへと落ちていった。
「これは…本格的に寝に入ったのか、コイツは。俺はどうすれば良いんだ。はぁ」
「……すぅ」
規則的な寝息をたてて心地良さそうなあかりを起こす気力がとことん削がれてしまった岬は、諦めて視線の先を変える。自分がここへ来た時とは明らかに変わった影の角度。それと、変わらない金木犀の薫り。遠くに見える木々が少しずつ赤く染まってきていて、夜の訪れを知らせている。夜になれば気温も下がるし、寮の門限だってある。何時までもここで寝かせている訳にはいかない。適度にタイミングを見計らって寮に帰さなければならない。
「はぁ……」
色々と思いを巡らせて、少々の面倒臭さに溜息を洩らしていると
「おーい、岬先生や―い」
「ナルかっ?」
そう遠くも無いであろう木の向こうから、鳴海の声が聞こえてきた。どうやら岬を探している様子で、二人から少し離れた所を行ったり来たりしている。
「どうやって気付かせる…?声は、あまり大きく出せないな。後は…何か」
「岬センセーっ?」
そう言っている間にも鳴海は近く迄来ていて、岬は焦りながらポケットを漁り、あるアイテムを取り出した。
「お―…い?うわっ」
「よし、掛かった!」
岬から放たれたアイテムは鳴海の腕に絡み付いて、叢の向こうから金木犀の元へと引っ張り込んだ。
「何なに、何事っ?」
「シッ…、静かに。スマン鳴海、俺だ」
岬の取り出したる便利アイテム"鞭マメ"により召喚された鳴海。
「岬先生、こんな所で何やって…って、お取り込み中?」
「違うっ!」
突然茂みに引き込まれたというのに、こんな気の抜けた反応が出来るのは、ある意味才能だ。恐らく岬とそれを枕にするあかりを見て、大方の事は察したのだろうが敢えてのからかいだろう。
「見れば解るだろう、動けないんだ俺は!鳴海、今は何時だ?」
「うーん、4時半過ぎって所かなぁ。にしても、あかりちゃんよく寝てるね」
「嬉しそうだな、お前。…キモチ悪イ」
「聞こえてるってば、酷いなー。でも嬉しいのは当りかも」
草の上に寝転がったまま二人に近づくと、鳴海は満面の笑みを浮かべながらあかりの寝顔を堪能する。
「だってあかりちゃんってさ、余り隙を見せないでしょ。僕には勿論、蜜柑ちゃんやクラスのみんなにも。だからこういうのは中々新鮮で…」
「信頼されていないことを堂々と言うな」
「信頼されてないとまでは言ってないよ、酷いなあ」
あかりの寝顔に語り掛けるようにしていた鳴海がふと言葉を止めて岬へと視線を移す。そして、再び口を開くなり出た言葉は…
「でもさ、どうして岬先生な訳?まずは担任であるこの僕に、こういう姿を見せてくれても良いんじゃない?」
『ねぇ、岬先生はどう思う?』と詰め寄り問い質す鳴海。
「知らんっ、知るかそんな事!」
「えぇーっ!」
「静かにしろ、伊吹が起きるだろ」
鳴海が来た途端に騒がしくなった金木犀の下、岬はなんとか話を本題へ戻す。
「ところで、岬先生はいつまでコレを続けてるつもり?あかりちゃんが起きるまで?…うりゃ」
岬から再びあかりに照準を合わせ、奇妙な声を上げあかりの頬を突く。あかりは若干の違和感から嫌がりはするものの、起きるまでには至らない。
「止めろ鳴海。そうだな…最初は少し経てば起きてくれるだろうと思っていたんだが、この様子じゃな。そろそろ冷えてもくるだろうし、寮に連れて帰るか」
顎に手をやり『ふむ』と唸ると、妥当な案を持ち出す岬。そんな岬に物珍しそうな顔をして鳴海は言葉を返す。
「岬センセー、優しいー。その調子で僕にも優しくしてね」
「煩い、誰がするか。…そうと決れば、行くぞ」
『ナルには付き合ってられん』と頭を掻き、小さな溜息を一息吐くとあかりを労るようにして抱き上げ、足早に歩いていった。
「待ってよー岬先生ー」
鳴海も後を追ってその場を駆けて離れた。
そうして、外界から少し離れた金木犀の下は何時もと変わらぬ静けさに包まれた。ただ、夕日に彩られオレンジ色に全身を染めた金木犀は、久々の賑やかな客人に少し喜んでいるようにも見えた。
寮まで着くと岬に抱えられたあかりを見て、心配した蜜柑が駆け寄ってきた。
「先生っ、あかりちゃん何かあったん?」
「大丈夫、寝ているだけだよ。僕達はあかりちゃんを部屋まで連れていくから」
「そっか、ならえぇねんけど…」
異状無い事だけ告げて、二人はあかりの部屋へと向かって行った。部屋に着き鳴海が電気を付けると部屋の全体が姿を現す。あかりの性格故かもしれないのだが女の子らしい雑貨や、必要以上には物の無いこざっぱりした、何処か寂しい部屋だった。綺麗に手入れされたベッドにあかりを寝かせ、優しく布団を掛ける。その様子を見た鳴海は思わず口を挟む。
「やっぱり、今日の岬先生は優しいよ。うん。特別ね」
「何がだ」
「じゃぁ、僕は戻るね」
『後はヨロシク』と片手を挙げて、出ていこうとする鳴海を岬は止める。
「じゃぁ…て、俺も戻るに決っているだろう!」
「…あかりちゃんの可愛いー、おててを振り払ってかい?」
「は…?」
指を差された先を見ると、服の裾なので気付かなかったがあかりの手にしっかりと握られていて少し皺になっている。
「…あ」
「じゃ、そういう事で!」
「おい、ナル!」
岬の制止も意味を成さず、部屋には二人だけが残された。
「はぁ……どうしたものか」
*****
部屋に残された岬は、時間潰しにと部屋をぐるりと見回してみる。ベッド、テレビ、机、クローゼット…生活に必要な最低限の物ばかりだ。そんなさっぱりした部屋だからこそ、枕元に置かれた写真立てが目についた。依然として掴まれている服の裾を気にしながらも写真を手に取ると、そこには5歳にも満たない位であろうあかりが溢れんばかりの笑顔を浮かべ、そのあかりに慈しむ様な視線を送る、恐らく兄であろう人物に抱かれていた。そして、そんな二人を優しい眼差しで見守る女性…母親だろうか、その人が二人を見ていた。
「家族写真か?」
学園では見た事が無い、あかりの心からの笑顔。
「伊吹も…寂しい思いをしている、のか?」
規則的な寝息を相変わらず続けているあかりに問う。そうかもしれない、いや、普通はそういうものなのだ。この歳で親兄弟から離され、世間からも隔離された学園で突然の寮生活なのだから。同級生の中でも落ち着きのある普段の彼女の様子から、そんなことを考えもしなかった自分に岬は反省の思いを抱いた。
「…そりゃ、そうだよな。俺はそういう所、全然気付いていなかった」
写真を元の場所に戻し、眠っているあかりの横に座る。布団に潜り込んでいる彼女の表情は読めない。
「俺も、ここに来たばかりの頃は慣れるまでに時間もかかった。帰りたいと思うこともな。伊吹もそんな思いを抱えているのか?」
自分に問うが答えが見つかることはない。
次第に西の彼方にへと消えていく太陽があかりの部屋を、そして、岬も赤く染めていく。綺麗な夕日も心持ちだけで物悲しく見えてくる。そんな感覚に岬が陥っていると、布団の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「帰りたいなんて、私は思ってません」
「え?」
見ると服の裾には皺だけが残っていて、布団の中の声は言葉を続ける。
「最初は、少し…嫌だったけど。今はみんな友達だし、鳴海先生も…岬先生も良くしてくれるから、ホームシックになんて全然成らないです」
そう言い終えると自ら布団を退かし姿を現したあかりの顔は、夕焼けの所為か赤かった。
「伊吹…起きてたのか?」
「…少し前、位」
コクリと気まずそうに頷いたあかりを見た後、暫しの沈黙を置いて岬は部屋を後にしようとした。
「そうか、それなら良いんだが。伊吹はあまり自分の我を通そうとするタイプじゃないからな」
『もっと、頼ってくれてもいいんだぞ』
そう言ってやりたい思いは確かなのに、どういう訳かすんなりと言葉が出てこない。自分は言葉が足りないから鳴海の冗舌もこの時ばかりは羨ましい、なんて言い訳じみたことまで考え出す始末だ。
「じゃあ、俺は戻るから。疲れているなら今日はもう休めよ」
もう一度小さく頷いたあかりを確認した岬が腰を上げると、座っていた所が浮き上がってベッドが軽くなる。もう、今すぐにでも歩き出してしまいそうな後ろ姿を見てあかりは思わず声をかけた。
「先生!」
「どうした?」
「…あの場所、先生のお気に入りですか?」
「金木犀のことか。そうだな、そうかも知れない」
あの場所を思い出すようにして、照れ臭そうに答える岬。
「私もあの場所、好きに…なりました。また行っても、いいですか?」
「あ、あぁ。構わないが、その時は…」
「その時は?」
「俺も呼んでくれ。今日みたく眠りこけた時、引き取り手が居ないと困るだろ?」
「…意地悪です」
お互いの願っても無い申し出に少し心が弾んで、岬の口からは意地悪な言葉が零れた。しかし、後になって恥ずかしさが泉の如く湧き出してきて、ゴホンと咳払いをすると部屋を後にした。あかりは岬の後ろ姿に一言、『ありがとう』と呟いた。
*****
部屋の外ではガシガシと頭を掻き、明らかな動揺を見せる岬の姿があった。
「俺は…一体なにを緊張してるんだ。しかも、あんなこっ恥ずかしいことまで言ってっ…」
壁に体を預けその場にしゃがみ込む。自分でも解る程に熱い顔を片手で覆う。そんな心中を知りもしない蜜柑があかりの部屋から出てきた岬に声を掛ける。
「あっ、岬先生!あかりちゃんの様子どうですか?行っても大丈夫なんかな」
「あ、ああ、佐倉か…。もう起きてるから大丈夫だ。俺は学園に戻るから」
「はーい!」
嬉しい知らせに元気良く答え、早速蜜柑はあかりの部屋へと駆け出した。
「…はぁ、何だか今日は調子悪いな。さっさと切り上げて休もう」
廊下に一人残された岬は百面相を繰り広げながら、トボトボと出口へ向かった。
*****
「あかりちゃーん。ウチや、入ってもええ?」
「どうぞ、蜜柑ちゃん」
いつもと変わらないあかりの反応に安心し、了解を得るなり音を立てて騒がしく入ってくる。
「寝てただけって言っとったけど、ホンマ何もあらへんの?調子悪くない?」
入ってくるなりベッドの隣に膝をついて、心配と書いたような瞳をあかりへ向けてる蜜柑。
「あはは、本当に寝てただけだから大丈夫だよ。元気元気!」
無い筋肉で力瘤を作ってガッツポーズ迄披露するが、蜜柑の信用は薄い。
「ホンマのホンマに大丈夫?何か少し顔赤いでっ」
「あ、あはは…。ホラ、夕陽が差してるから」
下手な嘘かとは思いながらも、はぐらかしてみると以外と効果があった。
「そっか、なら良かったわ…ん?」
「どうしたの?」
「何かあかりちゃん。甘い、良い匂いがする…」
鼻をピコピコと動かして顔を近付けてくる蜜柑。
「やっぱりあかりちゃんからや。…でも、何でなん?」
「ああ、金木犀の薫りだよ、きっと」
「金木犀?どこどこ、それどこにあるんっ?」
『私も見たい』と身を乗り出して蜜柑は詰め寄っては来るが、あかりにはさっきの岬との会話が甦ってきていた。
『…また行っても、良いですか?』
『ああ。構わないが、その時は…俺も呼んでくれ』
「……」
「あかりちゃん?」
あの時も恥ずかしかったけれど、思い返すと尚更それは膨れ上がってきてしまって、顔が茹で上がったように熱くなる。
「…あかりちゃんホンマに大丈夫なん?」
両手で顔を覆うあかりを見て、蜜柑はオロオロと右へ左へ歩きだす。
「うん、やっぱり今日は少し変なのかもしれない。ゴメン、このまま寝るね」
「それがええよ。じゃ、ウチは戻るけどキツかったら言ってな?」
「うん、ありがとう」
『おやすみ』の挨拶を交わして別れると、部屋にはあかり一人だけになった。
*****
蜜柑が去った後、部屋が暗くなったにも拘らず、私の顔は赤く染まったままだった。一人になると頭が働いて、考えや思いが巡る。静かな部屋に時計の音と心臓の音が嫌に響いて。それが、更に何かを駆り立てていってる。
「駄目だ、今日は寝られそうに無い」
身体中を火照らせるようなこの気持ちに、二人が気付くのは当分先のことになりそうなので、このお話はこの辺で…。
*****
翌日、職員室にて。
資料を抱えた学年主任の神野が鳴海に声を掛ける。
「鳴海先生、岬先生の姿が見えませんが何か聞いていませんか?」
「お早うございます、神野先生。岬先生なら熱が39度も出て、今日は休むと言っていましたよ」
昨日の事を知る鳴海が楽しげに伝えると、神野は訝しげに首を傾げて言葉を続ける。
「何にしても、自身の健康管理には気を付けて戴きたい」
『皆さんも』と嫌味ったらしく付け足すと、神野は朝のHRへと向かって行った。その場で一人苦笑いを浮かべている鳴海に、瀬里奈が嗜めるように言う。
「ナル、貴方が何かしたんじゃないの?」
見つめる視線は明らかに疑いの念を示している。
「嫌だなあ、瀬里奈先生。今回は僕じゃありませんから」
「今回は…?」
「はい、今回は」
満面の笑みで言う鳴海に、瀬里奈が疑いが増したのは言うまでも無い。
*****
一方、初等部B組の教室では…
「はーい、朝の出欠確認をします。みんな元気に返事をしよう!」
『……………』
朝のHRが始められていたが、教室には二つの空席があった。一つは毎度毎度の日向棗。それと、もう一つは…
「あかりちゃーん。伊吹あかりちゃーん?おや、居ないのかい?」
名簿と席を見合わせてクラスメイトに視線を向ける。すると、委員長が遠慮がちに立ち上がって、あかりの欠席を伝える。
「先生、伊吹#さんは今日、高熱のため欠席するみたいです」
「やっぱり昨日、調子が悪かったんや!」
悔やむように蜜柑が大きな声を上げる。
「そうかぁ、あかりちゃんも休みか…」
残念そうに言いながらも顔は少し綻んでいて、クラスの面々にはハテナが浮かんでいた。名簿の伊吹あかりの欄に"病欠"と書きながらも、『先に回復した方に、片方のお見舞いに行かせよう』と考えていたのは、また別のお話。
終
_
「金木犀…良い薫り。もう、秋なんだなぁ…」
金木犀の木の下で
「にしても、君はどうしてこんな所で一人きりなのかね?」
歩み寄り、金木犀の木の幹に触れ尋ねる。他の木々草花達は綺麗な列を見せているのに、この金木犀だけは列の後ろに隠されるように追いやられ、まるで避けられているみたいに回りに誰も居ない。その証拠に、私は今日迄この木の存在に全く気が付かなかった。
「君が植えられたのは他のコ達より遅かった…って事なのかな?」
勿論、返事は無い。期待もして無いし。返ってこないことも解っている。別に答えを欲しくて話し掛けているわけじゃない。嘘偽りない本心を言おう。私は至極暇なのだ。今日は日曜日で休日。無論、学校だって休み。でも、アリス学園の生徒は基本外出禁止。セントラルタウンに多くの生徒は行くけれど、私はどうも人が多いのは性に合わなくて、必要最低限の買い物でしか行かない。他にも生徒の退屈を埋め合わせる場所はあるのだろうけれど、どれも私の興味を引く事は無くて。あんまりにも暇だから、普段は来ない学園の敷地内を歩き回っているのが今なわけだが、発見した金木犀は確かに小さな刺激ではあるが私の興味を引き、心躍らせるものではなかった。その光景を見る迄は……。
私の立つ反対側には真っ黒な脚…ではなく、真っ黒なズボンを履いた脚が見えていた。思わぬ先客に驚きながらも、こんな場所を捜し当てるもう一人の人物に私は小さな興味を抱いた。足音等を立てぬようにゆっくりと慎重に歩を進めると、その先客の身体は次第に姿を現した。唸垂れる頭が見えて、私は初めてその人が居眠りをしていた事を知る。ゆっくりと、その人の前に回り込んで、顔を覗き込むと……
「岬、先生……?」
そう、人知れぬこの場所で居眠りをしていたのは、私の担任鳴海先生に何時もぞんざいな扱いを受けている岬先生。
「どうしてここに、いつもなら植物達の世話をしているのに、珍しい…」
「…………」
「起きて、無いか」
腕を組み木に凭れながら眠る岬先生はいびきこそかいていないものの、その姿は熟睡に等しいだろう。学園内でありながらも、どこか隔離されたようなこの空間は、一種の安らぎを感じる。もしかしたら、ここは先生のお気に入りの場所なのかもしれない。騒がしい音が何一つ無いこの不思議な空間は、私をこの場に留まらせた。岬先生にくっつくかどうかの距離で隣りに陣取り、逞しく暖かな木の幹に背を預け、自分の限界まで首を上にし空を仰ぐ。そこには、甘い薫りを降り注ぐ視界いっぱいの金木犀があった。
甘い薫りと、暖かな陽射しと、眼に暖かい黄色が私の心を落ち着かせて、やがて眠りへと誘っていった。
*****
「う、うぅん。…あ」
しまった。すっかり寝てしまった。太陽が西に傾いてきてしまっている。
「4時は、過ぎてるよな。温室に戻らないと……ん?」
寝過ごした事に気を取られていたが、自分の右半身に不自然な重みが掛けられている事に気が付く。勿論、それは先程隣を陣取った##NAME2##のものである。
「…なっ、伊吹っ?」
「…すぅ」
「寝、てる…か?しかし、何で」
伊吹がここに…。
というか、どうして俺の隣で?
一瞬起こそうかとも思ったが、あかりの寝顔によりそれは直ぐに罪悪感へと変わり、岬の行動を止めさせた。
「よく、寝てるな」
自分の右腕に凭れて眠りに就くあかりに徐に手を伸ばすと、顔に掛かった前髪を退かす。サラサラの髪の下には、綺麗な額と心地好さそうに眠りに就く、無防備な顔を覗かせていて、岬の顔も思わず綻ぶ。すると、それに応えるようにあかりの顔にも小さな笑顔が浮かんで、寄り掛かっていた頭はスルスルと倒れていき、岬の膝の辺りへと落ちていった。
「これは…本格的に寝に入ったのか、コイツは。俺はどうすれば良いんだ。はぁ」
「……すぅ」
規則的な寝息をたてて心地良さそうなあかりを起こす気力がとことん削がれてしまった岬は、諦めて視線の先を変える。自分がここへ来た時とは明らかに変わった影の角度。それと、変わらない金木犀の薫り。遠くに見える木々が少しずつ赤く染まってきていて、夜の訪れを知らせている。夜になれば気温も下がるし、寮の門限だってある。何時までもここで寝かせている訳にはいかない。適度にタイミングを見計らって寮に帰さなければならない。
「はぁ……」
色々と思いを巡らせて、少々の面倒臭さに溜息を洩らしていると
「おーい、岬先生や―い」
「ナルかっ?」
そう遠くも無いであろう木の向こうから、鳴海の声が聞こえてきた。どうやら岬を探している様子で、二人から少し離れた所を行ったり来たりしている。
「どうやって気付かせる…?声は、あまり大きく出せないな。後は…何か」
「岬センセーっ?」
そう言っている間にも鳴海は近く迄来ていて、岬は焦りながらポケットを漁り、あるアイテムを取り出した。
「お―…い?うわっ」
「よし、掛かった!」
岬から放たれたアイテムは鳴海の腕に絡み付いて、叢の向こうから金木犀の元へと引っ張り込んだ。
「何なに、何事っ?」
「シッ…、静かに。スマン鳴海、俺だ」
岬の取り出したる便利アイテム"鞭マメ"により召喚された鳴海。
「岬先生、こんな所で何やって…って、お取り込み中?」
「違うっ!」
突然茂みに引き込まれたというのに、こんな気の抜けた反応が出来るのは、ある意味才能だ。恐らく岬とそれを枕にするあかりを見て、大方の事は察したのだろうが敢えてのからかいだろう。
「見れば解るだろう、動けないんだ俺は!鳴海、今は何時だ?」
「うーん、4時半過ぎって所かなぁ。にしても、あかりちゃんよく寝てるね」
「嬉しそうだな、お前。…キモチ悪イ」
「聞こえてるってば、酷いなー。でも嬉しいのは当りかも」
草の上に寝転がったまま二人に近づくと、鳴海は満面の笑みを浮かべながらあかりの寝顔を堪能する。
「だってあかりちゃんってさ、余り隙を見せないでしょ。僕には勿論、蜜柑ちゃんやクラスのみんなにも。だからこういうのは中々新鮮で…」
「信頼されていないことを堂々と言うな」
「信頼されてないとまでは言ってないよ、酷いなあ」
あかりの寝顔に語り掛けるようにしていた鳴海がふと言葉を止めて岬へと視線を移す。そして、再び口を開くなり出た言葉は…
「でもさ、どうして岬先生な訳?まずは担任であるこの僕に、こういう姿を見せてくれても良いんじゃない?」
『ねぇ、岬先生はどう思う?』と詰め寄り問い質す鳴海。
「知らんっ、知るかそんな事!」
「えぇーっ!」
「静かにしろ、伊吹が起きるだろ」
鳴海が来た途端に騒がしくなった金木犀の下、岬はなんとか話を本題へ戻す。
「ところで、岬先生はいつまでコレを続けてるつもり?あかりちゃんが起きるまで?…うりゃ」
岬から再びあかりに照準を合わせ、奇妙な声を上げあかりの頬を突く。あかりは若干の違和感から嫌がりはするものの、起きるまでには至らない。
「止めろ鳴海。そうだな…最初は少し経てば起きてくれるだろうと思っていたんだが、この様子じゃな。そろそろ冷えてもくるだろうし、寮に連れて帰るか」
顎に手をやり『ふむ』と唸ると、妥当な案を持ち出す岬。そんな岬に物珍しそうな顔をして鳴海は言葉を返す。
「岬センセー、優しいー。その調子で僕にも優しくしてね」
「煩い、誰がするか。…そうと決れば、行くぞ」
『ナルには付き合ってられん』と頭を掻き、小さな溜息を一息吐くとあかりを労るようにして抱き上げ、足早に歩いていった。
「待ってよー岬先生ー」
鳴海も後を追ってその場を駆けて離れた。
そうして、外界から少し離れた金木犀の下は何時もと変わらぬ静けさに包まれた。ただ、夕日に彩られオレンジ色に全身を染めた金木犀は、久々の賑やかな客人に少し喜んでいるようにも見えた。
寮まで着くと岬に抱えられたあかりを見て、心配した蜜柑が駆け寄ってきた。
「先生っ、あかりちゃん何かあったん?」
「大丈夫、寝ているだけだよ。僕達はあかりちゃんを部屋まで連れていくから」
「そっか、ならえぇねんけど…」
異状無い事だけ告げて、二人はあかりの部屋へと向かって行った。部屋に着き鳴海が電気を付けると部屋の全体が姿を現す。あかりの性格故かもしれないのだが女の子らしい雑貨や、必要以上には物の無いこざっぱりした、何処か寂しい部屋だった。綺麗に手入れされたベッドにあかりを寝かせ、優しく布団を掛ける。その様子を見た鳴海は思わず口を挟む。
「やっぱり、今日の岬先生は優しいよ。うん。特別ね」
「何がだ」
「じゃぁ、僕は戻るね」
『後はヨロシク』と片手を挙げて、出ていこうとする鳴海を岬は止める。
「じゃぁ…て、俺も戻るに決っているだろう!」
「…あかりちゃんの可愛いー、おててを振り払ってかい?」
「は…?」
指を差された先を見ると、服の裾なので気付かなかったがあかりの手にしっかりと握られていて少し皺になっている。
「…あ」
「じゃ、そういう事で!」
「おい、ナル!」
岬の制止も意味を成さず、部屋には二人だけが残された。
「はぁ……どうしたものか」
*****
部屋に残された岬は、時間潰しにと部屋をぐるりと見回してみる。ベッド、テレビ、机、クローゼット…生活に必要な最低限の物ばかりだ。そんなさっぱりした部屋だからこそ、枕元に置かれた写真立てが目についた。依然として掴まれている服の裾を気にしながらも写真を手に取ると、そこには5歳にも満たない位であろうあかりが溢れんばかりの笑顔を浮かべ、そのあかりに慈しむ様な視線を送る、恐らく兄であろう人物に抱かれていた。そして、そんな二人を優しい眼差しで見守る女性…母親だろうか、その人が二人を見ていた。
「家族写真か?」
学園では見た事が無い、あかりの心からの笑顔。
「伊吹も…寂しい思いをしている、のか?」
規則的な寝息を相変わらず続けているあかりに問う。そうかもしれない、いや、普通はそういうものなのだ。この歳で親兄弟から離され、世間からも隔離された学園で突然の寮生活なのだから。同級生の中でも落ち着きのある普段の彼女の様子から、そんなことを考えもしなかった自分に岬は反省の思いを抱いた。
「…そりゃ、そうだよな。俺はそういう所、全然気付いていなかった」
写真を元の場所に戻し、眠っているあかりの横に座る。布団に潜り込んでいる彼女の表情は読めない。
「俺も、ここに来たばかりの頃は慣れるまでに時間もかかった。帰りたいと思うこともな。伊吹もそんな思いを抱えているのか?」
自分に問うが答えが見つかることはない。
次第に西の彼方にへと消えていく太陽があかりの部屋を、そして、岬も赤く染めていく。綺麗な夕日も心持ちだけで物悲しく見えてくる。そんな感覚に岬が陥っていると、布団の中からくぐもった声が聞こえてきた。
「帰りたいなんて、私は思ってません」
「え?」
見ると服の裾には皺だけが残っていて、布団の中の声は言葉を続ける。
「最初は、少し…嫌だったけど。今はみんな友達だし、鳴海先生も…岬先生も良くしてくれるから、ホームシックになんて全然成らないです」
そう言い終えると自ら布団を退かし姿を現したあかりの顔は、夕焼けの所為か赤かった。
「伊吹…起きてたのか?」
「…少し前、位」
コクリと気まずそうに頷いたあかりを見た後、暫しの沈黙を置いて岬は部屋を後にしようとした。
「そうか、それなら良いんだが。伊吹はあまり自分の我を通そうとするタイプじゃないからな」
『もっと、頼ってくれてもいいんだぞ』
そう言ってやりたい思いは確かなのに、どういう訳かすんなりと言葉が出てこない。自分は言葉が足りないから鳴海の冗舌もこの時ばかりは羨ましい、なんて言い訳じみたことまで考え出す始末だ。
「じゃあ、俺は戻るから。疲れているなら今日はもう休めよ」
もう一度小さく頷いたあかりを確認した岬が腰を上げると、座っていた所が浮き上がってベッドが軽くなる。もう、今すぐにでも歩き出してしまいそうな後ろ姿を見てあかりは思わず声をかけた。
「先生!」
「どうした?」
「…あの場所、先生のお気に入りですか?」
「金木犀のことか。そうだな、そうかも知れない」
あの場所を思い出すようにして、照れ臭そうに答える岬。
「私もあの場所、好きに…なりました。また行っても、いいですか?」
「あ、あぁ。構わないが、その時は…」
「その時は?」
「俺も呼んでくれ。今日みたく眠りこけた時、引き取り手が居ないと困るだろ?」
「…意地悪です」
お互いの願っても無い申し出に少し心が弾んで、岬の口からは意地悪な言葉が零れた。しかし、後になって恥ずかしさが泉の如く湧き出してきて、ゴホンと咳払いをすると部屋を後にした。あかりは岬の後ろ姿に一言、『ありがとう』と呟いた。
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部屋の外ではガシガシと頭を掻き、明らかな動揺を見せる岬の姿があった。
「俺は…一体なにを緊張してるんだ。しかも、あんなこっ恥ずかしいことまで言ってっ…」
壁に体を預けその場にしゃがみ込む。自分でも解る程に熱い顔を片手で覆う。そんな心中を知りもしない蜜柑があかりの部屋から出てきた岬に声を掛ける。
「あっ、岬先生!あかりちゃんの様子どうですか?行っても大丈夫なんかな」
「あ、ああ、佐倉か…。もう起きてるから大丈夫だ。俺は学園に戻るから」
「はーい!」
嬉しい知らせに元気良く答え、早速蜜柑はあかりの部屋へと駆け出した。
「…はぁ、何だか今日は調子悪いな。さっさと切り上げて休もう」
廊下に一人残された岬は百面相を繰り広げながら、トボトボと出口へ向かった。
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「あかりちゃーん。ウチや、入ってもええ?」
「どうぞ、蜜柑ちゃん」
いつもと変わらないあかりの反応に安心し、了解を得るなり音を立てて騒がしく入ってくる。
「寝てただけって言っとったけど、ホンマ何もあらへんの?調子悪くない?」
入ってくるなりベッドの隣に膝をついて、心配と書いたような瞳をあかりへ向けてる蜜柑。
「あはは、本当に寝てただけだから大丈夫だよ。元気元気!」
無い筋肉で力瘤を作ってガッツポーズ迄披露するが、蜜柑の信用は薄い。
「ホンマのホンマに大丈夫?何か少し顔赤いでっ」
「あ、あはは…。ホラ、夕陽が差してるから」
下手な嘘かとは思いながらも、はぐらかしてみると以外と効果があった。
「そっか、なら良かったわ…ん?」
「どうしたの?」
「何かあかりちゃん。甘い、良い匂いがする…」
鼻をピコピコと動かして顔を近付けてくる蜜柑。
「やっぱりあかりちゃんからや。…でも、何でなん?」
「ああ、金木犀の薫りだよ、きっと」
「金木犀?どこどこ、それどこにあるんっ?」
『私も見たい』と身を乗り出して蜜柑は詰め寄っては来るが、あかりにはさっきの岬との会話が甦ってきていた。
『…また行っても、良いですか?』
『ああ。構わないが、その時は…俺も呼んでくれ』
「……」
「あかりちゃん?」
あの時も恥ずかしかったけれど、思い返すと尚更それは膨れ上がってきてしまって、顔が茹で上がったように熱くなる。
「…あかりちゃんホンマに大丈夫なん?」
両手で顔を覆うあかりを見て、蜜柑はオロオロと右へ左へ歩きだす。
「うん、やっぱり今日は少し変なのかもしれない。ゴメン、このまま寝るね」
「それがええよ。じゃ、ウチは戻るけどキツかったら言ってな?」
「うん、ありがとう」
『おやすみ』の挨拶を交わして別れると、部屋にはあかり一人だけになった。
*****
蜜柑が去った後、部屋が暗くなったにも拘らず、私の顔は赤く染まったままだった。一人になると頭が働いて、考えや思いが巡る。静かな部屋に時計の音と心臓の音が嫌に響いて。それが、更に何かを駆り立てていってる。
「駄目だ、今日は寝られそうに無い」
身体中を火照らせるようなこの気持ちに、二人が気付くのは当分先のことになりそうなので、このお話はこの辺で…。
*****
翌日、職員室にて。
資料を抱えた学年主任の神野が鳴海に声を掛ける。
「鳴海先生、岬先生の姿が見えませんが何か聞いていませんか?」
「お早うございます、神野先生。岬先生なら熱が39度も出て、今日は休むと言っていましたよ」
昨日の事を知る鳴海が楽しげに伝えると、神野は訝しげに首を傾げて言葉を続ける。
「何にしても、自身の健康管理には気を付けて戴きたい」
『皆さんも』と嫌味ったらしく付け足すと、神野は朝のHRへと向かって行った。その場で一人苦笑いを浮かべている鳴海に、瀬里奈が嗜めるように言う。
「ナル、貴方が何かしたんじゃないの?」
見つめる視線は明らかに疑いの念を示している。
「嫌だなあ、瀬里奈先生。今回は僕じゃありませんから」
「今回は…?」
「はい、今回は」
満面の笑みで言う鳴海に、瀬里奈が疑いが増したのは言うまでも無い。
*****
一方、初等部B組の教室では…
「はーい、朝の出欠確認をします。みんな元気に返事をしよう!」
『……………』
朝のHRが始められていたが、教室には二つの空席があった。一つは毎度毎度の日向棗。それと、もう一つは…
「あかりちゃーん。伊吹あかりちゃーん?おや、居ないのかい?」
名簿と席を見合わせてクラスメイトに視線を向ける。すると、委員長が遠慮がちに立ち上がって、あかりの欠席を伝える。
「先生、伊吹#さんは今日、高熱のため欠席するみたいです」
「やっぱり昨日、調子が悪かったんや!」
悔やむように蜜柑が大きな声を上げる。
「そうかぁ、あかりちゃんも休みか…」
残念そうに言いながらも顔は少し綻んでいて、クラスの面々にはハテナが浮かんでいた。名簿の伊吹あかりの欄に"病欠"と書きながらも、『先に回復した方に、片方のお見舞いに行かせよう』と考えていたのは、また別のお話。
終
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